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LEPUS  作者: 杠まさよし
3/6

第3話 「デザートを最初に食べてもいいとは思う」

⚠︎本作には暴力描写・流血・グロ描写があります⚠︎


【舞台裏】という名の番外編もつけたら、5000字超えました…分けても良かったけど、「ま、ええか!」の精神でいったら、こうなりました…。

四階には何もいなかった。続く五階。


長い廊下に、ドアの取り外された部屋が等間隔(とうかんかく)に並んでいる。


手前の部屋を覗き込むと、そこは荒れ果てた会議室だった。


外れかけたホワイトボード、倒れた椅子、埃を被った長机。


その奥で、黒い影が背を向け、ボリボリと何かをむさぼっている。


魔物にしては小さいが、油断はできない。


シオンを呼びに戻ろうと、後ろに一歩下がった瞬間だった。


──コンッ。


(かかと)が小石を弾き、壁に当たって乾いた音が響く。


影が弾かれたように振り返った。


薄暗がりの中、獲物を見つけた金色の瞳と目が合う。


階段へ向かって、全力で地面を蹴った。


「へ…………?」


だが、次の瞬間。

視界の端で黒い影がブレたかと思うと、軸足(じくあし)に鋭い衝撃が走った。


踏み出そうとした両足を背後から力強く刈り取られ、体ごと不自然に宙に浮く感覚に襲われた。


見えていたはずの階段が消え、視界にはただ、地面が猛スピードで迫っていた。


「……っ!」


顔面が硬い床に叩きつけられる。


鈍い衝撃が脳を揺らし、鼻の奥が焼けるように熱くなった。


体勢を立て直そうとするより早く、背中に強烈な重みが乗る。


両腕を後ろ手にねじり上げられ、ミツキは完全に自由を奪われた。


地面にポタポタと赤い雫が落ちる。


口の中には砂利のざらつきと、えぐみのある鉄の味が広がった。


パニックで呼吸が浅くなる。


乱れる思考を必死に抑え込み、脂汗を流しながら、わずかに首を後ろへ巡らせた。


そこにいたのは、魔物ではなかった。


黒ずくめの服。深く被ったフード。


その下で、鼻から上を覆う「狼の面」がミツキを見下ろしている。


男か女かもわからない。


だが、その口元には――どろりと赤い液体がこびりついていた。


それが「血」であると、認めたくはなかった。


けれど、最悪の答えが頭をよぎる。


(人喰いの魔物じゃない。人喰いの……人間が、ここにいる?)


背筋を氷でなぞられたような感覚に襲われ、ミツキの震えが止まらなくなった。


狼が、ゆっくりと口を開いた。


「美味しそうな、匂い。食べられに来た、の? 子うさぎちゃん」


男とも女ともつかない、不気味に透き通った声が耳元で跳ねる。


ところどころで、言葉を区切る、変わった話し方をする。


「ちょうど、よかった。メインディッシュが、欲しかったんだ。……子うさぎの、肉、いただきます」


獣のような呼気が首筋にかかる。


狼のあぎとが、ミツキの喉笛を目がけて大きく開かれた。


「ふんっ、ぬぅぅッッ!!」


死に物狂いで上半身を反らし、渾身の力で後頭部を突き上げた。


ゴッ、という鈍い衝撃。ミツキの後頭部が、狼の面に深くめり込む。


「ぐっ……!」


拘束がわずかに緩んだ。


その隙を、ミツキは逃さない。


強引に身を翻し、相手の襟首を掴んで壁へと叩きつけた。


その隙に跳ねるように立ち上がり、階段へと走り出す。


「シ、シオ……ッ!」


大声で名を呼ぼうとした瞬間、背後から伸びた手が強引にその声を掻き消した。


「シー、シー。ダメだ、よ。食事が、逃げようなん、て」


壁に叩きつけたはずの狼が、いつの間にか背後に回っていた。


(……速すぎる!)


