ぼくの家族を紹介します!
「家庭教師なんていりません! 今すぐ止めてもらいましょう。ね? おとうさま」
お……ぼくら兄妹に家庭教師がつくことになったと父の口から聞かされたとき、お、ぼくは双子の妹のジュリアナみたいに不快感を露にすることもなく、何もいうまいと口に食べ物を詰め込んだ。母がそれをとがめるような目で見るが、今回ぐらいは見逃してほしい。ジュリアナは朝からキーキー声を張り上げるし、三歳下の妹は何もしゃべらないし、五歳の弟は口の周りをベタベタにしながらソースを服に撒き散らしているし。年を感じさせない若さを醸し出す若い父(これでも五児の父……の筈だ)は穏やかな声でジュリアナをなだめる。
「いや、ジュリアナ、確かに君たちは優秀な子たちだよ。でもねえ、ビジネスってのは信頼が大事なんだ。なんていったって、その家庭教師は隣国一の天才美少女だっていうじゃないか。周囲の国の目っていうのあるし、くだらない理由で向こうの国との同盟を反故したくないしねぇ」
ぼくはちらりと父の目を見る。母とシンデレラストーリーのような出会いをする前、どこか遠い、東のほうの国の姫と政略結婚をしている父は、その経験を含めて語っているのだろう。穏やかな声色とは裏腹に、彼の瞳は恐ろしく冷え冷えとしていた。
「おとうさま、外交はビジネスではありません」
「ふふふ、ジュリアナ。似たようなもんさ」
なあ、ダンテ。父がぼくの名前を呼ぶ。
なぜここでぼくを引き合いに出すんだと思いながら、顔を上げる。父もジュリアナも期待のこもった目でぼくを見つめる。ここでぼくがどちらかの味方について、その人をフォローすることでこの諍いは終わるんだろう。いつものパターンだ。ちらりとジュリアナを見る。彼女はぼくの片割れ、いわば半身だ。なんとなくいつも一緒に行動してるし、ここでジュリアナの機嫌を損ねると、この後のスケジュールが面倒なことになるのは目に見えている。お父様は別にいいだろう、あの人はこんな朝の小さな諍い、五分もすれば忘れてしまうのだから。
はああと大きなため息を吐いて、ぼくはジュリアナを擁護した。こんな面倒なことになったのも、明日にはわが国に到着するという天才美少女家庭教師に頭の中で悪態をついた。初日の授業は、ジュリアナが授業妨害という名の家庭教師イジメでもするんだろう。腹いせに、そのときは助け舟を出さないようにしようと心に誓った。
*
次の日。ジュリアナがいつも以上にぷんすかと怒りながら朝食の席でお父様と喧嘩をする。朝からよくそんな体力があるなあと少し感動しながらぼくは朝食を口に運ぶ。朝からご飯を食べる気はしない派だったが、ここでは父と母、そして子供四人揃ってご飯を食べるのがぼくたちの習慣だったし、暗黙の了解だった。数年前は、あと二人いたのだけど。
「やっぱりわたし、絶対いやです! 美少女とかいって、いつからおとうさまは少女趣味になったの?」
「……なにいってるんだジュリアナ」
母の目が一瞬険しくなり父を捉えた。母は独占欲は強くないが、おそらく少女趣味という単語に反応したのだろう。険しい目は一瞬だけで、あとはいつものような優しそうな笑みに戻ったが、その裏ではおそらく、「少女趣味ってどういうことだゴルア。わが子供と同い年の娘を抱いて楽しいンか? ああン?」という本音がかくれていることだろう。実は母は結構口が悪いのだ。
「だって、大臣が言ってたわ。それに、サックヴィル伯爵のところのウィリアムも! 王は新しい妾を迎えるつもりなんだ、って。じゃなきゃ、一々隣国から天才美少女を呼び寄せないだろうって」
「ほほうそれはいいことを聞いた。……じゃなくてだな、ジュリー。とうさまにはかあさまがいるだろう? それに、ジュリーや、ダン、イライザにフェリ。みんなとうさまの大事な家族だ。とうさまにはそれだけで十分だよ」
優しそうに微笑んでお父様がジュリアナの頭を撫でる。くだらない茶番だなあと朝から胸がむかむかする思いになった。この父はうそつきだ。うそを吐いている。だからぼくは、おれはこの人を信用できない。だって本当は、おれは第一王子じゃないのだから。
