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絵本のこと



 ちい先生は本をよく読む。それは難しそうな本であったり絵本であったりと色々だ。統一性というやつがない。


「最近の絵本はあたりをやわらかくし過ぎて本質を見落としているね」

「どうしたの?」


 今日は絵本、かちかち山を読んでいたちい先生はそうため息交じりに本を閉じた。横でちい先生おすすめの漫画で読む歴史書を読んでいた俺はらしくないため息に少しだけ驚きながらちい先生の様子を覗う。


「米くん、赤ずきんを知っているかい?」

「改めて読んだことはないけど」

「では、赤ずきん狼に食べられたあと、猟師さんに助けられることがないという話があるのを知っているかい?」

「え、そうなの?」

「今でこそ教訓劇のほうが主流だけど、元々は教訓なんてなかったんだよ。だけど、そんな血生臭いの今では出回っていないだろう? これもそうさ」


 ひょいひょい絵本を揺らしながらちい先生はもう一度ため息を吐く。


「その本がどうかしたの?」

「おばあさんは死なずに寝込んでいることになっている」

「え、おばあさん死んじゃう話があるの?」


 こくり、とちい先生は頷く。


「元々は悪さをする狸を捕まえたおじいさんに言われておばあさんが狸汁にしようとしたところを命乞いして、逃がしてもらった狸がおばあさんを殺して婆汁にしておじいさんに食べさせるんだよ」


 俺はびっくりした。

 カチカチ山がそんな残酷な話だなんて初めて知った。

 でも、それでやっと兎があそこまで狸をめためたにする理由が分かった。確かにそんな酷いことをされたらあそこまでやったって足りないかもしれない。

 俺の納得顔にちい先生は小さく笑って「兎がやり過ぎだなんて思えなくなるでしょう?」と首を傾げる。


「うん、抜いちゃいけない部分が抜かれてるんだね」

「そう。なにがどうしてこうなったのかを書かずにいたら、兎が悪者のように思ってしまう子もいるだろうね。だから僕は絵本にこそ全部書く必要があると思うんだよ。考える力を養わなくてなにが本なものかい」

「本は頭のご飯なんだよね」


 いつかちい先生が言っていた言葉を持ってきて……引用? をして言えば、ちい先生は「そのとおり」と頷いた。

 ちい先生は知識欲というやつが貪欲らしい。これも前に言っていた。だから多少突拍子もないことだって平気で聞いてくる。

 前に言っていたのは「殴る蹴るの暴行を愛情だといわれて育った子供が、世間に保護されて真っ当な環境におかれたらどうなると思う」という思わず日常会話のなかに含まれたSOSかと勘ぐりたくなるものだった。だけど、ちい先生は別に虐待なんかされていないらしい。家族仲は良好でゲームをみんなでよくやると言っていた。少し前の俺ならそれで頷いていただろうけど、ちい先生と知り合ってからよく考えるということを知った俺はそれでも心配してしまい、ちい先生が俺に服をめくってお腹を見せてくれたくらいだ。痣なんてひとつもない肌にはとても安心した。


「米くんもなにか物語を読むときは原作から始めるといいよ。もちろん、翻訳されたものは改変されているものも多いから同じ物語でも複数読んで損はないね」

「分かった」

「いま読んでる漫画を読み終わったら、今度は小説に挑戦してごらん。あらすじが頭にあるから読みやすくなってると思うよ」

「おすすめの作家さんている?」

「そうだねえ……」


 ちい先生は考える。

 俺のために小さいけれど、中身がみっしりとたくさんの知識で溢れている頭で考える。

 誰かが、ちい先生がこうして自分のためじゃなくて俺のために何かを考えてくれるということは、とても幸せなことなんだって俺はもう知っている。

 こんな風に考えてくれるひとはいやしない。ほんとうに特別な存在なんだって知っている。教えてくれたのはもちろんちい先生。ちい先生との会話のなかで。


「そうだ、米くん。今度いっしょに本屋さんか図書館へ行こう」

「いいの、ちい先生」


 ヤクザの下っ端やってる俺に臆することなくちい先生は頷く。


「よくなかったら言わないよ。ねえ、一緒に行こうじゃない」

「うん、うん。行く、俺一緒に行くよ」


 何度も頷く俺にちい先生はにっこり笑って「米くんが好きそうな本はまだまだたくさんあるんだよ」と言ってくれた。

 ちい先生は俺がいないときでも俺のことを考えていてくれているんだな、と分かって俺はちょっぴり泣きたくなったけど、ちい先生が心配しないようにぐっと涙を飲み込んだ。


「ねえ、ちい先生」

「なんだい、米くん」

「いつか俺からちい先生におすすめの本を渡すね」

「それは素敵だね。楽しみにしてるよ」


 きっと俺が見つけた本なんてちい先生が一足早く読んでいるんだろうけど、ちい先生は「米くんがおすすめしてくれた本」としてもう一度読んでくれるんだろう。

 それが分かっているから俺はちい先生と小さな、だけどとても大切な約束をする。


「きっと、上等なのを見つけるね」

「うん、待っているよ」


 うん、待っていてね、未来のちい先生。

 俺はきっと好い本を見つけるよ。ちい先生の頭の栄養になるような本をきっと、きっとね。

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