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昏黒鬼譚  作者: 谷村真哉
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第三話(一)

「・・・ねえ、薫ちゃんはどう思う?」


 縋りつく様な目をしながら、その女性は意見を求めてきた。

 元から気の弱い人ではあるのだが、ここ最近の出来事は彼女にとって耐えられるものではなかったのだろう。


「香住ちゃんはああ言ってくれたけど、本当にその人に相談を持ちかけても大丈夫だと思う?」


「そう、ですね・・・・」

 

 瞳を鳶色に輝かせながら、薫は親指と人差し指をおでこにあてて、ぐにぐにと揉みほぐす様に動かす。これは彼女が深く考えて込んでいる時の癖だ。


 姉に言わせれば、かなりみっともない顔になるので人前ですべきではない、とのことだが、その姉だって奇声を上げる悪癖の持ち主なので、人の事を言える立場ではないだろう、と彼女は思っている。


 そもそも彼女がこうして頭を使わざるを得なくなったのは、部分的には姉の責任だ。

 なのに当の本人は、無責任にも台所で趣味の料理に勤しんでいる。何という理不尽か。

 この事実に思わずむかっ腹を立てかけるが、目の前の憔悴しきった友人の姿にそれを押し殺す。

 それに、余計な事を考えていられる状況でもない。


「私もその人に会った事がありますけど、姉さんの言っていたように、この一件をどうにか出来る力は有ると私も思います」

 

 慎重に言葉を選びつつ、薫は年上の友人の様子をうかがう。

 できる限り強い口調を避けてはいるのだが、それでも友人の瞳は大きく揺れた。

 予想通りの反応とはいえ、胸の内にかすかに苦い物が混じるのは止められない。


 友人が本当は何を望んでいるのか、薫には分かっていた。

 自分の悩みを考えすぎだと否定してもらって、平穏な日常を取り戻したい。ただ、それだけなのだろう。

 

 しかし今の状況は、そんなささやかな望みを許してくれはしない。放置をしていたら、事態は悪化するだけだ。 だからこそ友人の意に反すると理解しつつ、彼女は姉の提案に賛同したのだ。


「・・・・・ただ、気難しそうな人だったので、もしも断られた時は、私の名前を出して下さい。もしかしたら、気を変えてくれるかも知れません」

 

 同時に少しだけためらってから、切り札を渡す。

 できる事なら使っては欲しくない手なのだが、おそらくは困難にぶつかる友人を、何の準備もさせずに送り出すことなどできない。


「それにその人に断られた時のために、私の方でも解決する方法に心当たりがあります。だから安心して行ってきて下さい」

 

 具体的にどんな方法かは話せませんが、という言葉を飲み下して、二枚目の切り札を見せる。

 

 使うかどうかは別にして、逃げ道の用意があることを知れば、友人も動きやすくなるだろう。

 つまりは勇気づけるための一言だ。


「・・・・・ありがとう。薫ちゃんにまで迷惑を掛けちゃ、お姉さんとして失格ね。香住ちゃんも一緒に居てくれるし、その人を訪ねてみるわ」

 

 それが功を奏したのか、ずっと憂い顔だった友人がようやく笑顔をみせる。


 その姿に薫は安堵の溜息を洩らし、友人が姉と打ち合わせをする為に台所へ向かうのを見送る。

 そして部屋の中に居るのは自分だけになってから、薫はさきほどとは意味合いの異なる溜息をついた。


「さぁて、大丈夫、かなぁ・・・・」

 

 安請け合いをしてしまった。いまさらではあるが、その後悔が重くのしかかってくる。

 

 この一件をもっとも安全に解決する方法なら、すでに薫は手にしていた。

 

 それがつまりは、二枚目の切り札だ。

 しかしその方法を選ぶと、今まで以上に友人に負担がかかってしまう。

 できることなら、選びたい手段ではない。

 

 そう言った意味では、姉の提案した方法は悪くはなかったと考えられる。

 少なくとも解決できるかどうか、という視点で考えると、能力に不足はないだろうと思う。



 しかし信頼できるかどうか、となると途端に不安になる。

 無意識のうちにおでこを揉んでいた薫は、眉間にしわをつくったまま指を止めた。


 会ったのはほとんど一度きり。

 その一回で垣間見たのは、推測のしようもない謎と、あまりに得体の知れない闇だった。


 姉から聞いた話と、昼間の学校で見せていた顔は一致する。

 霊を祓う能力を持っている事もたしかだろう。


 それは分かっている。


 逆に言えば、それしか分かっていない。

 

 いつの間に霊を祓ったのだろう。

 蛍光灯が割れた次の日にはもう祓われていた。夜に学校に忍び込んだのだろうか?

