№18
遅い時間に起きた俺は、急いでカーテンを開けた。
時計に目をやり安堵した。寝過ごしてはないな…、まだ昼前…。
天気は上々、その空を見上げておもっいき伸びをする。背骨がボキボキと音をだす。
まさか、まだ伸びたりしてないよな…。そんな事を思いながらバスルームへ直行した。
風呂から上がりボーッとしていたら、突然ドアベルが鳴った。
俺はのっそりと立ち上がると玄関に行きベルを押した相手に話しかけた。
淳二 「誰?」
理沙 「理沙」
ガチャと開いたドアの向こうきっちりと準備をした理沙が満面の笑みでたっていた。
淳二 「何?お前早いな?」
理沙 「うん、もうね楽しみでじっとしていられなかったの。」
呆れた俺はそれでもそんな理沙が可愛くて仕方がない。
荷物を玄関に置くと理沙が勝って知ったる我が家みたいにズカズカと入ってくる。
理沙 「ジーン、ご飯食べた?」
淳二 「んー、まだ。」
理沙 「外で食べる?それとも作る?」
淳二 「ああ、外で食うか? 今から作るの面倒だし。」
理沙 「でも、昨日のご飯があるよ。」
あぁそうだった、昨夜理沙とこの部屋でめし食ったんだった。
何やら胃もたれしそうなチーズがたっぷりかかった鶏肉のオーブン焼きかなんかを
理沙が作ってくれた。それも大量にだった。それがまだ残ってるか……。
うまかったけど…、連続はちょっとな……。
理沙 「子供の頃にね、隣のおばさんが得意でよく届けてくれたの、美味しかったなーー。」
だからか…、あんなもったりしたもの…、日本人はたまにしか食えんし。
淳二 「そっかー、……。」
理沙 「勿体無いから食べよ。ね?」
淳二 「あぁ、そうだな……。」
起きぬけにあれか……。俺は納豆ご飯で十分なんだけどな……。
サッサと準備をはじめる理沙。俺は目立たないように海苔と納豆を冷蔵庫から取り出す。
淳二 「隣のおばさんは太っていたんじゃないのか?」
理沙 「うん、おばさんも、おじさんも、そこの子供もだよ。」
やっぱりな…、こんなの食べてたらそうなるな…。
淳二 「子供もかよ、可愛そうだな…。」
理沙 「今はどうなったか知らない。ずっと逢ってないもん。」
淳二 「隣なのにか?」
理沙 「別にいいでしょ。」
淳二 「まあ、そうなんだけどな。」
美味しいね、と笑顔の理沙がモリモリと食べている。
ちょっと無口になった理沙を心配したが俺の気のせいかと思う事にした。
理沙に急かされながら俺はまったくしていなかった準備をしている。
俺の視線の端、今日の為に準備した服。
それを手に取ると大声で理沙を呼んだ。
淳二 「これに着替えて。理沙のだから…。」
ポンとほうると理沙がそれをキャッチした。
理沙 「着替えるの? 」
淳二 「ああ、そうだ。急げ。」
理沙が俺の声に反応したようにバタバタと走っていく。
俺の目の前の理沙は、予想を裏切らない。
スラッと伸びた細い手足に俺の作った細身のストレートジーンズと
身体に張り付くほどのTシャツがよく似合っている。
身体のラインを隠すようにその上にパーカーを羽織らせた。
淳二 「よし、完璧。着替えはこれな。俺のに入れておくからな。」
理沙 「何?もしかして、着替えもあるの?」
淳二 「勿論、なんたって、理沙は俺の彼女だからな。」
理沙 「あっ……。」
淳二 「何だよそれ、俺はそのつもりだからな。仲間にも彼女を連れて来るって言ってある。」
理沙 「うん、わかった。」
だんだん真っ赤になっていく理沙を見ていたら、俺までどうにかなりそうだ。
淳二 「ちょっと早いけど、行くか?」
俺は部屋に二人きりなのが息苦しくては早めに家を出ることにした。
部屋を出るとき、玄関にかけてあった色違いのキャップの一つを理沙の頭にのせた。
もう一つは勿論俺の頭だ。
ガキのような俺は、理沙にまるでマーキングでもするように俺の私物で固めていく。
誰もが知っている俺のお気に入りのキャップ。
それだけで理沙が俺の特別だと皆が思うように仕向けていく。
服にしてもそうだ。どんなに友達や後輩から俺のブランドを催促されても渡した事など一度もない。
お金を払うといわれても、それもすべて断ってきた。
今の理沙は全身を俺で彩られている。俺のものだと言うようにだ。
思わず笑いが漏れてきそうだった。
意外と俺にも可愛いとこがあるなと可笑しくてたまらない。
理沙が駐車場に着いた途端にトイレだと騒いで走っていった。
