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忍ちゃん大興奮

 第4部にしてようやくマンションへと入った賢太郎と忍。二人はマンションの自動ドアを抜けた足でそのまま少し進み、郵便受けの詰まった壁に突き当たった所で右に曲がる。そうした所にエレベーターがあるのだ。

『上』のボタンを忍が押して、二人はエレベーターが降りてくるのを待った。

「……」

 賢太郎は何から質問したものかモヤモヤと考えながら、ピンクを背景にポニーテールの揺れる背を見つめていた。なぜポニーテールが揺れているのかと言うと、忍がエレベーターの扉上部を見上げ、ふんふふんと鼻歌を歌いわずかに頭を揺らしているからである。

 やがてエレベーターの扉が開き、二人は狭い箱の中に入っていく。忍が当然のように8階のボタンを押す。扉が閉まり、何となく閉じ込められたような気分の賢太郎は落ち着かない様子で口を開いた。

「あのさ」

 はい、と忍は振り返る。待ってましたとばかりに満面の笑みだ。

 声を掛けたは良いが何を質問しようか決めていなかった賢太郎は、少し口ごもりながら言った。

「えっと……忍者……?」

 ババッと忍が腕を振り上げる。

しのしのんで15年!」

 また決めポーズをやりたいらしい。わざわざエレベーターの真ん中に移動し、振り上げた両腕をゆっくり円を描くように下ろしていく。

「命捧げて主に尽くす!」

 下ろされた両腕がそのまま円を描く軌道で再び上に登った。どう見ても変身するような雰囲気なのだが、変身はせずクルっと片足でターン。

 ピタッと賢太郎に対し少し斜め向いて止まる。フラミンゴのように片足を曲げ、腰に左手を当てて右手は目元で横ピース。

「美少女くの一! 忍取しの――」

 チーンと間抜けな音が鳴って扉が開く。8階に着いたのだ。

「……着いたよ」

 賢太郎が言う。忍はポーズを決めたまま固まっている。扉を塞ぐようにして立っているから邪魔なことこの上ない。

「……」

 忍は気落ちしたようにポーズをやめた……かと思うと再びババッと両腕を振り上げた。

「忍び忍んで15年!」

「待って待って分かったから扉閉まるから早く出よう」

 賢太郎が慌てて言うと、忍は素早くそれこそ一瞬で片足立ちの横ピースになった。

「キラーン!」

 どうやら省略したらしい。さっきは腰に当てていた左手でボタンパネルの『開』を押している。

「……あ、うん」

 こんな時どんな顔をしたら良いか分からない賢太郎は、とりあえず笑えば良いのだろうかと考えながも結局にやけたような微妙な表情を浮かべる事しか出来なかった。

 賢太郎の反応はともかく忍は満足したのか、『開』のボタンを押したままササッと扉の脇に寄った。

「さ、賢太郎様どうぞ」

 言われずとも賢太郎はエレベーターから出る。

 正面に伸びる長い廊下の左側に扉が8つ並んでいる。その一番手前、801号室が賢太郎の部屋だ。

 ここに来て今更、賢太郎は『忍が部屋に上がる』という事を意識した。忍が当たり前のようにしているものだからつい一緒にここまで来たが、よく考えると忍を部屋に上げる理由はない。疑問やら何やらは立ち話でも良かったのだ。

 そりゃあまぁ忍は先に書いた通り美少女なので、無意識に下心に流されてしまった可能性も否定できない。ちょっと変わっているとはいえ美少女が部屋に来るかもしれない好機を、ごく普通の健全な高校生たる賢太郎に捨てる事が出来るだろうか。いや、出来ないだろう。

 という事で結局賢太郎の中では忍を部屋に上げると決まっているのだが、問題が1つだけあった。

 部屋が汚いのだ。

 高校生の1人暮らしなのだから、仕方ないと言えば仕方ない。それでも祖父と暮らしていた頃から割と家事はやっていたので、いわゆるゴミ屋敷のような汚さではないが、漫画本やら脱ぎ捨てた服やらが散らばっていて、友達を呼ぶにはちょっと恥ずかしい程度には汚れていた。

