№11
俺は多少なりともムカついていた。
別に食べ物の事でとやかく文句を言うほどオヤジ化したわけでもないが…。
それにしても、何故だか目の前の彼女の行動が許せない。
理沙 「ジーーン…、これ食べれない…。あげる…。」
そう言っては片っ端から流れてくる皿を手に取る理沙だった。
淳二 「お前…、生もの苦手なのか? それなのに…、なんで寿司なんか食うんだよ。」
ムスっとした俺にケラケラと笑いながら食べれないと言う皿を差し出してくる。
理沙 「だって…、あっちのお寿司と違うんだもん…。でも美味しいね。」
嘘だろ…。お前嘘ついただろ…。美味しいなら自分で食えよっっっ。
俺はそれでも理沙が差し出す皿を受け取りそれを口に入れた。
そんな俺を嬉しそうに笑ってみている理沙。
まるで、俺が困るのを楽しんでるみたいに…。
ジーンごめんね……。でもね…、やっと…、わがままを言える相手ができたから…。
それが嬉しくて…。本当は食べれるけど…。少しだけジーンを困らせたかったの…。ごめんね…。
たったこれだけだけど…、嬉しくってたまらないの…。
一人で過ごす寂しさに…、負けちゃいそうだったから……。ありがとう……。
理沙が俺の頬に手をかざしてくる。
それもなんだか…、ものすごく…、優しく……。
おいっ、まてよっ、ここは日本なんだからなっ。
それに俺は、れっきとした日本人だ。
淳二 「理沙、やめろ、ここは日本だ。」
小声で理沙にしかわからないように俺はちょっと冷たく言ってしまった。
その声に理沙の手が止まる。そしてゆっくりと戻っていく。
また、眉を下げて哀しそうな瞳で俺を見ている。
俺はため息を吐きそうになりそれを咄嗟に止めることができた。
かなり気になる理沙の哀しそうな瞳、伏せた長い睫毛が切なげに揺れていく。
俺は自分で自分の事をかなりバカだと思う。
もう、そんな事もどうでもいいよに思えてくる。
ここが日本だろうかそんな事はどうでもいいような気さえしてくる。
相当俺も人がいいのか……。それともただのバカなだけなのか…。
気づいた時には、理沙の頬に触れている自分の手を見て驚く俺が居た。
ここは家族ずれや知らない人々で溢れている回転すしだと言うのに……。
俺は咄嗟に得意ではないが日用会話くらいはできる英語をいきなり話しだす。
バカな俺が考え付く事は所詮こんな事ぐらいだから…。
理沙もつられて英語で返してきた。
よし、今日のところはこれでよしとしておくことにした。
どっから見ても東洋人の二人だが…。そん事はこのさい抜きにしておく。
穏やかな日差しが凍てついていた季節を取り払うかのような朝。
パジャマを脱ぎすて早々とシャワーを浴びた私は約束の時間を気にして朝食もそこそこに出かける準備に取り掛かっていた。
そろそろ来る頃だと思っていた時に玄関のドアベルがその到着を知らせる。
理沙 「はーーい、今行きまーす。」玄関から外にいる彼に声をかけ急いでドアを開けた。
一週間ぶりに逢う彼、バイトだと言い忙しそうな彼とはあれからなかなか顔を合わす事もなく過ごしていた。
やっと知り合えたたった一人の友達。こんな事言ったらなんだけど、身元もきちんとわかるのも安心できる。
淳二 「久しぶりだな。元気だったか?」
相変わらず可愛い理沙が目の前に現れた。
彼はこの一週間新作の製作と雑誌に載せる準備の為にアトリエに缶詰状態だった。
彼のいない間に理沙の交友関係が増えたのではないかと気がかりでたまらなかった彼は、
その事をいつ彼女に切り出そうかとここ二、三日そんな事ばかりを考えては仕事に遅れを出し、
ますます彼女との距離を自分で遠ざけていた。
理沙 「ジーン、大丈夫? なんだか疲れているみたいよ。」
相変わらず俺のことをジーンと呼ぶ理沙に少しだけムッとしたが、それでもこの笑顔がすぐさま
俺の機嫌をなおしていく。
淳二 「行くか? 」
理沙 「うん」
二人が向かった先、それはある料亭。
淳二の両親が理沙と食事の約束をしていたのに急遽彼も呼び出されたからである。
玲子 「理沙…、キャーーー、また大きくなって…。いったいどこまで大きくなるの?」
変な第一声の母親と理沙が感動の再会のように抱きしめあっている。
その横で順番待ちの父親が理沙と名を呼び両手を拡げたのを確認した俺は
淳二 「何考えてんだよ…。」と俺は意地悪く言ってのけた。
それでもハグまではしなくても手を握りここでも感動の再会を繰り広げた理沙と親父だった。
