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LEPUS  作者: 杠まさよし
5/6

第5話 「ときにははボタンが銃弾になることもある」

簡単な前回のあらすじ

シオン、突然の説明放棄。


【舞台裏】という名の番外編もついてるので、結構長くなっちゃたんだぜ。

「ねぇ、ひとつ聞いていい?」


第二部隊の執務室前。


ドアノブに手をかけたシオンが、背後のミツキに振り返った。


「君って、撃たれたら死ぬタイプ?」


「え、あ、うん……」


真面目な顔で聞かれ、ミツキは困惑しながらも頷いた。


死んでも生き返る能力はあるが、致命傷を負えば一度は「死ぬ」のだ。


「奇遇だね。俺も死ぬんだ」


シオンは満足げに頷くと、ミツキの背中をぐいと押した。


「じゃ、お先にどうぞ」


「待って、今から撃たれるの!?」


シオンは答えない。


ミツキは諦めてドアを開けた。


どうせ死んでも生き返る。自分が犠牲になればいいのだ。


「もう、これ! 閉まってよ、閉まれーーッ!」


パァンッ!!


甲高い声と破裂音が響いた瞬間、ミツキの額に衝撃が走った。


何が起きたか理解するよりも早く、視界は真っ暗に染まった。


────── ────── ──────


「……本当に大丈夫? ごめんね。痛かったよね?」


「いえ、大丈夫です」


一人掛けのソファに座るミツキの額には、ど真ん中に小さなたんこぶができていた。


(死んだら傷は全部治るはずなのに、たんこぶが残ってるってことは……僕、ボタンが当たったショックでただ気絶してただけか)