 忍を玄関前に待たせて先に部屋へ入り、多少でも掃除してから忍を部屋に上げようか。

 と賢太郎が考えているうちに、どうやったのか忍がいつの間にやら801号室の扉を開けて待っている。さぁどうぞと言わんばかりの笑顔だ。

 賢太郎は学生鞄を開けて中に鍵があるのを確認した。賢太郎の知る限り合鍵は無いはずだった。

「え? 開いてた?」

 そんなはずは無いのだが。

 忍は「ご安心を」と微笑む。

「鍵はしっかり掛かっていました。仮に賢太郎様が掛け忘れたとしてもこの忍がきちんと掛けますので何も問題はありません」

 すでに問題があるのだが。

「……鍵掛かってたなら、どうやって開けたの? 合鍵?」

 賢太郎の問いに、忍は左手でどこからかササッと何やら細い金属棒のような物を数本取り出して得意気に答える。

「合鍵など無くとも、私にかかればこのような鍵は飾り同然にございます」

 ふふん、とドヤ顔。

「……ごめん、一応俺んだから勝手に開けないでくれる?」

 それ以外にも言う事はあったような気はするが考えがまとまらない。

 別に怒ったつもりはなかったのだが、忍はどう受け取ったのか顔を曇らせて慌て気味に扉を閉めた。

「申し訳ありませんでした」

 そしてそう言ってドアノブの前にしゃがみ、先程の細い金属棒をカチャカチャと鍵穴に突っ込んだ。

 カチリ、と鍵の掛かる音。

「さ、どうぞ」

 忍が場所を譲る。

 賢太郎は促されるまま、学生鞄から鍵を取り出した。

「……」

 鍵を鍵穴に突っ込む。

 カチリ、と鍵の外れる音。

 忍が声を上げる。

「お見事!」

 いったい何がお見事なのか。もしかすると忍は賢太郎が『勝手に開けるな』と言ったのを『俺が開けたいから勝手に開けるな』という風に解釈したのだろうか。

「そうじゃなくて!」

 思わず声を上げる賢太郎。しかしそこから先が続かない。どう言えば良いか分からないし、そもそもこんな事よりもまず聞かねばならない事があるしで賢太郎の頭は混乱寸前である。

「な、何か!?」

 賢太郎の声に驚いて忍が目を丸くする。不安気にも見える表情が賢太郎を見上げている。

「……もういいや、とりあえず入ろう……」

 疲れたように肩を落とし、賢太郎は扉を開けて部屋に入った。

「あの、申し訳ありません。私なにか粗相そそうを……」

 忍が謝りながらついてくる。

「いや、違うから。別に何も悪くないから」

 適当になだめながら、足元の漫画本やら服やらを足で退けつつ部屋の隅にあるベッドまで歩いた。12畳のワンルーム。冷蔵庫や箪笥たんすと言った必要最低限の家具しかないので割と広く見える。

 足元に学生鞄を置いてベッドに腰かける。

「散らかってるけど適当に……」

 座っていいよ、と言いかけて賢太郎は止まった。さきほど道を開けるために退けた漫画本やら服やらを、忍がせっせと片付けていたからである。

「ちょっと待ってちょっと待って! いいよ片付けなくて。俺の家なんだからあんまり勝手に物触らないでよ」

 賢太郎の声に一瞬ビクリと体を強張らせた忍は、棚に入れようとしていた漫画本から手を離し、縮こまったように床に伏せた。

「申し訳ありません!」

 なんと土下座である。

 こうまでされると賢太郎の方が罪悪感を感じてしまう。

 思わずベッドから下りて床に膝をついた。

「怒ってないよ。そんなに怒ってないからそんなに謝らないで」

 たちまち立場が逆転し、賢太郎の方が忍のご機嫌を伺っている始末である。土下座ってのは『守り』に見えて実はなかなかに強い『攻め手』なのではなかろうか。忍がそこまで計算しているようには見えないが、何だか卑怯な気がしないでもない。

 忍がガバッと顔を上げる。目が潤んでいるように見えるので本気で土下座していたらしい。本気なら本気でまた面倒臭いのだが。

 とにかく目を潤ませた忍が、

「謝って済む問題では無いとおっしゃいますか! しからば切腹いたし誠意を」

 とか何とか言い出して懐から小さい刀、いわゆる脇差しを取り出すものだからこれはもう賢太郎は慌てて止めた。

「違うって! 切腹とかしなくて良いから!」

「賢太郎様! お手数ですが介錯を!」

 本当にどこから取り出したのか鞘に納められた長刀を賢太郎の前に置く。

「だから待ってって!」

 上体を起こし上着を脱ごうとする手を掴んで止める。しかし忍はイヤイヤと首を振って髪を振り乱し賢太郎の話も聞かず「かくなる上は! かくなる上は!」とか言っている。何だかてんやわんやで、まるでコントのような有り様だ。

