焼き餅を焼くってのはつまりその餅は二度焼きなんですかね
「んふふー」
さて前回の続きである。よく考えると一日の出来事を複数話に分けて書くのは初日以来で久しぶりである。いやまぁだからなんだという話だが。
それはともかくベッドに座っている賢太郎。クローゼットの前に立つ忍のさらに前でこちらを見つめる奏に嫌な予感。大きな目を歪ませて悪戯っぽく笑うので、これはもう何かされるか言われるかする前に手をうつのが得策である。
先手必勝。
「あ、奏ちゃん時間大丈夫なの?」
賢太郎はわざとらしく枕元の目覚まし時計を掴み時間を見せる。ただいま五時半を回ったところである。
おお、と声をあげたのは忍。奏の顔を後ろから覗き込むようにして
「そうでございます奏殿、主がおられるなら長居せずそろそろお帰りになった方がよろしゅうございます」
と乗っかってきた。予想外の援護射撃である。これはもう先手必勝に加えて多勢に無勢、我が軍の勝利は目前である。
対する奏。孤軍奮闘敗戦必至のこの状況にどうするかというと、別にどうするでもなくただ頬を膨らせ
「まだ大丈夫だもーん」
と言ったので
「ああ……そう」
賢太郎はあえなく撤退。せめてあと一押しくらいしたら良いのにこの男はどうにも押しが弱い。
しかし代わりに忍が一押し。
「奏殿、いくら忍の身といえど夜道は危のうございます。暗くなる前に帰られるがよろしいかと」
そうだそうだ、と賢太郎は心の中で賛同する。心の中で。
奏がクルリと振り返って忍と向かい合う。賢太郎からは奏での背中と忍の顔しか見えない。
んふふー、奏の笑いの後、忍の声がした。
「しかし忍はまだまだ遊びとうございます」
賢太郎は酷い違和感を覚えた。忍の声には違いないが、その忍の口は動いていなかったような気がする。
忍は目を丸くして奏を見つめて呟く。
「なんと、忍の声を真似ましたか」
つまり先程の台詞は奏のものだったらしい。
またしても忍の声。忍の口は動いていないので、やはりこれも奏の台詞である。
「んふふー、忍にかかればこの程度朝飯前にございます。声を真似るだけなら一度聞けばこの通り――」
と奏はいったん言葉を切り
「――あっと言う間に変幻自在」
賢太郎の声である。しかし賢太郎自身は話の流れで自分の声だと思っただけで、実際は自分の声かどうかいまいち分からない。録音なんかされた自分の声を聞いて「あれ? 俺の声こんななの?」と感じるアレである。
「賢太郎様のお声まで……!」
とまぁ忍がそう言うので間違いなく賢太郎の声らしい。
ふっふっふ、と奏が賢太郎の声で不敵に笑う。
「で、忍。本当に俺が誰と付き合ってもいいの?」
なんと賢太郎の声で嫌なことを言う。
ぬぬ、と忍は口を尖らせる。
「賢太郎様のお声で言おうと忍の答えは変わりません。モチのロンでございます」
なんだか意地になっているようにも見える。
奏が忍にくっつくくらいに近づく。それで片手をあげて忍の顎をつまんだ。奏の方が背は低いのでなんだか不格好である。というかこんな顎をつまんで自分の方に顔を向けさせるなんてキザな真似する人間は現実にいるのだろうか。
まぁとにかく奏はキザな野郎のように甘い声で囁く。甘い声といってもベースは賢太郎の声である。
「素直になれよ忍……。本当は付き合いたいんだろ?」
おいおい俺はそんなこと言わないぞ、と思う賢太郎。声ばかり真似てもそんな本人らしくない言動をしては似ても似つかな……
「ふへ」
……忍の顔が赤い。おまけに見てるこっちが照れ臭くなるくらいだらしなく口元が緩んでいる。大丈夫か忍。
「ん?」
奏は未だ賢太郎の声。
忍はハッとしたように顔を振り、顎に添えられた奏の手を掴んで引き離す。
「な、何度言われようと同じでございます。忍は賢太郎様に仕える身。その身でありながら結ばれようとは言語道断」
きっぱりハッキリ言う忍。
「……それはともかく、先程の台詞もう一度言っていただけないでしょうか?」
また口元が緩んでいる。ダメだこりゃ。
素直になれよ……、とまた奏がキザな台詞を言い出したのでこれはもう賢太郎も黙っていられない。
