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婚約破棄されたくて「腹筋バキバキの奇行令嬢」を演じたら、なぜか完璧主義の王太子殿下に「君こそ至高の芸術だ!」と求婚されました

掲載日:2026/03/26

この物語のジャンルは恋愛でいいのか…?

頭をからっぽにして読んでください。

「……998、999、1000ッ! ふぅっ、ナイスバルク、私!」




公爵家の広大な庭園の片隅。


夜明け前の薄暗い中、私はドレスの裾をたくし上げ、巨大な庭石を背負いながら千回目のスクワットを終えた。


吹き出す汗をシルクのハンカチで拭い、自身の太もも、つまり大腿四頭筋の仕上がり具合を確かめて、満足げに頷く。




私の名前はイザベラ・フォン・オースティン。由緒正しい公爵家の長女であり、この国の王太子、レオンハルト殿下の婚約者だ。


そして――自分が前世でプレイしていた乙女ゲーム『王立学園のシンデレラ』の「悪役令嬢」であることに気づいてしまった、哀れな転生者である。




ゲームの中のイザベラは、レオンハルト殿下を愛するあまり、ヒロインを徹底的にいじめ抜き、最後は修道院へ幽閉される運命だった。


冗談じゃない。前世でブラック企業に勤め、不健康な生活の果てに過労死した私だ。今世くらいは健康で文化的なスローライフを送りたい。




修道院行きを回避する方法はただ一つ。


ヒロインが現れる前に、レオンハルト殿下から「こんな女、婚約者としてふさわしくない! 婚約破棄だ!」とフラれることである。




では、どうすればフラれるか。


レオンハルト殿下は、自他共に認める「完璧主義者」だ。成績優秀、眉目秀麗。彼が好むのは、風に揺れる百合のように可憐で、儚く、三歩下がって微笑むような「完璧な淑女」である。




つまり。


「物理的に強くてデカい女」になれば、あの神経質な殿下は百年の恋も冷めるに違いない!




そう結論づけた私は、十歳のあの日から狂気の肉体改造に励んできた。


お茶会をすっぽかして馬の牽引トレーニングを行い、淑女のたしなみである刺繍の時間はピンセットの代わりにダンベルを握った。食事は高タンパク低脂質を徹底し、専属シェフを泣かせながら「茹でた鶏胸肉とブロッコリー」や「生卵をヤギの乳で割った特製プロテイン」を要求し続けた。




結果。


現在十五歳の私の肉体は、コルセットなどという軟弱な拘束具を自前の腹筋で破壊するまでに成長していた。


ドレスの下には、ギリシャ彫刻もかくやという見事な筋肉が隠されている。




「お嬢様……またそのような奇行を。旦那様が頭を抱えておいででしたよ」


侍女のマリアが、生温かい目で私にタオルを渡してくる。




「奇行じゃないわ、マリア。これは未来の修道院生活……いえ、平民に落とされても自給自足で生き抜くためのサバイバルトレーニングよ」


「平民でも庭石は背負いません」


「さあ、シャワーを浴びて朝食よ! 今日の鶏胸肉の焼き加減はどうかしら!」




私は上腕二頭筋にキスをして、意気揚々と屋敷へ戻った。


今日はいよいよ、運命の魔法学園の入学式。


ここで殿下に私の「仕上がり」を見せつけ、盛大に婚約破棄を叩きつけてもらうのだ。




* * *




王立学園の入学式は、華やかな空気に包まれていた。


色とりどりのドレスや制服に身を包んだ貴族の子息令嬢たちが、優雅に歓談している。




その中で、私は明らかに浮いていた。


特注の制服は、私の広背筋のせいで背中の布地がパツンパツンに張っている。気を抜いて深呼吸でもしようものなら、弾け飛んでしまいそうだ。




「あ……イザベラ様だわ」


「今日も相変わらず、その……ガタイがよろしいこと」


「レオンハルト殿下も、あのような令嬢が婚約者だなんてお労しい……」




扇で口元を隠した令嬢たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。


(ふふん、いいわよ! その調子で私の悪評を広めなさい! 完璧主義の殿下が、この状況に耐えられるはずがないもの!)




