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賢ちゃん争奪戦

 玄関から響いたチャイムの音。その音に忍はブラを外そうとしていた手をとめた。

 来客と言えば新聞やら宗教やらの勧誘くらいのものなので、忍はハッキリキッパリ断って追い返してやろうと思った。忍がいなかった頃の賢太郎の対応といったらもう、契約する気もないのに曖昧な返事でだらだらと無駄に時間を伸ばすばかりなのである。

 そんな賢太郎のために一肌脱ごうと、ブラジャーを外すのは後回しにして来客に応対するためシャツを掴み玄関に向かう。

 しかし脱衣所を出たところで賢太郎と鉢合わせた。

「うわ、わ」

 危うくぶつかりそうになった賢太郎がピンと体を伸ばして何とか踏み出とどまる。忍はその胸元に片手を当てて支えてやった。ぶつかれば良かったかな、なんて事を思いながら。

「お、と、と。申し訳ありません賢太郎様、大丈夫ですか?」

 どうやら自分も来客に応対するつもりだったらしい賢太郎は、慌てた様子で忍から顔を逸らしている。

「い、いいから、服。服きてよ」

 おっとそういえば忍はまだ上半身下着のみである。これは賢太郎が目を逸らすのも無理はない。

 忍はシャツを握っている手を胸元に寄せて下着を隠し

「んふふ、気になりますか?」

 と悪戯っぽく笑って見せた。

 しかしバランスを取り戻した賢太郎は忍から目を逸らしたまま逃げるようにして玄関に足を向けた。

 忍があっと声をあげる。

「賢太郎様、来客でしたら忍が」

 シャツに腕を通しながら追っていこうとする忍を、賢太郎が手を出して制する。

「いや、いいよいいよ。マンションの人だったら不味いから」

 体面上は賢太郎の一人暮しなので、確かに忍が出ると不味いことになるかも知れない。

「むう」

 ポンとシャツから頭を出し、続けて長いポニーテールを払うように引っ張り出しながら素直に足を止める。

 裾を下ろしているのを確認した賢太郎が、玄関のドアノブに手を掛けながら振り返ってもう一方の手で脱衣所を指差した。

「とにかく俺が出るから。それと着替えるならそこ閉めといてよ」

 脱衣所と部屋を隔てる引き戸のことである。

 忍は脱衣所に引っ込みながら、言われた通り引き戸を閉める。新聞やら宗教の勧誘ならば代わりにキッパリ断ってやれる自信があったが、賢太郎の言う通りマンションの住人でないとも限らない。

 仕方ないので忍は、賢太郎が応対している間に下着を替えておこうと思った。もうシャツを着てしまったのでそのままでも良いような気はするが。

 洗面台の前に立ってシャツの裾に手をかけたところで、玄関の扉が開く音がした。

 そして直後、

「わ」

 という賢太郎の声が聞こえた。

 その声に異変を感じた忍が引き戸を開けて顔を覗かせた時、無人の玄関の扉が勢いよく閉められた。

「賢太郎様!?」

 忍は脱衣所から飛び出した。

 玄関の向こう来客らしき気配があったのが、消えている。意図的に消したのだ。そしてそれが出来るということは、忍者に違いなかった。

 賢太郎がさらわれた。

 床を蹴って押し壊さんばかりの勢いで扉を開け、裸足のまま外に飛び出す。左右に首を巡らし開放廊下に人影が無いのを見て、正面の手摺壁てすりかべから身を乗り出して階下を見下ろす。8階下の、高く昇った日に照らされた地面。駐輪場に挟まれたそのマンション出口付近にも人影はない。

 この数秒でマンションを降りきって姿を消したとは考えにくい。相手はまだマンションから出ていないはずだ。

 まだ追い付けるか。

 弾かれたように手摺壁から離れ廊下を駆けて階段に向かう。階段の奥にあるエレベーター、その上部の階表示盤は7階を示し、すぐに6階に変わった。

 エレベーターに乗っているのが賢太郎を拐った人物なのかは分からない。しかし忍には考える暇がなかった。

 階段の上を通り越すような勢いで跳ぶ。全ての段を無視して一気に踊り場。そこでも着地はせず素足で壁を蹴って方向転換しつつ加速。7階に着く。

 跳躍、反転、着地。わずか3歩で階段を降りきり次の階に向かう。まるでピンポン玉が跳ねるような軽やかさで、忍は次々と階段を降り一階に向かった。

 額に汗を浮かべながら一階に降り、エレベーターの前に立つ。

 忍は舌打ちした。

 階表示が2階で止まっていたのだ。踵を返しマンション出口の自動ドアに向かう。郵便受けの並んだ壁に差し掛かったところで曲がった。その正面が自動ドアだ。

「賢太郎様!」

 自動ドアの向こう、青いシャツと白ズボンの女が背を向けて屈んでいた。その肩に担がれているのはまさしく賢太郎である。うげ、と呻き声が聞こえた辺りやはり2階から飛び降りたのだろう。