「はいはい待って待って。俺の声で変なこと言わないでね」
なんだか自分が言っているような気がして恥ずかしくなる。
奏がツインテールをふりふりスカートひらひら、くるんとこちらを振り返った。またなにか言うつもりなのかニンマリ笑っている。
「まぁそう言うなよ賢太郎」
案の定いたずらっぽい調子で奏はそう言ったのだが、その声が誰のものかどうにも分からない。大人の男だとは思うが、賢太郎はその声に聞き覚えはない。
賢太郎が怪訝な顔をすると、奏もありゃ? と首を傾げた。
あ、と奏は何か思い出したように元のロリ声で言った。
「そっか賢ちゃん白烏さんの声知らないんだったね」
どうやら白烏の声だったらしいが、奏の言う通り賢太郎は父親の声を知らない。もちろん顔も知らない。なぜ奏は白烏の声を知っているのか。自分の父親の事なのに、どうして他人である奏の方が詳しいのか。
賢太郎はどうにもその辺が気に食わなかった。いや、気に食わないというよりは、悔しいといった方が正しいかもしれない。
嫉妬だか焼き餅だか呼び名はなんでも良いが、とにかく賢太郎は奏の発言はなんだか面白くない。もちろん奏に悪気がないのは分かっているし、そうあからさまに不機嫌を表に出すほど賢太郎も子供ではない。
「うん、まぁね」
いや、ちょっとは出ていたかもしれない。
と、ここで忍が割って入る。奏の肩を後ろからパンパンとけっこう強めに叩いて振り向かせた。
目を輝かせ若干興奮気味の忍。
「ささっ、奏殿、もう一度」
手にはリモコンのような小型の器機。奏の口元に近付けているあたり恐らく録音器かなにかだろう。知らぬ間に天井裏に行って持ってきたようだが、いったい何をやっているのやら。
しかし奏は忍の要望に答えず
「何をやっているんだ忍」
と白烏の声で言った。声はともかく賢太郎も同意見である。
「はて、それはどなたのお声でしょうか?」
忍が首を傾げ、奏は「えー」とロリ声をあげつまらなそうに体を揺らした。
「忍ちゃんも知らないのー?」
おかしな話である。確か忍は修行やら何やらで白烏と会ったことがあるはずだった。それなのに奏の声真似を聞いてピンと来ないということは、奏が間違えているか忍が忘れてしまっているかである。
「白烏の声だって」
ベッドの上に座ったままそう教えてやると、奏が「忍も俺の声が分からないのか」と白烏の声で言いやれやれと首を振る。
しかし忍はんん? と再び首を傾げた。
「おかしゅうございますね。忍の記憶している白烏様のお声とはだいぶ違うようですが」
ええ、と奏が男と女の声が混ざったような奇妙な声をあげる。そしてすぐにロリ声に戻して
「それおっかしいよー。私お母さんからこれが白烏さんの声って教わってるのにー」
んんー、と悩むような声をあげながらツインテールの根本を掴んでグーングーンと引っ張る。よほど納得いかないらしい。
その奏に忍が嬉しそうな顔をした。
「おお、奏殿の声帯模写は母上殿から教わったものでしたか。羨ましゅうございますね」
本当に羨ましそうに笑うので、奏はツインテールを引っ張る手をとめて照れ臭そうに
「えー、そう? ウチは代々親から声のレパートリーを引き継ぐからねー。あのね、お互いの喉に手を当てて教えるの。ただ聞くだけよりも喉の形や動きを感じた方が覚えやすいんだって」
母親のことが好きなのか奏は饒舌である。ただ忍者というならあまりペラペラ話さない方が良いんではないかと思うが。
父が知れず母を亡くした忍も、本来なら親からなにか受け継いだのかも知れなかった。それを考えれば奏の話に嫉妬して面白くない顔をしても誰も責めやしないのに、忍はただ羨ましそうに笑って話を聞いているのだった。
ただやはり、賢太郎にとっては、あまり面白い話ではなかった。
だからといって奏の話を妨害するつもりではないが
「奏ちゃん、本当に時間大丈夫なの?」
と言うと奏はベッドの上に放られた目覚まし時計を見て、うーんと顎に人差し指を添えて悩む素振りを見せた。
