それは内緒、でございます
「いいから貸して、それ」
ベッドの上に座ったまま手を差し出す賢太郎。
クローゼットの前でこちらを振り返っている忍は、笑っているやら困っているやらよく分からない表情で答える。
「いえ、賢太郎様、これは別にその何もとにかくつまらぬ物でございますので、わざわざ賢太郎様がお手にするまでもないかと」
なにやらモヤモヤとした言い分である。
「つまらなくても良いからさ、ちょっと貸してよ」
意外にも賢太郎は食い下がる。奏に対してはあっさり退いたくせに、忍が相手だとなかなか言うようになってきた。
さて忍は上手い逃げ口が思い付かないのか、若干青ざめたような顔であうあうと口を開閉している。
そうして二人でにらめっこした後、忍が観念してガクリと頭を垂れた。
「……左様でございます。忍は賢太郎様に仕える身なれば、その主たる賢太郎様に隠し事などもっての他でございます……。賢太郎様のお心に近づくためにはまず忍が己を晒し信用を得ねば……」
となにやらブツブツ呟いているが顔を俯けたままなので、どうやら独り言らしい。よく分からないが忍の中でよほどの葛藤があったようだ。
忍は顔をあげないまま体ごとこちらを向き、まだどこか抵抗しているような遅さでベッドの前まで歩いてくる。よく聞くとまだ何か呟いている。
そしてついに賢太郎の手にポトリと落とされた四角い器機。手のひらにすっぽり収まるその先端はマイクのように網状なので、やはりこれは録音機のようだ。
「これ再生ってどこ?」
聞くと忍は顔を背けたまま
「……赤いボタンでございます」
なるほど確かに録音機の表面には薄いボタンが幾つかあり、その中で一番下の隅に他より小さい赤色のボタンがある。
「……」
一番下の赤いボタンが再生というのはちょっと変ではなかろうか。普通は上の方にある緑とか青のボタンが再生じゃないかと思うのだが。
録音機を引っくり返して裏面を見てみると、有り難いことに簡単な操作説明が書いてあった。
「緑が録音、青が再生、ね」
赤は履歴の削除だった。
万策尽きたり、と呻いて床に崩れ落ちた忍は放っておいて、賢太郎は青色のボタンを押した。
プツッ、と電源が入ったような音のあと、かすかなノイズが微かに鳴った。
しかし幾ら待っても砂嵐のようなノイズ以外に音は聞こえない。
忍は床に伏したまま顔を両手で覆っている。
もしやすでに消された後だったか? と賢太郎が録音機を耳元に近付けてみると、なにやらノイズ以外の音が聞こえるようである。
これは誰かの呼吸音だろうか。いや誰かのというより、流れを見るに恐らく賢太郎の呼吸音である。しかもやけに深くゆっくりとした呼吸で、これはもしや
「……俺の寝息?」
正解者に拍手。
「違うのでございます賢太郎様!」
ガバっと忍が顔をあげ、すばやく正座して言った。涙目で顔どころか耳まで真っ赤である。
「その時の忍はどうかしていたのでございます! 本当にどうかしていたのでございます!」
普段からどうかしているような気もするが、それは言わないでおく賢太郎。
「うん、いやまぁ、……なんで寝息?」
聞くと忍は落ち着かない様子でポニーテールの毛先を弄りながら、視線を逸らして段々と俯きながら答えた。
「そ、それはその、実は忍、一時期『オールナイトスッポン』というラジオ番組を聞いていたことがありまして」
変な番組名である。
忍はポニーテールを手に巻いたり毛先をねじったり、とにかく落ち着きがない。
「その番組の中で読まれたハガキに『恋人の寝息を録音してる』という内容のものがありまして、つい忍はその真似をして……」
いじっていた髪の毛ごと両手で赤い顔を覆い、忍は床に突っ伏して「真似をしてぇぇぇ」と嘆くように繰り返した。
そのまま何やら呻き声をあげる忍に、賢太郎はなんと声をかければ良いかわからない。よくも俺の寝息を、と怒っているわけでもないし、寝息くらい良いよ、とあっさり許すのも変な気がする。
うーむ、とりあえず。
「……これ消していい?」
忍が「おぉん」と呻きなのか返事なのかよく分からない声をあげる。
「……消すよ?」
一応確認のためもう一度聞くと、うつ伏せたまま忍がフルフルと震える片手をこちらに向かって伸ばした。うぬぬぬ……、と口惜しそうに唸って、ぬぅ、と力尽きたようにパタリと手をおろした。