自分の情けなさに内心でこっそりツッコミを入れつつ、ミツキはジンジンと痛む額をそっと撫でた。


それを申し訳なさそうに見つめるのは、低い机を挟んで、向かい側の一人がけ用ソファに座る、天衡隊てんこうたい第二部隊の副隊長、虚月きょげつルナだ。


胸元まである黒髪にピンクのインナーカラー、耳元で揺れる雫型のローズクォーツが、白衣姿の彼女によく似合っている。


苗字から察した通り、彼女はシオンの兄の妻、つまり義姉にあたる人物だった。


「まさかあんな勢いで、ボタンが弾け飛ぶなんて思わなくて……」


事の真相はこうだ。


ミツキが扉を開けた瞬間、ルナが無理やり閉めようとしていた「服のボタン」が弾け飛び、彼の額を直撃したらしい。


ちなみにその服は彼女のものではなく、ミツキの気絶中にどこかに行った第二部隊隊長のもの。


どこのボタンが弾け飛んだのか、ミツキはあえて聞かないことにした。


「……ところでシオンくん。どうしてボタンが飛んでくるって分かったの?」


デスクで呑気にお茶を(すす)っているシオンに尋ねると、彼は短く「勘かな」とだけ答えた。


その(かたわ)らでは、なぜか先ほどからユイカとユイが、鋭い視線をミツキに向けている。


「ねえミツキ、首のそれはどうしたの? 赤い跡が見えるけれど」


ルナの言葉に、ミツキは不思議そうに自分の首筋に触れた。


指先に小さなくぼみのような感触を覚え、なぞってみると——。


「あ、痛っ……!」


チクリとした痛みに思わず手を離す。


指先を見ると、うっすらと血が滲んでいた。


「待って、あまり触っちゃダメ。よく見せて」


ルナが立ち上がり、ミツキの顔を覗き込む。


その表情が、副隊長のそれへと一変した。


「……これ、噛み跡じゃない?」


「へっ!? 噛み跡……!?」


思いもよらない言葉に、ミツキは困惑する。


ルナは傷口を慎重に観察しながら続けた。


「歯型の形からして、人間……。少し犬歯が鋭いけれど、間違いなく人が噛んだ跡ね」


「そんな、知らないですよ! 噛まれた記憶なんて……」


パニックになりかけるミツキの脳裏に、ふと、あの廃ビルで出会った「狼の面を被った人物」の姿がよぎった。


「あ……確かに、噛まれたような記憶はある、かも……」


「やっぱりアンタ、あのチビといやらしい事してやがったな! ブチ殺してやる!!」


ミツキの言葉が終わるより早く、ユイカが激昂(げきこう)した。


デスクの方では、なぜか銃を構えたユイカにシオンが襲撃されるという、カオスな光景が広がっている。


「冤罪だって! 俺は何もしてない!」


「こらっ、やめなさい!」


ルナの鋭い一喝が飛び、室内を襲った(?)嵐は一瞬で鎮火された。


ユイカは怒りが収まらない様子でデスクに戻ったものの、その手にはまだしっかりと銃が握られていた。


「誰に噛まれたか……心当たりはある?」


ルナが穏やかな声でミツキに尋ねる。


ミツキは記憶を辿りながら、シオンと共に向かった初任務について話し始めた。


狼の面を被った「役者」と呼ばれる存在と出会ったこと。


戦闘の最中、二度目の死を与えられる間際に首筋を噛みつかれたこと。


「……という状況だったんです。でも、その後に一度死んでいるので、傷はすべて治っているはずなんです。跡が残るなんて、普通はあり得ません」


ミツキの説明を聞いて、ユイカが再びシオンに銃口を向けた。


「や〜っぱり。チビが気絶している間に、アンタが噛み付いたんでしょ?」


「マジで何もしてないって。俺がそんなことする奴に見える?」


「……じゃあ、リオに『噛み付いていいよ』って首筋を晒されたら、あんた噛み付く?」


ユイカの冷ややかな問いに、シオンは真顔で即答した。


「そりゃ喜んで!」


バァッン! バァッン!


