フラグびんびん丸
「賢太郎様! 朝でございますよ!」
と元気溌剌な忍の声。
それで目を覚ました賢太郎がベッドの上、寝惚け眼で振り返る。白い布があるなぁと思ったらそれは忍のエプロンであった。どうやら朝食作ってる途中らしい。視線を上にあげると、何が楽しいのかニコニコ笑っている忍の顔があった。
余談ではあるが寝起きに忍のような美少女を見るとドキッとして目が覚めるので、賢太郎は最近めっきり寝起きが良くなった。一家に一人目覚まし美少女。うーむ、欲しい。
さて忍は賢太郎が目を覚ましたのを見ると、クルリと回りながら窓辺に向かった。忍がやると妙に映えてミュージカルか何かのようである。
「ご覧ください賢太郎様! 本日はほどよく雲も出た爽やかな朝焼け! まさにお出掛け日和でございます!」
シャッ、と忍がカーテンを開けると、なるほど確かに眩しい。眩しくて雲がどうとか爽やかな朝焼けとか全く分からないがとりあえず晴れてはいるらしい。
出掛ける約束とかしたっけな、とぼんやり考えながら枕元の時計を見ると、なんとまだ7時ではないか。まだ、というのはつまり今日は土曜日で学校は休みなのだ。作者はこれまで曜日の描写を一切していなかったが実はちゃんと計算していたのである。初日を月曜日とすると今日はきっちり土曜日なのだ。
ということで休日に7時起きというのはちょっと早すぎる気がする賢太郎。もう少し寝ていたいが忍がすでに朝食をつくっていたら申し訳ない。
「……もうご飯つくったの?」
目を細めて逆光の中に立つ忍に聞く。
「いえ、これからです!」
二度寝決定である。
「じゃあまだ良いよ。もう少し寝るから」
言って窓から差し込む光から顔を逸らし、モソモソと毛布を頭まで被る。
それはいけません、と困ったような忍の声。
「いくら休日といえども生活のリズムを崩されては月曜の朝が辛うございますよ」
もっともだが賢太郎はすでに狸寝入りで聞く耳もたずである。もぞもぞ胎児のように丸まり返事もしない。
そんな賢太郎に忍は腰に手をあて嘆息する。
「んもう、賢太郎様ったら」
その声はちょっと楽しそうだったので、もしかしたら「んもう」が言いたくて早くに起こしたのかもしれない。
それきり忍は起こすのを諦めたようで特に何も言ってこない。お陰で賢太郎は二度目の睡眠を貪ることができた。
「お出掛けねぇ……」
床に座っている賢太郎は、丸テーブルの上に並んだ朝食を食べながら言う。脱衣所からは洗濯機の回る音。
「はい、今日はせっかくの良いお天気。家でジッしているのはもったいのうございます」
賢太郎と向かい合わせに座る忍も朝食を食べながら答える。エプロンは外してシャツとジーンズというやはりシンプルな格好なのでファッションにあまり興味はないのだろう。
ちなみに今はもう昼も近い10時半なのだが、忍は今の今まで朝食をとらず賢太郎が起きるのを待っていたのだ。なんとまぁ健気な話である。もちろん賢太郎はそんな待たせるつもりは無かったので申し訳なく思って謝ったのだが、これに対しても忍は「いえいえ忍は賢太郎様と食べたいのでございます」と言うのでこれはもう賢太郎がとっとと告白なり何なりして付き合ってしまえという話である。
しかしまぁ賢太郎にそんな度胸はない。
「別に出掛けなくても……ねぇ」
目玉焼きの白身を口に運びながら気乗りしない様子で答える。それもそのはず。そもそも休日に出掛けるアウトドアな性格なら、毎日毎日学校終わりに真っ直ぐ一人で家に帰るようなことはしないのだ。
もちろん忍もそれを承知で言っている。賢太郎の答えに箸をくわえたままむむむっと唸って呟く。
「しかし今日は……」
とそこまで言ったところでまたむむむっと唸った。
「今日? 今日ってなにかあったっけ?」
忍の様子に自分がなにか忘れているのかと思った賢太郎だったが、ぐるりと記憶を探ってもそれらしい物は見つからない。
「いえ、その……」
なんだか言いにくそうにしている。視線を伏せて目玉焼きの白身を箸で無意味にチョキチョキ切っていく。
「どこか行きたい所でもあるの?」
賢太郎はこの町に引っ越してきて二ヶ月近く経つが、あまり探索みたいな事はしていないので、忍が行きたがるような場所はとんと見当がつかない。そういえば窓からの景色で遠くの方に観覧車や観光スポットっぼいタワーが見えるのだが、もしかしてその辺だろうかなんてことを考える。
すると忍は無惨にも細かく切り裂かれた白身の1つを箸でつまんでは落としつまんでは落とししながら答える。
「いえ、どこか行きたい所があるわけでは無いのですが……」
