№14
若葉が芽生え、人も自然も初々しい新緑が映える学内、
輝くばかりの日差しが振りそぐ、それでもそんな輝きの中でさえも
ひときわ放つ華やかな雰囲気を纏った彼女は颯爽としている。
学生達の視線がまったく気にならないかのように自分が目指す場所へと足を運んでいた。
誰も彼女に声をかけない。ただすれ違いざまに目をとめ、記憶の中へと塗りこんでいく。
愛車の鍵を握り締めて遅れそうな教室を目指していく。
今日、初めてその愛車で通学してきた彼女であった。
慣れない日本の道路とむやみに多い車と人の波に朝から彼女の神経はまいっていた。
多少後悔を覚えつつも、これではダメだと手の中の愛車の鍵を強く握り締めていく。
夏樹 「あー、理沙遅かったじゃない?」
容子 「どうしたの? 珍しいね、心配してたのよ。」
ドサッと荷物を置き、荷物と同じくらいに脱力的にその体重をかけて椅子に座る彼女に
二人は珍しいものでも見るような表情をしている。
他人から見れば颯爽と見える彼女の事でも、よく知る者にとっては
あきらかに違う彼女のその姿である。
理沙 「あのね、今日は車で来たの…、もう…、大変だったの…。」
呆れたような容子が感情をそのまま口にした。
容子 「信じられない…、朝のラッシュに運転なんて、理沙、運転できたんだ…。」
理沙 「うん、免許は持ってるの…、でもね、こっちで運転はちょっと怖くて…。」
容子 「当たり前よ、それにこーんなに公共機関が発達しているのに、バカじゃないの?」
夏樹 「うん、確かに…、車で来る必要性はないね。」
容子 「そもそも、少しは運転していたの?」
無言の理沙を確認した二人は大きなため息をついた。
理沙 「うーん…、何度かしたけど…。」
容子 「諦めて電車にしたら、絶対それがいいって。」
そんな話しをしていた時、教室のドアがあき室内は途端に静かになっていった。
カフェで食事をする三人に近づく人影、その人物を確認した夏樹だった。
夏樹 「なんや蓮、嵯峨野も一緒にどうしたん?」
蓮と言う男性、夏樹の幼馴染である。嵯峨野はその友達で昔からの友達の三人であった。
蓮 「なー、夏樹、飯食わせて、腹減った。」
夏樹 「挨拶もなしに何言ってんの?」
蓮 「小遣いないんや、頼むよーーー。」
夏樹 「あんた…、考え無しの行動はまったく進歩なしなん?もしかして…、嵯峨野も?」
後ろで調子悪そうにしている嵯峨野がうなづく。
夏樹 「親に泣きついたらええやん、うち、金ないわ。」
蓮 「いや…、夏樹はたんまりもっとーはずやし…。隠すなや…。なぁー。」
延々と続くこの三人の会話を理沙と容子は笑いをこらえながら聞いていた。
嵯峨野 「あぁぁ…、林田さん…。笑われた……。」落ち込む嵯峨野に夏樹はニヤッと笑った。
夏樹 「理沙ー、嵯峨野ってさ見た目と違って変な奴でしょ?」
返答に困る理沙はただひたすら笑ってごまかしていく。
途中、隣の容子に視線を移しては、助けてくれと目で訴える理沙であった。
容子 「そだ、うち来る? 食べ物なら沢山あるよ。そだ、夏樹と理沙もおいでよー。」
即答で快諾の蓮と嵯峨野に、夏樹がそれならとうなづいていく。
残るは理沙のみ、皆が理沙の返事を待っていた。
ジーンは忙しいって言って夕飯も今は一人だし……。でも…、もし…。ジーンが…。
理沙はそれでも少しの期待を抱く。ジーンと一緒の食事を…。
悩む理沙に夏樹が怪訝な顔をしていく。
夏樹 「なに?理沙? 遠慮してんの?いいじゃんたまには。」
容子 「そうそう、それにね、うちのご飯美味しいよ。それを食べて大きくなりすぎたしね。」
蓮 「夏樹、今からでも遅くはない、そのミニマムサイズを克服しろ。」
そんな会話が理沙を抜きに続けられていく。
容子 「とにかく、帰りまでに考えていてよ。」
うなづく理沙にそんな彼女を見て笑顔の嵯峨野が彼女を見つめていた。
メールを送ってみた。返ってきたのは一言
≪ 行ってきたら、楽しんでおいで。≫
グッと唇をかみ締める彼女、それでもジーンからのメールは嬉しい。
バカみたい…、何を期待してたの? ホントッ…、バカみたい…。
彼女は容子の家へと行くことに決めた。