 

 どうやって霊を祓ったのだろう。

 あれほどに怒りに支配された霊を、あんな短時間に祓ったのはどんな方法なのか?

 

 それをどうやって学んだのだろう。

 霊を見るだけなら薫にもできる。しかし祓うとなると専門的な訓練が必要だと聞く。

 そういった家系に属していないようなのに、どうやって祓う方法を学んだのか?

 

 そして一瞬だけ見えた、あの闇と呼ぶのすら生ぬるい“黒”はいったい何なのか?


「やっぱり危険だったかなぁ。でも、向こうも私の事を得体が知れないと思っているはず。そこに上手く乗っかってくれれば・・・・」

 

 おでこから指を離して、薫は尻すぼみに呟く。

 やはり無謀だと、自分自身でも思う。

 これで自分一人だけなら多少は無謀でも問題ないが、友達も関わっていては無茶はできない。


「あんまり頼りたくないんだけどね」

 

本日三度目の溜息とともに携帯電話を手に取り、登録されている番号へ電話をかけはじめた。






 大抵の大学は多くのサークルを抱えている。笠場が通っている義音大学もその例に洩れず、文化会系体育会系それらに区分できないサークル、真面目なものから飲み会サークル合コンサークル、学校公認非公認と有象無象のサークルがひしめいている。


 その中でもかつては勇名轟かせ、今では尾羽うち枯らし、OBに顔向けできないサークル筆頭と愚弄嘲笑を一身に浴びながら、さりとて汚名を返上し名誉を挽回する気概もなく、日々晩節を汚し続けているサークルが一つある。

 

 その名もダレ部といい、笠場と立科が所属しているサークルでもある。

 

 このダレ部。その名の響きから窺いしれるように、所属する者もその運営方針も実にだらけている。しかしこの不真面目な名前は本来の名ではない。元々は不問会という硬派の討論集団だった。


“性別、人種、国籍、宗教の一切を問わず、ただ討論を望む者に門を開く”


 との方針を掲げ、不問会と黒々と揮毫された額は常に開かれた扉から何時でも眺めることが出来ていた。

 

 しかし討論という行為が大学生から遠ざかって久しく、誇りある不問の二文字は“誰でもいい”と“ダレている”に掛けられたダレに追い遣られ、それに伴って会の文字も部に墜ちた。

 いまでも不問会という額は掲げられているが、日に焼けて黄ばみ、埃まみれで朽ち果てる日を待つばかりである。そこに集う学生といえば、奇聞珍談を聞くを好み、語るを楽しみ、ひねもす喋り倒してなお飽きぬ暇人ばかりである。

 

 サークル棟の奥深く、かつては会議室と呼ばれていた、広いばかりでボロボロの部屋に、討論の軌跡や、手慰みに書き留めた話、誰の講義か分からぬ記録などを山と積んで、今日も今日とて学生達が暇を潰し続けている。


「こんにちはっと」


「シヤスッ」

 

 溜めながら発声されたこんにちはと、勢いだけのシヤスでこんにちシヤスという珍妙な挨拶を室内に届けたのは、笠場と立科の二人組だ。因みにシヤスッとは失礼シヤスが短縮された形である。


「よう、仕込み暗器にツナギマネキン」

 