 また懲りずに。

 忍は自動ドアにぶつかりそうになりながら眉根を寄せた。賢太郎を担いでいるのは以前巻物を狙ってきたあの女なのだ。

 いつもの倍以上遅く感じられる自動ドアがようやく開いた。忍はマンションから日射しの下に飛び出し、立ち上がり駆け出そうとする女を呼び止めた。

「そこまでよ!」

 女が振り返るのは待たない。前回とは違い、完全に不覚をとり賢太郎を連れ去られた事で頭に血が昇っていた。低い姿勢で地を蹴り、両腕を広げる。

猫騙気発びょうへんきはつ……」

 こちらを半ば振り返る女。その丸みを帯びた顔に笑みが浮かんでいた。

 その背に垂れる賢太郎が叫ぶ。

「忍! うえ!」

 忍に影が差した。頭上。2階から何者かが忍目掛けて飛び降りてきたのだ。

「くっ……!」

 真横に跳んだ忍の目の前に降り立ったのは、以前股間を蹴り飛ばしてやった男だ。ボーダーのシャツに迷彩の上着。そしてジーンズ。

 気取った風に立つ男は、サングラスを掛けた顔の前で片手を広げて笑った。

「はっはっはー! 探丸さぐまる参上!」

 忍は迷わずその股間に蹴りをいれる。身を屈め腰を捻り下から突き刺すように裸足の爪先を打ち込んだ。

 しかし、その感触に忍はすばやく打ち込んだ足を引っ込める。鉄の塊を蹴ったような衝撃に爪先が痺れていた。

 探丸がサングラスを軽く持ち上げ、驚愕している忍を見下ろした。

「驚いたか忍ちゃん? 俺の二つ名を聞いておくべきだったな」

 賢太郎を担ぐ女が逃げる気配がないのを横目に確認し、忍はいつでも跳べるようわずかに腰を落として探丸を見上げる。タイル敷きの地面は熱を持っていて足の裏をじわりと焼くが、わずかに風のあるお陰か我慢できないほどの熱さではなかった。

 探丸がサングラスから手を離し、迷彩の上着をババッと素早く羽織り直した。

「俺の名は風賀ふうが探丸!」

 払うような気取った手つきでサングラスを外し、白い歯を見せて笑う。

「またの名を『瞬転硬化しゅんてんこうかのサグ』!」

 女が続く。

「ちなみに私の名前はふう……」

「名前などどうでもよろしい!」

 女の台詞を遮って忍は声を張り上げた。

「これはいったい何の真似でございましょう!? 理由いかんによっては賢太郎様が止めてもタダではおきません!」

 すいません本当なんで俺捕まってるんですか、と女の背中側に垂れている賢太郎の声。案外呑気である。

 探丸はサングラスをかけ直して答えた。

「まぁそう怒りなさんなって。別に賢太郎くんに危害をくわえようってワケじゃないんだ」

 忍は探丸を見上げたまま足先を女の方に向ける。それに気付いた探丸が釘をさす。

「おっと忍ちゃん、忍ちゃんが実力者なのは分かるが、流石に二人相手にするのは分が悪いんじゃないか?」

 考えるように動きを止めた忍に女が続ける。

「そうよそうよ忍ちゃん。後で指定した場所に来てくれればまた会えるから」

 油断なく二人を交互に睨みながら、忍は構えを解いて姿勢をただした。

「……場所というのは?」

 探丸が笑みを浮かべて頷き、自身の懐に片手をいれる。

「まぁ何、1つの親切心って奴さ。主に想いを寄せる哀れなくノ一。一方その想いに知らぬ存ぜぬを決め込むヘッポコ主。曖昧な関係に終止符を」

 歌うように言いながら、懐から取り出した三つ折りの紙を忍に差し出す。

「俺がハッキリさせてあげましょう、ってなもんさ」

 差し出された紙を引ったくるようにして受け取った忍。一度湿ったのを乾かしたようなヨレヨレのその紙が白紙である事に気付き、三つ折りのまま匂いを嗅ぐ。

「ま、詳細はお家でって事だ」

 探丸が言い終わると同時、その顔に忍は指先だけで紙を投げつけた。探丸の視界を塞いだその瞬間に蹴りを叩き込む。が、やはりその腹は鉄の塊のごとくビクともしない。

 すぐに足を引き腰を落とし女の方へ体を向ける。その時にはすでに女は跳び退いて距離をとっていたが、忍は構わず駆け出した。状況のわからない賢太郎が「え? え?」と間抜けな声をあげている。