プツリと黄身をつついて崩す。半熟のそれがドロリと皿の上に広がるのを見つめながら、忍はやはり言いにくそうに続けた。
「その、今日は賢太郎様との初の休日でございますから、なにか記念というか思い出になるような事をと……」
思ったり思わなかったり、と忍にしては珍しく歯切れの悪い言い方をして俯いたかと思うと、すぐにパッと顔をあげて撤回した。
「いえいえやはり何でもございません。忍の立場でありながら記念などと思い上がった事を言ってしまいました。どうかお忘れください」
お忘れください、と言われても聞いてしまったものは仕方ない。それに忍が言った後で申し訳なさそうな弱い笑みを浮かべるので、これはもういかに甲斐性なしの賢太郎といえども何もしないわけにはいかない。
それに忍が来てからというもの家事は全て任せっきりなのだ。少々の事は聞いてやらないとバチが当たるというものである。
「うーん、じゃあ、どこか行く?」
ご飯を突っつきながら言うと、忍の顔がパッと輝いた。相変わらず分かりやすい。
「本当ですか!?」
そのまま浮き上がるんじゃないかと思うほどの喜びようである。出掛けるだけでこうも喜んでもらえるなら、出不精の賢太郎も悪い気はしない。
「うん、まぁ、別に今日は予定もないし」
忍がニコニコ笑いながらご飯を食べる。
「ンフフフフ、賢太郎様は優しゅうございます。賢太郎様ならきっとそう言ってくださると信じておりました」
なんて言いながらパクパクパクパクなんだか食べるペースをあげている。細かく切り分けられた目玉焼きはみるみる減っていき、白米も味噌汁も同じように減っていく。ついにはピンクの箸が残像を残すほどのスピードに達していた。
賢太郎が唖然としているうちに最後の一口を早送りのような速さで咀嚼し飲み込んだ忍。
「ごちそうさまでした」
手を合わせてそう言ってすぐ立ち上がり食器を台所に持っていく。流し台に立ち水をチャーっと出したかと思うとすぐに止めてテーブルまで戻ってきた。どうやら今ので食器を洗い終えたらしい。
にしても何をそんなに急いでいるのかと思って見ていると、戻ってきた忍は再び賢太郎の対面に座り、テーブルの空いているスペースを白い布巾でサッと拭いて綺麗にした。
「それでは賢太郎様!」
バッと自分のシャツの裾を捲る忍。
いきなり脱ぎ出したと思いギョッとした賢太郎だったが、よく見ると忍はシャツの下になにやら1冊のノートを隠し持っていた。
忍はノートを手に取りシャツを下ろす。パラパラめくってページを開き、それを賢太郎に向けてテーブルの上に置いた。
「これなんてどうでしょう!」
ご飯の残った茶碗を手に持ったまま、賢太郎は開かれたページを覗き込む。
綺麗な字だった。クラスメイトの女子が書く丸っこい字ではなく、ちょっと忍の前では字は書けないなと思ってしまうくらいに丁寧な字だった。
そしてその丁寧な字で何と書いてあるのかというと、
『枕木探訪仲良し大作戦!』
である。ちなみに枕木というのは賢太郎の住んでいる市の名前である。
「……なにこれ?」
大きく書かれたそれを見て賢太郎が言うと、忍は得意満面笑顔で答えた。
「はい! 実はこの忍、賢太郎様と親睦を深めるべく今日のために計画を練っておりました!」
さてその『枕木探訪仲良し大作戦!』という相変わらずネーミングセンスのないタイトルの下には、いくつかのイラストと共になにやらゴチャゴチャ書いてあった。いやゴチャゴチャと言うほど乱雑ではないし、タイトルの割にイラストは色付でなかなか凝ったものである。
タイトルの真下にある山のイラストを指差し忍が言う。
「プランその1『仲良しピクニック』!」
その2、その3と続きそうな勢いなので、賢太郎はちょっと制止の声をかけた。
「ちょ、ちょっと待って。ご飯食べた後でいい?」
まだ茶碗と箸を持ったままである。
あ、と忍が声をあげ照れたように笑う。
「そうでこざいましたね。申し訳ありません忍としたことがつい浮かれてしまいました。ささっ、どうぞごゆっくりお食べくださいませ」
言いながらノートをシャツの下に戻す。汗で貼り付いたりしないのだろうか。
忠犬よろしく正座で賢太郎が食べ終わるのを待つ忍。ニコニコ見詰められている賢太郎としては食べにくい事このうえない。なにか話をした方が気は楽だが、忍はニコニコしているだけで何も言わないし、待たせるのも悪いので何も話さずさっさと食べてしまった方が良いような気もする。