 返答したのは意味もなくサングラスを掛けながら真正面に座っている男性だった。

 蛍光灯に赤く反射する髪は染めたもののようだが、色黒にえらの張った東南アジア系の顔立ちに団子鼻の彼にはまったく似合っていない。


「こんな日の高い内から穴蔵にこもって無為を積み重ねるとは、人生という勝負の前に賭け金を使い果たしているな」


「・・・・・・飯の後に気取ったセリフは、胃に応えますね。イタイ先輩」


「そうです、そうです。俺の空っぽの財布に響きますよ、ヒク先輩」


「違ーう! 違うぞっ、後輩ズ! 耳の穴かっぽじってようく聞け! 俺の名前はイタビキ セン―――」


「イタヒキセンス、でしょ? 後輩を足止めするのは勝手だけど、入口の前は辞めときなさいよ」

 

 椅子に座って何かを熱心にノートに書き込んでいた女性が、横合いから今まさに上げられんとする名乗りをあっさりと叩き潰した。


 平均的可愛い系の顔を持つ彼女だが、しっかりと自己主張する大きな黒眼と、髪の生え際と眉毛の間が極端に狭いのが特徴となっている。


「僕も同感ですよ、先輩。基本的に人の迷惑を考えない行為は止めた方がいいと思います」

 

 豊かなバリトンで続けたのは子供のような顔をした背の高い男性だ。

 椅子に座ったままで立科と変わらぬ身長を持つ彼は百九十センチ近いのだろうが、いかんせん声と顔のミスマッチが激しい。


「お前達もか、出素キッチンにチグ萩!」


「それを大声で言うなぁ! 出素キッチンのデスは出汁の素の出素なのに、死のデスと勘違いされるのよっ! あなただって迷惑に思ってるでしょ、萩君!」


「いやぁ、僕には実害が無いので・・・・・・」

 

 オーバーなリアクションを取りながら仰け反るサングラスの男性に、椅子を蹴立てて怒りを表す女性、そんな彼女に困ったような笑い顔を返す萩と呼ばれた人物。


 彼らは皆、ダレ部に所属する大学生である。それぞれ板疋千次(四年生)、衣司香住(二年生)、萩英恵(三年生)という。

 他にも部員は居るが、大体は来る曜日が決まっているため馴染みとなるメンバーは定まっている。結果、笠場と立科が親しんでいるのはおよそこの三人である。


「ほら、あなたたちもさっさと座っちゃいなさい」

 

 衣司に促されて二人もそれぞれ入口の近くの椅子に、笠場はどさりと、立科は溜息をつきながら座る。

 新入りほど手前にというルールなど無いが、何となく慣習的にそうなっている。


「いやしかし、食った食った。カツ丼と親子丼なんて豪勢な昼飯を食えるとは生きてて良かったと思わないか、立科。さて明日は何を食うとするかな。何せタダだと幾らでも胃袋に入るからなぁ」

 

 ニタニタと笑いながら椅子にふんぞり返る笠場とは対照的に、立科の顔色は今一つ優れない。

 幽霊の一件から数日が経過して悩み事が一つ解決したと思ったら、また別の悩み事が出てきてしまったらしい。


「・・・・・・・・お前はそれで良いのかもしれないけど、俺は、俺はぁぁ」

 

 空になった財布を机に上に放り投げながら、泣き言を口走って机に突っ伏す立科。

 だがそんな彼の肩に優しく置かれる手が一つ。

 

 思わず見上げたそこに、キラリとサングラスが光った。


「どうしたツナギマネキン! 困った事があるなら俺に相談しろ! 出来る限り力になるぞ!」


「で、でも・・・・・」

 

 正気だったら引く風体の彼にしかし、立科はどこか縋りつくような視線を捨てない。


「先輩にも迷惑を掛け・・・」

 

 途中で遮るように力強く差し出された手に、言葉を詰まらせて涙ぐむ。


「せ、先輩ぃぃ!」


「ツナギィィ!」

 

 がばぁっと身を起こし互いに叫びながら抱きつくという何だか暑苦しい喜劇が展開される一方、


「くくく、金蔓がもう一人ぃぃ」

 

