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忍の実力

 巻物をベッドの下に隠してると勘違いされちゃった賢太郎。だけどベッドの下に何を隠したとも言えずその誤解が解けない困った状況。

 床に尻餅ついたような体勢で学生服の上着がはだけたままお姉さんを見上げる賢太郎。

 その賢太郎の前に立って宝を見付けたような顔でベッドを振り返っているお姉さん。

 とりあえず今の構図はそんな感じ。ついでに書く事があるとすればお姉さんの格好だが、作者はファッションに疎いので一体どう書いたら良いものか分からない。とりあえず女子大生が着てそうな感じで地味目なシャツとズボンとでも書いておく。

「巻物じゃないなら、ちょっと確かめさせてもらっても良いよねぇ?」

 お姉さんがベッドを振り返ったまま視線だけを賢太郎に向ける。嘘を見抜いたつもりのドヤ顔なのだが、ベッドの下には巻物ではなくエッチな本が隠してあるだけなのだ。成人かそれに近い年齢なんだろうから男子高校生のベッド下事情くらい察して欲しいものである。

「いや、巻物じゃないです、けど、見られたら困るというか、何というか……」

 賢太郎は落ち着かない様子で手を上げたり下げたりしながら答える。しどろもどろ、といった感じである。

 うふふ、とお姉さんが微笑む。

「賢太郎くんって嘘が下手なのねぇ」

 嘘じゃないのに。

 まだお姉さんが勘違いしていてベッドの方を見たので賢太郎は慌てて説明する。

「違います嘘じゃなくて巻物が無いのは本当で嘘が噂でこれが本当なんです」

 なに言ってんだコイツ。

「……なに言ってるか分かんないけど巻物は貰って行くね?」

 困った事にお姉さんはそう言ってクルリと背を向けて屈んでしまった。そしてベッドの下に手を伸ばしゴソゴソと段ボール箱を引き出し始めたではないか。

「あ! ちょっと駄目です駄目です!」

 これはいよいよ不味い、と賢太郎はついに強行手段に出るべく身を乗りだし、ベッドの下を覗こうとするお姉さんのお尻……ではなく背中に手を伸ばした。

 むぎゅ。

「ぶへ」

 四つん這いでお姉さんに近付こうとした賢太郎の顔に、柔らかい物がぶつかる。お姉さんはお尻を突きだすような姿勢だったので、ラブコメならここで主人公がつまづいてお尻に触っちゃうイベントが起きそうな物だが、今賢太郎の顔に当たっているのは残念ながらお尻ではなく足の裏であった。いや、足の裏で喜ぶ方もいらっしゃるだろうが少なくとも賢太郎にとっては残念な事である。しかも驚いた事にお姉さんの足の指は賢太郎の顎をガッチリ掴んで離れない。

「ちょっと駄目ですって」

 器用に片足だけで賢太郎を制するお姉さんはベッドの下に上半身を入れてゴソゴソやっている。賢太郎はこれはもう絶対絶命だと焦るが、どんなに顔からお姉さんの足を引き剥がそうと頑張っても掴まれた顎が引っ張られてしゃくれるばかりである。賢太郎が両手を使っているのにお姉さんの片足はビクともしないのだ。

 賢太郎が足の裏と格闘していうちに、ベッドの下から雑誌のページをめくる音がした。

 ぺら。

 その音を聞いた瞬間に賢太郎はカッと顔を赤くして足の裏も気にせず話しだした。

「いやそれは友達から預かった物で別に俺のってワケじゃないんですよ本当にいやアイツには困ったもんですよ本当にいや本当に、ねぇ?」

 何が「ねぇ?」なのかは分からないし、そもそもお姉さんはそんな言い訳を聞いているのかいないのかもよく分からない。

「……」

 お姉さんは無言である。

 ぺら。

「いやほら巻物を探してるんですよね? だったらそんな本に構ってないで早く探して巻物が無い事を確認してください本当その本なんて読んでも面白くないですよ本当面白くないからベッドの奥にしまっただけの話で、ねぇ?」

 だから何が「ねぇ?」なのか。しかしまぁ忍と話していた時はいちいち黙り込んでいたくせに今は妙に饒舌である。そんなにエッチな本を見られるのが嫌か賢太郎。

 ぺら、ぺらららら。ごん。

 ページを飛ばし読みするような音の後、鈍い音とともにベッドが少し揺れた。

 何だか分からないがそれで顎を掴んでいた足の力が抜けたようなので、賢太郎はその隙にお姉さんの足を顔からひっぺがした。

「えっと、その、どうしました?」

 鈍い音をたてたきりお姉さんが動かないので、もしかして頭でも打ったのかと思って一応心配する賢太郎。ベッド下の本はもう十中八九見られているので、半分開き直ったような気持ちでお姉さんの後ろからベッド下を覗く。

