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LEPUS  作者: 杠まさよし
6/7

第6話 「クレイジーヤギさん登場!」

簡単な前回のあらすじ

ルナちゃんとアノン ママ登場!


⚠︎︎本作には暴力表現・流血表現・グロ描写があります⚠︎︎

狼に襲われてから一週間。


これといった事件もなく、穏やかな日々が過ぎていった。


首元の噛み跡は、大きめの白い絆創膏で隠している。


「何も知らない人が見ると、別のことに勘違いされるから」


そう教えられたが、その「別のこと」が何なのかは、まだ教えてもらえない。


「もう少し大きくなったら分かる」


そう言われるだけだった。


現在の職場は第二部隊。


シオンくんと共に魔物討伐の任務に励む毎日だ。


なぜか双子の姉妹からは「ゴミを見るような目」で見られているが、それ以外は概ね順調と言っていい。


副隊長のルナ先生はとても優しく、午後三時になれば「お茶にしよう」と高級なお菓子を出してくれる。


一方で、隊長とは未だに一度も会ったことがない。


「ずっとこの幸せに浸っていたい」


そう願わずにはいられないほど充実した時間。しかし、人生はそう甘くはなかった。


突如として、その平穏は破られる。


目の前に現れたのは、ヤギの面を被った不気味な男。


「役者」の一人、アペルだ。


平和な日常から、一気に戦場へ。


さあ、ミツキ。この状況をどう切り抜ける?


────── ────── ──────


「え、一人で任務……?」


ミツキの声が驚きに震える。


「ごめんね、俺も別の任務が入っちゃってさ」


不安そうなミツキの肩に、シオンがそっと手を置いた。


「大丈夫、君ならできる。一番近くで君を見てきた俺が保証するよ」


見つめ合う二人。


そこへ、甘い雰囲気(?)を切り裂く鋭い音が響いた。


バシィッ!!


「イッテェッ!」


後ろから現れたユイカに、お尻を思い切り叩かれたシオンが崩れ落ちる。


「男同士で見つめ合ってんじゃないわよ、気色悪い!」


ユイカはミツキを鋭く睨みつけた。


「あんたも、いつまでぶりっ子して色仕掛けしてんの。さっさと行きなさいよ!」


「ぶ、ぶりっ子も色仕掛けもしてな……」


言い返そうとしたミツキの鼻先に、リボルバーの銃口が突きつけられた。


「あんた……あの雪豹と同じね。アタシらの男に手を出したら、生まれてきたことを後悔させてやるわ」


その目は本気だった。


ミツキは何も言えなくなり、逃げるように任務へと駆け出した。


────── ────── ──────


「……ふうっ、何とかなったか……」


断末魔を残して事切れた魔物を見下ろし、ミツキは荒い息を整えた。


そこは、賑やかな表通りから一歩入っただけの薄暗い路地裏。


太陽の光が届かない奥底は、不気味なほど濃い影に沈んでいる。


不意に、その影が動いた気がした。


ミツキは目を凝らしたが、動くものは何もない。


見間違いかと思い、光の差す方へ背を向けた、その瞬間だった。


グチャリ、と肉が裂ける嫌な音が響く。


左肩を突き抜けたのは、赤く濡れた刃だった。


一瞬遅れて、焼けた鉄を押し当てられたような熱さと、神経を掻き毟る激痛が脳を突き抜ける。


「あ……っ、が……」


声にならない悲鳴が漏れ、膝の力が抜けた。コンクリートに叩きつけられた両膝の衝撃さえ、肩の痛みで(かす)んでいく。


背後の影から、一人の人影がゆっくりと這い出してきた。


「え、え、え~。やだなぁ。頭を狙ったつもりだったんですけどぉ、肩に刺さっちゃいました? もぉ~、面倒くさがって適当に投げるから。アペルくんのおっちょこちょいさん♡」


