4 うさぎの命令
チビと別れて、ぼくは学校に戻った。
他に行くところがなかったからだ。
結局、チビからは、一番肝心なことを聞き出せなかった。
どうやったら、ぼくが元に戻れるのか。
手掛かりは何一つなかった。
そこで考えたのは、そもそもの出発点に戻ってみようということだ。
つまり、学校のうさぎ小屋だ。
ジロウは最初、あのうさぎ小屋の裏でうずくまっていたんだ。
それに学校にいれば、給食の残りを分けてもらえる可能性がある。
ぼくにとっては、どうやって食べ物にありつけるかが心配だった。
今日一日いろんなことがあった。
ぼくはクタクタだった。
うさぎ小屋に着くと、すぐにまぶたが重くなった。
やっと眠れる。
そう思って、少しだけ気がゆるんだ。
うつらうつらまどろんでいると、ぼくの耳にひそひそ声が聞こえてきた。
それはうさぎたちの声だった。
「お父さん、あいつ、成功したみたいだね」
「そうだね。もし失敗していたら、ここに戻ってくることはないもんな」
「あの子、かわいそうだね。もう元には戻れないんだね」
「そうだ。もう元には戻れない。今のこの世の中じゃ、まず、あの条件は満たせない」
ぼくは疲れ切っていたので、その声を聞くともなしに聞いていた。
けれど、最後の言葉で目が覚めた。
「あの条件って…」
ぼくが元に戻れる条件のことだろうか。
それをうさぎが知っているのだろうか。
ぼくは飛び起きて、うさぎに話しかけた。
「条件って、もしかしてぼくが元に戻れる条件のこと?」
寝ていると思っていたぼくが、急に話しかけたので、2羽のうさぎはパッと駆けだした。
狭いうさぎ小屋のなかで、身を隠せる場所なんてなかったけど。
2羽のうさぎは父子だった。
子どものうさぎが僕に向かって、こう言った。
「条件なんて知らないよ。知ってたって教えてやるもんか!」
子どもうさぎの言葉を聞いて、ぼくは去年の冬のことを思い出した。
この子の母親は、去年の冬に死んだ。
お腹に毛玉がたまる毛玉病が原因だった。
毛玉病は、長い間小屋に閉じ込めていたりして、ストレスがたまったうさぎが必要以上に毛づくろいをすることによって起こる病気だった。
学校で飼われている以上、かかる可能性の高い病気だ。
でも、原因はそればかりではない。
母うさぎが死んでから調べたんだけど、たべものにも原因があるらしかった。
つまり、毛がたまってしまう内臓のはたらきにも問題があるということだ。
栄養バランスが崩れたエサを与えていると、毛玉病にかかりやすい体になってしまう。
でもこれはあくまでも仮説であって、証明されたわけではないと、本に書いてあった。
「ぼくのお母さんは、おまえに殺されたんだ!」
子うさぎは、いきもの係のぼくが、母うさぎを殺したと思っているみたいだった。
母うさぎが死んだら悲しいだろう。
はっきりとぼくのせいとは言い切れないけど、誰かのせいにするとしたら、ぼく以外には考えられない。
それは理解できた。
だから、ぼくは黙ってしまった。
子うさぎも、それから黙りこくった。
父うさぎは、さっきから一言も口をきかない。
それからしばらくにらみあっていたけれど、ぼくは我慢できなかった。
「元に戻れる条件を教えてください」
ほとんど泣きだしそうな声だった。
父うさぎは、むずかしい表情でこっちを見つめていたけど、とうとう口を開いた。
「だめだ。教えられない」
それは深く悲しげな声だった。
おまえもつらいだろうが、私もつらいんだ、そう言っているような声だ。
「そんなにぼくを恨んでるの?」
「当たり前だ!」
子うさぎは叫んだ。
「もうやめなさい」
父うさぎは子うさぎにそう言ってから、ぼくの方を向き直した。
「申し訳ないが、わたしの妻が死んだのは、わたしは、君の飼育のせいだと思っている。世話を受けておいて言うのもなんだが、君のやり方はおかしい。はっきり言って早く別の人に代わって欲しかったんだ。だから、君が元に戻らない方が、わたしたちのためなんだよ」
父うさぎの言葉は、ぼくにとって相当ショックだった。
想像できるだろうか。
いきものが大好きで、学校中のいきものの飼育を一手に引き受けたぼくが、面倒を見てきたうさぎにこんなことを言われたのだ。
一瞬、元に戻るとか戻らないとか、そういうことが頭のなかから吹き飛んでしまった。
「そんな…」
ぼくはその場にへたりこんだ。
でも、これで引き下がるわけにはいかない。
なんとかして、元に戻る方法を聞きださないと。
ぼくは、なんとか力を奮い立たせて、父うさぎにこう言った。
「元に戻っても、二度と君たちの飼育係にはならないよ。約束する」
父うさぎはまた黙って考えていた。
赤い目がぼくを見つめている。
本当か、お前は約束を守れるのか、とそう問いかけているような目だった。
やがて、父うさぎは重い口を開けた。
「おまえが本当に約束を守るのか信じられない。もしかしたら元に戻ったが最後、わたしたちを殺すかもしれない」
「そんなことしないよ!」
ぼくは力いっぱい否定したけれど、父うさぎは答えなかった。
ただ、うるさそうにしかめっ面をして、ぼくの言葉を聞き流した。
そして、姿勢を正してこう言った。
「信用してもらいたいなら、わたしがいまから言うことをよく聞け。おまえと入れ替わったあいつのところへ行くんだ。そして、あいつに言って、自ら“いきもの係”を辞めると言わせろ。そうしたら教えてやるぞ。どうだ?」
なるほど。
確かに、ぼくの姿をしているジロウが、先生に「辞める」と言えば、ぼくはいきもの係を下ろされる。
自分で名乗りをあげて、いきもの係になったのに、今度は自分から「辞める」なんて言ったら、二度とぼくはいきもの係をやらせてはもらえない。
「わかった。そうするよ」
ぼくは、父うさぎにそう約束した。
しかし、一体どうやって、ジロウに言わせようか。
疲れ切った頭をフル回転させて、ぼくは考えた。