「どうしよっかなー、白烏さんの声のことお母さんに聞きたくなったし、帰ろうかなー」
あ、と忍。手にもっている器機を奏に向ける。
「奏殿、帰られる前に賢太郎様のお声をもういち……ど……」
声が尻すぼみなのは賢太郎がジッと見つめて無言の圧力を掛けていたからである。
「……やっぱり何でもありません」
忍は諦めた。
「ショボーン……」
とわざわざ口で言っている通り、しょんぼり肩を落としている。
すると奏がニンマリ笑ってちょいちょいと手招きし忍の顔を寄せさせる。そして怪訝な顔で腰を落とした忍に何やら耳打ちした。
「ふへ」
と途端に忍の顔が赤くなりだらしなく緩んだので、これはもう奏がまたキザったらしい台詞を言ったに違いない。
「奏ちゃんまたなんか変なこと言ったでしょ」
しかし奏はぷいと顔を逸らして
「奏ちゃんわかんな~い」
とあざとく白を切り、それから忍の脇をするりと抜けて玄関に向かうのだった。クローゼットの陰になる手前で足をとめて振り返る。
「それじゃあ私帰るね。ね、また遊びにきても良い?」
だらしなく緩んでいた忍がハッとして奏を振り返る。
「ええ、ええ、賢太郎様次第ではございますが忍はいつでも歓迎いたします」
前回の前半部分で奏の腕をへし折ろうかと提案していたのが嘘のようである。
忍の言葉を受けて奏が賢太郎の方を見る。そしてあざとく小さな拳を顎にあて、さらにはスカートの端をつまんでペラリとめくるではないか。
「また来ちゃダメ?」
まさかそんないかにもな仕草に惑わされたわけではなく、もとより賢太郎は断るつもりはなかった。
「いいよいいよ、また遊びにきても」
そう言うと忍も嬉しそうな顔をしたので、なんだか良いことしたような気がする。
奏はあざとい仕草をやめて素直にただ笑ってみせた。
「ありがと、また来るね」
ロリ声はともかく、そうしていれば見た目相応の年齢に見えるなと賢太郎は思った。
そして奏は姿を消したかと思うと、またひょいと顔を出していたずらっぽく笑って言った。
「言っておくけど私賢ちゃんと付き合う気ないからね」
「わかってるよ」
続いて忍に向かって
「だから忍ちゃん怒らないでね」
「む、忍は怒ってなどおりませんでしたよ」
へへへー、と意味深に笑って奏は姿を消した。
「それじゃまた来るね。ばいばーい」
「はいはい、またね」
「お待ちしております」
玄関の扉が閉まる音がして、部屋に静けさが広がった。
「……さて、夕食の支度をいたしましょうか。今日はお買い物にいってないので有り合わせになりますが……」
と忍がいそいそとキッチンに……ではなくクローゼットに向かおうとするのを賢太郎は呼び止めた。
「ちょっと待って」
クローゼットの壁に手をついた忍がギクリと止まる。背を向けたまま首だけでこちらを振り返る。
「な、なんでございましょうか?」
賢太郎は忍が胸元にやっている方の手を指差す。
「それ、なんか入ってるの?」
奏の声を録音しようとしていた器機である。実はその中身が気になっていたのだ。忍の反応を見る限りなにやら入っていそうである。
「は、はて、なんのことでしょうか?」
確実に何か入っている。
さてその中身が何なのか気になるところではあるが、ここまで書いたところで更新予定日が来てしまったのでもうこれは次回への引きという事にしてしまおう。
「それ、その今なんか隠してるやつ」
賢太郎の台詞に忍は顔だけをこちらに向けたまま困ったような笑みを浮かべている。賢太郎からは見えないが、恐らく冷や汗をかいている。
なにやら大ピンチの忍。このピンチを乗り切れるのだろうか。
「い、いや~、これは隠してるわけではないのでございますでございますが」
うーむ、ダメっぽい。
ということで続きは次回である。
あまりサブタイトルを具体的にすると書く内容が縛られてしまうことに気付いた作者。どんな内容でも矛盾しないサブタイトルを考えることにしたのだが……!?
次回『それは内緒、でございます』
乞うご期待!
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