一同理沙の車の前で立ちすくんでいた。大きな四駆の彼女の愛車。
人目で怪しい雰囲気な車、まさか可憐な少女の持ち物だとは想像もつかないそれだった。
理沙 「運転は大丈夫だから……、さぁ…、乗って…。」
即されて開けたドアの中、渋いシートと高級な内装に一同またもやひるむ。
夏樹 「うちの兄と…、いい勝負だよ…。」
蓮 「あぁ…、そうだな…。お前んとこの兄ちゃん…。すげーもんな…。」
何が凄いのかわからないがそんな会話をしていく蓮と夏樹。
容子 「理沙、右、右に曲がって、そこよ、そこに入ってっっ。」
手に汗握ると言うのはまさにこんな時のことなんだろうと思うほどたった。
絶叫と悲鳴が飛び交う騒然とした車内がやっと静かになった。
蓮 「わし…、二度と乗らん。」
嵯峨野 「そんな事言うなや……。林田さん一生懸命やったし…。なぁ…。」
夏樹 「寿命が確実に縮まった…。死ぬかと思ったし…。」
容子 「生きてるって…、実感……、感謝したよ…。」
蓮 「嵯峨野…、じゃーお前だけ乗れ。わしは遠慮する。」
容子 「わしって…、何それ……?」
夏樹 「あっ、気にしないで、蓮ね素はこうなのよ。俺なんか言ってるけど、わしが普通よ。」
理沙 「あーー、久々のドライブ楽しかった。また、皆で行こうね。車出すからさ。」
晴れやかな表情で言い放つ理沙と顔が引きつるそれぞれ。
蓮 「誰が行くかーーーーっ、死ぬかと思ったしっっ。」
夏樹 「行くなら、嵯峨野と二人で行ってよ、嵯峨野は理沙の運転平気だったみたいよ。」
嵯峨野 「ええーっっ、……。」
理沙 「ホントッ? いいの? うわーー、嬉しいーーー。」
満面の笑みの理沙に顔に火がつく勢いの嵯峨野であった。
そんな嵯峨野に夏樹が近づきささやく。
夏樹 「あんた、勘違いしたらあかんよ。理沙はなーんとも思ってないし。」
嵯峨野 「わかってる…、言われなくても。そのくらいはな…。」
着いたところは、高級料亭として有名な格式高い場所だった。
理沙 「うわお!! 素敵!! ここ容子の家?」
容子 「うん、そだよ。自宅はこっちよ、」
先を歩く容子について皆が着いていく。
容子母 「いらっしゃい、よく来てくれたわね。ゆっくりして行ってね。ふふふ、お腹を空かせた若者だって容子が言うから、うちの板さん達ったらね、そりゃー喜んで腕を振るってくれたのよ、お腹いっぱいにして頂戴ね。」
若くてスタイル抜群の容子の母、容子が綺麗なのはこの母の血だとその場の皆は思っていた。
一同、深々と礼をして学生らしい挨拶とともに入っていく。
夏樹 「容子…、柳川家の娘だったのね。凄いわ…、」
蓮 「そうだな、嵯峨野、お前ん家のライバルじゃん。」
嵯峨野 「ライバルちゃうし、足元にも及ばないよ…。」
容子 「えっ、嵯峨野って、あの嵯峨野なの?マジで?おかあさーーーーん。」
慌てて奥へと引っ込む容子と次に現れたのは、容子の父と母だった。
容子父 「嵯峨野の坊ちゃんですか? いつもお父さんにはお世話になっています。」
容子母 「まあ、そう言われてみたら顔立ちとか似ているわね、」
実は嵯峨野の両親とは昔っからの知り合いだと言う容子の両親だった。
それから皆は楽しい時間を過ごしていく、美味しい料理と暖かな容子の両親。
親元を離れた四人にとって久々に家族を思い出したような時間であった。
理沙にしつように話しをしてくる嵯峨野、誰もがその行動に気づいていく。
一見優しそうで穏やかな風貌な嵯峨野、淳二までもとはいかないが、かなり長身であった。
サラッとした黒髪に黒目が多いスッとした目鼻立ちのお行儀がよさそうな美男子。
そんな印象の嵯峨野、淳二が野生的なら、こっちは貴公子のような雰囲気だった。
楽しい時間をすごし家路へと帰るそれぞれ、理沙は自宅マンションの駐車場に着いた。
彼の車はなく、いつもの場所はガランとしていた。
そんな彼のことを振り切るように踵を返した彼女は、部屋へと戻っていく。
彼女のバックの中、貴公子からのメールが届いていた。
≪ 今日は楽しかったね、また、明日。嵯峨野≫
短い文面になにもその意図を読み取る事のない理沙は、
短いメールを返していく。
≪ うん、楽しかったね。 またね。 理沙 ≫