幸太郎 「理沙、悪かったな今まで放って置いて、それもそもそも亮介のせいなんだよ…。」
呆れたような表情で幸太郎おじさんがパパの事を話しだした。
どうもパパは私が甘やかされないように日本に着いてから一ヶ月間は私に合わない様に
二人に言っていたらしい。そんな事があったなんて知らない私は心底パパを恨んでしまっていた。
ものすごく心細かった私はそれを聞いてあっという間に潤んでいく目をなんとか瞬きで防ぐので精一杯だった。
それに気づいた玲子おばさんが優しく肩を撫でてくれたからますます涙が溢れそうになっていた。
玲子 「ごめんね…、理沙…、きっとそれも亮介の愛情なのよ…。変だけどね。」
俺の母親がまた要らぬ一言を理沙に言っている。まあいつもの事だが…。
幸太郎 「そうだ、じゅんお前理沙とは既に知り合いになったらしいな。」
淳二 「ああ、俺はこいつに初対面で叫ばれたからな…。」
理沙が慌てて事の真相を両親に話している。それを聞いて楽しそうに笑う両親と理沙。
そうこうしているうちに料理も食べつくし、後はデザートのみとなっていた。
玲子 「じゅんちゃん、入学式の日は理沙を会場まで送ってきてね、現地で待ち合わせしましょう。」
有無を言わせない母親の命令に俺は無言でうなづいていた。
俺はとうとうこの時が来たかと理沙の顔を見ながら考えていた。
幸太郎 「おい、じゅん、お前の使命を忘れるなよ。なんの為にわざわざお前をあのマンションに引越しまでさせたのか。忘れるなよ。」
親父のいつになく厳しい顔に俺はみなまで言うなと言う顔をしてまた無言で頷いていく。
玲子 「理沙、大学で知らない男の人から声をかけられても無視するのよ、いいわね。」
幸太郎 「そのとおりだ。もししつこい奴がいたらじゅんを彼氏だと言いなさい。そしてじゅんをその相手に合わせるんだ、いいね。」
理沙 「あっ…、はい…。 でも…、迷惑じゃないの…。」
そう言うと理沙が俺の顔をしげしげと見つめてくる。
幸太郎 「大丈夫だ、じゅんには彼女もいないし、無駄に体格もいいから虫除けには持って来いだしな。」
玲子 「そうよ、それに我が子ながら最高傑作のように男前に産んだからね、少々の男は引くわね。」
うんうんと頷き合う両親に俺はがっくり肩を落としていく。
幸太郎 「そうだ、なんなら一緒に住んでるって言ってもいいからな、どうせ同じマンションだし中に入らない限りはばれる事もないしな。」
玲子 「まあ、あなた素敵な提案ね。それはいいわ、理沙早速入学したらじゅんちゅんと住んでるって言って回りなさいよ。」
幸太郎 「うんうん、じゅんお前も理沙が彼女だと言ってまわりなさい。お前達二人が一緒にいれば無敵だろうな。」
満面の笑みの両親と困惑顔の彼と彼女、真っ赤になり照れている彼女と両親と言い合いになっている彼。
それでも結局は淳二にこの先彼女を作るなと約束までさせた流石の桐生幸太郎と玲子だった。
淳二 「あんまり気にするな…、俺の親はちょっと変わってるからな。」
理沙 「ううん、素敵なパパとママだよ。」
ちょっと寂しそうな理沙の横顔を見た俺はこのまま理沙と出かける事にした。
淳二 「理沙、このまま何処か行くか?せっかくだからな。」
理沙 「うん。いいの? 忙しくはないの?」
淳二 「ああ、もうあらかたすんだからな大丈夫だ。」
理沙 「アラカタ? 何?」
淳二 「だいたいって事だよ。」
理沙 「ジーン…、ありがとう。」
俺達を乗せた車は夕暮れの街を走っていた。理沙は初めて来たらしく外の景色をずっと見ている。
淳二 「そうだ、俺がいない間何してた?」
窓の外を向いたままの理沙が小さくつぶやく。
理沙 「何も…、していなかったよ…。ただ…、ご飯食べて、テレビ見て、寝る。それだけね…。」
淳二 「そっか…、」
理沙 「ジーン…、いじわるね…。私が何処にも行けないの知ってて聞くの?」
俺は言葉が出なかった。聞きたかった事を言わせてしまったのに…。俺は理沙の言うとおりいじわるだ。
何も言わないそんな俺にも理沙は優しかった。
理沙 「ジーン? 怒った?」
淳二 「怒るわけないだろ…。理沙…、今度海にでも行くか?」
理沙 「え? 海?」
淳二 「あぁ、海だ。アメリカに泳いでは行けないけどな…。」
理沙 「ジーン、私そこまでまだホームシックにはなってないよ。」
そう言って笑う理沙。
まだ俺のことをジーンと呼ぶ理沙に俺はもうこのままでもいいと思いはじめていた。