表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昏黒鬼譚  作者: 谷村真哉
3/18

第一話(二)

今回から主人公が全開です。


苦手な人は本当に苦手だと思うので注意してください。


あと、文章の形式をちょっと変えてみました。

 日が沈んだ後の学校は不気味である、なんてのは実に使い回された表現だ。

 

 しかし使い回されるぐらい、夜の学校ほど気味の悪い場所はそうそうに見当たらない。

 ではなぜ不気味に感じるのか。それもまた随分と言われてきたことである。


 多くは日中との極端な対比に焦点が当てられるが、

 むしろ学校という建築物の特異性に由来するのではないだろうか。


 大抵の建物は縦に長く造られている。

 ところが学校は異なり、横に長く造られている。耐震性や工費から決定されているのだろうが、

 横方向に数多くの窓が並んでいる光景は異様であり、

 また好ましくない想像を易々と引き起こす。


 考えてみたことはないだろうか? 

 気付かなかっただけで、もしかしたら並んでいる教室の中から何かが自分を眺めているかもしれと・・・・・


 そしてもう一つ。校庭や敷地の存在も重要だろう。

 地図や航空写真が手元にあったら眺めてみることをお勧めする。

 学校の付近にこんなにも広い空地があることは稀だ。

 住宅地に設置されている公園はもっと狭く、遊具が置かれていて広さを感じ取れることは少ない。


 更に付け加えるならば、学校の周囲は低い壁やフェンスに囲われた上に樹木が植えられている。

 つまり見通しが悪いのに、中に設けられた見慣れない空間を垣間見ることができてしまう。

 まるで錯覚を企図しているかのような設計だ。


 かくして夜の学校を覗いた人物(達)は、

 自らの想像力と視界の悪さによって怪異をしばしば目撃する羽目になる。


 しかし注意すべきことを一つ挙げよう。たとえばあなたが怪異の目撃者となったとき、

 それがあなたの目の錯覚か、それとも現実に起こっている現象なのか窺い知る術はそう多くない。


 そう、その日、といっても日付が変わるまで一時間を切っていたが、

 夜の私立緑野学院を覗いた人物が居た ならば俗に鬼火と呼ばれる怪異を目撃することが出来た。


 ただしそれが一体何であるのか知ることはできなかっただろうし、

 ましてや鬼火を灯りとして真夜中の学校を密かに歩いている人物が居たことなど想像もしなかっただろう。



 宙に浮かぶ火の玉を唯一の灯りとして夜の校庭を歩いているのは、

 昼間の学校で蛍光灯を換えていた例の人物である。


 その格好も昼間と同じだが、暗闇に包まれると何とは無しに危なげな印象を見る者に与えて来る。


 例えるなら、そう、夜道で見かけたら道路の反対側に思わず行きたくなるような、

 そんな忌まわしさを纏っている。


 そんな一人きりの彼が火の玉だけを道連れとして夜の学校を歩いている光景は、

 幻想性など微塵もなく、ひたすらに薄気味悪いか犯罪的でしかない。



 しかし、



『この様な時間に学舎へ忍び込むとは・・・・・由あるとはいえ、決して感心できたことではないな』

 

 空気を震わすことなく届けられた声が、微かな譴責の響きを脳裏で結ばせる。


 それを認識した『彼』は僅かに苦笑を浮かべ、特に驚く素振りも見せずに歩みを進める。

 別に無視している訳ではない。これを声として認識できる生者がここでは『彼』一人だけなのであり、

 生者以外なら問題なく居る。


 現にからかう様な返答は『彼』の前に浮かぶ鬼火から響いて来た。


『固いこと言いっこなしだぜ、ダクタァ。それともあんたは真っ昼間に娼婦を買いに行ったのかい?

 ま、イカレ医者の夜中の用事といえば死体泥棒ときまってるがな!』


 酒焼けしたダミ声を張り上げながら鬼火を起点として体を作り上げてきたのは、

 長い銃を携え、ニタニタと品の無い笑みを浮かべたカウボーイ姿の小柄な老人の幽霊だった。

 半透明ながらも日焼けしたテンガロンハットや細かな傷が縦横についた革のブーツが再現されている。


 弛んだ顔面の皮膚。白内障を発症しているかのように濁った瞳。

 黄色く染まった前歯は何本か欠けており、吐息を確かめることは叶わないが、

 恐らく酒と煙草に歯槽膿漏が混じり合った悪臭であることは想像に難くない。


 身につけた装飾品は総て黒に変色し、老人が動くたびに火の粉のように錆が舞う。

 その光景が僅かにでも幻想的と思えるのは、そこに火花が含まれているからだろうか?