媚びるような、耳障りな声。


黒ずくめの服に、無機質なヤギの面。


「役者」の一人、アペルだ。


「あ、槍返してもらいますね~」


「ぎ、あああああッ!!」


躊躇なく槍が引き抜かれた。


返しのついた刃が肉を削り、傷口からどろりと熱い液体が溢れ出す。


視界が火花を散らし、ミツキは激痛に身をよじりながらも、執念(しゅうねん)でアペルを睨みつけた。


その視線に気づいたアペルは、クネクネと体をくねらせ、両頬に手を添える。


「え、やだぁ~。そんなに見つめて。アペルくんには大切な、大切な旦那様♡がいるのに~」


狂ったような独り言を垂れ流しながら、アペルは一人で悶えている。


その隙に、ミツキは震える右手で腰のナイフを抜き、逆手に握りしめた。


「あ~~ん、旦那様。アペルくん、他の男からいやらしい目で見られてま~す! ま、旦那様がいやらしい目で見てくれたことなんて、ちょっとしかないんですけどねぇ……」


「だははははははははッッッ!!」


とアペルは一人で喋って、一人で笑う。


路地裏に耳を(つんざ)く高笑いが響き渡った。


だが、笑いは一瞬で止まる。

アペルは冷酷な目でミツキを見下ろすと、槍を高く振り上げた。


「さ~て。さっさと終わらせて戻らなきゃ。旦那様の隣にいるのは、このアペルくんであって、あんなクソ雌猿じゃないんですからねっ!」


空気を切り裂き、槍の穂先がミツキの頭上へ振り下ろされる。


死の直前、ミツキは残った力を右腕に込め、全力で突き出した。


「……っ!」


槍が届くよりも早く、ミツキのナイフがアペルの右太ももに深く、根元まで突き刺さった。


ミツキは前のめりになりながら、渾身の力でナイフを突き立てた。


だが、その無理な体勢が仇となる。


アペルが振り下ろした槍の刃は、頭こそ逸れたものの、逃げ場のない背中へと深く突き刺さった。


「あ、がっ……!」


背後から強烈な衝撃が走り、肺の空気が強制的に押し出される。


対するアペルは、太ももを刺されているというのに、顔色ひとつ変えず余裕を保っていた。


「やっだァ~~。もしかしてぇ、アペルくん、刺されちゃってたりしますぅ? え~もぉ~おバカな子うさぎですねぇ……」


語尾の温度が、急激に冷え切る。


「……本当に」


その低く重い声には、拭いきれない怒りが混じっていた。


アペルは右足にナイフが刺さったまま、何の躊躇もなくその足でミツキの下顎を蹴り上げる。


ゴンッ、と鈍い音が脳を揺らした。


ミツキは受け身も取れず後ろへ倒れ込み、石畳に後頭部を打ちつける。


火花が散る視界の中で、追い打ちをかけるように衝撃が降ってきた。


アペルがミツキの胸の上に、ドスンと腰を下ろしたのだ。


「がはっ……ひゅ、……っ」


肺が容赦なく押し潰され、呼吸が止まる。


ミシミシと肋骨が悲鳴を上げ、折れる寸前の不快な振動が全身に伝わった。


「一応平気そうにしてますけど、痛いんですよ? 刺されたら」


アペルは自身の太ももから、濡れたナイフを引き抜いた。


(……くそ、痛すぎて意識が……。一度『死んで』リセット……いや、ダメだ。僕が死んでる間に、こいつが何をするか……!)


ミツキが痛みに耐えながら必死に抵抗しようと右手を伸ばした瞬間、そのナイフが容赦なく振り下ろされる。


「ぎああああああッッッ!!」


鋭い刃がミツキの手の甲を貫き、そのまま地面の隙間に深々と固定した。


骨を割り、神経をズタズタに切り裂く激痛。


あまりの痛みに叫び声を上げるが、アペルの黒い手袋がその口を力任せに塞いだ。


「シー、シー。静かに。すぐそこは人通りの多い道ですよ?」


アペルは右手の人差し指を自身の仮面の上から当て、愉悦に満ちた声を出す。


「叫び声を聞いて、馬鹿な正義感を持った一般人がやって来て……一緒に殺されてもいいって言うのなら、どうぞ叫び散らかしてくださいね」


ゆっくりと手が離される。


ミツキは喉の奥まで出かかった悲鳴を、血の味がするほど奥歯を噛み締めて飲み込んだ。


脂汗が溢れ、視界が涙で(にじ)む。


逃げ場のない路地裏で、静寂と激痛だけが支配していた。


震えるミツキを見て、アペルは満足そうに「よろしい」と呟いた。


奪い取ったナイフを逆手に持ち替え、ミツキの喉元へと押し当てる。


じり、と冷たい刃が食い込む。唾を飲み込むことすら命がけだ。


首筋を伝う熱い液体が、ナイフに付着したアペルの返り血なのか、それとも自分の皮膚が裂け、溢れ出した血なのかも分からない。


「子うさぎの捕獲。思ったより、簡単でしたね」


アペルはそのままナイフを突き立てる……かと思いきや、ふっと刃を離し、「そうそう」と無邪気に首を傾げた。


「殺す前に聞いておきたいんですがぁ。あなた、死んだら傷が全回復して生き返るんですよね?……それって、喉にナイフが刺さったままだと、どうなるんですか?」


純粋な疑問。それが何より恐ろしい。


「しっ……知らない……」


掠れた声で答えるのが精一杯だった。


実際、喉などの致命傷に武器が残ったまま蘇生した経験はない。


おそらく、傷を塞げないまま「死」と「生」の境界で永遠に苦しみ続けるのではないか。


もしそうなれば、アペルの言う「捕獲」が現実のものとなってしまう。


(……なんとかして、逃げないと)