ジュリアナはまだ納得してなさそうな顔で、でも引き際を知ったらしく、「……はい」と静かに頷いて食事の続きをはじめた。
「そうそう、その家庭教師さんは今日の午後には着くそうだ。みんな、盛大に持て成してあげよう」
にこっり。清清しいほどうそ臭い笑みを顔面に貼り付けて、父は笑う。その家庭教師もかわいそうに。きっと父のおもちゃにされておわるか、ジュリアナのいじめにあって精神を疲弊させるか。どっちが先か予想がつかないけれど、もし後者の可能性が高いようなら、少しぐらいは助けてあげようかなと思った。
*
午後、来賓室にいつもより少し豪華な服を着せられつれてこられた。家庭教師の先生をお迎えするらしい。ジュリアナは少し不機嫌そうに、むっと唇を尖らせていた。
「おいジュリアナ。先生いじめはすんなよ?」
「ダンテ、わたし考えたの。とりあえず話し合いで片をつけるわ」
話し合い? ぼくが首を傾げると、ジュリアナはふふんと笑った。
「言い聞かせてやるのよ。その女に。おとうさまはわたしたち家族のほうが大事だから、あんたなんか見向きもしないわって」
「……」
ジュリアナ、まだ朝のこと疑っていたのか。そもそもウィリアムは絶対、大臣にホラ話吹き込まされただけだし、大臣はお前にもホラ話を吹き込んだだけだと思う。ウィリアムもジュリアナも、同じような性格で、まじめバカだし。すぐころっとだまされちゃうんだよなぁ。それについては前例あるし。
「ま、直接いじめるよりはいいんじゃね」
「というかダン。あなたまた言葉遣いが乱れてるわ、おかあさまにいいつけるわよ」
それはやめてくれ。ジュリアナをどう宥めようかとあたふたしていたら、ドアがこんこんとノックされた。どうやら家庭教師センセイがお着きになったらしい。天才美少女ねえ、まあ、なんにせよ美少女はいいことじゃないか。十九歳といえば結婚適齢期だし、いい感じにふくよかなお姉さんがいいなあ。
がちゃりとゆっくりと開かれた扉。そこから現れた少女は、少し想像とは違っていた。
「……」
まず、背が小さい。本当に十九歳なのかってくらいだ。目算でもおそらく百五十後半、いや半ばだな。この国の女性の平均身長が百六十四センチなのを考えると、やはり小さい。シアーズ王国(家庭教師センセイの国ね)はこれくらいの身長が普通なのだろうか。おれ……ぼくは思わず自分の頭を触る。今ぼくの背は確か、百五十さ、いや五かな。センセイと同じくらいか。
いや身長はいいだろう。そうじゃなくて、顔。美少女っていわれるほど、そんなオーラは感じない。ようく顔を見ると、まあ確かにそこらへんのメイドよりはかわいいと思うし、まあ美少女ともいえなくもないが、どちらかというと幼いという印象の方が強い。それが身長と相まって、なんだかセンセイの不気味さを引き立てるようだった。いや、まじで十九歳? ありえなくない?
まあぼんきゅっぼんならなんでもいいや。ぼくは視線を胸に移し、失礼でないくらいに見つめる。……うん、まあ、イライザと同じ……いやイライザよりは大きいか。がんばってB……いやあるのだろうか。
ジュリアナは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ああ、あいつ確かCはあったもんな。でも、ジュリーとセンセイどっちがかわいいかっていえば、まあセンセイかなぁって感じ。センセイが幼く見えるのもその一因だろうけど。まあ美しいっていわれたら、ジュリーのほうが勝ってるだろう。
センセイは緊張しているのか唇を真一文字にきゅっとつぐみ、そして一瞬固まって、何かを考えた後、静かに『オジギ』をした。
オジギ。見るのは久しぶりだ。あの人が死んでから一度も見ていない……まあするような人があの人しかいないっていうだけの話なんだけど。軽く頭を下げるようなぼくたちがするようなものじゃなくて、あの人と似たようなものを感じさせる、ちゃんと腰を曲げたオジギだった。
「お、おおお初にお目にかかります! わたし、シアーズ王国から参りました、ジュリアス・サージェンドと申します! ふつつっつ、ふつつかものですがよろしくおねがいします」
いや、噛みすぎだろ。