恐怖で指先が震える。


ミツキは必死に手を伸ばし、ベルトのケースからナイフを引き抜こうとした。その瞬間――。


「あぁ、ちょうど、いい。そのまま、かじるのもいい、けど、メインディッシュ、だもん。丁寧に、切り分けなきゃ」


耳元で囁かれると同時に、ナイフを奪い取られた。


銀光がはしる。


狼は奪ったナイフを、ミツキの左肩へ容赦なく深く突き立てた。


「~~~~~ッ!!!」


口を塞がれ、まともな悲鳴すら上げられない。


左肩を貫く、えぐるような激痛。


傷口から熱い血が溢れ出し、焼けるような熱が全身に回っていく。


視界が激しく火花を散らした。


狼はナイフを容赦なく引き抜き、刃にこびりついた血をゆっくりと舐めとった。


「……うん。少し、甘みが強い、かな。でも、甘いソースを、かけた肉も、悪くないよね」


満足げな呟きと共に、銀光(ぎんびかり)が再び奔る。


今度はミツキの左胸へ、深く、深々とナイフが突き立てられた。


「……あ……」


口を塞ぐ手を振り払おうとしていたミツキの腕から、一気に力が抜ける。


重い(まぶた)が落ち、だらりと両手が地面に投げ出された。


「生きたままの、方が、肉は柔らかい、けど、暴れられると、面倒だしね」


狼はニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、胸からナイフを引き抜く。


抵抗しなくなったミツキを仰向けに転がした。


「もう一人、下にいる、みたい。……そっちは生きたまま、食べようかな。じゃあ、まずは君から。いただきます」


内臓から喰らおうと、ナイフの切っ先をミツキの腹部へ向ける。


だが、その手が止まった。


「……ん……?」


死んだはずのミツキの胸が、微かに、本当に微かに上下した。


狼はその僅かな生命の(きざ)しを見逃さない。


確実に仕留めたはずだ。


その確信を裏切る微かな呼吸に、狼の眉が跳ねる。


疑問を抱くより早く、今度こそ息の根を止めるべく、ナイフの矛先を喉元へと向け直した。


喉を貫く寸前、ミツキは左手を突き出した。


肉を裂く鈍い音。手のひらを、鋭い刃が貫通した。


「……ッ、う、ぅぅ……!」


絶叫を喉の奥で押し殺す。


手のひらを貫いたままの刃を盾にして、ミツキは渾身の力で右拳を突き出した。


狙いは狼の喉元だ。


「ガハッ、……カハッ……!」


不意を突かれた狼が、喉を抑えて激しく咳き込む。


拘束が緩んだ隙に身を(ひるがえ)し、左手にナイフが突き刺さったまま、ミツキは大きく距離を取った。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


激痛で視界が歪む。


ミツキは歯を食いしばり、震える手で左手の柄を掴むと、一気にナイフを引き抜いた。


噴き出す熱い血。


涙が溢れるほどの痛みが走るが、今は止まっている暇はない。


(シオンくんを呼びたい……。でも、彼の身に万が一があったら…)


実力差は歴然だ。

普通に戦えば、今度こそ殺されるだろう。


だが、ミツキには唯一の武器がある。死んでも蘇る『復活』の能力だ。


(……やってやる。死んでも、何度でも立ち上がってやる。捨て身の『不死身戦法』だ……!)


恐怖をヤケクソな覚悟で塗りつぶし、ミツキは返り血を浴びた手でナイフを構え直した。


「……死んだ、はずなのに。もしかして、傷を治して、生き返る、タイプの能力?」


狼はまだ少し咳き込みながらも、ゆっくりと立ち上がった。


「……そうだよ。だから、僕を殺そうなんて無駄だ──」


「素晴らしいッ!!」


突如として響いた狼の歓喜の声に、ミツキは言葉を失った。


「すごい! なんて素晴らしい能力なんだ! ありがとう、出会えてよかった! 子うさぎちゃん、キミに出会えて本当に嬉しいよ!」


金色の瞳をキラキラと輝かせ、狼は子供のように無邪気にはしゃぎ始めた。


困惑し、声も出せないミツキを置いて、狼は独り言のようにまくし立てる。


「食べることは大好きだけど、デザートを食べるのは嫌いなんだ。だって、それを食べ終えたら食事が終わってしまうから。でも、子うさぎちゃん、君は食べても生き返る! しかも傷を治して!」


