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猫騙気発掌(びょうへんきはつしょう)

 突然見知らぬ女に拘束され、その上やたらテンションの高いコスプレ美少女まで現れるというワケの分からない状況に一周回って落ち着いちゃった賢太郎。

 しかしピンチには違いない。賢太郎としては人やら警察やらを呼んで欲しかったが、どうやらコスプレ美少女はそんな気はなく一人で助けるつもりらしい。まぁそれでもコスプレ美少女のさっきの自己紹介かキャッチフレーズやらよく分からない物が結構な大声だったので放っておいても誰か人が来るだろう。

 で、アイドルスマイルで固まったままのコスプレ美少女。もしかしたらこちらのリアクションを待っているのかも知れない。

 それを察したのか女が言った。

「えー、っと……忍ちゃん? 忍ちゃんは忍者なの?」

 まぁごもっともな質問である。突然忍者だと言われても冗談だと思うものだ。ましてやコスプレ紛いの忍者服だと尚更。

 コスプレ美少女こと忍は女の質問に答えるべく、横ピースを止めてババっと腕を振り上げる。

「忍び忍んで15年!」

 もう一度やる気らしい。

「いいから、もう一度やらなくていいから。人来ちゃうから止めて」

 女の制止に忍は素直に腕を下ろした。代わりに片腕を上げてこちらを指差す。

「賢太郎様から離れなさい!」

 それにしてもよく通る声である。そのよく通る声で何故か名前を出されてちょっと恥ずかしい賢太郎は、とりあえずこれだけ騒いでいれば人もすぐに来るだろうと考えた。これで女も年貢の納め時である。

「うーん、しのび付きかぁ。予定外だなぁ」

 しかし女は焦る様子もなく、

「よし、逃げちゃおう」

 と言って賢太郎ごと飛び退いた。その拍子に賢太郎の首が絞まって肩も痛くなって思わず「ぐええ」と情けない声が出た。

 女の足がアスファルトの地面から離れて賢太郎の「ぐええ」が言い終わるか終わらないか位に、忍が素早く両腕を広げた。手も開いていて一本締めでもやるかのような体勢である。

 忍が声を張り上げ、

猫騙気発掌びょうへんきはつしょう!」

 腕を振り、パンと両手を合わせた。

 その瞬間、凄まじい破裂音と光が賢太郎を襲った。

 マンションの影も賢太郎の視界も思考も何もかも一瞬で真っ白に染められる。おまけに体は反射的に硬直してしまう。賢太郎は何が起きたのか考える余裕は無かったし、そもそも目も耳も使い物にならないので何が起きたか知る事も困難だった。

 とりあえずジッとしている事にした賢太郎。真っ白だった視界は何だか青やら緑やらアメーバみたいな物がモヤモヤと見えはじめて、聴覚の方は耳鳴りがインインと響いているからどうやら目も耳も治ってきたようである。

 ボンヤリと白けた視界の中に、忍の背中が見えた。思っていたよりも長いポニーテールの毛先が尻の辺りで揺れている。にしてもピンクの服というのは派手だなぁ。

 それはともかくなぜ忍の背中が目の前にあるのだろう。それに忍の背中越しに見えるのはさっきまで賢太郎を拘束していた女では無いだろうか。これはつまり忍が賢太郎を助けたという事ではなかろうか。

「えっと……どうも、ありがとう」

 どうやら助けられたらしいと理解した賢太郎は、とりあえず忍の背中に礼を言う。

 すると、忍は突然わずかに背を丸めてふるふると震えはじめた。

 いったいどうしたのかと思っていると、忍は爆発したように背を伸ばして拳を天高く突き上げて叫んだ。

「やったー!」

 何だか喜んでいるらしい。

 歓喜の雄叫びを上げる忍は放っておいて、女の方はどうしているかというと、脚を横に広げて腰を落とした構えで立っていた。ここまで書いていなかったが、女の容姿は大した特徴もない、どこにでもいる大学生のような感じである。強いていえば顔が少し丸っぽいくらいだろうか。まぁとにかくそんな普通の大学生っぽいお姉さんが武術でもやっていそうな構えをとっているので、何だか非現実的な光景である。

「変な格好してるから油断しちゃった」

 お姉さんが顔を引き締めて言う。「変な格好」の部分は賢太郎も同意である。

 さて、雄叫びを上げていた忍も半身に構えて女を睨みつける。

「賢太郎様を狙う不届き者! いったい何者か!」

 様付きで呼ばれて賢太郎は何だかくすぐったい。

 お姉さんはうーんと困ったように眉を下げる。

「賢太郎君というより、巻物を狙ってるんだけど」

 そう言って視線を忍と賢太郎の背後にやったかと思うと、構えを解いてクルリと背を向けた。

「人来ちゃったから終わり~」

 賢太郎も後ろを見てみると、なるほど丁字路の端から青年がこちらを覗いている。あれだけ忍が騒いでその上すごい光と音があれば覗きにくるだろう。まぁケータイを構えているのは忍のコスプレを撮るためだろうそうに違いない。

 人に見られていると思うと何だか恥ずかしい気がするものである。だから賢太郎はすぐにでもこの場を離れたかったが、忍の方は気にした様子もなくスタスタと去っていくお姉さんに向かって構えたままだ。

「賢太郎様、追いますか?」

 ああもう人がいるんだから名前を出さないでくれ。

「いや、とりあえず帰りたいんですけど……」

 追うなり煮るなり焼くなりおいなり好きにしたらいいと思う賢太郎。これ以上はあまり関わりたくないというのが正直なところだ。賢太郎のような凡人は非日常的な事が起きると何とか早く日常に戻ろうとするものである。まぁそれが平々凡々な人生から抜け出せない最たる理由なのだが。

