表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

21部で展望台部分を展望デッキと書いていましたがタワーの場合はデッキという言い方はしないそうですね。誤りでした

 さて時刻は午後10時ちょっと前。空はいつの間にやら雲が出て月も見えない重い色。賢太郎は今どこかと言うとそれは当然、枕タワーの展望デッキ改め展望台の屋上である。

 この枕タワー、高さが214mあるらしく、建物で言うとだいたい70階くらいの高さである。そんな高さから見下ろす夜景はさぞかし綺麗だろうと思うのだが、残念ながら賢太郎にはその夜景を堪能する余裕はない。屋内ならばまだしも屋外なのである。

 屋上の中央近くにいる賢太郎からは屋根で死角になっているが、このタワーの真下はただの広場である。街路樹が植えてあったような気もするが、その上に落ちたとしても即死だろう。風も強いのでもしかしたらちょっと離れた位置にある歓楽街まで飛ばされるかも知れない。まぁそれでも死ぬ場所が賑やかだというだけで結果は変わらない。とにかく落ちれば即死である。

 屋根から更に上に伸びる鉄塔の足元にいる賢太郎。腰には工事現場なんかで働く人がよく身に付けてる安全帯が巻かれていて、それから伸びるガッチリした太い紐は鉄塔の柱の一本に巻き付けてある。賢太郎の安全を考慮して用意してくれたらしいが、それならそもそもこんな危ないところに連れてこないで欲しいと思う。

 鉄塔に寄り掛かって座る賢太郎は溜め息をついた。その溜め息が震えているのは肌寒いからかビビっているからかは分からない。多分両方だろう。

 そんな賢太郎をここに連れてきた張本人二人は平気な顔で屋上をうろうろ歩いている。五角形だか六角形だか分からないがとにかく多角形で市の体育館くらいはありそうな広さがあるのをウロウロしている。探丸もお姉さんもやはり神経が並ではない。賢太郎を担いで展望台の外側を登ったのもそうだし、今だって屋上の縁の鉄柵から身を乗り出して下を覗き込んだりしているのである。賢太郎はそれを見ているだけで息が詰まるくらいにビビっているというのに。

 ああもう嫌だ嫌だ。賢太郎は早く忍が来ないかなぁと思った。具体的な時間はわからないが、探丸とお姉さんがさっき書いた通りそわそわ警戒しているのでそろそろ忍が現れるんじゃないかと期待している。

 ずるる、と鼻水をすすりあげる賢太郎。その背後から声がかけられた。

「賢太郎様」

「うわお!」

「うわお!」

 前者の「うわお!」は忍に驚いた賢太郎の「うわお!」で、後者はその「うわお!」に驚いた忍の「うわお!」であるうわお。

 振り向くと賢太郎が背もたれていた鉄柱の横に忍がたっている。格好はやはりというか何というかピンクの忍者服である。寒くないのだろうか。

「賢太郎様、お怪我はございませんか?」

 言いながらしゃがみ込み何やら手に持っていた黒い物、よく見ると賢太郎のジャケットだったそれを差し出してきた。どうやら気を遣って持ってきてくれたらしい。

「ああ、ありがとうありがとう。うん大丈夫だよ」

 いやぁ助かった助かった、とジャケットを受け取り袖に腕を通す賢太郎。安全帯の紐が邪魔だがとりあえず寒さはこれでしのげる。

「お、きたな忍ちゃん」

 屋上の端にいた探丸が気付いてこちらを振り向く。暗いのにまだサングラスを掛けている。迷彩の上着が風でバタバタ鳴っているし距離もそれなりにあるのだが不思議と声はよく聞こえた。足元の赤い照明がゆっくりと明滅している。