 ベッド下を覗くために床に這うような姿勢になった賢太郎の額に、カツンと「L〇」の角が突き刺さった。

「かふっ」

 ちなみに「L〇」はジャ〇プだとかマガジ〇のような週刊誌よりも少し薄い程度の本なので、そんな本を投げられ角が当たったとなるとそれはもう痛い。漫画の単行本だとか文庫本だとかの背表紙も意外と硬いのでちょっとした凶器ではある。

 そのちょっとした凶器(成年向け)がベッド下から投げつけられたワケである。

 額を抑えてうずくまっている賢太郎に、ベッド下からお姉さんが怒声を投げる。

「エロ本なら先に言ってよ! 表紙が普通だから読んじゃったじゃない!」

 そんなのただの自業自得だろ、と言い返したいが額が痛くてそれどころではない。

「何よもう。エロ本しかないじゃない。もしかして本当に巻物は無いの?」

 ベッドの下から上半身を引っこ抜いて背を向けたまま胡座あぐらをかいて座るお姉さん。

「だから……」

 と踞ったまま賢太郎が口を開く。息を1つ深く吐いてから顔をあげて続ける。

「だから最初から巻物なんて無いって言ってたじゃないですか」

 勝手な事をされるし額は痛いしで流石にイライラしている賢太郎。

 しかしお姉さんはそんな事お構い無しのようで。

「でも実は他のところに~?」

 などと神経を逆撫でするような事を言いながら振り返る。

 賢太郎はグッとあからさまに眉を寄せて、お姉さんと同じように胡座をかいて座る。

「だから無いものは無いんですって。いい加減にしてくださいよ」

「ごめんね賢太郎くん、私って職業柄あまり人を信用できないのよ」

「忍び忍んで十五年!」

「いや信用とかじゃなくて無いものは無いんですって」

「命捧げて主に尽くす!」

「やっぱり何事も自分の目で確認したいと思わない?」

「美少女くの一! 忍取忍、ただいま見参!」

「だから無いんだから確認も何も無いですよ。早く帰ってくださいよ本当にもう」

「キラーン!」

 そろそろ忍に構ってやって欲しいものであるが、賢太郎はちょっとイライラしているので忍に構うのは後回しに

「ごめん忍取さんおかえり悪かったから切腹は止めて」

 玄関に座り込み脇差しを取り出したのを見て慌てて声を掛ける。忍の傍らにはジャガイモやら人参やらが覗く買い物袋が置いてある。

「どうせ忍はいらない子です……。帰って来ない方がよろしゅうございましたね……」

 脇差しは懐にもどしたが、忍は女座りでおよよと泣き真似をした。

「い、いや別にそういう訳じゃ……」

 面倒臭いなぁ、と思いながらも賢太郎は一応フォローする。

「やだぁ、忍ちゃんってもしかしてヤンデレさん?」

 いつの間にか立ち上がったお姉さんが口元に手をやって忍をからかう。

 一応解説を入れておくが、ヤンデレというのは「主人公の事が好き過ぎて精神的に病んでる」キャラクターの事である。まぁつまり極端な例を出すと「主人公くんを私だけの物にしたいから監禁しちゃおう」だとか「主人公くんと心中して二人だけの世界に行こう」だとかそんな感じの事をやっちゃうキャラクターの事なのだ。今の例はあくまで極端な話だが、現実でたまに現れるストーカーなんかもヤンデレに分類されるのではないかと作者は考える。まぁ作者としては精神的に病むほど好かれてみたいような気がしないでもない。もちろん猟奇的なのは勘弁である。

 ……ダラダラと話が脱線してしまった。

 さてお姉さんからヤンデレ疑惑を掛けられた忍。およよ、と泣き真似をしていた体勢からスッと立ち上がって

「……その女に取られるくらいならいっそ賢太郎様をこの手でええぇぇ!」

 なんとピンクの忍者服をひるがえし賢太郎に飛び掛かったではないか。なんだなんだこれでは本当にヤンデレさんではないか。

 突然飛び掛かられた賢太郎は「えぇ!?」とか「うわぁぁ!」とか言う間もなく頭を忍の胸元に抱えられ、「もがもが」と布に遮られた声しか出せなかった。そして抱えられた頭を引っ張られてそのままベッドと反対側の壁まで連れてかれる。つまりお姉さんと距離をとる形になったのだが、座ったままの体勢で頭を引っ張られるものだから賢太郎は首の辺りが痛くて仕方なかった。