賢太郎がやたらと気疲れする朝食を食べ終えたのは、洗濯物をベランダに干した忍が再び正面に座ってすぐの事だった。
「ごちそうさま」
待ってましたとばかりに忍が腰を浮かす。
「お粗末様でした」
と微笑み賢太郎の食器を台所に運び、チャッチャと洗って戻ってくる。テーブルの上を布巾でサッと拭いて再び先程のノートをシャツの下から取り出した。
「プランその1『ワクワク枕山ピクニック』!」
タイトル変わっているがそれは良いのか。
さて忍は賢太郎と親睦を深めるべく幾つものプランを考えていたのだが、その全てを紹介しているとこの本文が四万文字を越えてしまうかも知れないので忍には悪いが省略させてもらう。
「さぁ、どれにいたしましょう!」
省略されたとも知らず忍は目を輝かせて賢太郎に詰め寄る。
プランその12『ちょっと市外でお買い物!~西編~』辺りから眠くなっていた賢太郎はそれ以降のプランをあまり聞いていない。もう西だろうが東だろうが好きなところに勝手に行ってくれという気分である。もちろん口には出さず適当にうなずいて生返事をしていたが。
「……どれにしようか」
考える賢太郎だが、ぶっちゃけどんなプランがあったかよく覚えていない。というよりそもそも出掛けるのが億劫になってきた。
しかし忍が楽しみにしているようなので今さら撤回するのも可哀想である。
「あ、そうだ」
賢太郎はテーブルの上のノートをめくってページを戻す。
「確か夜景を見るとかのプランなかったっけ」
うろ覚えだが、夜に出掛けるプランだったはずなので、それなら今から寝られるなんて事を考えた賢太郎。
忍は身をのりだしてノートをめくる。
「それはプラン8『夜景にウットリ枕タワー』とプラン9の『密室でドキッ! 仲良し観覧車~狙え吊り橋効果!~』の2つでございますね!」
プラン8はともかくプラン9のタイトルはいったいどういうつもりなのだろうか。
「どちらに致しましょう!?」
と忍が顔を近付けてくるのを手で制しながら賢太郎はプラン8を指差す。
「こ、こっちの枕タワーで」
観覧車で忍と二人きりなんて、考えただけで緊張で息が詰まりそうである。それに枕タワーというのもちょっと気になった。
忍は乗り出していた体を引っ込めて姿勢を正す。しかしもう待ちきれない様子で、今にも賢太郎の手をとって外に飛び出してしまいそうである。
「んふふ、さすが賢太郎様、お目が高うございます」
商人の常套句である。
ああそう、と生返事する賢太郎にグググっと前のめりになりながら続ける。
「しかし賢太郎様、これは夜のプランでございます。なんと今ならお昼のプランとも併用できますが……」
「いやもうプラン8だけで」
正直なところ、昼間に出歩いて同級生と鉢合わせするのは避けたいのだ。まして忍と一緒のところを見られて噂にでもなったらちょっと困りものである。
という事でお出掛けは夜になった。忍は物足りなそうな顔だったが、出掛けられるだけでも良しとしたのかなかなか上機嫌である。
さて夜までどう過ごそうか。
賢太郎はゴロンと床に寝転がり目を閉じた。
忍はもう上機嫌だった。
賢太郎はいつの間にか床で寝てしまっていたので、忍は一人で脱衣所にある洗面台の鏡に自分を写し、ポニーテールの結い目を上げたり下げたりちょんまげ風にしたりして遊んだ。正面から見て頭の上にポニーテールがちょっと見えるくらいの位置に結い目を持ってきて、最後に鏡に向かってニッコリ笑う。今日もバッチリ美少女である。
さて脱衣所から出てもまだ賢太郎が寝ているので、次は着ていく服でも決めようかとクローゼットを開ける。今では賢太郎の服だけではなく忍の服も掛けてあるのだ。
提げてある服を幾つか手に取る。手に取るが、正直どれも大して変わらない。シャツはただの色違いだし、ジーンズは長いか短いかというくらいである。忍の勝負服といえばあのピンクの忍者服なのだが、あれを着ていくのは賢太郎が許さないだろう。
まぁ服は賢太郎が起きてから選んでもらえば良いだろう。
となれば次は……。
クローゼットの棚に足を掛けて、ひょいと軽やかに屋根裏に上る。そしてデパートの袋を手に降りてきた。
賢太郎が寝ているのをチラッと確認して、袋を胸に抱きそそくさと脱衣所に向かう。
鏡の前に立ち、袋からそれを取り出した。
商品タグの付いたままのそれを胸元に当てる。
それはピンクのブラジャーであった。買ってみたは良いが、激しく動くとすぐにズレたり壊れたりしそうで敬遠していたのだ。まぁ激しく揺れるほど大きい胸ではないのだが。
