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昏黒鬼譚  作者: 谷村真哉
16/18

最終話(三)


 その有様に笠場が静かに宴の終わりを宣言する。


 最後まで姿を見せることなく、その声に憐憫が含まれる事も無い。

 どこまでも淡々と、無感情に言葉を紡ぐ。


『坊ちゃん、これはどうしようか?』


「貴女がそれで愉しめるなら、貴女の好きな様に。私にとっては」


 邪魔なだけですから。


 人間として確実に最低辺に位置する外道の台詞を吐きながら、それを非難する者は誰一つ居らず、言われたムッターも困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 廃物処理を頼まれた位にしか思っていないのだろう。


『・・じゃ、ま・・・』


 しかし、それに反応する者が一人だけいた。


『・・わたしは・・邪魔じゃ・・・無い』


 既に意識が無いものとして扱われていた沢村だった。


『生きて・・いたい・・・・・死にたく・・・ない』


 焦点を喪っていた瞳に再び意志の炎が灯り、周囲の霊力を集め始める。


『坊ちゃん、こいつは・・・!』


「ほほう」


 驚くムッターと、喜悦が混じった声を上げる笠場の目の前で、沢村の喪われた体が復元されてゆく。


『私が・・・邪魔、なんじゃない・・! お前達が・・私の、邪魔なんだ!』


 沢村が集める霊力は減るどころかむしろ増大し、それにつれて霊体も変形する。

 その勢いにムッターは沢村を放して距離を取った。


『ババァも!』


 第一の変化は下半身から始まった。

 それまでは二本の足が突き出ていたそこは、今や肉塊とした言い様のない巨大な物体へと変化しながら伸び、地面に到達すると更に体積を増しながら後方へと伸びている。


『竹中も!』


 第二の変化はその肉塊に起こった。

 ぶよぶよと波打つ肉塊から、幾本もの手が生える。背中から生えた手はそれぞれに炎が灯され、側面から生えた手は昆虫の肢の様に、伸びた肉塊を支える。


『カメラ野郎も!』


 第三の変化は肩だった。

 二対四本だった腕は更に本数を加え、動き回って容易にその数を悟らせない。その一本一本の腕も複数の関節を持ち、人間には不可能な運動を行う。


『邪魔な奴らは皆殺しだ!』


 最後に鉤爪が飛び出す。

 体の中心線に対してシンメトリーに配置された鉤爪は、切断された肋骨を想起させる。しかし呼吸するように膨らんだり、或いは伸び縮みする様子は、明らかに肋骨とは異なる。


『まずはテメェからだ・・・』


人型を維持しているのは先端の僅かな部分だけ。

 元の体の十数倍にまで膨れ上がった霊体のほとんどは肉塊であり、全身から生える数多の腕は力を誇示するように大きく広げられる。


 それはあたかも蝶と芋虫が融合したような異形だった。翅に当たる部分は肩から伸びる数十本の腕。何対も並んだ鉤爪は昆虫の括れた腹部によく似ており、そこから先は人の手を無数に生やす芋虫。


『どこにいやがる、クソガキィィィィイイ!』


 その体から放たれた雄叫びが、或いは産声が夜を圧し、闇を押しのけて付近一帯に響き渡る。


 ここを中心とした圧力が、ビリビリと窓を揺らす音が遠くからも返って来た。


 そんな爆心地のごとき場所に、静かに歩み寄る人影が一つ。

 突風の余波が髪を無茶苦茶になぶっているが、その足取りは散歩でもしている様に穏やかだった。


『やっと見付けたぞ、クソガキィ。あたしのこの姿を見てみろぉ! もうあたしは誰にも負けない! 邪魔されない! くそババァも、竹中も、あのカメラ野郎も、どいつもこいつも、全部ぶっ殺してやったぁ! 今度はテメェの番だ、クソガキィィ!』


 一語毎に“剄”が放たれ、笠場の周囲めがけて降り注ぐ。

 