 鬼火と見えた炎は、腰に吊るされたランタンに灯された格好だ。


『・・・・君に品性を求める事など、生前は勿論のこと

 母親の胎内にいた時ですら無理難題であることは理解していたが、

 ここまで低劣であるとは思いもよらなかった。

 訂正して貰おう。私は死体を盗んだことなど一度たりともない。

 死体置場の管理人と契約を取り交わした上で、対価を支払って手に入れていたのだ。

 私の誇りに賭けて、私は盗賊などでは無い!』


 どこかズレた反論をしながら姿を現したのは、髪の一部が白に染まりつつある背の高い男性の幽霊だった。

 折り目のついたシャツや染みのない白衣、衰えてはいないが生気の薄い肌が

 蝋人形のような質感で宙に浮かび上がる。


 半透明となった体では分かり難いが、口元の髭は丁寧に整えられ、髪も一分の乱れも無く梳かれている。

 切れ長の瞳は怜悧さを印象付けるが、剃刀で切ったような口は強情と変わらぬ意志の強さを示している。


 翻る白衣の裾すら無言の威圧とする彼に、親しみを感じさせる箇所は一切ない。

 僅かにすら曲げない背は常に人を見下し、爪先まで整えられた細く長い指には

 生前も温もりは感じられなかっただろう。

 そして白衣の内側に収められた様々な手術器具が、一点の曇りも無い銀の輝きを放っている。


『それともう一つ』


 ビッ、と身長に比べていささか長い腕を真っ直ぐに突き付けながら言った。


『私は呼ぶ時はドクターと発音したまえ。君の聞くに堪えない訛りを私の前で使うんじゃない、ヤンキー』


 その言葉を聞いた途端に老人のニヤニヤ笑いは消え失せ、

 常に酔っ払っているような白く濁った左目が眼窩ごと膨れ上がり、

 銃口に血を煮込んだような赤黒い炎を纏わせて、医師の白い胸元に突き付けた。


『俺をそんなムカつく名前で呼ぶんじゃねぇ、ダクタァ』


 対する医師も右手の指を白衣から取り出したメスと一体化させ、

 脇にだらりとぶら下げた身長に比べて長すぎる左腕を更に伸ばして、

 その視線の先にしっかりと老人の頸動脈を捕えている。


『・・・生きていたならば、失血実験の被験者としたものを』


『・・・俺の方こそあんたを牛に引っ掛けて、焚き火に突っ込ましたのによ』


 初撃に向け、緊張が高まってゆくが・・・・


「カスター爺さん、そろそろだぜ?」


 異形に変じつつあった二体の幽霊に挟まれていて、

 なお平然と微笑を唇に湛えていた『彼』がようやく声を上げた。

 その態度と同じく、この状況の中にあっても声に動揺は見られない。むしろ楽しんですらいるようだ。


『ちっ、仕方ねぇなぁ』


『仕事を前にして戯れる訳にはいかないか』


 そして二人もわだかまることなく引き下がる。

 もとより既に肉を喪った身、殺し合いも遊びと異ならないのかもしれない。


『それで? 俺に頼みたいことってのはなんだ?』


「まあ、手元が暗いので明かりをよこせってだけの話なんだが・・・」


 壁に設置された端末の蓋を開けながら、『彼』が申し訳なさそうに呟く。

 そこに生死の区別はなく、ただ敬意を抱く先人につまらない仕事を割り当てる済まなさのみが漂っていた。


『気にすんなよ、ボウズ。俺らはてめぇと契約を交わしたんだ。

 だからてめぇがだ、アル中牧師の説教より下らねぇ仕事を回してきたとしても、