私は心の中でガッツポーズを決め、姿勢を正した。大臀筋を締め、胸を張る。完璧なポージング「フロント・ラット・スプレッド」だ。




「イザベラ」




背後から、冷ややかな声がかけられた。


振り返ると、プラチナブロンドの髪と氷のように冷たい青い瞳を持つ、レオンハルト殿下が立っていた。周囲の令嬢たちが、その美貌にうっとりとため息を漏らす。




「ごきげんよう、レオンハルト殿下」


私が優雅に(ただし筋肉を見せつけるように)お辞儀をすると、制服の肩の縫い目が「ピリッ」と小さな悲鳴を上げた。




殿下は私のそのパツンパツンの肩回りを見て、ピクッと眉をひそめた。




「……君は相変わらず、奇抜な体型をしているな。淑女たるもの、もっと華奢でしなやかであるべきだとは思わないのか?」


「お言葉ですが殿下。華奢な体では、いざという時に国を、そして殿下をお守りすることはできません。私はこの上腕三頭筋に、王太子妃としての覚悟を宿しておりますの」


「……上腕、なんだと?」




殿下はこめかみを押さえた。


よしよし、完璧にドン引きしている! このまま嫌われ度をカンストさせてやる!




その時だった。


「あ、あのっ! ごめんなさい、遅刻しちゃって……っ!」




エントランスの入り口から、ピンク色のふわふわの髪を揺らしながら、一人の少女が駆け込んできた。


ヒロインの、男爵令嬢リリアだ。


光の魔法特待生として入学してきた彼女は、この学園のすべての男を魅了する『運命の女』である。




(来たっ! 伝説の『出会いのイベント』!!)




ゲームの序盤。遅刻しそうになって廊下を走ってきたリリアが、見事なまでに足をもつれさせ、レオンハルト殿下の胸に飛び込んでしまうという、古典的かつ絶対的なラブハプニングだ。




「きゃあっ!」




案の定、リリアは信じられない角度で足首を捻り、殿下に向かってダイブした。


殿下が彼女を優しく抱きとめ、二人の視線が交差する……はずだった。




(させるかぁぁぁっ!!)




ここで二人が恋に落ちれば、私は「嫉妬に狂ってヒロインをいじめる悪役令嬢」のルートに入ってしまう。


私に必要なのは「ただの頭のおかしい筋肉令嬢としてフラれること」だ。




私は地面を蹴り、爆発的な瞬発力で二人の間に割り込んだ。


そして、倒れ込んでくるリリアの体を――。




「ふんッ!!」




完璧なフォームの『お姫様抱っこ』で空中でキャッチした。


しかし、彼女の体重と落下時の運動エネルギーをそのまま受け止めれば、膝を痛めてしまう。


私はそのままの体勢で、スッと腰を落とし、大腿四頭筋に全負荷をかける美しい「ディープ・スクワット」へと移行した。




「えっ……? ふぇ?」


私の腕の中で、リリアが目を白黒させている。




「ふう……。男爵令嬢、歩く時は大腰筋とハムストリングスを意識して足を上げなさい。転倒防止の基本ですよ。それと、体幹がブレブレです。明日から毎朝プランクを三分間やりなさい」


私が汗一つかかずにドヤ顔で言い放ち、ゆっくりとスクワットの姿勢から立ち上がると、リリアは「ひっ……は、はいぃっ!」と涙目で怯え、逃げるように走り去っていった。




よし。ヒロインの好感度イベント粉砕! ついでにヒロインにも変人扱いされた!




「……ッ!!」


背後で、息を呑む音がした。


振り返ると、レオンハルト殿下が両手で顔を覆い、ワナワナと肩を震わせていた。




(やった! ついに愛想を尽かしたか! 「なんて野蛮な女だ、婚約破棄だ!」って言われるわ!!)