 それらの一つ一つが、並の人間ならば昏倒しかねない威力を秘めている。

 それだけの力を扱えるのならば沢村が勝ち誇るのも無理はない。


 しかし笠場は彼女に見向きもせず、その代りに傍らに姿を現したドクターにぽつりと零した。


「・・・・・・醜悪ですねぇ」


『あくまで経験則の域を出ないが、本性が巨大な霊ほどその品性が低俗な場合が多い。自己規律の精神を持たぬ故に、欲望を放埓に発散してしまうからだろう』


「それは納得が行きますね。この姿は正に愚劣、低劣の極みでしょうから」


 沢村の顔は地面から三メートル程の高さ。全長に至っては十メートルにも届かんとする巨躯を前に笠場は一切の動揺を見せない。それを虚勢と見た沢村は傲然と見下しながら、勝者の余裕を持って慈悲を垂らす。


『・・・・・少しは怯えた様子を見せれば、手加減してやってもいいわよ』


 当然だが、手加減をする気などない。

 だが自分という圧倒的な存在を前に、この男がどれだけ無様に命乞いをするか。それを求めての言葉だ。


 しかし彼女の願望は、あっさりと裏切られる。


 フン、と鼻を鳴らして嘲った笠場の瞳に浮かぶ感情は、恐怖では無く軽蔑。

 自分の頭上を見上げながら、間違えようも無いほど明確に沢村良子という存在を見下す。


「なに馬鹿な事を口走っているんですか、貴女は? こんな醜い存在が何をしようと、苛立ちこそすれ、僅かも同情も引き出せない事位理解して欲しいですね、全く。それと、今更取り繕ったところで貴女の無教養は隠しようも無いほど露呈しているので、言葉遣いを変えても無意味ですよ」


『・・・・・・ふ、ふふ。イイ度胸じゃねぇか』


 怒りのあまり顔を変形させ、両耳まで裂けた口を目一杯開き宣言する。


『決めた、決めたぁ! テメェはただ殺すだけじゃなく、生きたまま手足を引き千切ってやるぅ!』


 その言葉通り、肩から生えたものと、側面から生えたものを足せば三十本を超える腕が別々に動きながら笠場に迫り、


 ギャッン!


 空中で全て手首を切断され、消え去ってゆく。


『あ、がああぁ! 何をしたてめぇぇぇ!』


「別に人間を辞めたのは貴女の専売特許ではない、ということですよ。それよりも伸ばしっぱなしは不用心ですね?」


 その笑いを含んだ言葉通り、伸ばされていた腕が白刃のきらめきと共に次々と短く切り落とされ、その度に悲鳴がこだまする。

 残った部分を振り回し、再生するまでの時間を稼ごうとするが、切られた腕は一向に再生の気配を見せない。


 沢村は全く気付いていなかったが、昼間の時点から刃は自身を糸のように変化させて大学の構内中に張り巡らせていた。

 現在の時刻、ほとんど人影を見ないのは、刃の放つ陰気な気配に影響を受けて、多くの人間が早々と帰ったからである。


 そして刃は、その糸の張られた場所なら、自由に移動でき、さらに自身の一部を出現させる事もできる。

 この能力を利用して、唐突に姿を現して攻撃をしたり、或いは今のように狭い範囲に大量の攻撃を加えることができる。


『痛いぃ、痛いぃぃ。何で治らねぇんだよぉ。何で痛みが消えねぇんだよぉ』


「それよりも他の場所にも注意を向けた方が良いですよ」


『そうだぜぇ!』


 嬉々として背後から声を掛けたのはカスターである。

 顔の殆どが巨大な眼球へと変貌し、手に持つライフルは身長より大きく変化している。


『火を使うとはイイ心掛けだなぁ! それだけはホメてやるぜ!』


 背中に向けて銃が“火を吹いた”。

 今までのように炎を弾として撃ち出すのではなく、散弾銃のように広範囲に、しかも途切れなく赤黒い炎を吐き出し続ける。


 当然それを受け止めるのは無闇に広げてしまった背中である。


『ぎゃああああああああ!』


 べったりと炎が張り付き、背中に生えた手を振り回して消そうとしても、まるで食い込んだかのように外れない。それどころか黒い炎が沢村の炎に絡みつき、腕ごと焼き尽くしてゆく。


