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昏黒鬼譚  作者: 谷村真哉
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最終話(一)

「それでは確認です」


 隠す気もない程、浮足立った様子で笠場が語る。


「今回の獲物の名前は沢村良子。現在、宿主である安藤稀姫を乗っ取りつつあります。対象の目的は生前の自身の否定と、物質的に充足された生活。その為に三名の人間を殺害した上で宿主と入れ替わりを謀り、更にこの事実を知っている私の殺害を目論んでいます」


 話し掛けるのはいつもの四人、だけではなく数多の悪意持つ意思達。


「対象の持つ具体的な攻撃手段は二種類。母親や竹中への殺害によって習得した“剄”による物理的破壊と、佐久間の殺害によって習得した火炎です。この事実から推測できるように、対象の格はそれほど高くありません。低俗、と言い換えてもいいでしょう。しかしながら、或いはであるが故に、対象は極めて生き意地が汚い。

 正面から対処しても手間が掛かるだけですし、申し訳無いとは思いますが私自身の付き合いの為、宿主の安定と保全も視野に含めなければならなくなっています。よって少々変則的な手段の行使を決定しました」


 一言毎に濃密な悪意が漏れ出し、それを受けて霊達は残虐な歓びに耐え切れないかのように震える。


「つまり、罠を仕掛けました。今日の夜、調査の報告を口実に大学へと呼び出しています。当然、人は少ないので私を事故に見せかけて殺そうとして来るでしょう。ですが・・・」


 何という邪悪。何という歓喜。

 

 嗤いだすのを堪えようと、口の端から零れ落ちる涎を拭いもせず、歯をぎりぎりと食いしばりながら、剥き出しの感情を垣間見せる。


「わざわざ殺されてやる義理は無いよなぁ。人がいないのは俺達にも好都合。例の方法もあるから、たぁぁっぷりと遊ぶとしよう」




 窓から外を覗くと、明かりの点いた窓は見えても校内をうろつく人影は見えない。


 安藤に指定した時刻は午後九時。

 人と会うにしては遅すぎる時間だが、事情が事情なので、と説明してある。


 本当はどんな事情か突っ込まれたら説明出来ないが、向こうも夜遅い方が都合が良いと考えているだろうから、何も問題は無い。


 実を言えば、笠場は外を見る為に窓辺に立っている訳ではない。

 窓ガラスの反射を利用して、背後を警戒するために窓に向かって立っている。背中を見せて相手を油断させる為の行為なのだが、今回の相手には無意味だったようだ。


 窓ガラスに写る人影は三つ。一つは笠場である。

 もう一つは何故か来ている衣司薫だ。

 