鼓膜を震わせる二発の銃声。


シオンの頬を掠めた弾丸が、背後の壁に綺麗な円形の穴を穿うがった。


室内に重苦しい沈黙が流れる。


ユイカは無言で立ち上がると、低く冷徹な声を絞り出した。


「……死ねっ!」


吐き捨てるように言い残し、彼女は部屋を飛び出していく。


ユイも慌てて、姉の背中を追うように出て行った。


再び静まり返った室内。


シオンはおもむろに立ち上がると、何も言わずに小走りで部屋から出て行った。


ドタバタと三人が去っていった後、部屋にはしんと静かな時間が流れた。


ルナはため息を一つつくと、穏やかな微笑みをミツキに向ける。


「さて……とりあえず、私の能力で診てみるわね」


「あ、はい。お願いします」


ルナは迷いのない手つきで、ミツキの首筋にそっと手をかざした。


すると、彼女の手のひらから温かな光を放つ、淡い黄色の粒子が溢れ出した。


光の粒は生き物のようにミツキの首元に集まり、傷口を優しく包み込んでいく。


だが、数分が経過しても、ミツキの首に刻まれた噛み跡が消える気配はなかった。


「……治らない?」


ルナが不思議そうに呟き、かざしていた手を下ろした。


その瞳には、隠しきれない困惑の色が浮かんでいる。


「死んでさえいなければ、どんな傷でも完全に治せるはずなのに。こんなこと、今まで一度もなかったわ……」


「えっ。じゃあ、僕のこの傷、どうなっちゃうんですか?」


専門家である彼女の「治せない」という言葉に、ミツキは一気に不安を募らせる。


ルナはしばらく考え込むように顎に手を当てていたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。


「……アノン隊長に聞いてみる? あの人なら、何か分かるかもしれないわ」


その提案に、ミツキは藁をも掴む思いで頷いた。


────── ────── ──────


───第三部隊 応接室にて。



「ふぅん。狼に噛み付かれた……ね……」


長ソファに座るミツキの隣で、彼の首筋を興味深そうに観察する女性がいた。


肩まである綺麗な金髪を三つ編みのハーフアップにまとめ、アテナの葉を模したバレッタを留めている。


澄んだアイスブルーの瞳が印象的な彼女は、隊服の上から無造作に黒上着を羽織っていた。


天衡隊 第三部隊 隊長、虚月きょげつアノン。


その若々しい容姿からは信じられないが、彼女はシオンの姉……ではなく、母親だという。


二十代後半と言われても納得してしまいそうなほど、その肌にはシワひとつなく、艶やかな金髪には白髪の一本も見当たらない。


至近距離で見つめられる圧に、ミツキは思わずドギマギしてしまう。


「……なにか分かりましたか?」


低い机を挟んで、向かい側のソファに座るルナがおずおずと尋ねた。


「ええ。色々と、面白いことが分かったわ」


アノンは満足げにミツキから離れ、ソファに深く座り直した。


「まず、その噛み跡は『マーキング』ね」


「ま、マーキング?」


聞き慣れない言葉に、ミツキは不思議そうに首を傾げた。


「それって……犬が電柱にオシッコする、みたいなやつですか?」


「ふふ、人間だってマーキングくらいするわよ」


「えっ!? 人間も電柱にオシッコするんですか!?」


衝撃の新事実に、ミツキは目を見開く。


「電柱にじゃなくて、人が人に、よ。ほら、例えば、愛する人へのキ……」


「わあああああっ!! アノン隊長! 純情な新人に変な知識を吹き込まないでください!」


アノンが核心(?)に触れようとした瞬間、ルナが慌てて身を乗り出し、ミツキの両耳を両手でバシッと塞ぎながら大声で遮った。


「お願いですから、ミツキの噛み跡が付けられた『本当の理由』を教えてください!!」


「簡単に言えば、あなたは狼に目をつけられたのよ。……『餌』としてね」


アノンは事もなげに言い放つ。


「他の天敵たちに『これは自分の獲物だから手を出すな』って、独占欲を込めた牽制けんせいの意味もあるわね」


「……ずっと気になっていたんですけど、なぜあの時、僕を連れ去らずに放置したんでしょうか? シオンくんが来たからですか?」


首を噛みつかれ、一度命を落としたあの日。


犯人である『狼』は、ミツキの再生能力を「無限に食べられる食材」として喜んでいたはずだ。


なのに、なぜわざわざ獲物を置いて去ったのか。


「あなたが覚えている会話から察するに、答えは『順番じゃないから』でしょうね」


「順番……?」


「そう、フルコースよ。料理には出す順番があるでしょ? 基本的にデザートは最後。あなたは狼にとっての『とっておきのデザート』だった。まだ食べるタイミングじゃなかったから放置した……でも誰かに盗られるのは嫌だから、マーキングだけ済ませておいた。そんなところじゃないかしら」


アノンの淡々とした解説を聞き、ミツキの顔から血の気が引いていく。


「え……それって、僕が食べられることは決定事項なんですか?」


「まあ、このままだとね」


あまりに軽い肯定。


ミツキは真っ青に言葉を失った。


「……傷が治らない理由は、何故でしょうか?」


ルナの問いに、アノンは少し面倒そうに溜息をつく。


「マーキングなんだから、簡単に消えたら意味がないでしょ。自分の付けた跡が絶対に消えない能力か、あるいは呪いの類か。いずれにせよ、その狼を殺さない限り跡は消えないし、あなたはいつか『完食』されるでしょうね」