「……消してよろしゅうございます」
どうかしていた、と言っていた割に随分な落ち込みようである。
なんだか可哀想な気がしないでもない。消して良いとは言っているが、明らかに本心は別である。別に同情する理由もないのだが、どうしても寝息を消したい理由もない。
このまま寝息を消さずに返してやれば忍が喜びそうな気がして、賢太郎は赤いボタンを押すのをためらった。
うーむ、別に寝息くらい聞かれてもいいような気もするが、一度「消す」と言ってしまったのを撤回するのもなんだか気恥ずかしい。
どうしようかと賢太郎が悩んでいると、床に伏せていた忍が恐る恐る顔をあげた。
瞳ウルウル上目使いで
「……もう消されましたか?」
これは卑怯だ、と賢太郎は思った。いや忍は意図してやったわけではないだろうが、とにかく忍のような美少女が瞳を潤ませて上目使いだなんてこれはもう反則以外の何物でもない。
だから賢太郎が「消し……」と言葉に詰まったのも無理のない話である。
「消し?」
忍がググッとわずかに上体を起こして賢太郎の次の言葉を待つ。相変わらず顔は赤いが呆れるくらいに真剣な表情だ。
美少女オーラに圧倒される賢太郎。
「消し……」
もはや抗う術など残されていない。
「……てないよ」
なんだか気疲れしてため息混じりに録音機を差し出す。
忍が目を丸くして上体を起こす。
「で、では……」
なんとなく照れ臭いので視線を逸らしながら賢太郎。
「まぁ別に寝息くらいね……。何か使い道があるわけでもないし」
謎の空白。
「もちろんでございます」
忍が素早く録音機を取って立ち上がり、それを胸に抱いてそそくさと後退りながら続ける。
「これは興味本意で録音しただけでございますので、これを使って何かしたりは決して……」
「いや、今なんか変な間がなかった?」
忍の視線がゆらゆら泳ぐ。
「い、いえ忍はなにも……」
「なんか隠してるの?」
「……」
沈黙。忍の顔がますます赤くなる。もうこれ以上は無理だろうと思うくらい赤くなる。
「やっぱ何か隠して……」
と賢太郎が問い詰めようとすると、忍が自棄糞気味に
「お、乙女の秘事にございます!」
と言って目にも止まらぬスピードでクローゼットの天井へ吸い込まれるようにして消えていった。
「あ!」
賢太郎が声をあげた時には天井裏への出入り口はしっかり蓋をされている。
それからは物音1つしない。気になってベッドからおりてクローゼットの入り口に立ち天井を見上げてみるが、忍が降りてくる気配はない。
「おーい」
呼んでも返事はない。
うーむ、そんなに聞いては不味いことだったのか。乙女の秘事とはなんなのか。
とまぁ賢太郎が忍の台詞にピンとこないのは決して純粋だからとか知識がないからとかそういう事ではない。知識はあるが、忍がそういう事をしているイメージが湧かないためにピンとこないのだ。「そういう事」がなんの事かってのは明言しない。永久にしない。忍にだってプライバシーがあるのである。
さてしばらくウンともスンとも言わない天井を見上げていた賢太郎だったが、さっき書いた通りピンとこないし何のこっちゃ分からないので諦めてゲームでもしようかと床に座りテレビをつけた。
チラチラクローゼットの方を振り返りながらピコピコとテレビゲームをやる賢太郎。テレビ画面では操作しているキャラクターが負けまくりの死にまくりである。
しばらくそうしていると、天井裏からスルリと忍が降りてきた。先程とは打って変わって涼しい顔でクローゼットの扉を閉め台所に向かう。
「晩御飯の支度が遅くなってしまいましたね。すぐにお作りしますので少々お待ちください」
なんて声まで平然としている。
これはアレだろうか。さっきまでの流れを無かった事にしているのだろうか。
エプロンを身に付けポニーテールをスラリと払って晩御飯の支度を始める忍。
ちょっと唖然としてそれを見ていた賢太郎だったが、まぁ別にわざわざ掘り返すような話でもないかと思い放っておくことにした。
これは謎の空白ではなく場面転換である。