 残る一つは安藤の筈なのだが、その服装は赤を基調とした派手なスーツに高いヒール。アイシャドウも濃く、大振りのピアスと“人が変わった”ような変貌である。

 ・・・などと俺が思うと考えているのだろうか、この馬鹿は。


 珍しく殺意以外で険しくなる自分の表情を睨みながら、笠場は理不尽な怒りを燃やしていた。


 この舞台の為に彼はそれなりに力を尽くしている。

 例えば建物内に人気が無いのは、笠場がタチの悪い気配を振り撒いて人払いをしたからだ。他にも無関係の人間に目撃されないよう様々な手を講じている。


 にも関わらず、安藤を乗っ取っている沢村は隠蔽工作を何もしていない。

 それの何が悪いという事はない。悪い訳ではないが、腹は立つ。その苛立ちを更なる殺意へと変換する事に決め、振り向いた時には常の偽装である微笑を形作っていた。


「夜分遅くにお呼び立てして申し訳有りませんでした。何分内密にしておいた方が良いと判断したもので」


 安藤の姿をした女は案内も乞わずに椅子に座ると、いきなり煙草に火を点ける。

 灰皿をどうするつもりかと思ったら、壁近くに山と積まれていた中から一つ、彼女の前に衣司薫が置いた。

 ・・・彼女の目的は安藤稀姫の保護だったな。先日の話通り、この一件への協力が目的か。


「前置きはイイわ。さっさと本題に入りなさい」


「・・・・・それにしても随分と雰囲気が変わりましたね」


 じろりと睨みつけられ慌てて謝る、ふりをする。簡単な挑発だったのだが、実につまらない。

 ・・・こういったゲームの相手には不足だな。


「済みません。ただもう一つ確認しておきたい事がありますが、宜しいですか?」


「なに?」


「そちらの衣司薫さんが同席しても構わないので?」


 協力について、視線で一応の確認を取る。


「衣司? ・・・・ああ、この子ね。何も問題ないわよ」


「私もなにも問題ありません」


 同じ様に彼女も目で答える。

 ・・・やはり会話を楽しむなら頭の良い相手だな。それに、彼女が俺以外のプランを用意している証拠と見て良いだろう。


「私がイイって言ってんのよ!」


「そうですか。では単刀直入に言いますと、竹中を殺したのは沢村さんに間違いありません」


 斜めに構えて座って見せていた横顔が僅かに揺れ、微かに動揺を伝える。

 

 しかし明らかな感情はそれだけだった。一息に煙を吐き出すと、ギュッギュッと煙草を潰すように火を消し、


「そう」


 と短く呟く。


 その姿にほんの少し、本当に少しだけ笠場の腹に燻ぶる苛立ちが治まる。


 笠場大と非人衆にとって、沢村良子とは美学も、覚悟も、技術も、信念も無い『下の下』の殺人者でしかない。

 それでも自己コントロールは出来ている事実に、笠場達は僅かなりとも評価を上げ、それが苛立ちを押さえた源となる。

 ・・・知的ゲームの相手として不適格だが、それ以外ならば愉しませてくれそうだ。


「じゃ、話は終わりね。お金は使った分だけは渡すから、後で請求書を持ってきなさい」


「いえいえ、話は終わってません。むしろこれからが本題です。沢村さんが竹中を殺した理由も調べたので是非とも聞いてみませんか?」


 そもそも依頼の内容に含まれていましたしね。


 そう付け足す笠場の表情は変わらないが、声に隠し切れない艶が交る。歓びが交る。

 暗く冷たい霊気が漏れ出し、部屋の隅に淀み始める。


「・・・・・・・私を守るためでしょ」


「全く違います。彼女は復讐の為に竹中を殺したのです。それも相当に滑稽な、ね」


 特に滑稽、の部分に込められた愚弄の響きが気に障ったのか、沢村は一つ舌打ちをすると新しい煙草に火を点けた。


「・・話しなさい」


 その苛立ちを見透かして、笠場の微笑みが深くなる。

 ・・・さてさて、これからも愉しいが、これもまた愉しい。


「始まりを語るのは、或る意味愚かしい行為と言えます。そもそも何を持って始まりとするかなんて、極めて恣意的な行為だからですね。

 この譚もそうです。何をもって始まりとするか。良子さんが経済を含む独立を求める様になった時点か? それとも父親のいない家庭に不満を抱いた時点か? あるいはもっと以前、沢村さん親子から父親が消えた時点からか? どれを語っても十分に成り立ちますが、今は登場人物が全て揃った時点、つまり竹中と二人の沢村さんが出会った時点を始まりとしましょう」


 嬉々として語るのは、上に立つ者の傲慢。事実の断片を勝手に再構成し、まるで自分が全てを知っているかのような全能感に酔った振舞い。


「それぞれの具体的な場面は既に知る事はできませんが、何が起こったかは推測できます。竹中は母親の持つ貯金と娘の肉体を目的に近づき、二人は竹中の見せる未来の為に惜しみなくその持てる物を渡して行った。哀れだと思いませんか? 別に竹中にそこまで魅力があった訳ではないでしょう。恐らくは家族の不仲や、経済的な困窮から救われるという幻想にこそ溺れてしまったのではないしょうか。そう思いません?」


 そう思わせることが、笠場の狙いの一つ。自ら明かせぬ当事者を苛立たせ、自分にとって有利なように誘導する。

 

 単純にいたぶることに悦びを覚えてもいるが。


「・・・・・・・・・・」


 そして相手はあっさりと挑発に乗る。点けたばかりの煙草を灰皿に押し付け、三度煙草に火を点けた。


 その感情の動きを読んだ上で、笠場は爆弾を投げつける。


「そして火事の有った日。何が切っ掛けかは判りませんが、竹中と娘が肉体関係を結んでいた事実を知った母親が、嫉妬に駆られて良子さんを殺害しました」


「!」


「何でそれを・・・・!」


 衣司薫もここまでの事実を掴んでいなかったのか、素直に驚いた表情を浮かべる。


 これは沢村の母親の霊からの推測だ。最後に復元された左腕には指が七本あった。

 人を殺すような激しい経験は、霊体の形や能力を変化させるほど強烈だ。

 ・・・・だからこそ彼らは、そして俺はああ名乗る。


「発作的な犯行だったのでしょうね。死因は絞殺、よりも扼殺と言った方が正確でしょうか。手で絞め殺したのですから。ですが事件はそこで終わりませんでした。そのほぼ直後、今度は母親が殺害されます。幽霊となった娘の手によって」