「きたのね忍ちゃん」

 賢太郎と忍の背後、鉄塔の後ろからお姉さんの声。

 探丸が鉄柵に腰かける。その後ろはもう何もない落ちるだけの場所なので賢太郎からすればヒヤッとする光景である。

「忍ちゃん、わざわざ忍ちゃんにこんな所までご足労願ったのは、そこの負けず嫌いがリベンジしたいって言うからなんだ」

 お姉さんが大回りに鉄塔を迂回して賢太郎たちの前に歩み出る。なんだか自信ありげな歩みである。

「ごめんね忍ちゃん。年上としては実力も出さないまま負けっぱなしってのは納得できないのよねぇ」

 さぁ来いと言わんばかりにお姉さんは正面で足を止めて不敵な笑みを浮かべた。

 しかし忍はそのお姉さんに背を向け、賢太郎の前に腰を落とした。

 ポニーテールを風になびかせ、忍はやけに優しげな顔でニッコリ笑う。

「さて、賢太郎様。いかがいたしましょう」

 いかがいたしましょう?

 まさか意見を求められるとは思っていなかった賢太郎は言葉に詰まった。てっきり何も言わずとも忍が何やかんやして助けてくれるだろうと思っていたのである。

「えー……っと」

 なんて言ったら良いのか考える賢太郎。チラッと忍の向こうのお姉さんを見ると、仁王立ちで待っている。何を待っているかと言えばもちろん忍を待っている。だから放っておいてもバトル展開になりそうなものだが、賢太郎の口から「戦え」ってのはどうにも言いづらい。

 うーむ。

 例によって賢太郎が黙ってしまうと、忍は立ち上がって言った。

「何も言われぬなら、忍も何もいたしません」

 えー、と賢太郎は忍を見上げて思った。冗談を言われたような感覚だった。しかし今の忍は笑っていないので、もしかしたら何か怒っているのだろうかとも考えた。

「それじゃあ困るのよねぇ」

 お姉さんの声が思った以上に近くから聞こえる。気が付くといつの間にやら忍の真後ろに立っているではないか。

 忍、後ろ後ろ。と賢太郎が言うまでもなく忍は気付いているはずなのだが、何故だか忍は振り向きもせずお姉さんの中段回し蹴りを素直に食らって吹っ飛んだ。

 忍の脇腹を蹴ったお姉さんの脚がちょうど目の高さだったので思わず目を閉じてしまっている賢太郎。そして目を開けると前にはお姉さんだけが立っていて、その視線の先、左を見ると離れた所に吹っ飛んだ忍が平然と歩いてくるではないか。

 意外と平気そうなのでホッとする賢太郎。大丈夫? と声をかけたいが風の音に掻き消されそうなので黙っている。

「忍ちゃん、やる気ないの?」

 お姉さんが首を傾げて賢太郎に聞く。聞かれたところで賢太郎も分からないので

「さあ?」

 と誤魔化すような笑みを浮かべて首を傾げた。内心まさか次は自分が蹴られるんじゃないかとビビっている。

 しかしお姉さんは忍に向かって身構えるだけで何もしなかった。忍も普通に歩いてくるだけで、何もしなかった。

 警戒しジリジリ後退るお姉さんを完全に無視した様子で、忍が再び賢太郎の前にしゃがみ込んで微笑む。

「賢太郎様、いかがいたしましょう?」

 さすがに賢太郎も忍が内心笑っていない事に気付く。微笑んだ顔が風でめくれてその下にある怖い顔が見えそうな気配である。なにか意図があってそうしているに違いないのだが、それが何か分からない。いや分かるような気もするが。

 忍がちょっと揺れる。どうしたのかと思ったら背後に立っているお姉さんが片足で忍の背を踏みつけているではないか。無視されているので挑発しているのだろうが、それでも忍は振り向かない。

「忍ちゃん、やる気ないなら賢太郎くんを狙っちゃうけどいいのぉ?」

 げ、嫌な気配である。お姉さんの台詞に賢太郎の方が慌てる。

「し、忍、ほら、えーと、なんか言ってるよ」

「なにか言っておりますね」

 忍が冷たい。顔だけは微笑んでいるのが何だか嫌な感じである。いかにも分かっていて無視しているような、そんな感じ。賢太郎は男なので女の子の忍に「助けて」だとか「守って」だとかは言いにくいのでその辺を察して欲しいものである。いや察したうえで無視してるようでもある。