私は目を輝かせ、殿下の次の言葉を待った。




殿下はゆっくりと顔から手を離し、私を真っ直ぐに見つめた。


その氷のように冷たかった青い瞳は、なぜか……熱に浮かされたように、ギラギラと異常な輝きを放っていた。




「……素晴らしい」


「はい? 婚約破棄ですね? 謹んでお受……え?」




殿下は私の肩をガシッと掴み、かつて聞いたこともないほどの大声で叫んだ。




「素晴らしい!! なんという完璧な躍動!! そして他人の体重を抱えたままブレることなく沈み込む、圧倒的な体幹とバランス感覚!! イザベラ、君の肉体は……至高の芸術品だ!!」




「……は?」


私は自分の耳を疑った。




「で、殿下? 今、なんとおっしゃいました……?」


「隠していてすまなかった、イザベラ!」




殿下は私の手を取り、情熱的に語り始めた。




「実は私は、華奢で倒れそうな令嬢たちに囲まれる日々に、辟易していたのだ! 少し歩けば『疲れた』、少し風が吹けば『肌が荒れる』……。王族たるもの、いかなる危機にも自らの力で立ち向かえる強靭な肉体フィジカルこそが必要不可欠! 私は密かに、王宮の地下に専用の鍛錬室ジムを作り、己を鍛え上げてきたのだ!!」




殿下が、ピシッとした制服のボタンを一つ外す。


その隙間から覗いたのは、私が見ても思わず「仕上がってる!」と叫びそうになるほど、見事にパンプアップされた大胸筋だった。




(う、嘘でしょ……!? 完璧主義の王太子の裏設定が、重度の筋肉至上主義!? ゲームのシナリオライター、頭おかしいんじゃないの!?)




「イザベラ! 君がこれまで、周囲の冷たい視線に耐えながら、孤高の鍛錬を積んできたことは知っている。君のそのパツンパツンの広背筋を見るたび、私は『ああ、彼女こそ我が国の母となるにふさわしい』と、胸を熱くしていたのだ!!」




「待ってください殿下! 私はただの脳筋です! 詩の朗読よりデッドリフトが好きですし、政治の駆け引きよりプロテインの配合率の方が大事です! 王太子妃になんて絶対に向いていません!!」


「なんと……プロテインの配合率まで極めているというのか!? 規格外すぎる! 君のその合理的な思考回路があれば、我が国の食糧事情はさらに豊かになるだろう!」




駄目だ、完全に言葉のキャッチボールが言葉のドッジボールになっている。


私の奇行が、すべて殿下の「ストライクゾーン」のど真ん中に突き刺さってしまっているのだ。




周囲の貴族たちも、王太子殿下の突然のキャラ崩壊と、筋肉について熱く語り合う二人の姿に、完全にドン引きして石像のように固まっている。




「さあ、イザベラ! 今すぐ王宮へ行こう! 父上に報告し、結婚式は君の愛するスクワット千回の儀式から始めようではないか!」


「待って! なんですかその地獄の結婚式!! 絶対に嫌です!!」




私が全力で拒否して逃げ出そうとした瞬間、殿下は私の腰をガシッと抱え込み、軽々と『お姫様抱っこ』で持ち上げた。




「なっ!?」


鍛え抜かれた私の肉体を、微塵もブレることなく持ち上げるこの男の体幹は、完全に化け物クラスだった。




「レオンハルト殿下! 降ろしてください! 私は、静かにマッスル・スローライフを送りたいんです!!」


「ふははは! 素晴らしい腹式呼吸だ! 君の元気な声を聞くと、私の大胸筋も歓喜の産声を上げているよ! さあ、共に王宮の地下ジムで、愛の合同トレーニングの始まりだ!!」




全く話が通じない脳筋王太子の腕の中で。


私は、未来のバッドエンドが「一生逃げられない筋肉の檻ハッピーエンド」に書き換わったことを悟り、絶望とプロテインの涙を流したのだった。




「筋肉は裏切らないって言ったじゃない……私の計画、完全に裏切られてるぅぅぅっ!!」




王立学園の入学式に響き渡った令嬢の悲鳴は、誰の助けを呼ぶこともなく、青空へと吸い込まれていった。

純粋なコメディを書きたいなと思って裏で書いていました。

なぜか筋肉についての知識が増えてしまった…

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