 今度は誰も驚かなかった。

 被害者で犯人である当人は勿論のこと、薫も母親の行為を聞いた時にそこまで推測できたのだろう。


「警察は無理心中だと考えていたようですが、母親の霊は頚椎を折られていました。もし本当に心中だったのならば彼女がそんな怪我を負うのはおかしい。少なくとも霊体になってまで残る様な怪我を。更に彼女は背中が焼け残っていた。自分で頚椎を損傷するような一撃を与えたのならば、大抵は前に倒れる筈。この状態で真っ先に燃えるのは背中なので、少なくとも火事の時点で彼女は仰向けに倒れていた。

 ならば家に火を放ったのは彼女では無い。ただし生きた人間を候補から外すと後は死亡していた良子さんしか有り得ません。しかも彼女は更にもう一件の殺人を行います」

 

 この情報に価値は無い。

 この場にいる全員が既に知っていることだからだ。


 しかし笠場大がこの情報を知っている、という情報は価値を有する。

 口封じの為、彼女が笠場を殺す意志を固めるからだ。


「近所に住んでいた佐久間は竹中の仲間であり、しかもその家に竹中は出入りしていた。母親に殺される前後に自分も竹中に利用されていたことを知った彼女は、竹中も殺す為に近場の佐久間の家を襲いましたが、家にいたのは佐久間一人だけ。取り敢えず彼を殺して鬱憤を晴らしたのでしょう。それと佐久間は写真を売り捌いてもいたようですからね、それも殺した理由の一つかもしれません」


 いや、しかし


 不意に声の調子を変え、剥き出しの悪意を、それも憎しみと言った対等の感情では無く、嘲笑や軽蔑を込める。それは事実を知る衣司が眉を顰めるほど、露骨な悪意を。


「身勝手としか言いようがないとは思いませんか? 確かに同情して上げようとすれば、同情できなくはない点が無いとは言いません。ですが、それ以外は身勝手で、強欲で、しかも頭が悪い行動しかしていません。全くどうすれば人間ここまで愚劣になれるのでしょうかねぇ」


 バンッ


 毒舌の独壇場を遮ったのは、急に割れた灰皿だった。

 短い間に何本も新しい煙草を積まれた灰皿は、まるで何かを叩きつけた様に、大小の欠片に分かれてしまっている。


 その音でようやく脱線していた事に気付いたのか、笠場は煙草をふかしている安藤の肉体向かって軽く頭を下げた。

 ・・・・・ここまでやっても出てこないか。人目もあるから大学内で片をつけたいんだがな。


「っと、申し訳ありません。話がずれてしまいました。佐久間を殺した彼女は、力の使い過ぎで意識の維持すら困難になったと考えられます。力の補給方法を知っていたかは定かでは有りませんが、彼女は安藤さんに憑くことによって存在を維持し続けました。そして数年後、竹中を殺害した彼女はその宿主を乗っ取り始めました。ですよねぇ、沢村さん?」


「・・・・馬鹿げてるわ。あんたの妄想に付き合ってる時間はないの」


「そうですかね」


 灰皿の欠片で煙草の火を消し、バッグを片手に帰ろうとした安藤が、突然上体を屈ませた。


「っぶないわねぇ! 何すんのよ、このグズ!」


「おやぁ? 私が何かしましたか」


「こんな事しといてトボけんじゃないわよ!」


「本当に何を仰っているか見当が付かないのですが」


「だからぁ! あんたの腕から伸びてる・・・・・」


 そこまで口にしなければ気付けなかったのか、と笠場は冷笑する。


 人間の肉体から何かが伸びる事は通常あり得ない。何かが伸びてるとしたら通常の肉体ではないか、


「確かに私は霊体を伸ばしています。ですが安藤さんが視えない方だったと記憶しています。いつの間に視える様になったのですか?」


 飽くまで柔和に語りながら、その眼は笑っていない。


 いや、最初から笑ってなどいなかった。笑っている振りをしているだけだったのだ。


「好い加減、この茶番も辞めにしませんか。程度の低いあなたのことですから、その肉体に収まっていれば安全だと勘違いしているかもしれません。でもね、引き離す方法なら幾つも有るんですよ。さっさとその肉体を解放してくれませんか?」