「ぱふぇ」

 とそれまで離れた位置で鉄柵に腰掛けていた探丸が口を開いた。風の強いなか何故声が届くのかは忍者だからとかそんな感じの理由で作者もよく考えていないので気にしないで欲しい。

 とにかく突然ぱふぇとか言い出した探丸は鉄柵から腰を上げてのこのこ歩いてくる。迷彩の上着が風で暴れて邪魔そうだがボタンくらい止めてはどうだろうか。

「それで呼ぶんじゃないわよ死ね」

 お姉さんが忍の背から足を離し探丸を振り返る。ちょいちょい言葉がキツいのでどうもお姉さんは探丸が嫌いらしい。

 さて探丸が足を止めてお姉さんを手招きして呼ぶ。賢太郎はそっちも気になるが目の前の物言わぬ忍の笑っているようで笑ってない目が物凄く気まずい。ああ忍なにか言いたい事があるなら言ってくれ。

 忍が賢太郎の手をとった。風でちょっと冷えた賢太郎の手に対して忍の手は暖かい。半袖で寒そうな露出過多な格好なので不思議なことだが、まぁそこら辺も気とか何とかでどうにかしているのだろう。

「賢太郎様、賢太郎様は今どうされたいのですか?」

 この私めに教えてください、みたいな雰囲気で忍は握った手を胸の辺りまで上げて言う。それで微笑んだフリをしている顔をズイっと近付けてくるので、賢太郎は同じくらいズイっと頭を引く。後ろに鉄柱があるのであまり引けないが。

 どうしたいのか、と聞かれるとそれは勿論さっさと探丸とお姉さんを蹴散らすか何かして帰りたいのだが、それをそのまま言うのは気が引ける。

「うーん、まぁ……、そりゃ、まぁ、帰りたい……よね」

 風のせいで自分の声も聞き取りづらかったが、さすが忍はバッチリきっちり聞き取ったようでニッコリ微笑んで手を離し立ち上がる。

「それでは帰りましょう」

「そうはいかないのよねぇ」

 ホッとする間もなくお姉さんの声。一際強い風が吹いて賢太郎が一瞬目をつむった瞬間に忍の姿が消えた。目の前には代わりに探丸が立っている。げぇ、いつの間に。

 探丸は口許に片手を添え、どこぞに消えた忍に向かって言う。

「忍ちゃん協力するぜ」

 言ってから賢太郎に顔を向け、まるっきりチンピラが威嚇するような感じで腰を落とす。サングラスなので余計にチンピラ臭い。

 ちなみに賢太郎は探丸が苦手だった。というのも探丸はどうやらファミレスで結局何一つハッキリした物言いをしなかった賢太郎に腹をたてている様子なのである。自業自得のようだがどうにも嫌われてしまったらしい。

「なぁ賢太郎くん」

 ヤンキー座りだのウンコ座りだの言われる体勢で探丸が言う。

「忍ちゃんが考えてること、分かるだろ?」

 ああ嫌な空気だな、と賢太郎は思った。諭すだとか説教だとか、こういうのは分かったふりして適当に頷いているのが一番である。

 賢太郎が「まぁ……」と曖昧に頷くと、探丸が声を低くした。

「適当な返事してるとマジでぶん殴るぞ」

 見透かされていた。ファミレスで時間いっぱい曖昧な返事で逃げ切った賢太郎の性格はもう理解したらしい。

 唐突に時間無制限チェーンデスマッチが始まったような気分である。繋がれているのは鉄柱とだが、まぁそれでなくても逃げ場などありはしない。

 もう下手な誤魔化しが通用しそうにない気配に賢太郎は口を閉じる。

 探丸が言う。

「なぁ賢太郎くん」

 蚊の鳴くような声で「はい」と返事をした賢太郎に探丸は続ける。

「どうやら忍ちゃんも賢太郎くんの本心が知りたいらしい」

 やっぱり、と賢太郎は妙に納得した。納得していながら、何故かそれを認めたくなかった。

 しかし賢太郎は「はい」とうなずいた。ほとんど無意識に自分の意思を殺し、探丸に合わせこの場を切り抜けようとしている。

 それを見抜いているのかいないのか、探丸は眉根を寄せる。

「じゃあ何で言わねぇんだ」

 何を言えというのか。助けて? 好きだ? 君が必要?

