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愛のこと



 暑い夏、俺はコンビニの袋片手に公園へ訪れた。

 ちい先生は麦藁帽子を被ってベンチに座っている。暑いだろうに、熱中症になっちゃうよ。

 俺は駆け足でちい先生のところに向かう。


「ちい先生!」

「やあ、米くん。こんにちは」

「暑かったでしょう。ごめんね、来るの遅くて」

「米くんが気にすることじゃないよ」

「でも……あ、これ食べて、飲んで」


 俺は袋からアイスとスポーツ飲料を取り出してちい先生に渡す。ちい先生はうれしそうに笑って「ありがとう」と言ってくれた。

 ちい先生はスポーツ飲料の蓋を開けるとごくごく一気に三分の一ほど飲んでしまった。やっぱり喉が渇いていたみたい。


「おや、このアイス」

「どうかした?」

「いや、当たり外れがあるやつだなあって」

「へえ、珍しいね」


 昔はよく流行ったように思うけど、最近じゃあまり見かけなくなった。というか、アイスの値段が全体的に上がっている気がする。

 ちい先生は溶けないうちに、とアイスの袋を破り、しゃく、と音をたてて齧りついた。俺もベンチに腰掛けてちい先生と同じアイスを袋から取り出す。

 しゃくり、しゃくり。

 暫くふたりだんまりでアイスを食べる。

 途中、下の方が溶け始めたのでそっちも齧る。

 程なく、当たり外れの分かる部分まで食べ終わり、俺は少しの期待に胸を弾ませる。


「あ」

「え」


 隣でちい先生が声を上げた。

 横を見遣ればちい先生が半分ほどなくなったアイスを片手にじっとアイスを凝視している。


「あたってる」


 俺はひょい、とちい先生のアイスの棒を覗き込み、そこに書かれた「あたり」の文字に目をぱちくりさせる。


「当たりって、あるんだね」


 期待しておきながらなんだけど、実は当たり棒なんてないんじゃないかと思っていた俺は実在した当たり棒にちょっぴり感動する。

 それはちい先生も同じようで、アイスが溶けかかるまでじっと棒を凝視していた。


「ちい先生垂れるよ」

「おっと、危ない。ありがとう、米くん」


 ちい先生は溶けかけた下の部分をじゃく、と食べていく。俺もしゃくしゃく食べ進めて――驚いた。


「ちい先生、俺も当たった」

「おや、まあ」


 ぱちぱち瞬きするちい先生の睫毛は長い。

 俺はアイスの棒にしたようにまじまじとちい先生を見遣る。

 小奇麗な顔をしていると思う。

 将来はさぞかしモテるだろう顔立ちだ。きっと、ちい先生みたいなひとはきれいに歳をとるんだろう。

 ほんの少し羨ましくなる俺は極々普通、でもヤクザの下っ端なんてやってる所為か目付きがあまりよろしくない。


「米くん、アイスが落ちるよ」

「うわ、ありがと、ちい先生」


 危うくぼたりと溶け落ちそうなアイスを俺は急いで食べる。急いだおかげであっという間に食べ終えたアイスには「あたり」の文字が残っている。


「ねえ、ちい先生」

「なんだい、米くん」

「一緒にアイス交換しに行かない?」

「いいね、そうしようか」


 ちい先生が食べ終えたのを見計らって提案すれば、それは素晴らしいアイデアだとばかりにちい先生は瞳をきらきらさせた。うん、心なし眩しい。


「暑いからすぐに行こうか」

「うん」


 ちい先生はまたスポーツ飲料を半分ほど飲んで、ぴょこん、とベンチから飛び降りる。揺れた麦藁帽子を押さえながら俺を見上げるちい先生に笑いかけ、俺はゆっくり立ち上がる。

 暑い日ざしに鳴き騒ぐ蝉の合唱。夏の絵のなかでちい先生が笑っている。

 この笑顔と交換できるのなら、俺は何本だってアイスを食べて当たり棒を探すだろう。

 そんなことをちい先生に言えば、ちい先生は「米くんがお腹壊したら笑っていられないよ」とけらけらおかしそうに笑った。

 ちい先生は何気ないところでも俺を大事にしてくれる。ヤクザの俺はどうしてもちい先生を一番大事にはできないのが時々もどかしいけれど、それでもちい先生が大事なのは変わらない。


「まるで愛だな」


 兄貴と呑みにいったとき、酔った勢いでちい先生のことを話したら兄貴はそんなことを言っていた。

 愛だなんて、俺からは一番遠いもののはずなのに。だって、そうでしょう。両親という「番」の間にさえそれは入り込む余地がなかった。その息子の俺も然り。

 なのに、廻り巡って愛ってやつは俺に辿り着いたのだろうか。

 当たり棒片手に立ち尽くす俺を不思議そうに振り返ったちい先生は、俺の顔を見て少しだけ困ったような笑顔で俺の手をひいた。


「ねえ、米くん」

「なあに、ちい先生」

「大好きだよ」


 俺は「うん」と頷く。

 知ってるよ、ちい先生が俺を大好きなこと。俺を大事にしてくれていること。知ってる、知っているとも。


「俺、自分を大事にするね」


 ちい先生が大事な俺を大事にするね。

 そう伝える俺にちい先生は何よりもうれしそうな顔をして、俺の手をぎゅうっと握った。

 相変わらず日差しは暑く、つないだ手は汗ばんだけれど、そんなのちっとも気持ち悪くなかった。


「ねえ、米くん」

「なあに、ちい先生」

「アイス、今度は違う味にしようか」

「うん、そうしようか。同じシリーズで別の味あったものね」


 そうしよう、そうしよう。

 繰り返しながらちい先生と俺は公園を後にする。

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