 対する安藤の口は動かない。動かずに、別人の声が響き渡る。


『・・・・バッカじゃないの、あんた。さっきから挑発してるのだってこの子からあたしを追い出す為でしょ。そんなわかりきった手に乗るなんて本気で思ってんの?』


 散々馬鹿にされた仕返しとばかりに嘲笑する沢村にも眉毛一つ動かさず、笠場もまた声だけで嘲笑する。


「では、力ずくで出て行って貰いましょうか」


『ハッ、やれるものならやってみなぁ!』


「はい、やります」


 売り言葉に買い言葉といった二人の応酬に、今まで一言も語らずに控えていた薫が、いきなり安藤の体を羽交い締めにする。その腕は頸動脈にかかり、手際よく血流を阻害する体勢を完成してゆく


『は、はなせっ。このクソガキが!』


「このまま締め落とします。この状態で意識を喪うのは憑依している幽霊だそうですから、笠場さんはそこで引き剥がしてください」


『ちぃ!』


 逃れられないと判断したのか、安藤の体からセーラー服姿の少女の霊が抜け出すと、窓をすり抜けて一目散に大学の構内へと逃げてゆく。


 それを横目で見送りながら一言、


「狡猾ですねぇ」


 と笠場は薫を称賛する。


 実は取り憑かれている人間を失神させた所で霊は意識を失わない。

 そもそも失神とは脳に起きる現象なので、脳を使って思考しない幽霊には無意味である。


 沢村も落ち着いて考えればその事に気付いただろうが、薫はあの状況を利用して咄嗟に逃げだすように仕向けた。

 

 それを指して笠場は狡猾だと讃えたのだ。


「先輩ほどではありません。それよりも」


「御心配なく。手は打ってありますから、彼女に逃げられるようなへまはしませんよ」


「いえ、そうではなくて、彼女をどうするつもりなんですか?」


 新しくなった蛍光灯の光におでこと瞳を輝かせながら、衣司薫は笠場大を正面から見据える。


 それに応える様に、にっこりと優しげな、掛け値なしに心底からの微笑みを、笠場は鳶色の目をした少女に向ける。


「こう見えても、私は社会や社会秩序といったものを尊重しています。故に彼女がそれらの下に帰属する道を選んだのならば、彼女をこの社会の持つ法律や常識で対処するつもりでした。そのルールこそ私という存在が社会に対して抱く敬意の具体化であり、社会に対する最大限の譲歩」


 だがその背後には、その瞳には、どろりとした昏黒が淀み、手を伸ばしたなら襲い掛かろうと待ち構えている。


「ですが彼女はそこから逃げ出した。逃げ出してしまった。そこはもう裁かれる事も許される事も無い場所。誰の所為でもなく、彼女自身の意志で彼女はその道を選んだ。既に事は善悪を離れた、と私は判断します。で? これを聞いた上で貴女はどう行動します?」


 その闇を見詰めながら、薫は不必要に怯える事も、不必要に敵意を見せる事もなく、静かに笠場と対峙する。


「・・・私の目的は稀姫さんだけです。そして目的が達成された以上、先輩がこれから何をするつもりだとしても、私は関知しません。それが私から貴方に対する感謝の表し方です。それに・・・」


「それに?」


「邪魔をしたら殺す、とか思ってません?」


 あまりに物騒な言葉に、笠場は本気で苦笑する。

 ましてや実際にそれに近い事を考えていたならば尚更だ。


「流石にそんな事までは考えていませんでしたよ。ですが、今から行うのは悪霊退治、というやつです。可能な限り邪魔は排除したいですからね」


 苦笑を浮かべたまま、笠場は電気の消えた廊下へと足を踏み出す。

 どういう訳か足音は響かず、暗がりに溶ける様に笠場の姿は見えなくなった


「・・・そうそう、安藤さんをお願いします・・・・」


 思い出したように加えられたその声を最後に、笠場の気配は途絶える。


「どっちが悪霊なのかしらね・・・・」


 薫は聞く者は自分しか居ないことを承知で呟くと、意識を喪っている安藤を椅子に座らせて迎えを静かに待っていた・・・・


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