 腹黒さ全開で含み笑いをする笠場という混沌が溢れ返った空間が、あっという間に出現する。


「・・・・・・なんなんでしょうね、これ」


「いつもの事だから気にしなくてイイんじゃない? 私たちだって似たような事はしてるんだし」


「そうですね。・・・・・・そう言えばツナ立くんと暗笠くんの間に何かあったんですか?」


「・・先に一つ聞いていい? 何で萩君はあの謎のあだ名と苗字を半々ずつくっ付けて呼ぶのかしら」


「んー、なぜかって聞かれたら答え難いんですけど、衣出素さんが年上だろうと、年下だろうと変わらない口調で話し掛けるのと同じ事だと思いますよ」

 

 なにぃ一週間昼飯を奢り続けるぅそうなんです笠場の奴お礼に奢ると言ったら遠慮なしに食いまくるんですなに先輩も協力して下さるんでしたら立科には無理は言いませんただ店のランクがすこぉし変化しますが心優しい板疋先輩なら手を差し伸べてくださいますよねぇという三文脅迫劇が隣で進行しつつあるのを無視しながら、衣司はしばらく考えたのち・・・頷いた。


「そうかもね」


「そうでしょう。それで何が有ったんですか?」


「それは・・・・・・・・あひょう!」

 

 突如、空気を切り裂いて迸る奇声に、向かいに座っていた萩、財布を強奪されつつあった板疋、しつつあった立科と笠場は揃って動きを止めた。

 

 が、


「そうよ、そうよぅ! 何してんの私ぃ! 大切なこと忘れてどうすんのよっ!」

 

 一人で慌てながら何事かを叫んでいる彼女を放って、四人は再び元の作業へと戻った。

 今回は彼女の問題であって自分達とは無関係だと見なした瞬間、対処は放置に決定したからだ。

 

 彼女がどうしようどうしようと口走ったならば、他の面々は即座に手荷物を纏めて貴重品を肌身から離さぬように入念に準備するのだが、何してんの私と奇声の後に続いたのならば、それは自責の言葉であり、ほとんど周囲に影響を与えないと先輩連は新入生に教え込んでいるのである。

 

 その情報が正確ならば今回は他の面子には無関係・・・・・なはずである。

 

 が、


「まずは笠場君っ!」

 

 ドンッと勢いよく机に置かれた鞄から取り出したタッパーを、財布(板疋所有)の中身を確認していた笠場に滑らせる同時に


「食べてっ!」

 

 推奨なのか命令なのか判別しがたい調子で勧めてきた。

 

 気の毒なのは笠場、ではなく隣に立っていた立科であろう。

 常に警戒心や猜疑心を持っている笠場とは異なり、先輩からの情報を真っ直ぐに信じていた彼は笠場と一緒に強奪した財布を安心して漁っていた。ところが机の音に驚いて向き直った瞬間、

 

 滑って来たタッパーが股間を強打した。

 

 ドッ


「うごっ」

 

 鈍い音と鈍い声を起ててうずくまる立科に声をかけたのは、


「ごめんね!」

 

 という気楽な衣司(無責任)と


「またタッパーか・・・。縁が有るんだな、お前は」

 

 口の端を歪めて笑いつつ呟いた笠場(非道)だった。


 それでも二人はまだマシなのかも知れない。

 板疋に到っては完全に黙殺している。

 とはいえ、いそいそといった様子で財布をポケットに仕舞っているのを見れば仕方がないと言えるかも知れないが。


「今日の料理は何かな?」

 

 そんな騒動に一人我関せずの態度を貫いていた萩が、いつの間にやらタッパーの蓋を開けていた。

 トプトプと重たげな水音を立てる中身は、キャベツが巻かれた棒状の料理。


「・・・・長いロールキャベツ?」

 

 見た目だけならその通りだろう。普通のロールキャベツと異なる点は全体的に細く長いことと、キャベツが崩れないように爪楊枝で留められている所ぐらいだろうか。


「煮蛸のキャベツ巻きよ」

 

 何で蛸?