 てめぇの脳天に鉛玉ぶち込む代わりに、葉巻を飲み下して

 牛の糞を火に投げ込んだようなクソッたれな気分になるだけだ』


「いや、その・・・・・口数の多い爺さんだな」


 額面通りの気遣いを受け取って、『彼』はますます苦笑する。


 この偏屈な老人は実に分かり易い分かり難さでもって、『彼』を気遣ってくれる。

 その度に『彼』は何とも言い難い温かみを覚えると共に、

 如何にして老人のプライドを損なうことなく謝意を伝えるべきか悩むのであった。


『ところで・・・・これはどのような機械なのかね?』


 だが今夜は幸いなことに、医師からの問いが『彼』を救ってくれた。


「鍵の・・・・代りですね」


『鍵、かね? こんなものが?』


「ええ。実際は合言葉というべきか・・・・・・。

 そうですね、金庫の錠前と同じ理屈だと考えて下されば結構です」


『成程、金庫か。それならば納得が行く。ではこの出っ張りがダイヤルと同じ働きをするわけだな』


「そういうことです」


 頷きながら彼は1、2,3,6,9と五桁の数字を入力する。

 するとピッという音とともに鍵の外れる音がノブから聞こえてきた。


『・・・・・・・・技術的な限界なのか、それとも工夫が無いのか、どちらかね?』


「決めた人間が遊び心や警戒心よりも簡便性を重視した結果です」


 悪びれることなく答えた『彼』は自分が押したボタンの並びをもう一度指でなぞる。

 3×3マスに並べられた数字を左上から右下になぞっただけの単純な番号だ。


「変更されていなくて幸いでした。といっても私が入学して以来、

 変更されたことなど一度たりとも無かったのですが」


『ふむ。不用心ではあるが、致し方ないことでもある。知り合いの商人達も

 錠前を丸ごと取り換える費用を時折嘆いていたものだった』


「そういうことでは無いのですが・・・・・・」


 数世紀に亘るジェネレーションギャップを敢えて解消するのも困難と考えたのか、

 放置したまま『彼』は倉庫の中に体を滑り込ませる。

 

 光源はふわふわと浮かぶ火の玉一つきりだが、それでも咳き込むほど大量の埃が

 宙に舞っているのが目に入ってきた。


「そうだ、カスター爺さん」


『なんだ、ボウズ』


「もちっと火を小さくしてくれねぇか? 辺りにゃ燃え易いもんが揃ってんでね、

 ふらついた挙句に火事でも起こされたらたまったもんじゃねぇ」


『生意気なクソガキだなあ、おい。目上の者への礼儀ってやつを教わって来なかったのかよ』


 憎まれ口を叩き合いながら、つまみを捩じって炎を小さくする。

 それと共に彼からの忠告を聞き入れた証明としてか、手にランタンをぶら下げた姿へと一瞬で変化した。


『しかし黴くせぇ場所だな。掃除もしねぇのか、ここじゃ』


『新大陸の、それも西部などという未開の地にて暮していた君が掃除を知っているとは驚くに値する事実では あるが、たしかにその通りだな。この国の学校では掃除夫を雇わないのかね?』


「ドクター、そもそもここは資材倉庫であって、滅多に人が訪れない場所なのです」


『それはこの有様をみれば解かる』


 白く覆われた棚に指を擦りつけ、指先に付いた埃を眺めてから振り落とす。

 肉体を持たない筈の幽霊が触れた跡は、しかし埃が消えてはっきりとした跡を残した。


『ではなぜ、君は人が訪れない場所の鍵を知っていたのかね?

