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夏菓子のこと



 暑い日に食べるアイスは最高だと思う。

 俺はちい先生とベンチで並びながらアイスキャンディーを舐めていた。

 俺は葡萄でちい先生は練乳ミルク。二人で時々しゃりしゃり齧りながらまったり舐めていると、首筋を汗が伝う。


「暑いね、ちい先生」

「これからもっと暑くなるよ、米くん」

「うへえ……」


 うんざり顔をする俺にくすくす笑い、ちい先生は青空を見上げて指をさす。


「ごらんよ、米くん。入道雲だ」


 つられて見上げれば、確かにもくもくもこもこした雲が浮かんでいて、いかにも夏らしい。


「うあー、夏だー」

「夏は嫌いかい、米くん」

「だって、夏って脱いでも暑いじゃない」

「そうだね、冬と違って服装で温度調節は難しいね」


 ちい先生は言いながら麦藁帽子をくい、と上げる。麦藁帽子なんて久しぶりに見たけれど、ちい先生にはよく似合っていた。

 ぼうっと見ていたらちい先生に「アイスが溶けるよ」と忠告をもらったので、俺は急いでアイスキャンディを舐めた。

 葡萄味独特の酸味に耳の下がきゅん、と痛くなる。


「そういえばね、この前クリーム餡蜜を食べたんだよ」

「クリーム餡蜜」

「そう、クリーム餡蜜。そうしたら、クリームがソフトクリームでね……アイスクリームがよかったなあ」

「ソフトクリームは嫌い?」

「好きだけど餡蜜に乗っかるのならアイスクリームのほうがいいな」


 そういえば俺は餡蜜を食べたことがない。餡蜜とパフェならいつもパフェを選んできたからだ。


「ちい先生、餡蜜ってどういうの?」

「寒天と求肥と白玉と餡子が主に入ってるね。あとは缶詰の蜜柑やさくらんぼが入ってる場合も多い。それに黒蜜を垂らして食べるんだよ」

「美味しいの?」

「美味しいものは美味しいよ」


 やはり餡蜜にも良し悪しがあるらしい。


「餡子がないものは蜜豆といって赤えんどう豆が入ってる。寒天と豆だけのものは豆かん」

「豆かんだけなんだか損な気分だね」

「それはそれで美味しいよ」

「今度食べてみようかなあ」

「是非食べてごらん。洋菓子ばかりでは舌が偏ってしまうよ」

「うん」


 そんな会話をした翌日、俺は兄貴から餡蜜を貰った。

 知り合いのこどもを連れて行った和菓子屋からのお土産らしいそれは二つあって、兄貴は「お前も仲いいガキいたろ」と態々ちい先生の分まで用意してくれていた。兄貴の気配りと気前のよさに俺は何度も頭を下げてお礼を言った。


「よせよせ、男が簡単に頭下げるんじゃねえよ」

「でも、俺すごくうれしいです」

「餡蜜一つでここまで喜ばれるたあなあ」


 兄貴は気恥ずかしそうに頬を掻き、とりあえず昼飯行ってこい、と俺の背中を押した。


「それでこの餡蜜を持ってきてくれたの」

「うん」


 公園でちい先生に餡蜜を渡せば目をくりくりと円くさせて、それからおっとりとちい先生は笑った。


「じゃあ、米くんが昼食食べ終わったら餡蜜をデザートにしようか」

「ちい先生先に食べていいよ」

「一緒に食べれば尚のこと美味しいからいいよ」

「じゃあ、俺のおにぎりあげる」


 最近見つけた美味い総菜屋で買ったおにぎりは、炒りじゃこに鮭にとろろ昆布を巻いたもの。


「米くんが後でお腹減らないかい?」

「大丈夫」


 実は三つにしたのは元々ちい先生用になのだ。ちい先生はこの総菜屋の大きめのおにぎりは二個も食べればお腹いっぱいになるだろうから、餡蜜を食べる余地を残して一つでいいはずだ。


「じゃあ、とろろ昆布をもらおうかな」

「はい、どうぞ」


 俺はとろろ昆布のおにぎりをちい先生に渡して、鮭のおにぎりを取り出す。


「いただきます」


 声を揃えて齧り付いたおにぎりは美味しい。ちゃんとお米の甘さがする。中に入っている鮭も大きくて最高だ。ちい先生も隣で「美味しいね」と笑顔で言っていて、俺はとてもうれしくなった。

 いそいそとおにぎりを食べ終われば、いよいよ餡蜜の出番だ。

 両手に収まる大きさのカップに入った餡蜜は寒天と他の具が別々になっていて、俺は零さないよう慎重に具を寒天のほうへ移した。あとは付属の黒蜜をかければ完成だ。


「できた」


 ちい先生も準備万端で、俺達は顔を見合わせにっこり笑い合う。


「いただきます」


 また声を揃えて「いただきます」を繰り返し、俺は黒蜜を絡ませた寒天を食べた。

 黒蜜は豊かで濃厚な風味でもって寒天の水っぽさをどこかへ吹き飛ばし、ただ丁度いい甘さに落ち着く。


「美味しいね、米くん」

「うん、美味しいね、ちい先生」


 こし餡も上品な甘さで独特のくどさが全くない。


「丁寧な蜜抜きがされてるなあ」

「みつぬき?」

「餡子を作る工程でね、何度も洗ってさらしてくどさの元の蜜を抜くんだよ」

「へえ、餡子って手間がかかってるんだね」


 何気なく食べていたものの意外な仕事ぶりに俺はじっくり味わうように噛み締める。ほろり崩れて溶ける餡子はやはりとても美味しい。舌がだるくなったら寒天を食べればすっきりする。餡蜜ってうまくできてるなあ。


「今度は豆かんにも挑戦しようかな」

「それもいいけど、もう水羊羹の季節だよ」

「それもいいね」


 豆かん、水羊羹、葛きりなんてのもある。

 俺は考える。

 この青い空の下で今度はちい先生となにを食べようか。

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