脳内で必死に策を練る。


戦うか、逃げるか、応援を呼ぶか。


だが、逃げればアペルは間違いなく近くの一般人を襲い、「あなたのせいでこうなった」と笑いながらなぶり殺しにするだろう。


応援を呼ぼうにも、スマホはズボンの後ろポケット。


右手を地面に縫い付けられた今の状態では、取り出すことすら叶わない。


ミツキが葛藤している間、アペルも自分の中で結論が出たようだった。


彼は再びナイフをミツキの喉に突き立てると、今度は一切の温度を排した、低い声で囁いた。


「変な抵抗をして、これ以上時間をかけさせたら……ダルマにしますよ? あ、もちろん死なないように、止血処置は丁寧にしてあげますから」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


手足を切り落とす、という宣言。


「アペルくんの体は旦那様のものなのに、あなたみたいなゴミに傷をつけられて、すっごく腹が立ってるんです。さっさと帰って綺麗にしたいんですよ。……手間をかけさせないでもらえます?」


「ね?」


最後の一言と共に、刃の先がわずかに喉の奥へ沈んだ。


底知れない殺意と暴力の予感。ミツキの思考は真っ白に染まり、ただ恐怖に支配された。


恐怖のせいか、それとも冷気のせいか。


ミツキの体は芯から冷え切り、歯の根が合わずカチカチと音を立てた。


吐き出す息は、春とは思えないほど白く凍っている。


「……めんどくさい……」


アペルがいら立ちを露わに呟いた。


数秒遅れてミツキも気づく。


空から、場違いな雪が舞い落ちていた。


「ああ、もう本当に嫌だ! 面倒くさい! いない時を見計らったのに……クソッ! イライラする!」


アペルはフードの上から、頭をかきむしり、声を荒らげる。


「生き返るたびに殺せばいい。もう効率なんてどうでもいい! さっさと終わらせて、旦那様の元へ帰る!」


迷いはなかった。


アペルはナイフを高く振り上げ、ミツキの喉首めがけて一気に振り下ろす。


だが、その刃が届く直前、ミツキの喉を覆うように鋭い氷の盾が展開した。


「チッ!」


アペルは舌打ちし、刃の折れたナイフを投げ捨てる。


そのまま氷の盾を拳で粉砕すると、ミツキの喉を両手で力任せに締め上げた。


「カッ……ガハッ……!」


酸素が遮断され、視界の端が火花のように点滅する。


手足が痺れ、意識が深い闇へと沈みかけた、その時。


宙に三本の氷柱が形成され、鋭い弾丸となってアペルを襲った。


アペルは反射的にミツキを放し、迫りくる氷柱のうち二本を拳で叩き割る。


残る一本を大きく後ろに跳んで回避したが、その氷柱は生き物のように空中で軌道を変え、再びアペルの腹を狙った。


着地して応戦しようとしたアペルの動きが止まる。


いつの間にか、彼の左足首が地面と一体化するように凍りついていた。


「……は? 死ねや」


憎悪に満ちた声が漏れる。


逃げ場を失ったアペルの腹部を、巨大な氷柱が深々と貫いた。


透明な氷が肉を裂き、内臓を突き破る。


溢れ出した鮮血が氷柱を伝い、透き通った結晶をどろりとした赤色に染め上げていく。


「イッ……てェェェェェなぁっ!!」


アペルが叫び、右手をかざすと、転がっていた槍が磁石に吸い寄せられるようにその手へ戻った。


姿なき敵を屠るべく槍を振りかぶるが、それよりも早く、舞い落ちる雪の一片が小さな氷の棘へと変貌する。


ピキリ、と音がした。


棘が刺さった右手を起点に、アペルの手首から槍の柄までが瞬時に凍結し、白く粉を吹いた。


「……諦めるなら、見逃すけど」


積もった雪が渦を巻き、一人の形を成していく。


そこに現れたのは、白銀の髪を持つ「雪豹」だった。


雪豹アペルの出血や槍には目もくれず、ただ、感情の抜け落ちた淡い緑色の瞳で標的を見つめている。


「……ほざくなよ……っ」


血を吐きながらもアペルは毒づく。


「……そ」


雪豹が静かに、まるでゴミを処理するかのような無機質な声で一言放つ。


次の瞬間、アペルの体内から無数の氷の棘が外側に向かって突き出した。


肉を突き破り、皮膚を割って現れた氷柱には、赤白く混ざり合った肉片と血管がこびりついている。


アペルの体はまるで無残なオブジェのように固定され、そのまま血溜まりの中へと崩れ落ちた。


雪豹は返り血の一滴さえ浴びることなく、死体には視線すら向けない。


ただ、地面に伏し、虚ろな瞳で空を見上げるミツキへと、静寂そのもののような足取りで歩み寄る。


息は絶え絶え。意識の境界線にいるミツキに、雪豹は静かに声をかけた。


「……初めまして……」


天衡隊 第四部隊、享楽(きょうらく)リオ。


『訪れる地に雪を降らせ、去る頃に残るのは氷像と白銀の景色だけ』


真偽不明の噂が囁かれる、冷酷な「雪豹」がそこに立っていた。

次回第7話は3月26日に投稿です。

2日間に分けて番外編をお送りします。

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