 そもそもこんな時間に学舎に侵入する手段を持っていたことも疑問ではあるが』


「それほど難しい話では無いのですが・・・・・・と、ドクター。今度はあなたに頼み事です。これの」


 突き当った所に設置されているドアを手で示しながら


「鍵を外して貰いたいのです」


『・・・・・・・・・・・・・錠前外しかね?』


「そうですが・・・・・何か?」


 ゲヒャヒャヒャヒャと、品の無い笑い声を上げながらカスターが腹を抱えて空中を転げ回る。


 その姿を激すればするほど感情が抜け落ちる冷たい目で睨みつけながら、

 ドクターは眼下にて直立する無礼な若者に静かな忠告を施した。


『つい先程も或る無礼な老人に説明してやったが・・・・』


 胸の前で組まれた両手の指が神経質そうに痙攣している。


『私は一度たりとも、汚らわしい盗賊などという人種と同じ行為に手を染めたことはない。

 例えそのものではなく、それに類するような行為だとしてもだ!』


「ふむ・・・・・」


『彼』と彼らの関係から言えば、ここでドクターに強要することも不可能ではない。

 しかし今夜の予定や今後のことを考えるならば、無理強いをして関係を損なうのは得策ではないだろう。

 だとしたならば別の方策を思案しなければならないな・・・・


 僅か数秒でそこまで考えた上で、更に解決策をも『彼』は捻り出した。


「ではドクター、別の仕事をお願いします」


『別の仕事かね?』


「ええ。この錠前の内部構造に外科的アプローチを試みて欲しいのですが」


『・・・・・・・・・』


 苦虫を噛み潰したような不機嫌を、僅かに痙攣する眼尻だけで表現しながら、ドクターも考え込んだ。


 今の提案は要するに先の依頼と何ら変わらないものでしかない。ただ言い方を変えただけだ。

 だがそれによって彼のメンツは保たれる。たしかに不愉快極まりない仕事だが、相手は一度譲歩している。

 

 更なる譲歩も期待できるが、

 これ以上相手を卑屈にするのは、むしろ契約した彼自身をも貶める行為となるだろう。

 

 だとしたならば、今は決断の時なのだ。


『私の仕事は、あくまで内部構造に干渉するだけだな?』


「ええ、そうです」


『結果が何を意味するかは、私の関知するところではないのだな?』


「ええ、そうです」


『・・・・・・・・分かった。それでは取り掛かろう』


 半透明の手をドアノブに突き入れると、ガチャリと音を起てて鍵が外れる。


「有難う御座います。・・・・・それで先ほどの続きですが」


『続き?』


「私が侵入手段を知っている理由です」


 念の為の用心と知りつつ、ゆっくりとドアを開け放ってゆく。

 その先に広がるのは本が詰め込まれた棚の列とパソコンの並んだカウンター。

 つまり・・・・図書館だ。


「私は高校生の時、図書委員会に所属していました。

 図書委員会とは・・・・・そうですね。

 今日の昼間、眼鏡をかけた女性が居ましたが、彼女が図書館の責任者です。

 図書委員会とは責任者の指揮の下、図書館における雑務を遂行すべく組織されている学生の集団を指します」


『簡潔にして要旨を得た説明ではあるが・・・・・・

 肝心の君が侵入手段を知っている理由は一切語っていないぞ』


 変わらずに鬼火を先導としながら、暗がりと静寂を恐れる様子もなく校舎へと続く扉を一直線に目指す。


「以上のことは一般に適用できるのですが、

 付け加えるべきはこの学校の図書館に隣接する形で倉庫が設置されている点です。

 本来の組織系統においては別々に管理されるべきなのですが、慣習的に同一人の管理下に置かれています」


『責任者が同一ならば、部下も融通できる訳だな』


「はい。・・・・・ドクター」


 再び鍵の掛かった扉を前にして彼が立ち止まる。

 ドクターも承知しているのか特に指示を待つことなく、手を長く伸ばして鍵をこじ開けた。

 それを見て彼は背後に浮かぶドクターに笑みを振り向けて謝意を示す。



 ・・・・・・・そして笑みは笑みのまま、面を彩る感情は変わった。



 バン!


『彼』は両手を突き出して勢いよく扉を開け放った。

 足音は低く、されど意気は高く、二体の悪霊を引き連れて夜の校舎へと足を踏み入れる。


「二人とも、狩りだ。出て来い」


 彼はズボンの両脇のポケットからそれぞれ


 “家内安全”


 “交通安全”


 の二つの御守りを取り出す。するとその御守りを核とするかの様に、新たな二体の霊が体を形作ってゆく。


『やれやれ、やっとかい』


『・・・・・・・・・・・』


 一人はくすんだ金髪を持つ女性。


 豊かな胸と、たっぷりとしたヒップと、その二つを足し合わせたよりも

 多くの贅肉を腹に備えた女性の幽霊だった。

 

 腹だけではない。二の腕から指先まで、太もも、ふくらはぎ、すべてにたっぷりと脂肪を蓄えている。

 小柄なカスター爺さんと比べると頭一つは身長が高く、体重に至っては二倍かそれ以上だろう。


 厚手の生地を縫い合わせたスカートや洗い晒しの前掛けといい、ビール樽にも比肩する立派な体格といい、

 見るからに陽気なドイツの女将さんといった風情だが、灰とも青ともとれる瞳が印象を、

 それも悪い方へ裏切っている。



 もう一人は三十を越えたか越えないか位の、黒髪の若い東洋人だった。

 髪は不揃いのまま束ねられることもなく顔の両側に垂れ下り、鼻から下は布で隠されている。

 