「あらまぁ」

 お姉さんは口元に手を当てて目を丸くする。この動作もなんだか芝居がかっていてどこか不自然である。

「いてて……」

 賢太郎は首の痛みにイラッとしたが忍を突き離そうとはしない。実は抱えられた頭は忍の胸元に顔を押し付ける形になっているので、賢太郎としては頬に当たる胸の感触に口元が緩むのを必死で抑えていたりする。ついでに言うと忍は賢太郎の右半身に抱き付くような姿勢なので、賢太郎は右半身に当たる忍のお腹やら脚やらの感触に顔を真っ赤にもしていた。

「忍ちゃん本当にヤンデレさんなの?」

 お姉さんが口元に手を当てたまま、やはり芝居がかった仕草で首を傾げる。

「そんなわけありません。これは冗談でございます」

 と答える忍は一向に賢太郎の頭を離す気配が無い。賢太郎も離れようとしない。実はこの時忍の顔も真っ赤で口元が緩んでいたのだが、またしてもその顔は賢太郎からは見えていない。しかしお姉さんはバッチリ忍のニヤケ顔を見ているので「本当にヤンデレさんなの?」と疑ったのである。まぁそれも賢太郎の知るところではない。

「それより先ほど見た限りでは賢太郎様は何か怒っておられたご様子。その理由によっては只では済ませませんよ」

 真っ赤な顔でキッとお姉さんを睨む忍。やはり賢太郎の頭は離そうとしない。

 やだ怖ぁい、と肩をすくめるお姉さん。

「私がちょっと巻物を探そうとしたらね、聞いてよ忍ちゃん、賢太郎くんたらこんなエッチな本持ってたのよ」

 賢太郎はそれを聞いてゲゲッと思い慌てて忍の胸元から抜け出そうとした。しかし忍の腕の力が強いのか頭はビクともしない。

「ちょ、ちょっと忍取さん……」

 そうこうしている内にお姉さんはとっくに床の『L〇』を拾い上げて適当なページを開き忍の前にかざしている。

「そ、それは……!?」

 忍の驚いた声。

「よくも賢太郎様の宝物を!」

「宝物じゃないよ!」

「宝物じゃありませんでした!」

 賢太郎の素早い否定と忍の素早い訂正である。

 お姉さんは開いたままの『L〇』をヒラヒラと振ってからかうように言う。

「そっかー、宝物かー。そうだよねー、ベッドの下に隠してた位だから宝物だよねー」

 賢太郎はもう恥ずかしくなってこのまま忍の胸に埋まってしまいたいと思った。

「いやいやその本は友達が勝手に置いてった本で面白くないからベッドの下に入れただけで本当アイツには困っちゃうなぁ本当にもう本当ですよ本当」

 忍の胸に顔を埋めたまま言い訳する姿の方がよっぽど恥ずかしいような気もするが。

 その賢太郎の姿に忍は幻滅するかと思いきや、頬を紅潮させ笑みを浮かべて更に強く賢太郎を抱き締めようとするではないか。

「ん~~~~!」

 しかし忍は強く抱き締めるのを耐えて、それでもやっぱり賢太郎の頭は離さずお姉さんを見上げる。

「え? なに? え?」

 忍の様子が見えない賢太郎はまさか「ん~~~~!」が賢太郎を愛でようとするのを耐えている声とは思わない。

 そんな事はどうでもいいお姉さんは呆れたようにフンと1つ息を吐く。

「別に宝物じゃなくても持ち主が賢太郎くんじゃなくても私にはどうでも良いんだけど、そろそろ巻物の場所を教えてくれない?」

 忍がスッと笑みを消す。

「巻物はありません」

 うーん、とお姉さんは人差し指を顎に当てて首を傾げる。

「さっき賢太郎くんにも言ったんだけど、私って人を信用できないのよねぇ」

 だから、と顎にやっていた手をバッと1振り。その一瞬で手に数本の金属の細い棒、というか長い針を握って続ける。

「教えてくれないなら、体に聞いちゃっても良いかなぁ?」

 そうなのだ、忘れてはいけない。このお姉さんは昼間突然賢太郎の腕を捻り上げた人なのだ。そんな人が「体に聞く」と言っているのだから、またしても痛い目にあいそうな気配はお姉さんの様子が見えない賢太郎でも理解できるものである。