 

 胸を張っての答えに、同時に疑問符を頭に浮かべる衣司以外の人間達。

 しかしそんな疑問はすぐさま別の疑問に乗っ取られた。


「味は? 甘い? 辛い?」


「・・・・うーん。少し、甘い?」

 

 微妙な味なのか作った本人も断言できない模様。

 だが少しという言葉に他の面々は胸を撫で下ろし、安心して手を出し始めた。

 

 料理の創作(創作料理ではない)は衣司香住の趣味である。

 基本的に既存の料理をアレンジしたものが多いと本人は語っているが、構成要素を大胆かつ破壊的に変更するその手腕はアレンジという枠には収まりきらない。

 

 そして性質の悪いことに、直感に基づいて作成された料理群は決して不味くはない。不味くはないのだが、世界の何処かの国なら人気を博しそうな一風変わった料理ばかりであり、味覚に関しては平均的な日本人の嗜好を持つ彼らにはいささか口に合わないもの多い。

 

 例えば先週持ってきたのはたっぷりとザラメがまぶされた牛肉の炒めものだった。

 美味しそうだと一同喜び勇んで箸をつけた途端、全員が声を揃えて


「御免なさい」

 

 と、衣司に頭を下げるという悲劇となったのである。それでも笠場は一人で全部を食べたのだが。


「先週は感想が今一つだったから、今回はみんなが馴染み易い味付けにしたわ」

 

 少なくとも今一つなんてレベルではなかったが、機嫌を損ねてせっかくの料理を取り上げられるのもアレなので、黙って賞味する。

 常識の持ち合わせが少なそうな面々ではあるが、腐っても大学生なのだ。その程度の気配り(計算)は当然のようにできる。


「うん、普通に美味しい!」


「美味しいですよ、普通の味付けで」


「普通だな、普通!」


「美味いですね」

 

 普通、普通、普通と連呼されて少々不満そうではあるが、高評価に概ね満足した姿をみせる衣司。


「ところで・・・・・・」

 

 一通り食べ尽くしたところで笠場が不審げな視線を衣司に向ける。


「何やら俺に用事が有るのでは?」

 

 そういえばそうだと、周囲の男性陣も一斉に視線を向けた。

 どうでも良い事だがタッパーを捧げ持つように四人の男が集まっている光景は滑稽の一言に尽きる。


「・・・・・・」

 

 言われて考え込む衣司。


 その様子に何とは無しに嫌な予感を覚え、タッパーの蓋を閉めて(中身は煮汁も含めて全て笠場の胃袋の中)、全員が割り箸と爪楊枝をゴミ箱に入れ、再び集合して次の衝撃へと身構える。これで何もなかったら間抜けだが、幸か不幸かその準備は功を奏した。


「ななななな!」

 

 本日二度目の奇声に一同がびくりと体を震わせる。


「なんで忘れてるのよっ、私!」

 

 やっぱり忘れてたのか。

 

 残念ながら知ることは出来ないが、その瞬間、一つに固まっていた彼らは全く同じ言葉を全く同じタイミングで考えるという地味な奇跡を起こした。


「まず確認したい事が一つ!」

 

 ビッと真っ直ぐに笠場を指差す。


「立科君の一件って本当?」

 

 立科の体が僅かに震える。

 霊が消えたのを確認したとはいえ、いまだ影響から完全に脱した訳ではないといった所だろう。

 

 そんな立科に一瞥をくれると、笠場は静かに口を開いた。


「・・・・とりあえず座っても構いませんかね。それと、あまり人を指差さない方がいいですよ」


「あっ・・・・・ごめん」

 

 恥入ったように謝罪の言葉を口にする衣司に対し、笠場は不快に思っているようには見えない。

 口調こそ冷たく聞こえるが別に非難する気はなかったようで、腕を上下させたのか肩をすくめたのか見分けがつかない動作をとると椅子に座った。

 

 それと同時にダレ部の面々も思い思いの席へと腰を落ち着ける。

 立科は笠場の隣、衣司は一年達の向かい、板疋は扉正面の上座、萩は入口のやや左手に。


「詳細は当事者に尋ねるのが筋でしょうから、俺は詳しくは語りませんよ。ただ―――」

 