 僅かに覗く瞳から感情を読み取ることはできないが、その肌の色は死人であることを割引いたとしても

 青く、そして黒かった。


 身に纏う衣は、葬礼に用いられるような真っ白な袖の広がった着物、

 締める帯は藍で染められただけの夜に隠れる紺色。

 

 そこに幅広の曲刀を佩き、添えられた左手は指の代わりに短刀が埋め込められた木製の義手。

 そして全身には黒く染みが散って陰惨な空気に一役買っている。



「では狩りの手順を確認する。接近して刃、遠距離から爺さんが攻撃を担当」


 レンと呼ばれた東洋人、銃を退屈そうに玩んでいた老人がそれぞれ頷く。


「ドクターとムッターは距離をとって退路を断つ」


 対照的な肉体を持つ二人がそれぞれ頷く。


「最後は俺が止めを刺す。・・・・・・・初めての狩りだ。楽しむとしよう」


 歯を剥いた、猛悪な笑みを浮かべて勢いよく手を振り下ろそうとした瞬間、


『そいつぁ良いんだけどね、坊ちゃん』


 ムッターと呼ばれた女性が声を挟む。


「なんだ、ムッター」


『坊ちゃんの言う獲物ってのはどこだい?』


『そいつなら・・・・・』


『彼』が答える前に、準備万端といった様子で愛おしげに銃を撫でていた、

 白く濁った眼球が顔の半分にまで膨れ上がった化け物が銃で指し示した。


『向こうにいるだろうが』


 全員が同じ場所、すなわち昼間風が巻き起こった場所、を注視したときソレが姿を現す。


『・・・・・・・・イ』


 その姿は半透明の女性だった。


『・・・・・・クイ・・・・ニ・・イ』


 長く伸ばした、いや、ろくに手入れもされていない髪をもった女性だった。


『ニ・・クイ・・・ク・・イニ・・・ク・・・・イニク・・・イニクイ・・ニ・・クイ』


 毛羽立ったセーターと、裾の解れたロングスカートをはいた女性だった。


『ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ』


 背中の、燃え残った部分からはその程度しか解らなかった。


『憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ』


 他の、特に体の前面はどこもかしこも焼け焦げ、肉が黒く変色し、部分的には骨が露出していた。


『憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ 憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ 憎イ憎イ憎イ憎イ』