その背中を見送りながら俺は大きな息を一つ吐き出していた。
理沙にとっての俺って……。
ぶんぶんと勢いよく頭を振ると思考を前向きへと変換していく。
今日俺達は理沙の愛車に乗ってきていた。
遠出には理沙のこの無駄にデカイ車と車高の高さが視界がよくて運転しやすいからだ。
俺のも一応四駆だが、見た目重視の外車だから故障ばかりだ。年代物のポンコツ。
それに引き換え理沙の愛車は故障とは無縁の立派さ。
理沙は多少渋ったが、俺が半ば強引に決めたようなものだった。
キャンプとは名ばかりで、殆ど夜通し起きている。
仮眠を取るにしてもここまでデカイと俺でさえ伸び伸びできそうだし。
理沙が戻ってくるまでに荷物を動かそうとドアを開けっ放しにして後ろのシートへと乗り込んだ。
嵯峨野 「理沙ちゃん、今日は車で来ていたんだね。もしよかったら乗せてってよ。」
男の声が理沙ちゃんと言っている。それも乗せろと言ってる。
返事がないのにまた声をかけてくる。
嵯峨野 「理沙ちゃん? いる?」
淳二 「理沙はいない。すぐ戻ってくる。」
思わず低く出た自分の声に自分で驚いた。
そっと伺うように車の中を覗き見るその男とバッチリ目があった。
爽やかな笑顔のそいつに虫唾が走る。
漫画かなんかの主人公のような爽やかな笑顔だったからだ。
理沙 「あれ? 嵯峨野君? 」
嵯峨野 「あ、理沙ちゃん。こんにちは。逢いたかったよ。」
逢いたかっただとーーーっっ。
俺はその男の声を聞いて思わずドアから外へと飛び出していた。
理沙の後ろに立つ俺は眼下のその男をジッと見ていた。
そんな俺にクルッと向きを変えて全身で俺を見上げてくる理沙。
ニッと笑うと困ったように手を前に出す。
咄嗟の事に目の前の男に威嚇するのも忘れて
濡れた手を俺に差し出す理沙に車の中からタオルを取って渡していた。
理沙 「ジーン、ありがとう。あっそうだ、嵯峨野君、夏樹の友達なのよ。」
淳二 「ん? 嵯峨野? ああ…。」
俺は白々しくそいつに視線を向けるとにっこりと音でも出るほどの笑顔で笑った。
嵯峨野 「桐生淳二……。」
失礼なそいつは、俺のフルネームを呼び捨てにしやがった。
淳二 「どうも、桐生淳二です。」にっこりともう一度笑ってやった。
嵯峨野 「嵯峨野…、嵯峨野是清です。」
淳二 「古風な名前だな、いいなそれ。かっこいいな。」
是清がわからない理沙が不思議そうな顔をしていたのが笑えた。
理沙 「嵯峨野君は今帰り?」
嵯峨野 「うん、そうなんだ。理沙ちゃんは?」
理沙 「私達は今からキャンプに行くのよ。いいでしょ。楽しみなのーー。」
そう言って嬉しそうに俺を見上げてくる理沙、こいつは無意識らしい。
嵯峨野 「キャンプ? 今から? 二人で?」
理沙 「うん、あっ、でももっと大勢で行くの。ジーンのお友達もいるのよ。」
嵯峨野 「そっか…、…、楽しんできてね。帰ってきたら話しを聞かせてよ。」
理沙 「うん、いいよ。帰ってきたらね。」
意外にもめげないその男に俺はイラッとした。
きっちりと理沙と約束までしていく図々しさに俺の中で危険人物として認識されていく。
理沙 「ジーン、楽しみだね。」
そう言って俺を見上げる理沙が頬を染めて笑っている。
俺はそんな理沙に笑いかける。
俺と視線があうとニマッと笑っては下を向く。
つい可愛くて、他に誰か居るのも忘れて俺は理沙の頭をなでていた。
目の前で繰り広げられる見た事もない理沙ちゃんの表情としぐさに奥歯を噛んでいた。
ギリギリと音がしそうなほどに噛んでいた。
自分の前では決して見せなかった女の子な部分。
まさか、桐生淳二だったとは……。
忙しいって言っていたのも今ならわかる。
他の男に目移りしないのも納得した。
安心しきった桐生淳二の顔に無償に腹が立つ。
今に見てろよ、きっと……。
俺が理沙ちゃんの隣に立ってやる。
貴様になんか負けない。
せいぜい放置して理沙ちゃんを一人にするんだな。
悪いがその隙に俺が頂くから。
淳二 「理沙、そろそろ時間だから、いいか?」
理沙 「あっ、うん、嵯峨野君またね。ばいばい。」
淳二 「すまないな、約束があるから、失礼するよ。」
嵯峨野 「あ、はい、楽しんできてください。理沙ちゃん、約束だよ。忘れないでね。」
それでも念を押すそいつに俺は厳しい視線を向けた。
そんな俺に気づいたそいつは、微かに笑ってやがった。
ドアロックをして俺は理沙の手を取ると歩き出した。
サークルの仲間が待つ場所へと。