「腹の減る匂いですねぇ」


 溜息をつくように笠場が零す。

 焼けているのは霊体だが、辺り一帯には肉の焼ける匂いが立ち込めている。いや、肉ではなく彼女の魂が焼ける匂いかも知れないが。


『熱くて辛そうだねぇ。おばちゃんが冷やしてあげようかい』


 カスターと並んで佇んでいたムッターの体が小さく分かれてゆく。

 その一つ一つは彼女の眼に変形し、結果彼女は無数の目で構成される人影と化した。そして一斉に炎の無い部分に潜り込み、周囲の霊力を奪う。


『くそったれぇぇぇ!』


 後ろ半分への攻撃に対処する事を諦めたのか、鉤爪を伸ばして笠場を攻撃してくる。


 爪と言っても分厚い、板のような形状の代物だ。こんな物が実体で当たったならば即死は確実、霊体でも相当の威力を秘めているのは確実だろう。

 ただし、当たったならば、だが。


『私を忘れてしまっては困るな』


 宙に浮かぶ白衣の袖や裾から薄っぺらい、そのくせ指先は硬質に輝く腕が一つ触れるだけで鉤爪の動きは食い止められる。


『なんで、なんでよぉ! さっきはもっと多くたって勝てたのにぃ!』


「幽霊に見た目なんて無関係でしょうに」


 そんな事よりも、と忠告するよりも早く霊体が切り裂かれ、爪の根元が露呈する。


『ほほう、見たまえ少年! この爪は胸骨が変化したものだと予測していたが、発生部は指の先端にある爪の基部と同じ構造をしている! これが意味する事が理解できるかね!』


「講義は後ほど受けますが、やり過ぎて殺さないで下さい」


『うむ、考慮しよう!』


 珍しく上気しているドクターは更に腕を増やして切開、固定、剥離、摘出と手際よく爪に対して外科手術を行ってゆく。

 その度に指の先端は外科器具へと変化し無慈悲に沢村の肉体を蹂躙する。


『くそぉぉぉおおおおお!』


 ひと際大きく咆哮し、自身に加えられていた攻撃を掻き消す。


 その為に使った力は決して小さくない筈だが、彼女の瞳は意志によって強く輝き、長くはない人生で味わった全ての理不尽を怒りとして、目の前に立つ人間にぶつける。


『嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! あたしが一体何をしたぁ! 何でこんな目にあわなきゃいけないんだぁ! バカな親! バカな先公! バカな男! みんなみんなあいつらが悪い!あたしは被害者だ! あたしばっか奪われる! クソガキィ! てめぇもそうだぁ! アンタのような! 何も出来ないヤツが! 他の力を借りてあたしから奪う! そのくせてめぇらばっかりが正しいような理屈を口にしやがる! さっきも言ってやがったなぁ! ババァが不幸になったのはあたしが原因みたいになぁ! もう一回言ってみろ! あたしがホントの事を教えてやるよ! あのババァがどんな風に竹中に腰振ってたか教えてやるよ! どんな風に男どもに貢いでたか教えてやるよぉ!』


 ・・・それは彼女なりの、精一杯の主張だったのかも知れない。

 勿論これは身勝手な、独りよがりの主張だ。だが、そう非難できるのは持つ者の傲慢ではないだろうか? 


 幼い頃から常に彼女は持たざる者だった。世界中を見渡せば間違いなく彼女は持つ者の側に立つ。

 しかし彼女はそれを理解する前に死んでしまった。


 彼女に残されたのは、自分は被害者だという際限の無い感情だけ。

 もしも心ある者と出会えたのならば、違った結末が有りえた可能性はある。少なくとも想像をする余地はある。


 だがそれは、この外道達の前では儚い夢想に過ぎない。


 この昏い眼の化け物は、そんな救いのある結末を作らない。そんな御涙頂戴の譚を求めない。ただただ自らの欲求に従って、悪意と絶望と理不尽が彼女の最後の一滴まで絞り尽くした譚を造る。


 だからこそ笠場は彼女の悲鳴を鬱陶しげに聞き流すと、異形と化した右手を振り上げ、自身の悪意を地に潜らせ、裡に満ちる昏黒を言葉に込める。


「知るか、馬鹿が」


 ザンッ!