それはともかく普段はスポブラの忍。せっかくのデート……いやいやお出掛けにまでスポブラというのは流石に色気もへったくれも無いような気がする。今日くらいブラジャーを着けてみてもバチは当たらないだろう。別にこれで賢太郎を誘惑するわけではないし見せるつもりも、いや見せるかも知れないがそれ以上どうこうするつもりはない。あくまで気分の問題である。
さて忍はこの後シャツもスポブラも脱ぎ去ってピンクのブラを試着するのだが、この作品は健全なライトノベルなので細かい描写は省略する。別におっぱいを描写するのがこっ恥ずかしいとか、いよいよこの本文が長くなり過ぎなような気がしているとか、決してそういう理由ではない。たぶん。
という事で忍は鏡の前で半裸になり、デパートの店員に教わった通り前屈みでブラジャーを着ける。カップの中に手を差し入れ胸を軽く引き上げるが、はたして忍のサイズにこの動きは必要なのだろうか。もっとこう……手に収まりきらないくらいのサイズじゃないと意味がないような気がする。しかしまぁ着け方を間違えると形が崩れたり何だりと大変らしいので教わった通りに着ける。
最後に肩紐の長さを調節した。
鏡に映る上半身下着だけの自分を見る。
うーむ。
ピンクのブラというのが大人びているせいか、どうにも忍の体が幼く見える。いかにも背伸びして着けてみたという感じだ。それとも見慣れていないだけだろうか。
ちょっと体の向きを斜めにして胸を張り、テレビで見たCMのモデルと同じポーズをとってみる。
お、これはなかなかいい線いってるのではなかろうか。サイズこそアレだが、肌の張りやスタイルを見れば忍の圧勝と言っても過言ではないような気がする。
そうだそうだ、なんと言っても忍は美少女なのだ。その忍がブラジャーを着けたのだから、これはもう悩殺されない男などいないに決まっている。まさに鬼に金棒、忍にブラジャーである。
これはもう賢太郎が見たら鼻血を噴き出して倒れてしまうかも知れない、などと冗談混じりに考えて忍は声を出さずに笑った。賢太郎が慌てふためいているところを想像すると、もう可笑しくって可笑しくって仕方なかった。普段は冷めたような顔をしている分、それが可愛くて仕方ないのだ。もちろん本人には言わないが。
さてそれからニヤニヤしながら鏡の前でポーズをとったり谷間を作れないか頑張ってみる忍。この子は半裸でいつまで遊んでいるのやら。
その上いつの間にか起きた賢太郎が脱衣所の入り口まで来たのに気付かなかったのだから、本当にどれだけ夢中になっていたのかという話である。
「あ、ごめん」
「はぎゃっ!?」
もう少し可愛い悲鳴は出せないものか。
賢太郎の声に驚き振り返った忍だったが、その時にはすでに賢太郎はリビングに引っ込んでいる。当然である。よくあるラノベのようにヒロインに殴られるまでその場に突っ立ってダラダラ言い訳をするなんてナンセンスなのだ。
にしてもヒロインの下着姿を見て「あ、ごめん」で済ませる賢太郎もたいがい面白味がない。忍からしたって恥ずかしい思いをしたのに賢太郎のリアクションが薄くて見られ損という感じである。
恥ずかしい所を見られたと思ってちょっと顔を赤くしながら、忍は恐る恐る脱衣所から顔を出した。すぐそこに賢太郎が立っていてまた声をあげそうになったがこれは何とか抑えて口を開く。
「な、なんでございましょう?」
ちょっと覗いた忍の白い肩に賢太郎の方もドキマギした様子で答える。
「いや、ほら、トイレ」
なるほど用を足したかったらしい。
「ならば少々お待ちください。忍は今下着姿でございますので」
賢太郎が視線を逸らしながら「う、うん」とうなずいたのを見て忍は脱衣所に引っ込んだ。予定外に下着を見られて動揺してしまったが、賢太郎も動揺してるのが分かったので良しとしよう。
なんといっても今日はお出掛けなのだ。とりあえずブラジャーはその時まで外しておこう。
着替えるべく、スポブラとシャツを乗っけた洗濯機の前に立つ。
自然と笑みがこぼれる。
なんといっても今日はお出掛けなのだ。
しかし現実でもよくある事であるが、楽しみな予定がある時ほど邪魔が入るものである。ましてやこれはラノベなのだ。このままスムーズに事が進むはずもない。
あとで下着姿の感想でも聞こうかと考えながら、忍はブラのホックに手をかける。
そして、チャイムが鳴った。
久し振りになかなか長い本文である。
本文が長いので次回予告は省略しよう。
次回『賢ちゃん争奪戦』
乞うご期待!
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