 という事で早く日常に戻りたくて「帰りたい」と言った賢太郎だったが、いかにも非日常的な存在である忍はその辺の事をよく分かっていないらしく、

「承知しました!」

 と満面の笑みで振り返り、いきなり賢太郎を肩にかついだ。とっくに角を曲がって姿の見えなくなったさっきのお姉さんもそうだが、高校生ともあろう男が軽々と扱われるのは何だか悔しいものだ。しかしやはり体つきは普通の女の子のようで、忍の細い肩は下腹部にめり込み賢太郎はけっこう苦しかったりする。

 それはともかく担がれて帰る気などそもそも無かった賢太郎は、駆け出そうとする忍に慌てて制止の声を掛けた。

「待って待って。歩くから降ろして降ろして」

 言いながら「いや待てよ」と賢太郎。

 脚に当たっている柔らかい物はもしかすると忍の胸なのではないだろうかいやいや今はそんな事よりも忍が何者なのかが問題だし早く帰りたいのも本当だしいやでも思春期の男子としてはこの胸の感触を堪能たんのうしたいと思うのが正常ではないだろうか。

 右の膝よりちょっと上の辺りに当たる感触に神経を集中させながら、賢太郎は「うむむ」とうなった。唸ったのは考えているからと言うよりも、忍の肩に下腹部を乗っけて垂れているような体勢のせいで少し苦しいからである。

「賢太郎様、どうなさいます?」

 待てと言ったきり考え込んでいる賢太郎に忍が尋ねる。

 よもや自分の胸の感触を堪能されているとは夢にも思っていないだろう……と賢太郎が考えているのは忍の顔が見えていないからだ。実は忍の顔は紅潮し何やら笑みを耐えるようにして口元がヒクヒクとしているのであった。それこそ賢太郎が夢にも思っていない光景である。

「えーっと、もう担がれちゃったし、このままで良いよ」

 自分のよこしまな考えを見透かされているとは知らず、賢太郎は下腹部にめり込む肩にも耐えてそのまま運んでもらう事にした。

「このままですね!」

 忍は元気よく返事をし駆け出した。そのニヤけた顔が夕日とは違う赤に染まっているのは、やはり賢太郎からは見えない。

 いつの間にやら夕日で辺りは真っ赤に染まり、マンションの影が落ちた道は更に薄暗くなっていた。

 とても人間一人を担いでいるとは思えない速さでマンションに向かって駆ける忍の背面、目の前をヒラヒラと揺れるポニーテールの毛先を見詰めながら賢太郎は考える。

 この状況での考え事なのだから当然「忍は何者なのか」だとか「あの女が言っていた巻物とは」だとかそんな事を考えているのだろうと思いきや、賢太郎は全く別な事に思考を巡らせていた。

 右膝に当たっているフヨフヨと柔らかい胸は、どうやら胸板でひしゃげているような感触である。忍は見た目中学生くらいなのだから、これが普通と言えば普通なのだろう。それに大きかろうと小さかろうと胸には違いない。走っている振動で揺れているフリをして右膝でもっと感触を

「賢太郎様、ポケットに何か入れてますか?」

「ああごめんやっぱ降ろして」

 賢太郎は忍の肩から降ろして貰いながら、さりげなく左手をポケットに入れた。マンションまであと数メートルという所で急に降ろせと言うのは不自然だったかも知れないが、賢太郎はちょっとそれどころでは無い。詳しくは書かないが。

 とにかくポケットに左手を入れたまま歩き始める賢太郎。ブロック塀に挟まれた狭い道である。辺りを真っ赤に染める夕日はマンションによって遮られている。

 いやぁ、それにして変な目にあったなぁ。

 と考え始めた賢太郎は違和感を覚えた。

「あれ?」

 足を止めて隣を見る。誰もいない。夕日の混じる影で薄暗いブロックがあるだけだ。

 振り返り、自分が今来た道を見る。誰もいない。これもまた少し遠くの突き当たりにブロック塀が見えるだけである。

「はい、賢太郎様」

 と、賢太郎の後をついて来ていた忍が学生鞄を差し出す。そういえば学生鞄の事をすっかり忘れていた。作者が、ではなく賢太郎が。

「ああ、ありがとう」

 学生鞄を受け取る。

「……あれ?」

 賢太郎はまた違和感を覚えた。

『後をついて来ていた』?

「どうなさいました?」

 忍がニコニコと微笑みながら尋ねる。

「いや……あのさ、忍取おしどりさん? 最初からそこにいたよね?」

 忍が学生鞄を差し出してくるまで、賢太郎は『そこに誰もいない』と感じていた。ピンク色で露出過多というド派手な格好にも関わらずどうして見失っていたのか。

 ああ、と思い出したような声をあげて忍は答える。

「申し訳ありません。つい癖で気配を消してしまいました」

 賢太郎はもう言葉もない。癖で気配を消したと言われたのは初めてだったし、「このウッカリ屋さんめ」だとか「気配を消せるの?」だとかの台詞がごちゃごちゃと一気に浮かんで喉に引っ掛かってしまったのだ。そもそも忍に対して言うこと質問すべき事はまだまだ山程ある。

「あ、うん」

 結局、出てきた言葉はそれだけであった。

「さ、賢太郎様。とにかく帰りましょう」

 忍が先回りしてマンションの自動ドアを開ける。

 何から質問した物やらモヤモヤと考えながら、賢太郎は促されるままマンションへと入っていった。


 長々と書いておきながら一向に進まない物語。

 結局この忍は何者なのか? 巻物とは何なのか?

 次回『忍ちゃん大興奮』

 ぶっちゃけプロットとか無いけど乞うご期待!


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