 鋭い爪を生やした右腕の一振りで沢村は上下に分かれ、


 ズンッ!


 真下から突き出た槍状の霊体によって人間の体を貫かれ、


 ベチャン


 夜の闇すら黒く塗りつぶす霊気によって、切り離された巨躯は潰された。


『アガアアァァァァ!』


「まったくもって無様だ。悲鳴も聞くに堪えないとは」


 突き出た槍状の霊体は足の霊体を変化させたもの。

 生身の人間ならば即死という救いがある筈の傷で有りながら、霊体の沢村は意識一つ喪う事すらできずに苦しみ続ける。


「貴様が被害者? 他の奴らが悪い? 何を寝ぼけた事を抜かしている。貴様は人を殺し、人を殺しに来て、これからも殺すつもりだったのだろう。ならば殺されても文句は言えない。その覚悟の有無を問わず、貴様が選んだ道はそういうものだ。

 そこに文句が有るなら俺を殺せ。殺せないなら誰一人とて殺さなければよかった。それが理解できても、できなくても、貴様はもう玩具でしかない。絶望し、恐怖し、断末魔を上げる、俺達の為の」


 激痛に悶える彼女を、昏く黒い瞳の悪鬼は唯の玩具と貶める。

 痛みの上に痛みを加える為、慈悲の対極の感情で、槍を動かし傷ついた部分に霊力を流し込む。


 その度に新たな絶叫が上がるが、それを悲痛と感じる人間性を持つ者は誰一人いない。

 久方ぶりの娯楽に心動かし、更なる苦痛を心待つ者しかいない。


『イイぜ、イイぜぇ! 小僧を仲間に引き込んで正解だったな、ダクタァ! こんな愉快なのは何時ぶりだぁ!』


『私をその汚い訛りで呼ぶなと何度言ったら君は記憶するのかね? だがそれ以外は君の言う通りだ、キャバルリーマン。彼の提案した方法、霊力を与えて意識レベルを上昇させる手段が、ここまで有効だとは想像もしなかった!』


 歓喜の声を上げる悪霊達。


 外道の喜びに溢れた言葉の中に、気絶する事も叶わず、悲鳴を上げさせられ続けていた沢村良子の意識は、引き寄せられ覚醒する。それも笠場の狙い通りだとは知らずに。


『アガ、ア、テメェ今なんて言いやがった』


『ン? 意識を取り戻したのかい?』


『アタシの質問に答えろ! テメェ今なんて言いやがったんだ!』


 セーラー服から伸びる、肘までしか残っていない腕を懸命に振り回しながら、彼女の最後の誇りに関わる問いを発する。

 出来るならば詰め寄り、胸倉を掴み上げたかったのだろうが、人型を保っていた部分は貫いた霊体によって縫い止められ、手が付いた腕は一本も無くては、これが精一杯の示威行動なのだろう。


 そんな極上の玩具に、最悪の歓びに彩られた嗤い顔で笠場は答えを教える。


「貴様に力を与えた、と話していたのさ。玩具の手入れをした、とも言えるがな」


『力を与えただとぉ! ふざけるな! これはあたしの』


『ふざけているのは君の方だ』


 なおも言い募ろうと沢村の言葉を、彼女の横に浮かぶドクターの声が圧倒する。


『なぜ君のような低級者がまがりなりにも一人の人間を支配できたのか考えなかったのかね? 何年も憑依しながら出来なかった事が、この数日で可能になったことを疑問としなかったのかね?』


 続いて反対側に浮かぶムッターが話す。


『この間からずっとあたしはお嬢ちゃんに張り付いて、力を分けてたのさ。だからお嬢ちゃんは体を乗っ取れた。お陰であたしゃすっかり寝不足だよ。

 さっきまでの姿だってそうさ。あれは坊ちゃんが力を分けたから、あんな風に姿を変えられたんだよ。さもなきゃ爺さんの一発で消えてたさ』


『な、なんでそんな事をしたぁ!』


 霊達の言葉に偽りが無い事を理解し、その言葉の異常性も理解し、初めて彼女の表情に怯えが生まれた。


 それを隠すための虚勢すらも愉しみとして、笠場は真実を冷酷に突き付ける。


「愉しむ為だ。霊は意志と霊力によって或る程度まで変化する。痛みによって意志を刺激し、霊力を与えて思考能力を上げる。だからこそ貴様程度でも人間から逸脱し、我々の獲物として供するに値するまでに至ったのだ」