「ひえっ、ひええええええっっ!」


絶望のあまり、ミツキの口から情けない悲鳴が漏れた。


「……もういいかしら。面白い話は聞けたけれど、入隊式の騒ぎもあって、さすがに少し疲れたわ」


アノンはそう言うと、背もたれに深く体を預け、大きく息を吐き出した。


隊長としての威厳よりも、一人の母親としての(あるいは単なる「疲れ」としての)素顔が覗く。


「あ、お疲れのところ申し訳ありませんでした。入隊式……本当に、いろいろありましたものね」


ルナは慌てて立ち上がると、ショックで魂が抜けたように青ざめているミツキの肩を抱き、半ば強引に立たせた。


「ありがとうございました。失礼いたします」


深々と一礼し、ルナは足取りの覚束おぼつかないミツキを連れて、応接室を後にした。


残されたのは、首筋に刻まれた消えない『マーキング』。


狼のデザートとして「予約」されてしまったミツキの運命は、果たして。


完食されるのが先か、それとも――。




【舞台裏】慰めるシオン


「ユイカ、待てって! ユイカ!」


建物の外、早足で遠ざかるユイカの背中を追う。


彼女に必死に追いつこうと歩くユイが、疲労からか足をもたつかせているのが見えた。


俺は慌ててユイの手を取り、二人へと追いつく。


「ユイカっ!」


たまらず彼女の肩を掴むが、即座に鋭い声が飛んできた。


「触んなボケ! 死ね!」


ユイカは俺の手を激しく振り払う。


それでも引かずに、今度は逃がさないよう強くその腕を掴むと、ようやく彼女の足が止まった。


「死ね! 触るな! このクソ浮気野郎! 私にも、ユイにもその汚い手で触んじゃねえ!」


ユイカは狂ったように暴れ、俺の手を振りほどこうともがく。


だが、乱れた髪の隙間から見えた彼女の瞳には、今にも零れ落ちそうな大粒の涙が溜まっていた。


「……待て、悪かった。俺が悪かったから。一旦落ち着こう」


掴んでいた腕から力を抜くと同時に、彼女が再び逃げ出すより早く、その身体を背中から抱き寄せた。


「なっ……離せっ、離せって……!」


最初は抵抗していたユイカだったが、やがてその力も弱まっていく。


それを見ていたユイが、羨ましそうに、おずおずと近づいてくるのが分かった。


俺は空いたもう片方の腕を伸ばし、双子の身体をまとめて、静かに抱きしめた。


「死ね……死ねよ……浮気野郎……」


ユイカの声はまだ震えているが、俺を拒絶する力はもう入っていない。


俺は彼女たちを離さないまま、言葉を続けた。


「いい、まず落ち着いて聞いて。俺はミツキに噛み跡なんてつけてない。ここ、テストに出るくらい重要だから」


まずは一番大切な潔白を、真っ直ぐに伝える。


「もし、もしもだぞ? リオに誘われたとしても……誘われたとしても……さそ……」


――脳内シミュレーション。


もしリオに「首、噛んでもいいよ」なんて首筋をさらけ出されたら……。


理性が秒で溶けて飛びつく自分の姿が、あまりにも鮮明に浮かぶ。


吸血鬼じゃないし、そんな趣味もなかったはずなのに。


リオの前で平常心を保てる自信が、微塵(みじん)も湧いてこない。


「……誘われたとしても、何よ」


ユイカのトーンが、一段階低くなった。


「さ、誘われ……誘われたとしても……か、噛みつか……ない、し……たぶん……」


その言葉が言い切られるより早く、腕の中にいたユイカの気配が、殺意を伴って反転した。


――ドゴォッ!!


密着した状態からの、容赦のない強烈な肘打ち。


胃の()に鉛の塊を叩き込まれたような重い衝撃が走り、俺の腕からあっさりと双子が抜け出す。


「が、はっ……!?」


肺の中の空気が一気に絞り出され、喉の奥でひきつった音が鳴る。


視界がチカチカと明滅(めいめつ)し、遅れてやってきた焼けるような熱い痛みが腹部の中心から全身へと波及した。


横隔膜が痙攣し、吸おうとしても空気が入ってこない。


俺は糸の切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。


倒れ込む直前、双子はすでに俺から冷ややかに距離を取っていた。


「腹パン一発で済んだことに感謝しなさい!」


「……最低だよ、シオン」


普段は絶対にそんなことを言わない大人しいユイまでもが、氷のような視線を投げてくる。


物理的な痛みよりも、その冷たい一言が俺の心を深く抉った。


二人は悶絶し、酸素を求めて金魚のように口をパクパクさせている俺を置き去りにして、今度こそ迷いのない足取りで去っていった。


砂利の地面に顔を伏せたまま、俺は指先まで痺れるような鈍痛に耐える。


……ああ、これ、明日には絶対どす黒いアザになるやつだ。


去っていく二人の足音を遠くに聞きながら、俺はただ、自分の愚かさと腹の痛みを噛み締めるしかなかった。

簡単な次回のあらすじ

超絶クレイジー!ハチャメチャなわんぱくヤギさんがやってくるぞ!


第6話 3月23日 18時~19時の間に投稿。

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