№28
吹き上げる風に理沙の甘い香りが漂ってくる。
バルコニーへと移動した俺達、さっきまでの濃密な雰囲気とは一変していつもの俺達がいた。
理沙の気持ちを先取りした紳士な俺の優しさだろうか…。
なんて馬鹿な事を思いながら、意外な自分がおかしかった。
真と容子が部屋を出た後、俺達はここで景色を眺めていた。
一時避難の真、お人よしの親友が気の毒になっていく。
部長で何かと皆から用事や面倒事を持ちかけられる真の逃げ場がどうもここのようだ。
俺の部屋には、理沙と俺の二人の時間を邪魔する奴は入ってこない。
少しの時間稼ぎをこの部屋でしていた二人。
でも今は、どこに居るのか…、用意周到な親友の不敵な笑い顔が浮かんできた。
理沙 「ねぇ…、散歩しない? 」
頷く俺に笑顔の理沙。
外に出た俺達は爽やかな森林の中、散歩コースと名乗っている小道を歩いていた。
綺麗な景色と透き通った空気が気持ちよかった。
理沙とつないだ手、今までもつないでいたけど、なんとなく違う。
関係がはっきりしたせいなのか…、この手を堂々と取ることができる。
ただ歩くだけなのに、世の中の景色が変わったみたいに輝いて見える。
これもよく言う恋のせいなのかと俺は自分自身に何度も驚いていた。
どれくらい時間がたったのか、そろそろ夕食の時間が近づいてきていた。
ロッジに戻ると、真が皆に向かって陣頭指揮をとっていた。
はつらつとした真の顔を見ていたら、俺は無性に腹が立ってくるのがわかった。
淳二 「よう…、すっきりしてんな?」
真 「ふふ…、まあな…。」
厭味な奴だ、俺はムッとした顔で夕食のカレーをめいっぱい口にほうばった。
そんな俺に、聞きたくもない話しをしてくる。
そんなに嬉しいのかと言いたいのを我慢して俺はじっとその話しを聞いていた。
容子 「理沙~、理沙~~。」
にやけた顔の理沙が近寄ってくる。もう幸せオーラが全身から出ている。
いやな予感がしていた。私は聞こえない振りをして背中を向ける。
むんずと掴まれた肩、ゆっくりと振り向くと容子が逃がさないとでも言うように
満面の笑みでたっていた。
いつまで話すのかと言うほど、止まらない容子の話。
何度も聞いたような気がするのは私だけなのかも…。
それでも、嬉しそうな容子の顔を見たら、何も言わずに耳を傾け頷いていた。
今だけ…、今日だけなのと…、言葉の端々に容子が付け足す…。
その度に心がズキンと痛んでしまって…、リアクションできない私に
気にしないでと笑う容子が哀しかった。
ねぇ…、ジーン…、私達は幸せだね…。
心の中で彼に語りかけた。
申し訳ないような気持ちがわいてきて、なぜだか私は哀しくて仕方なかった。
容子 「理沙…、いつかまた…、4人で来れたらいいね……。」
理沙 「うん、そだね。」
唇を噛む容子の顔が一瞬だけ見えた気がした…。
障害がある恋をしている容子。
それでも嬉しそうなその顔がしばらく頭から離れなかった。
俺は理沙を探して歩いていた。
いつもなら俺の視線の先から逃すはずがない理沙が今はその姿がない。
ちょっと焦った俺は、足早にみなの間をすり抜けていく。
居た、随分皆と離れた場所に一人でぼんやりと空を仰いでいる。
その姿が周りの景色に溶け込んでいきそうなくらいに見えて、俺は急いで理沙を目指した。
後ろからいきなり抱きしめた俺。
驚く理沙の上げた声も無視して、ただその身体を地上に縫いとめていく。
そうでもしないと、森の神が理沙をさらって行きそうなくらいに綺麗で俺は怖くなった。
淳二 「理沙、もういいのか? まだ足りなければおかわり持ってくるけど?」
まったく関係ない言葉をわざとかけていく、なんでこんな所にと、問い詰めたい気持ちを
無理やり押し込めた。
理沙 「ん…、大丈夫…。」
淳二 「ん? 元気ないのか? どうした? 」
理沙 「んーーー…、あのね…、世の中うまくいかないなって思っただけ……。」
これは真達の事だとわかったが、あえて何も言わずに俺はこたえた。
淳二 「そうだな……、なんか……、うまくいかねーな……、」
理沙 「あっ、私とジーンはうまくいってるからね。」
勢いよく俺の顔を覗き込む理沙に思わず笑ってしまた。
淳二 「あったりまえだ。なー理沙、このまま仲良くしていこーな。」
理沙 「もしね……、もしよ……、ジーンにもし……、私よりも好きな人がこれからできた時は…。
お願いだから……、正直に話してね……。」
淳二 「そんな事は絶対ないけどな…、だから聞かなかった事にしていいか?」
理沙 「ダメ、忘れないで…、そのときは、ちゃんと話しを…、 んっっ」
理沙の言葉を最後まて聞く前に噛み付くようなキスをしていた。
そんな哀しい思いをさせてしまった自分への怒りと、
絶対にそんな事はないと伝えたくて……。
夜空の星の下、そんなキスを俺は延々としていた。