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忍見参!

 賢太郎は平凡を自負していた。

 両親不在の家庭で育ち、高校に入ってからは一人暮らしという多少特殊な環境ではあったが、それはあくまで周囲の事であって賢太郎自身は特に秀でた所もなく、かといって劣った所があるわけでもない。大した起伏もない人生を送ってきたし、これからも平坦に過ごすのだろうと思っていた。

 だから、賢太郎は自分の身に起こった出来事を、すぐには理解できなかった。

 状況をさかのぼって考える。下校途中だった賢太郎はマンションの手前で見知らぬ女に呼び止められ、よく分からぬ質問に「知らない」と答えた。そして今の状況である。賢太郎に今と直前の状況が繋がっているとは思えなかった。

「いや、あの、すいません……痛いんですけど…」

 賢太郎は背後に立つ女に言った。

 なぜ女が背後に立っているのか賢太郎には分からない。最初女が声を掛けてきた時は正面にいたはずなのだが、どういうわけかいつの間にか背後に立たれおまけに右腕を捻り上げられ首に腕を巻かれた。要するに『動くな』という格好である。

 賢太郎よりも背が高く年上であろう女は、首を絞める腕に力を込める気配を見せて囁いた。

「巻物はどこ?」

 この質問である。この質問に賢太郎は先ほど「知らない」と答えて、気が付くと今の状況である。なぜ同じ質問をしてくるのか賢太郎には検討もつかない。

 関係は無いが女があまりに耳元で囁くようにして言うものだから、賢太郎は少しくすぐったくて頭を傾けて女の口から耳を離した。それを抵抗と見たのか女は更に力を込めて賢太郎の腕を捻り上げるのだから、賢太郎にしてみればもう理不尽な扱いである。

「すいません本当に知らないんです……ってててて」

 答えている途中にも力を込められて肩に痛みが走る。知らない物を知らないと答えているだけなのだが、どうやら女は納得していないらしい。

「実家でそれらしい物を見た事もないの?」

 女が質問を変えた。質問が変わったところで結局賢太郎には覚えが無いのだが、ここでまた直ぐに「知らない」と答えると痛い目にあう予感があったので賢太郎は考えるふりをする事にした。

「え、えー……と」

 出来れば時間を稼いでいる間に誰か通行人でも通って助けてくれないだろうかと思ったが、この道はそんな頻繁に人が通る道ではない。今日だって賢太郎一人しか通っていなかったくらいである。今の時間帯の住宅地と言えば帰宅する学生やら買い物帰りの主婦やらで人通りが有りそうなものだが、まぁこの道はマンションに向かうくらいにしか使わない狭い路地なのでもしかしたら助けは来ないかも知れない。

 というわけで助けはあまり期待できないし、また女がギリギリと力を込めてきたので賢太郎は本当にもうどうしたら良いのか分からなくなった。いやまぁ正確には『大声を上げて助けを呼ぶ』という選択肢があるのだが、それは何だかプライドが許さないというか単純に格好が悪い気がして中々やる気になれない。プライドがどうのとか言ってる場合では無いのかも知れないが。

「もし隠しているのなら痛い目にあわせちゃうけど?」

 また女が耳元で言う。すでに肩が痛いのだがこれはつまりもっと痛い事をするぞという脅しなのだろう。

 賢太郎はもっと痛い目にあうのは嫌だったので、耳元がくすぐったいのを耐えて懇切丁寧に答える事にした。

「すいません脅されても本当に知らないのですみませんがご期待に答える事ができませんごめんなさい」

 謝り過ぎたような気もするが、これだけ丁寧に答えたならきっと女も信じてくれるだろうと思ったらなんと更にギリギリと腕を捻り上げてくるではないか。柔らかい口調の割に理不尽だぞこの女。これには流石に賢太郎も驚きと痛みに声をあげた。

「痛い痛い痛い何でですか何でですか知らないんですって痛い痛い痛い」

 いったいどうしろと言うのか。

 と賢太郎が嘆くと同時くらいに、澄み渡るような快活明瞭な声が響いた。

「そこまでよ!」

 明らかに女の子の物と分かる声を聞いた瞬間、女は素早く賢太郎ごと振り向いた。賢太郎は太ってはいないが体重は男子高校生の平均よりも少し軽い程度だ。その賢太郎ごと軽々と振り向いたのだから、とても女とは思えない力の強さである。

 振り向いた拍子に肩に痛みが走って顔を歪めた賢太郎は、「いてて」と言いながら正面に立つ人間に目をやった。

 忍者、のコスプレをした女の子がいた。

 コスプレだと思ったのはもうそれはそれは見た目がビジュアル重視の機能性に欠けた忍者服だったからである。袖も裾も短く上下ともピンク色。おまけに生足生腕露出し放題の出血大サービスである。かつてここまで露出した忍者がいただろうか。と、よく考えると某ご老公が主役の時代劇に出てくる忍者も同じような格好だった気がする。あっちは流石に黒服だったが。

 とにもかくにも忍者っぽい格好の女の子は恥ずかしげもなく道の真ん中に立っていた。当然のように顔も丸出しで、頭の上の方で結って毛先を垂らした、いわゆるポニーテールが背後で揺れているのがチラチラと見える。幼いとも思える顔立ちだが、コスプレのような格好の割に凛々しく引き締められている。恐らく年は賢太郎より下か同じくらいだろう。

 まぁ一言で言うならば、忍者っぽい美少女、である。

「うわぁ……」

 と明らかに引いた声をあげたのは女。まぁ賢太郎も美少女の奇抜な格好に若干というか結構引いてはいるが「そこまでよ!」と言ったからには助けに来たのだろうからちょっと期待していたりする。

 するとコスプレ美少女は突然仁王立ちからババっと腕を振り上げてポーズの様なものをとり始めた。

「忍び忍んで15年!」

 両腕を揃えてゆっくりと回す。というかそれは仮面ラ〇ダーの変身ポーズでは無いだろうか。なんだなんだ変身するのかこの子は。

「命捧げて主に尽くす!」

 くるっとその場でターン。ポニーテールがヒラリとついていく。変身はしないようだ。

「美少女くノ一! 忍取忍おしどり しのぶただいま見参!」

 片手を腰に当てて目元で横ピース。アイドル顔負けの笑顔で固まったあたりどうやらポーズが決まったらしい。

「キラーン!」

 効果音つきである。

 

 かくして底抜けに場違いな明るい雰囲気を携えて現れた謎のコスプレ美少女、忍取忍おしどり しのぶ。彼女はいったい何者なのか。そして本当に賢太郎を助ける気はあるのか。

 次回『猫騙気発掌びょうへんきはつしょう

 乞うご期待。




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