 組んだ手を顔の前に置いて表情を隠しながら、言葉を溜める。

 垣間見える目は笑みを形作る糸目でもなく、普段の睨みつけるような三白眼でもなく、細く裂いた様な形をしていた。


「俺に質問した意図に答えるならば、たしかに俺はその場にいましたよ」

 

 それで満足かと手振りで示し、まるで圧迫するような沈黙を生み出す。

 

 いや、事実圧迫しているのだろう。

 前回の会合では、熱心に語る立科とは対照的に一言も口を挟まず、言葉を忘れたかのように黙りこくったまま話を聞いていた。

 それは一通り話し終えた後も変わらず、一件に関する質問は一切受け付けなかった。

 

 それを真正面から突破しようとした衣司は勇敢かも知れないが、無謀であることは間違いない。


 はっきり言って今の笠場の醸し出す空気は、二十年も生きていない若造の出しうるものではない(実際に百年単位で存在している幽霊がバックに付いて、いや、憑いている)。


 それに対抗するのは多少平均から外れているとはいえ、成人式も迎えていない若い女性だ。

 最初から勝負になりようがない。何か言葉を続けようとしても、口から外に出ることなく消え去ってゆく。

 

 が、しかし、


「そんなに機嫌を悪そうにしないで、話ぐらい聞いてやっても良いんじゃないか?」

 

 救いの手は差し伸べられた。


「ほう」

 

 笠場はつっと視線を滑らせて声の主を捕らえる。

 赤い髪に青いアロハシャツという、一度見たら足下に目を向けたまま二度と顔を上げたくなくなるようなファッションセンスの持ち主を、しかし感情を脱色したような瞳は動揺することなく睨んだ。


「ま、まあ、仕込み暗器にだって都合が有るんだろ。いや有るのでしょうけど、話だけでも聞いてみても良いのではないかなぁと俺は考えてみたりもしますよ?」

 

 表面から窺い知る事は出来ないが、その肚のすわり具合に笠場は感心していた。

 

 段々と呂律が怪しくなってはいるが、それでも視線を逸らす事無くまた無用の敵意を示す事無く。・・・奇矯か偏屈の巣窟に長々と住まう甲斐性はあるわけか。


「・・・・そうですね」

 

 板疋の言葉を吟味したのち、手を解いて衣司に向かい合う。

 その瞳の冷たさは変わらないが、目はいつもの三白眼に戻り、相手に詰め寄る様な圧迫感を消え失せている。


「衣司先輩にも何か理由が有っての発言だとは思いますので、とりあえず伺うだけはするとしましょう」

 

 はぁ

 

 洩れた溜息は重なって響いた。おそらくは四人分だろう。


「それでは・・・・」

 

 コンコン

 

 剣呑な空気を引き下げて仕切り直した途端、珍しい事にドアをノックする音が聴こえた。


 珍しい、とは単純に開け放してあるドアにする必要などないからだ。

 わざわざノックするような礼儀正しい人間など訪れないというのもあるが。


「お客さんですか?」

 

 近くに座っていた萩が真っ先に応対する。

 彼以外の人間だったら控え目、よりか、怯えた様子で覗いていた来客者は逃げ出していたかもしれない。


「その・・・友人からこちらに伺うよう指示されたので・・・・・」


「御友人からですか?」

 

 友人?

 

 不思議そうな表情を浮かべる板疋と立科だが、笠場は蒼ざめた衣司を見て即座に思考を巡らせ・・・・・・

 

 ミチィッ!

 

 一瞬、机が鳴った。


「ヒッ」

 

 ギョッとした彼らが見たのは顔を蒼白にして震える衣司と、顔の前で手を組んだまま俯いている笠場だった。

 理由は定かではないが、なぜか笠場の両手はブルブルと震えている。先程の音は肘で机を押した為に出たようだ。


「か、笠場・・・?」

 

 腰の引けた立科が、心配と恐怖を三七で配分した声を掛ける。

 

 その声を無視したまま、やおら顔を上げると


「それでは衣司先輩」


「な、何」


「早速ですが紹介しては下さいませんか。おそらく私絡みの話だと思いますので」

 

 打って変った穏やかな声と顔で促した。


「とりあえずは、ですが」

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