「ちょっと待ってちょっと待って」

 ここにきて自分がいかに無防備な状態かを察した賢太郎は今さらもがきだす。美少女の胸元から離れるのは後ろ髪を引かれるような思いだが痛い目にあうのはちょっと本当に勘弁願いたいのである。

 しかしもがく合間にチラとお姉さんが持つ針を見て更に慌てる賢太郎とは裏腹に、忍はフッと余裕全開で笑みを浮かべた。

 そして忍が言うには

「ふっ……やはり二流」

 らしい。

「カッチーン……」

 お姉さんがわざわざ口に出して言う。

「脅しのつもりだったけど、本気でやっちゃって良い感じかなこれ?」

 なんだか更に痛くなりそうな予感である。

「いやちょっと待ってください本当に巻物は無いんですって噂は嘘なんですガセネタガセネタちょっと忍取さんマジで離して!」

 ジタバタ腕の中でもがく賢太郎に忍は顔を寄せる。

「ご安心を賢太郎様。あの者の刃が賢太郎様に届く事はありません」

 ちょっと待て刃物も出てくるのか、と更に焦る賢太郎の頭を一際ギュッと強く抱いてから、ついに忍は賢太郎を解放した。

 スッと賢太郎の前に立つ。

「体に聞くと申されるならば、こちらも体でお答えしましょう」

 バトル展開のようだが

「え? 大丈夫なの? 本当に大丈夫なの?」

 賢太郎だけが本当に情けない。

「本当無理なら俺とか気にしなくて良いから。いやほら出来るなら穏便に、ね? 針とか危ないよ本当に? ね? 大丈夫なの?」

 うるさい男である。

 お姉さんが握る長針に軽く口付ける。

「私もなるべく優しく穏便に針2、3本で済ませたいんだけど、忍ちゃんはどうなのかなぁ?」

 穏便にやっても針2、3本は刺す気らしい。これはもう賢太郎としては忍を頼るしかない。しかし女の子に頼るのも情けないのでここは口を閉じて流れに身を任せる事にした。何故かというとこのままの流れだと確実に忍が守ってくれるだろうという計算があるからである。下手に口を出して「ならば賢太郎様がお相手願います」なんて事になったら困るのである。

 そんな情けない計算をしている賢太郎を背後に、忍は不敵な笑みでお姉さんに答える。

「私も相手が手練れであれば穏便に済ませたいところでございますが、貴女のような二流ならば体に教えた方が手っ取り早いかと」

 なんとまぁ挑発的である。

 お姉さんの眉がピクリと動く。

「さっきから二流二流って……」

 明らかに怒り始めているのだが忍は更に追い討ちをかける。

「そうやって挑発を真に受けるところも二流ですね。あ、もしかして、というよりもやっぱり貴女……」

 とどめ。

「野良忍者ですか?」

 忍がそれを言い終わるや否やお姉さんは鋭い目付きで腕を振った。どの腕を振ったかというともちろん針を持っていた腕である。

 ヒュッと風を切る音。賢太郎はビクリと体をすくませ思わず目を閉じてしまった。

 しかし針が刺さった感覚はない。

 そろ~り、と目を開ける。

「お、おお?」

 なんと目の前の忍の手にお姉さんが投げたであろう針が3本も握られている。

 忍が不敵に声を張り上げる。

「やはり二流!」

 チャッと3本の針を握りなおし、それをポイと床に投げ捨てた。

 お姉さんは驚いたように目を丸くしている。

 同じく賢太郎も目を丸くして忍を見上げている。

 忍が顔だけを賢太郎に向けてニッコリ笑う。

「見ていてください賢太郎様。あの程度の相手ならばこの忍取忍おしどりしのぶ指1本で……」

 いえ、と再びお姉さんの方を向いて、自分の前髪を1本プツンと抜いて目の前にプランと垂らした。

「この髪の毛1本で打ち勝って見せましょう」

 冗談で言っているようには見えなかった。

 お姉さんが歯ぎしりした。いつの間にか新しい針を両手に計6本も握って脚を開いて戦闘体勢である。

「もう穏便になんて済ませないわよ」

 なんだか怖いムードである。


 一転してバトルモードの忍とお姉さん。

 「髪の毛1本」と宣言した忍の実力は本物なのか!? そしてマンションなんかで戦って近所から苦情は来ないのか!? 

 そもそも作者にアクションなんて書けるのか!?

 次回『苦情が来ました』

 乞うご期待!



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