 顔の、目に当たる部分には茶色く焦げた残骸しか残されていなかったが、それでも精一杯に見開き、


『男ガ憎イ男ガ憎イ男ガ憎イ男ガ憎イ、男ガ憎イィィィィィイイィィィィ!!』


 絶叫していた。



「中々の登場ではあるが、役者の質こそが問題。さて、ドクターの診立ては?」


『・・・・・・・・騒がしいだけの焼死体だな。強烈な思念によって肉体を維持しているが、それだけだ。

 昼間の君に対する攻撃も対象誤認による発作的痙攣でしかなかったようだな。

 知性や感情といった君が喜ぶような要素は皆無だろう』


「つまり?」


『時間を掛ける価値の無いゴミだ』


 聞く者によっては或いは悲痛にも聞こえる絶叫を耳にしながら、この幽霊医師は冷酷にゴミと断定し、

 他の霊も似たり寄ったりの反応を返す。


「そうか。・・・・・・・・では多少、作戦を変更する。

 基本方針はそのまま、ただ刃と爺さんはより苦痛を与えろ。

 せめてもう少し楽しめなくては来た甲斐がないし、何よりも納得できないだろ、みんな」


 そして『彼』は負けず劣らず非情、よりむしろ非道だった。

 無残な肉体を晒す霊に一切の憐憫を抱かず、更なる苦痛をもって自らの楽しみと言い放って、

 右手の指を確かめるように動かしている。


「おんなぁっ!」


 おもむろに大きく息を吸い込むと、鈍器のような重量感を持つ“けい”を込めた声の塊を

 焼け焦げた女性へと叩きつける。


『ッヅア!』


 悲鳴を上げながら、首が折れでもしたかのように激しく頭を仰け反らせる女性。

 頚椎が機能していないのか、顎が天井をむき髪が重力に従うかのように下へ垂れる。

『彼』の発した声が、何らかの具体的な衝撃を与えたらしい。


「ここに、男が、いるぞっ!」


 更に声を叩きつけること一回、二回、三回。その度に頼りなく空中に浮かぶ体が、

 まるで突き飛ばされたように宙を舞う。


『オトコ』


 だがしかし、その衝撃は彼女にとって意味を持たない。


『オトコオトコオトコ』


 頭を背中につけたまま横に捩じるという、生きた人間には不可能な動きをしながら、彼女は声の源を見据える。


『オトコヲ、オトコヲ、オトコヲ、オトコヲ』


 そしてそのまま体を垂直に、即ち天地に逆らう形に起き上がり、


『殺ス殺ス殺スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』


 天井に足を付けたまま一直線に彼へと襲いかかる。



 が、



 ダン! ダン! ダン!


『ガッ! ギッ! バッ!』


 暗闇の中にあってなおその黒さを露わにする炎が、彼女の焼け落ちた両眼窩と口腔を撃ち砕いた。

 射手は勿論、彼の後ろに控えていたカスターである。


『燃えねぇモンは、俺の好みじゃないがな』


 そううそぶきながら次々に弾炎を撃ち込むが・・・・・


「止まらん、か」


『オトコオトコオトコォォォォ』


 喪われた声帯から迸る絶叫も、天井に足を付けた突進も、留まること無く彼に向かってくる。

 絶叫は彼が放ったものと同質の“けい”と、突進は焼け爛れた両手による刺突と、

 それぞれに形を変えて彼を傷つけようとする。


 だが『彼』は嬉しそうに笑ったまま、平然と攻撃を眺めていた。


「中々に―――」


『―――楽しませてくれるじゃね』


 ぇか、とカスターが言い終える寸前、突如として現れた


 バンッ!


 義手が声を弾き飛ばし、


 ガッ


 曲刀が左腕を切り落とし、


『オ、オトコ、ヲ殺スコ、ロス』


 そして彼女は空中に縫い止められた。


「見事」


 言葉少なく称賛されたのは、腕のみ元の大きさに戻した刃だった。

 全体を紙縒りのように細くしていた彼は、彼女が到達する瞬間に合わせて攻撃を弾き、

 のみならずいまだ紐のように細く伸ばされた体を使って、

 彼女を宙に縛り付けると同時にゆっくりと切り刻んでいる。


『コロスコロスコロス』


 残された右腕を必死に伸ばしながら、その身を束縛する糸刃に抗うが、抜け出せる様子は見られない。

 足掻けば足掻くほど、刃は食い込み彼女を傷つけてゆく。


「なあ、女・・・・・・」


 それを見かねてか、静かに歩み寄りながら『彼』は声を掛ける。

 近寄るにつれて右腕がゆっくりと膨れ上がってゆく。

 肉体のそれではない。霊体とでも呼ぶべき、肉体と重なっている筈の半透明の腕が、

 人間のものとは明らかに異なる形態へと変容しつつあった。


「お前は頑張っているが・・・・・」


 彼女の残された手にそっと触れた右腕は、ひび割れた硬質の肌と、

 太い綱を捩じり合わせたような肉と、裂いた様に尖った爪を持つものに変わっていた。


 その異形の腕を骨に這わせながら彼女に優しく囁き・・・・・


「もうこれで」


 バキン


「終わりか?」



 あっさりと腕をへし折った。



『イギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 今までとは桁違いの絶叫が上がり、夜気はおろか窓すらも振動させる。

 それだけの“力”と、痛みが込められた絶叫だった。


「痛いだろう? ただ傷つけるのではなく、お前の体の一部を奪ったのさ」


 骨のみとなっていた腕の喪失と引き換えに放たれる彼女の絶叫を

 心地良さげに聞き惚れている四体の死者を背負って、『彼』は愉しげに、愉しげに嗤う。


 その有様に彼女は


『オ』


「うん?」


 眼窩の暗黒が白く染まり、黒い瞳が浮かぶ。


『オオ』


「何だ?」


 喪われた肉体が復元し、肌と服を纏う。


『オマ、オマエオマエ』


「聞こえないぞ?」


 全身を生前の姿にまで戻しながら、切り落とされた左手に七本の指を瞬時に再生し、


『オマエハコロスッ、コロスッ、コロシテヤルゥゥゥゥゥ』


 首を握りつぶそうと迫るが、


「そうだ」


 ズンッ


 先んじて無数に穿たれ、


「それでいい」


 消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