さて夜も21時を回った時間帯。風呂上がりでパンツとシャツだけの賢太郎はベッドの上で横向きに寝てバラエティ番組を見ている。片肘をたてて頭を支えているのだが、実はこれ背骨が曲がってしまう物凄く良くない姿勢らしい。忍にそれとなく注意された事はあったが賢太郎はもう忘れている。
脱衣所からはドライヤーの音。忍は風呂上がりに十分か十五分くらいかけて髪を乾かすので、髪が長いと大変だなぁと賢太郎は他人事程度には思っている。
やがて髪を乾かし終えた忍が脱衣所から出てきた。
見よ、これが本邦初公開忍の風呂上がりである。といっても残念な事にこれはラノベなので、作者のつたない描写でしか伝えられない。
まぁ風呂上がりといっても忍はとっくにピンクのパジャマに着替えていた。乾かしたばかりの長い髪は無造作に垂らしてある。柔らかそうなサラサラの髪だが、普段がポニーテールなのでさすがに結っていた辺りは癖がついていて少し波打っている。
さてパジャマの忍はペタペタ歩いて賢太郎の足元、ベッドに背を預けて床に三角座り。ベッドと背中の間に挟まないよう髪は体の前に流している。こうして風呂上がりに一緒にテレビを見るのが半ば日課のようになっていた。
「今日さ」
賢太郎がテレビに視線をやったまま、ポツリと口を開く。
「風呂こなかったね」
そうなのである。今日は初めて忍が風呂に押し掛けて来なかったのだ。普段来るな来るなと言ってはいるが、いざ急に来なくなるとちょっと気になるものである。
忍もテレビを見ながら、しかし両膝の間に少し顔を埋めるようにして答える。
「今日は、おやすみでございます」
やけに静かな答えは気になったが賢太郎は
「ふーん」
とだけ言ってテレビに意識を向けた。
「奏殿は」
今度は忍がポツリと言う。
「可愛かったですね」
賢太郎は奏のあざとい仕草の数々を思い出す。口元に指を添えて首を傾げたり、妙に間延びした喋り方をしたり。なんといってもロリコンを狙い撃ちしたかのようなロリ声。
「……なんか狙いすぎてるような感じだけどね」
忍も同意なのか、ふふっ、と笑う。それから嬉しそうに言った。
「忍はお友達ができて嬉しゅうございました」
もしかすると初めての友達だったりするのだろうか。
「うーん、まぁ、また来たら遊んであげたら良いんじゃない?」
適当な答えである。
「賢太郎様」
忍がこちらを肩越しに振り返って言う。
んー、と賢太郎はテレビを見ながら生返事。
忍は続ける。
「もし奏殿が本気でお付き合いする気であったら、どうなさいました?」
え、と賢太郎は思わず声をあげて忍を見た。忍はふいとテレビの方を向く。
唐突な質問に頭を悩ませながらまたテレビに目を向ける賢太郎。
「えー……、いや別に本気だったとしても、ねぇ」
というかこれで付き合うと答えたらロリコンの仲間入りではなかろうか。いや別にロリコンが悪いとかそういうつもりでは無いのだが。
本人のいないところで付き合うだの付き合わないだの言うのはちょっと失礼な気がしたので、賢太郎は質問には答えず忍に何気なく言った。
「んー、なに? 嫉妬とか?」
本当に何気なく言った台詞だったが、忍はまた両膝の間に顔を埋めた。
「そういうわけではございませんが……」
忍の反応に賢太郎は奏とのやり取りを思い出していた。そういえば前話の序盤、賢太郎が奏を帰らせようとした所に忍も加勢してきたのである。今思えば、もしやアレは奏が賢太郎と付き合うとかなんとか言い出しのが切っ掛けではなかろうか。
「もしかしてだけどさ」
ちょっと悪戯心が湧いてきて、賢太郎は思い切って聞いてみることにした。
「奏ちゃんが俺と付き合うとか言い出した時、ちょっと嫉妬してた?」
すると忍はますます顔を埋めるようにしながら、目元だけを覗かせてこちらを振り返り
「それは内緒、でございます」
と照れたように笑うのであった。
さぁどうだ。今回はなかなか忍を可愛く書けたと作者は自信満々である。これはもうラノベ界のトップヒロインと言っても過言ではないだろう。
まぁそれはともかく、またしても更新がギリギリである。この更新予定日当日に書き上げる習慣をなんとかしたいものである。次こそは前日までに書き上げると誓う作者であったが……!?
次回『弐ちゃんねる~太くて固いといちごぱふぇ、時々花畑~』
乞うご期待!
.