 いやでもだってそんなのを言うのは、恥ずかしいじゃないか。忍だって言わなくて良いと言ってたし、だいたい今だって本当に本心を知りたがってるのか分からないし、そもそも人に向かって自分の都合を基準にものを言うのは自分勝手というかわがままというか。

 賢太郎は頭の中でグルグルグルグル言葉を並べたが、その言葉の内なに1つとして口にしなかった。

「黙ってちゃ分からねぇだろうが」

 探丸が苛ついたような声でいう。下手すると次の瞬間に殴られるかも知れない。忍はいったいどこに消えたのか。

「忍ちゃんに『助けて』くらい言って頼ってやったらどうなんだ」

 ズイっと威嚇するように顔を近付けてきたので賢太郎は焦って弁解した。

「い、いやちょっと待ってくださいだって助けてって言って俺のせいで忍が危ない目にあったら可哀想っていうか、あの、はい」

 自分が頼ったせいで怪我したら大変だ、みたいな言い訳をとっさに考えつく。うんうん確かに女の子である忍を危険な目に合わせるのは良くないな、と言ったあとで自分で納得する。

 しかし探丸は

「嘘つけ」

 と一蹴した。

「だったら何でさっき忍ちゃんが蹴られたの見ても黙ってるんだよ」

 その通りである。忍は明らかに賢太郎の言葉を待っていた。それで何も言われないから、棒立ちのままお姉さんの蹴りをくらったのだ。

「いや、あの……」

 言葉につまった賢太郎に探丸が追い討ちをかける。

しのびが一生懸命やってんのに、主がそんなんじゃ仕える甲斐ってもんが無いだろ」

「でも、だって……」

 賢太郎の頭の中を、言ってはいけない言葉が浮かびあがる。

「だってなんだよ」

 探丸が促す。

「いや……」

「言いたい事あるなら言えよ。男だろうが、おい」

 脅すような声を出され、賢太郎はつい口を滑らせた。

「いや、あの、そもそも忍を雇ったのは俺じゃなくてじいちゃんが勝手に……」

 最低の言い訳である。責任転嫁もいいとこ。忍のこれまでの全てを否定しかねない言葉だった。それを賢太郎も分かっているから、言いながら殴られる覚悟をした。同時にこんな事を言ってしまう自分が情けなくて泣きそうになった。

 頭上から忍の声が響く。

「そこまで!」

 拳を握っていた探丸が飛び退いた。直後賢太郎の目の前に忍が着地する。

 忍は背を向けていた。呼んでも振り返らないような気がして、賢太郎はその背中に声をかける事が出来なかった。

「忍ちゃん、もうそんな奴ほうっておけよ」

 探丸の声に忍がきっぱり返す。

「いかなる理由があろうと賢太郎様に手出しする事は許しません」

「いいや殴る。忍ちゃんだって聞いただろ。ソイツ忍ちゃんの事なんとも思ってないぜ」

 賢太郎自身、もういっそのこと殴られた方が良いような気がしてきた。 

「私も今のは酷いと思うわよ」

 頭上から今度はお姉さんの声が降ってくる。

 賢太郎はもう何も言うまいと思った。いや、そもそも賢太郎は何も話していない。本心を何も語っていない。

 顔を伏せて片手で目元覆う。

 体の奥で何かが破裂して溢れ出してきそうだった。言葉や行動や欲求や理想と一緒に、破裂しそうなそれを抑え込む。

 忍を否定するような事を言ってしまったのを弁解したかった。そんなつもりで言ったんじゃない、違うんだ、本当は。

 本当は?

 でも弁解したところで遅いかも知れない。もう流石に嫌われてるかも知れない。今だって嫌々自分を守っているのかも知れない。

 怖い。

 もう嫌だ。誰にも迷惑かけないように大人しくしてるのに、どうしてこんなに責められるんだ。わがままだって言わずに良い子でいたのに。自分だって本当は。

 本当は。

 ……俺もあの玩具、欲しかったなぁ。

 


 次回『晴れの日』



.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