「たかが二人で忍に勝てるおつもりか!」

 女が跳び退き住宅地に入りながら、賢太郎を担いでいるのとは反対の手を尻に回す。

「今は勝つのが目的じゃないのよねぇ」

 そう言って尻に回していた手を振り、アスファルトの上に撒菱まきびしを撒いた。

 さて撒菱と言えば鉄で出来たトゲトゲの物をイメージする読者様が多いと思われるが、実はそんな物を撒いていた忍者なんていなかったらしい。現代でも鉄といえばKg幾らかで売れるのに、そんな価値のある物を使い捨てだなんて確かに金持ちも良いところである。ちなみにその高価な鉄で出来た手裏剣やクナイだって、普通に刃物や重し代わりとして使っていて、もちろん投げる事はあってもそれは後で回収していたらしい。もったいないので。

 では何を撒いていたかと言うと、実際はひしと呼ばれる木の実を撒いていた。この菱の実、見た目がちょっと黒い金平糖を更に尖らせたような形で、しかも硬い。そんな物を撒かれてはなるほど確かに足袋ではちょっと辛いし素足ではとてもじゃないが走れない。

 ということで昔ながらの忍者よろしく撒菱をバラッと撒いた女。どうやら忍が裸足で追ってくるのも計算済みだったようだ。

「小癪なっ……!」

 忍は菱を踏まぬよう殆んど足の指だけで走り女を追う。いかんせん菱のない地面を瞬間的に見分け足を置いているのだ、速度が落ちるのも無理はない。

 女がいつの間にか取り出したサングラスを掛ける。

「びょうへんなんちゃらも対策済みだし~」

 女がクルリと背を向けて本格的に逃げる気配を見せた。気が付けばここはいつもの路地である。

「背を向ければ丹田も死角だし~」

 女の背に垂れている賢太郎が、走る振動にぐえぐえ呻きながらも追ってくる忍に気付いた。額に汗を浮かべ眉根を寄せた鋭い目付き、更には素足のままという予想以上の必死ぶりにぎょっとした。

「し、忍、いいよ、無理、しなくて。ぐえ」

「賢太郎様! すぐにお助けいたします!」

 半ば忍の方が助けを求めるように手を伸ばすが、女がちょいちょい撒菱を撒くので速度があがらず追い付けない。

 女がサングラスを掛けた顔をこちらに向け、ふふんと不敵な笑みを浮かべた。

「ばいばい、忍ちゃん」

 カッと忍が鋭い眼光を放つ。本当に刃物のようにギラギラと日の光を反射していた。

 跳躍し一気に距離を詰めんがため、忍はそれまで避けていた菱ごと地面を踏みしめた。足の裏に鋭い痛みが走ったが、もはやそれを気にする余裕はなかった。

「女狐!」

 叫び、跳躍しようとする。

 その瞬間を狙われた。

「紐切り!」

 探丸の声。跳躍のため前傾した背中を何かがかする。布が千切れるような音とともに、忍のシャツの胸元が不自然に膨らんだ。

「あ!」

 ブラの紐が切られたのだ。シャツの下の違和感に集中が途切れ、思い出したような足裏の痛みに顔を歪める。

「悪いな忍ちゃん」

 更に足を払われる。バランスを崩され倒れそうになり地面に手をついたが、そこにも菱があり痛みに力が抜け忍は受け身もとれずに転がった。転がった先でも菱がゴロゴロとあるので散々な有り様である。探丸も女もちょっとやり過ぎではなかろうか。

 忍が電柱に手をつき立ち上がった時には、正面に突き当たりのブロック塀があるだけで、女の姿は路地から消えていた。もちろん担いでいた賢太郎ごと。

 せめて探丸を、と振り返った顔に何かがぶつかり視界を白く染められる。

「後で会おうぜ忍ちゃん!」

 視界を覆っていた三つ折りの紙がアスファルトの上に落ちる。その時には探丸の姿も消えていた。

 見失った。みすみす賢太郎を拐われてしまった。

 その信じがたい事実に忍は言葉を失った。賢太郎の護衛という役割を与えられて5年。今初めて、その任務に失敗したのであった。

 呆然自失したように、忍の目から生気が抜けていく。体を支える力さえも抜けて、日射しに押されたようによろめいた。足元にあった菱を踏み、その痛みにハッとして更にバランスを崩し、打ち付けるようにして電柱に背をついた。

 なんだか、自分が酷く間抜けのような気がした。

 電柱にもたれたままズルズルと崩れ落ちていく。捲れるシャツの下から、外れてダボダボになったブラが覗いた。

 お出掛け日和の太陽が頭上から嘲笑うように照りつけ、散乱する黒い菱は足下から責めたてるように忍を突つく。

「ぐ」

 忍は顔を両手で覆い、唇を震わせて嗚咽を漏らした。

 賢太郎を追う最中に見せた、ギラギラと輝く眼光。しかし、なんのことはない、アレはただ、焦り、涙が滲んでいただけの事であった。



 さてようやく事件らしい事件が起きて物語が動き出した感じである。

 しかしこれ作者はノリノリで書いているのだが、描写やら何やら上手く伝わっているのだろうか。なにぶん実力不足なものでどうにも心配である。

 それはともかく賢太郎の行方やいかに。

 次回『炙り出し』 

 乞うご期待!  



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