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昏黒鬼譚  作者: 谷村真哉
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第一話(三)

これで第一話終了です。


締めなのでかなり短いです。

 翌日の放課後、衣司薫は取り換えられたばかりの蛍光灯の真下に居た。


 といっても蛍光灯を確認している訳ではない。さりとて、誰か人を待っている様子でもない。


 部活に向かう生徒や帰宅しようとしている生徒がひっきりなしに行き交う中、彼女は何かを探す様にあちこちに視線をさ迷わせている。


 と、その視線が学校から浮いた格好をしている人物を見つけ、止まる。


「昨日の先輩さん!」


「はい?」


 呼び掛けられた人物が、尻上がりに返事をしながら、立ち止まって彼女の方へと振り向く。


「ええと、貴女は・・・・・昨日、先生と話していた」


「はい。衣司薫です」


「衣司?」


 例によって学生の中でなくても浮いて見える、ボロ布寸前といった服を着ていた『彼』は彼女の名前を聞いた途端、怪訝そうな顔を浮かべた。


「初対面でこんな事を尋ねるのは失礼かもしれませんが、もしかしたらお姉さんか親戚の方が義音大学で学生を為さっているのでは?」


「ええ、姉が一人・・・・・」


「ああ、やっぱり!」


 嬉しそうに『彼』が笑う。満面に浮かべられたその笑みは人懐こく、優しげである。


「サークルで御世話になっている方に、同じ名字の方がいらっしゃったので・・・・・」


「サークルって、あの、変な名前の?」


「ええ。『ダレ部』です」


 その奇妙な名前を聞いた途端、衣司薫の表情が真顔に変わる。


「・・・・・たしかにソレは姉です。奇矯な料理と奇声を上げる奇人ですが、迷惑をお掛けしているようでしたら私が代って謝罪させていただきます」


 そうしてふかぶかと頭を下げてきた。


 焦ったのは『彼』である。昨日のことからも判るように学校の内部において『彼』は明らかに異分子だ。

 その彼が往来のどまんなかで一人の女子生徒から頭を下げられている。これが目立たない筈がない。実際、足を止める生徒も少なくなく、痛みを覚えるほど視線が集中している。


「いえいえ、私の方こそ色々とご馳走になってばかりで・・・・・・というかそろそろ頭を上げてくれませんか。目立ってしょうがないのですが」


「そうですか?」


 微笑みながら顔を上げた薫は、対照的に落ち着き払っている。

 この状況に陥ることを読んだ上で、頭を下げていたのかもしれない。だとしたら、かなり強かな少女ではある。


「それで? 何か御用ですか?」


「そうです、そうです。ちょっと聞きたい事があるんですが、構いませんか?」


「私が答えられる範疇ならば、どうぞ」


「では・・・・」


 居住まいを正して、彼女は目の前の人物に向き直る。そこでようやく『彼』は薫の顔を正面から見た。



『彼』もそれほど身長の高い方ではない。むしろ中肉中背と表現される位だ。


 その彼とほぼ変わらない身長を持つ彼女は、女性としては高い方に含まれるだろうか。

 凹凸が少なく、細身でありながら均整のとれた肉体は中性的ですらある。


 そんな肉体に比べて、首から上は実に女性らしい。

 同年代よりも小ぶりな頭部や、小さく尖った顎。髪は短いが、後頭部からのラインが柔らかく、手の内に収まりそうな錯覚を与える。


 顔でまず目に付くのは、そのおでこだろう。頭の三分の一強を占めるその大きなおでこを、彼女は前髪で隠すことなく堂々と晒している。

 彼女なりの主張なのか、それとも意地なのかは分からないが、肌理の細かい白い肌は剥き身のゆで卵を連想させ、なかなかに魅力的である。


 耳や口といった顔の各パーツも頭部の比率に合わせて小さく、それぞれが自己主張することなく調和を保っている。

 だからといって子供っぽいのでもなく、そのハキハキとした口調に相応しい面立ちでもある。


 だが一番の特徴は鳶色の瞳だ。切れ長の真逆、どんぐり眼と言われるような真ん丸の目だが、

