チワワが眼帯?!
第2章 血界
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「はぁ、はぁ・・・全く何なんだよあいつ!!皆のことを食い散らしてどこか行きやがった」
たった数分前のことだ。木田達はこの世の生き物ではない異形から逃げていたところ、
怪物がいきなり反転して、そのまま消えてしまった。
「くそっ!!僕に力があれば、あんな怪物、一捻りなのに!!!」
木田は汗にまみれた顔を歪めながら、声を潜めて吐き捨てる。
今は巨木の木陰で、自分を合わせて4人の知人達と共に隠れている。
これ以上、走って逃げる体力がない為、ここでかくれんぼでもするかのように
息を殺して潜んでいた。
「本当にここ、どこなんだろう?あんな生き物、漫画でしか見たとき無いよ・・」
「当たり前だ!あんなのがこの世にいたら、世界中騒ぎだぞ!!」
人間を食い散らし、無差別に捕食する生物など漫画の世界だ。
そんなのが現実にいるわけが無い。
遠くから爆音が聞こえてくる。たぶん、怪物が暴れているのだろう。
大きく肺に酸素を送り込み、冷静になろうと努力をする。
自分だけでも助かろうと、木田は思考を巡らせ、そして閃く。
「おい、ここは俺が囮になる。さっき向こうに明かりが見えたから、たぶん人がいるんだろう。
お前らはそっちの方角に行け」
あらぬ方向を指し示し、あたかもヒーローのように自己犠牲を持ちかける。
もちろん、でたらめである。明かりなど無かったし、第一、今指差している方向は
先程逃げてくる途中に見かけた洞窟を指している。
木田はあの洞窟が怪物の住処と予想して、知人を餌にして自分だけは逃げる、なんとも
姑息な手段を思いついた。
「でも・・・それじゃあ、木田君が・・・」
「僕のことは良いよ、大丈夫だからさ」
「でも・・・」
「いいから!!!僕の言うことに黙って従え!!」
皆が肩を震わし、こちらを怯えた目で見てくる。
少々強く当たりすぎたようだ。
「・・・悪かったよ、大きな声出して。でも、本当に大丈夫だからさ」
「うん・・・」
そうして皆は、木田が示した場所に動き始める。
どうやら納得してくれたようだ。
「無事でね、木田君」
「また会おうな・・・」
皆が声を掛けてくれる。これから罠に嵌るとも知らずに木田に礼を言っていく。
木田は内心笑いが止まらず、顔がにやけるのを必死に我慢していた。
こうして木田以外の奴らは全て洞窟に向かった。
残った木田は悪辣な笑みを浮かべながら、山を降りていく。
先程、本当に村の光が遠くに見えたので、その方向に向かって歩き出す
「さよならみんな。おいしく食べられてね、ギャハハハ!!」
醜悪な笑い声が森に響いた。
この後、洞窟に向かった木田の友人達は、2度とこの世に姿を現さなかった。
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「・・・おい」
「仕方ないだろう、空護が着ていた服は、ボロボロで全て捨ててしまったんだもん。」
「・・・をい」
「捨てた」
「ハァ・・・」
盛大なため息をつく。何故こんなやり取りをしてるかって?
それはベッドから起きて、自分の姿を見て目を疑ったからだ。
パンツ1枚
まさにこの状態だったのだ。しかも、パンツは何故か俺が元々穿いていたものではなく、
黒い布でできたボクサーパンツ的なものを穿かされていた。
「ユーリア、女の子でもして良いことと悪いことがあるよね?!」
当の本人は、下手な口笛を吹きながらぎこちない足取りで部屋を出て行った。
何この気まずさ・・・
「あんちゃん、着替えは僕がやってあげたんだよ」
第三者の声?!
さっきまで俺とユーリアしか居ない筈なのに!?
「あんちゃん、気づけよ、ここだよ、ここ!!」
声のした方向に目を見やる。
犬が一匹、ふんぞり返って座っているだけだ。
「幽霊かな?疲れてるのかな・・・俺。それとも、本当に憑かれてる?!」
「おい!!いい加減に気づけ!!噛み付くぞ!!」
声はやはり、この犬から発せられている。
見た目はダンディーなのに、声は中世的な女の子だ。
性別もメスだろう。
「何これ!気持ち悪!!」
「冗談は顔だけにしろよあんちゃん!!」
「お前は今一度、鏡に自分の姿映して見てから言え!!」
眼帯付けたダンディーなチワワが少女の声を発する。
これは俺の人生始まって以来、初めての目にする狂気の沙汰だ。
ダンディーチワワは、こちらを迫力の無いガンを飛ばしながら睨んでくる。
睨んでいるのにいまいち迫力が無い上に、眼帯までしているので、
こちらとしては、笑いを堪えるのに精一杯だった。
「おい!!何で顔を背けているのだ!笑っていたら噛むぞ!!」
小さな体をがんばって大きく見せようと、二本足で立ち上がる。
見ているだけで、思わずほっこりしてしまうような光景だ。
少しだけ意地悪をしてみる。
「なぁチワワちゃん、そうやっているとおなか丸出しだよ。」
「ハッ・・!!」
気づいて顔を真っ赤にしている。このチワワ、女の子だな。
もっとからかってみるのも面白いと思い、さらに指摘をする。
「レディーはふんぞり返って座らないし、そんな乱暴な言葉は使わないよ~?
君、女の子だよね?いいのかな?」
「ふ・・・ふんっ!!人間のあんたには関係ないでしょ!!
僕だって、好きでこの格好している訳じゃないもん!!」
「あれ?さっきまでの男口調は?」
「はうっ・・!!」
いまさら気づいたように、慌てふためいてる。
何これ、超面白い!!
「ほ~ら、何とか言ってみろよ~」
「・・・グスッ」
調子に乗って、さらに言葉攻めにしようとすると・・・
「空護!!歯ぁ食いしばれえええええぇぇぇ!!!」
突如、窓ガラスが爆ぜ、外から村長の家にいるはずの公斗が怒涛の勢いで
俺の顔面に蹴りを入れてきた。
「げっふぅぅぅ?!」
見事クリティカルヒット、俺はそのままチワワの方に倒れていってしまう。
「え!?ちょっと!まっ―――」
倒れると同時に、チワワにキスをしてしまった。
うん、俺の青春オワタ。
「~~~!!」
驚いて体を離すチワワと俺。
俺のファーストキス、初めては犬でした。
なんとも微妙な雰囲気、それを公斗は容赦なく破壊していく。
「空護、見損なったぜ!!まさかお前が女の子を言葉攻めにして楽しむ
ドSだったとは!!親が泣いてるぞ!!」
どうやら会話を盗み聞きしていたらしい、中を見ていなければ
俺が女の子をイジメているようにしか聞こえない。
「誤解だ!俺は犬と話していただけであって、断じてそのような事は無い!!」
「問答無用だ!!生きて会えたのはうれしいが、ここで死んでもらおうか!!」
目が笑ってない。こいつ、マジでやる気だ。
すると、
「わっ・・・んっ・・・!!」
やたらと艶を帯びた可愛い声がしてきた。見ると、チワワが
体をくねらせながらこちらを見つめてくる。
やたらとシュールなので、公斗も俺も、毒気を抜かれてしまった。
「空護・・・」
公斗が哀れみを帯びた目で見てくる。
まるで教会にいる神父のような慈愛に満ちた笑顔をこちらに向けて
この後、俺は2時間以上チワワの説明をし、ユーリアには窓を壊したことを
たっぷり絞られてしまった。