狼はその場で、ゆらゆらと小躍りを始めた。


「つまり、一生デザートを楽しめるってことだよね! 終わらない食事、無限のフルコース! なんて素晴らしいんだ! もっと早く出会いたかったよ……さて」


言い終えた瞬間、場を満たしていた熱狂が、凍りつくような殺意に塗り替えられた。


無邪気な子供の顔は消え、そこには冷酷な「捕食者」の顔があった。


ナイフを構えようとした瞬間には、すでに仰向けに倒れていた。


宙を舞った感覚も、後頭部を打ち付けた衝撃すらない。


ただ、気がついた時には視界が天井に切り替わっていた。


理解が追いつくより早く、狼がミツキにのしかかる。


そのあぎとが大きく開かれ、剥き出しの牙が首筋へと深く食い込んだ。


「あ、が……ッ! ぎ、あああぁッ!!!」


あまりの痛みに喉が鳴る。


ミツキは震える手で狼の背にナイフを突き立てようとした。


だが、振り下ろす直前――抗いようのない強烈な眠気に襲われた。


急速に体温を奪われるような、泥濘ぬかるみに沈むような感覚。


ナイフを握る指先から力が抜け、視界が真っ黒に塗り潰される。


何一つ抗えぬまま、ミツキの意識は闇へと落ちた。


────── ────── ──────


「……ツキッ……ミツ……キ……ミツキ!」


激しく肩を揺さぶられる感覚。


遠くで響いていたシオンの声が、急に耳元で鮮明になった。


重い(まぶた)を押し上げると、そこには血の気を引かせ、必死の形相で自分を見下ろすシオンがいた。


死の淵から生へと、無理やり引き戻されたような不快な浮遊感。


脳を内側から金槌で叩かれるような、鋭い痛みが突き抜ける。


「ミツキ、大丈夫!? 三階まで見終えて上がってきたら、君が倒れてて……」


「……狼……狼が……うっ……」


警告を口にしようと上体を起こした、その瞬間だった。


胃の底からせり上がる、抗いようのない強烈な吐き気に襲われる。


「お、……お゛ぇぇぇぇッ!!」


抑える間もなかった。


自分の膝に、熱を帯びた中身をぶちまける。


呼吸が整わない。視界が激しく点滅していた。


吐瀉物としゃぶつには、わずかに赤が混じっていた。


「血……!? ミツキ、しっかりしろ! 大丈夫なわけないよね……ごめん、すぐ手当てするから!」


シオンは焦燥感を滲ませた声で言い、手際よく隊服の上着を脱いだ。


「とにかく一度、天衡隊てんこうたいに戻ろう。歩ける? いや、無理だな。俺が背負う!」


「……狼が……どこかに……」


ミツキは朦朧もうろうとする視界で辺りを見渡す。


だが、そこには誰もいない。


隠れているのか、それとも去ったのか。


殺気どころか、気配すら感じられなかった。


「狼? ……大丈夫だよ。ここには俺ら以外、だれもいない」


シオンは周囲を鋭く警戒しながらも、汚れを隠すように自分の上着をミツキの腰に巻きつける。


「狼の、面を……」


説明しようとした瞬間、再び胃の底が跳ねた。


シオンを汚さないよう咄嗟に横を向き、地面にすべてをぶちまける。


混じっていたのは、鮮血と苦い胃液。


頭を直接殴られているような激痛が、絶え間なく脳を揺らす。


「……おおかみ……が……」


力なく呟き、ミツキの体から芯が抜けた。


支えようとするシオンの腕の中で、ミツキの意識は再び深い闇へと沈んでいった。




【舞台裏】シオンは何をしていたのか?