『な、何なんだよ、てめぇは・・・・。何が目的なんだよ。何でただの人間がこんな事できんだよっ!』


 この悲鳴に似た叫びに応えて、霊達は彼らの最も新しい仲間を教える。


 最初は一つ眼に、自分より長い銃を構えた悪霊。


『ただの人間? そいつぁ間違いだ。この小僧はな、俺達非人衆の五人目の頭目だ』


 次は白衣の袖や裾から何本も腕が這い出た、紙のように薄い人影。


『非人衆とは、百体程の霊体から成る霊団。その特徴は、構成霊体の全てが人型以外を己が本性とすること』


 今度は無数の眼が集まって作る、女性らしきシルエット。


『あたしらは別に人間を辞めようとしている訳じゃないのさ。ただね、あたしらの望む事をしていると自然と姿が変わっちまうのさ』


 受けたのは付け根から細い糸が伸びている、髪の長い男性の生首。


『そう・・・・人を殺していると・・・・・自然に』


 最後はこの場所に立つ唯一の生者と、彼の霊体で融合していた数多の悪霊達が声を揃えて伝える。


「つまり非人衆とは」


『『『人間を辞めた外道共の集まり! 人のままでは叶えられぬ願いを、終わりなく叶え続ける者達!』』』


 笠場の、異形と化した腕の霊体に、凶器と化した足の霊体に、それどころか人の形を保っている筈の他の部分に、幾つもの顔が浮かび、哄笑を上げる。


 沢村を貫く霊体はそのままに、顔達は笠場から離れ、統率者たる四体の悪霊と共に狂気にして狂喜の宴を目一杯に賑やかす。


『俺は燃やしてぇ』


『私はもっと解剖したい』


『あたしは血を吸いたいのさ』


『・・・・影から・・・・・・・・殺す』


 人間を! 人間を! 人間を!!


 口々におぞましい願いを喚き立てる霊達の中心は、生贄と彼らの親愛なる同朋。

 怯えきった餌の姿に、嗤いを一層深くして笠場大は告げる、


「そして俺の望みは」


 ミチミチ、と筋肉が潰れるような音を立てながら右腕が、


 一回り大きくなる。もはや人の腕ではなく、蔦が絡み合って手を形作っている。


 二回り大きくなる。更に腕から蔦がはい出し絡みついて、既に人の形では無い。


 三回り大きくなる。鎌首を上げる様に、笠場よりも、沢村よりも高く聳えている。

 それは月を隠しながら影を地に落とさず、黒々としたシルエットをその根元の人影と共に立つ。


「人を喰らうこと」


 そして二つに裂けた。その裂け目に並ぶのは鮫のように幾列も並ぶ鋭い歯の波。それが嗤うように歪み、沢村を覗きこむ。その内側は笠場の瞳と同じ、昏黒が生贄を呑み込むのを心待ちにしている。


『いや・・・いやよ・・・・こんな最後はイヤアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!』



 そう。


 その悲鳴が聞きたかった。




バクン! グチギチュミヂヂヂ ブヂブヂ ニチ ニチ  ゴギュリュ




 鈍い、ひどく鈍い音に掻き消された言葉を、彼女が聞けたかは定かではない。彼が口にしたかも定かではない。一片も残さず喰い尽し、右腕を元に戻し、足から生やした根を引き戻しても彼は一言も口にしない。


『・・・・・・・・・・・』


 彼らは待つ。その一時がなによりの至福と知る故に。

 自らの望みの為に、自分自身を殺してもなお飽き足りぬ業を背負う同胞としての敬意を持って。


「・・・・・・・」


 パン


 月明かりに乾いた音が響く。


 パン


 間を置きながら、笠場が手を叩く。


 パン


 一つ一つに万感を込めて。


 パン


 そして非人衆は優しく見守る。


 パン


 肩を震わせながら、


 パン


 手を叩く姿は泣いている様にも見える。



 そんな事は決して有り得ないのに。


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