 よく動く彼女の瞳が組み合わさると、大人びた印象の中に稚気を感じさせ、思わず目を引き付けられる。

 しかしそれだけではない。光の加減なのか、ときおり金属的な光沢を放ち、良い意味で非人間的な美しさを醸し出す。

 彼女が彼に向き直った時も、ちょうどそんな光を放つ瞬間だった。


「昨日、先輩は・・・・」


「・・・・・・・・・」


「先輩?」


 だんまりを決め込んだ『彼』を不審気に窺った彼女はその目を覗き込み、不意に肌を粟立たせた。


 何かがおかしい、それは理解している。

 だが何がおかしいか、それが解からない。


 彼女が得た感触を端的に表現すれば、そういうことだった。


 例えば強い意志の光、殺意や憎悪、情欲といった好ましからざる光がその眼に宿っていたならば、彼女は目の前の人物に対する評価を修正するだけで良い。

 だが事実は逆、その眼に何も映っていないからこそ彼女は怯えを覚えたのだ。


 あるいは、何も映っていないというのは間違いかもしれない。

 死んだ魚のような生気の無い瞳ではなく、意志の宿らぬ濁った瞳でもなく、光の対立として闇ですらなく、世界の裡に存在しない光としての黒。

 その色はまさしく昏黒。その眼はまさしく、


「人殺しの目・・・・・・・・」


「そんなに人相が悪いですかね、私は」


 憮然とした声に我に返ると、三白眼が彼女を睨みつけていた。

 いや、睨みつけているとは言い過ぎかもしれない。少なくとも『彼』にはそんな積りは無い様である。


「まあ学生証の写真が手配写真に流用できるとか、職務質問を受けたら緊急逮捕されないよう気をつけて行動しろとか、色々と言われてますけどね・・・・・」


「あっ、その、いえ、済みません!」


 失言に気付いた彼女は慌てて頭を下げたが、言われた方はさほど気に病んではいなかった。

 その口振りから察するに持ちネタの一つなのかもしれない。


「とはいえ呆けていた私の方にも落ち度が有るのですから、気になさらず。それで?  私に聞きたい事とは?」


「はい。先輩は昨日何かしましたか?」


「ええ、まあ・・・・・」


「本当ですかっ!」


「貴女もご存じの通り、これを取り換えましたが」


 勢い込んだ彼女に困惑しながらも、言葉とともに指で示したのは頭上の蛍光灯。たしかにそうなのだが・・・・・


「それ以外で、ということです」


「それ以外となると・・・・・・・・・それこそ本を借りたり、脚立を片付けたりしましたが、そういうことではないのでしょう。

 宜しければ貴女がどのような意図で質問されたのか教えて頂けませんか?」


「ちょっと気になったという程度なんですけど・・・」


 どこか逡巡する気持ちがあるのか、口籠りながら、ゆっくりと、まるで言葉を選ぶかのように自らの意図を明かしてゆく。


「最近変な事件が起こってましたけど、私には原因として思い当たることがあったんです」


「ほう、思い当たる原因があったと」


「それで、そういった事に詳しい人に話をしようかと思っていたら、今日になって治まっていたんです」


「ああ。だから昨日ここに来ていた私が、何かしたのではないかと考えられたんですね。

 納得は出来ましたが、それこそ私には原因すら思い当たりません。

 ですから何かしたとしても、何が影響を与えたのかは判りませんし、普段の学校で行われている以上の行動をとった記憶もありません」


 と、申し訳なさそうに首を振る。


「原因といっても可能性の段階でしたし、別に先輩が関係していると決まっていた訳でもなかったんですから。私の方こそ変な質問をして申し訳ありませんでした」


「そう言って貰えれば幸いなのですが。では御用は以上ですか? そろそろ失礼させてもらいますが、お姉さんにも宜しく伝えておいて下さい。衣司さん」


「今日は色々と有難うございました。・・・・・・えっと、お名前は何でしたっけ?」


「これは失礼しました。私は笠場大という者です」


 目を細め、にっこりと笑いながら、笠場大は衣司薫に一礼したのだった。

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