「あーもう! 片付けて良い! 片付けるなり何なり好きにして良いから落ち着いてよ!」

 賢太郎がそう言うと、ようやく忍は抵抗を止めて顔を上げた。

「本当ですか?」

 目が輝いている。そんなに片付けがしたいなんてやっぱり変わった子だなぁ、と思った賢太郎だがその忍の嬉しそうな顔に不覚にもドキッとしたりしなかったり。

「う、うん。片付けてくれるんなら、その、助かると言えば助かるし」

 ちょっとドギマギしながら、賢太郎は忍の手を離して答えた。

 その瞬間に忍が素早く立ち上がる。

「ならば少々お時間を!」

 忍の姿が消え、嵐のようにほこりが舞い上がった。賢太郎は驚いて「うわぁ」だか「ぼふぁ」だか叫んで床の上にひっくり返った。

 時折ガタガタゴトゴト音を立てながらピンク色の風が賢太郎の部屋を吹き荒れる。賢太郎が上体を起こして見ると、散らかっていた漫画本やら服やらが瞬く間に風にさらわれ消えていき、果てはベッドや棚の上の小物まで整理整頓されていく。

 片付ける、というレベルではない。言うなればお掃除タイフーンである。

 賢太郎が唖然としてる間に部屋全体が整理整頓され、風呂場の方からは洗濯機の回る音まで聞こえてくる。

「ふぅ……」

 ようやく元の位置、賢太郎の正面で立ち止まった忍は、良い汗をかいたという風に額を拭い爽やかな顔をしている。

 余りの早業に賢太郎はしばらく口をパクパクさせ、絞り出すような声で言う。

「ぜ、全部片付けた……の?」

 部屋全体に視線を巡らせると、恐ろしい事に全て『元通り』なのだ。賢太郎が何日も暮らしていて少しずつ散らかっていった部屋が、まるで引っ越してきた当初のように片付いている。これはつまり、忍はずっと以前の、まだ散らかる前の状態を見た事があるということではないだろうか。

 不法侵入だとかストーカーだとかの言葉が賢太郎の頭の中を飛び交う。

  忍は悩める乙女が胸の内を告白するように拳を胸に当てて答えた。

「実はずっとこの部屋をお掃除させて頂きたいと思ってたんです。しかし私はしのびの身、無闇に存在を気取られる真似をするわけにもいかず常日頃からそれはもう悶々と」

 しかし! と拳を突き上げる。表情も晴々とした物に変えて――晴々と言うより恍惚と言った方が正しいかもしれない――とにかく忍は願いが叶ったような嬉しそうな顔で言う。

「賢太郎様を救うために今こうして姿を見せた以上、これからは堂々とお役に立てるわけでございます!」

 ございます! と言われても……。

 賢太郎は阿呆のように口を開けている。

 阿呆と化した賢太郎は、声にする直前まで何から質問すべきか悩みながら口を開いた。

「い、いつから……?」

 それはもう! と忍は腰に手をあて胸を張る。

「賢太郎様が源之助様とお暮らしになっている頃から、この忍は陰より賢太郎様をお守りしておりました!」

 源之助とは賢太郎の祖父の事である。

「……」

 賢太郎はまた頭を抱えた。

 頭を抱えずにさっさと次の質問に行けば良いのだが。もしかすると話が全然進まないのは賢太郎がすぐに言葉を失うからでは無いだろうか。

 独りで悩みを抱えこんで物事が良い方向に行くなど滅多に無いのだから、とにかく大事になる前に行動に移してしまうか誰かに相談すべきである。賢太郎はどうもその辺が分かって無いらしい。

「賢太郎様、もしやご気分がすぐれないのでは?」

 それはともかく、どうにも話が進まない二人である。


 この第四部だけで5000文字近くあるが無駄を省けば1000文字足らずで済みそうな内容である。どうにも作者は無駄な事をだらだら書いてしまう癖があるらしい。

 とにかく次回は無理矢理にでも話を進めようと決意する作者。しかし悪い癖がそう簡単に治るはずもなく……!?

 作者は無事に目的通り話を進める事ができるのか!?

 次回『斯々然々(かくかくしかじか)って便利ですね』

 乞うご期待!

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