一階から三階まで探したが、ミツキが降りてくる気配はない。


俺はそのまま上の階へと足を進めた。


「え? 今すぐ戻れって?」


四階の薄汚れた廊下を進み、一応、左右の部屋を軽く覗き込んで気配がないか確認しながら、俺は第二部隊の隊長と電話をしていた。


「……いや、今は任務中だよ。ミツキはもともと第四部隊の人間だし、あっちの隊長からも『すぐに実戦へ放り込め』って言われてるし、入隊式だって、もう終わりかけだったし……」


スマホから漏れる怒号に、思わず顔をしかめる。


「うわ、パワハラ。義姉(ねぇ)ちゃんに言いつけちゃお。嫌われるよ?」


さらに激しくなった罵声に、俺はスマホを耳から離した。


「……はいはい、俺が悪かったで~す。任務が終わり次第、すぐ帰りま~す」


最後は舌打ちとともに、一方的に通話が切れた。


俺はため息をつき、五階へと続く階段を上がる。


だが、五階に着いた瞬間、俺は息を呑んだ。


廊下に、ミツキが仰向けで倒れていた。


「ミツキ!?」


駆け寄ろうとして、その凄惨な姿に足が止まる。


胸元からへその下までが、ざっくりと切り開かれていた。


中身は空っぽだ。


内臓も骨もない。


血さえ、わずかしか流れていない。


だが、彼の『死んでも生き返る能力』は、すでに発動しているようだった。


切り口から新しい内臓が、じわじわと形作られていくのが見えた。


ひとまず再生が始まっているなら大丈夫だろう。


俺は思考を切り替え、すぐ近くの部屋へと踏み込んだ。


ここにも魔物の気配があったはずだ。


部屋の奥には、魔物の死骸が転がっていた。


近づいて検分すると、それは無残にバラバラにされ、あたり一面に肉片と血がぶちまけられている。


それは巨大な顎で噛み砕かれたように無残に引き裂かれ、食い散らかされていた。


あたり一面に肉片と血がぶちまけられている。


「……何がどうなってんだ、これ」


全く状況が掴めない。


通話をしていたとはいえ、魔物を細切れにするほどの激戦があったのなら、それなりの戦闘音が聞こえてくるはずだ。


だが、俺の耳には何の音も届いていなかった。


顎に手を添え、現場を詳しく調べようとしたその時。


ズボンのポケットでスマホが震えた。


「はいはい、シオンでーす。用件は手短に……」


投げやりに出た俺の耳に、脳を直接とろけさせるような、甘く優しい声が響く。


「お、おぉぉ……こ、この声は……り、りりり、リオ……!?」


優しく相槌(あいづち)を打たれただけで、脳みそが震える。


「な、なんで俺の番号を……あ、そうか。交換したんだったね。はい、そうですね!」


頭が回らない。


体が内側から熱くなっていく。


「え、あ、うん! 新人のことは任せて! はい! ありがとうございます! 頑張りましゅ!」


意識が朦朧としてきた。


顔が熱い。


脳みそが沸騰しそうだ。


「は、はい! あ、えっと……そ、その、り、りりり、リオも……」


心臓がうるさい。


今、心拍数を測ったら機械が壊れるんじゃないか。


「が、がががが、頑張ってね……っ!」


最後に見事な(?)エールを送り、優しいお礼の言葉を聞いたところで、俺の意識は遠のいた。


気がつくと通話は切れていたが、俺はスマホを耳に当てたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「うっ……うぅ……」


突然、ミツキの苦しげな声が聞こえ、俺は弾かれたように我に返った。


そうだ、今はそれどころじゃない。俺は急いで彼の元へと駆け出した。


次回第4話は3000字で落ち着きました。

狼の性別は?リオの性別は?気になりますけど、まぁ、お楽しみにってことで。


第4話は3月21日 18時~19時の間に投稿します。

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