2 出発は夜明けとともに
ユーニスに言われた通り、ラヴィニアは夜明け前に東門にいた。
「よし、時間は守ったな」
「あなた、最っ低」
ラヴィニアが怒っているのには理由があった。ユーニスが夕刻に侍女伝手に届けてきた服は、下町の小僧が着るような貧相でごわごわとしたものだったからだ。
「なによこれ! 全然かわいくない! 硬い! 臭い! 動きにくい!」
「動きにくいはずはない。ヒラヒラしたドレスなんかより、格段に機能性は上だ」
「こんな硬い服を着てたら、肘がすりきれちゃうわ!」
「肘ぐらいすれても死なん。いいから黙ってこれをしろ」
ユーニスがわめくラヴィニアに渡してきたのは、昨日言っていたアイマスクだ。鞣した革で作られたそれは、両目のところが開いていて、頭の後ろで縛るようになっていた。
「縛って」
「自分でやれ」
「できないもん」
「なんだと?」
ラヴィニアの言い様に、ユーニスが目を釣り上げる。けれどラヴィニアは、どんなに怒られてもできないものはできないと、ユーニスにマスクを押し付けた。
「くそっ」
こんなやりとりに時間をかけていては夜が明けてしまう。暗いうちに城を出たかったユーニスは、「今回だけだ」と言って、ラヴィニアにマスクをつけてやった。
「痛い! そんなにきつくしないで」
「取れて縛りなおすはめになるのはごめんだ」
ぎりりと締まるマスクに、ラヴィニアは悲鳴を上げる。この男、私を誰だと思ってるの!? と睨みつけたが、ユーニスには全く効果がなかった。
そもそも、昨日の無礼なふるまいを父に話したら、「それがなんじゃ」と一蹴されたラヴィニアである。父に怒ってもらおうと思っていたラヴィニアは、当てがはずれてがっかりした。そればかりか、ユーニスの言うことをよく聞いて、困ったことがあっても旅を終えるまでは、一切、国や父を頼るなと言われた。
万が一、ラヴィニアが鱗を探していることがバレて、芋づる式に王冠の鱗が失われたことがバレたら困るからだ。
「これでいい。ひと目ではラヴィニア王女とはわからないだろう」
「……ありがと」
「呼び名はどうする。俺のことはユーニスでいい。あんたは……ラヴィってとこか」
否やはなかったラヴィニアがうなずく。
王族の嗜みとして、かろうじて馬には乗れたラヴィニアが騎乗してユーニスに並ぶと、ユーニスは馬につけた荷物の説明をした。
「あんたのほうには、着替えと水と炊飯道具が入っている。馬の負担を考えて、悪いが重い方だ。俺の方には、食料と地図だ」
「なんであなたが地図持ってんのよ」
「あんたに地図が読めるのか?」
「う……」
「あと、この短剣を持っていろ。使い方はおいおい教える」
「わかったわ」
ユーニスは、ラヴィニアが腰につけた革帯に短剣を差し込む。そして、「話し方も直せ」と言った。
「話し方?」
「女言葉はだめだ」
「~~~~! あれもだめ、これもだめって、あなたにそこまで言う権利があるの!?」
「権利はない。が、義務はある。俺はあんたを無事に連れ帰らなくてはならない。
道中は安全な場所ばかりとは限らない。女だとわかっただけで酷い目に遭う場所もある。自分の命が惜しければ、言うことを聞け」
「……はい」
冷静に言うユーニスに、ラヴィニアは言い返せない。
ユーニスは、大人しくなったラヴィニアにうなずくと、馬首をめぐらせて門を出た。
「これから先、泣いても笑っても俺とあんたの二人だけだ。王に誓ったように、この命と剣にかけてあんたのことはきっちり守るが、仲良しごっこをするつもりもない。甘えは一切許さないからそのつもりでいろ」
「わかったわ……じゃない、わかった」
言い直したラヴィニアに、ユーニスは鷹揚にうなずく。ラヴィニアは聞き分けのよいふりをしながら、先を行く広い背中にこっそりと舌を出した。
地平線が、明るくなってくる。
朝日に照らされる城下町に、馬に揺られる二人の姿が消えていった。