第7話 評価表に乗らないもの
スポンサーが抜けたことで、環境は一気に変わった。
練習用具は、最低限。
遠征は、ほぼ不可能。
データ解析用の端末も、返却。
数字を捨てた男に、
数字のための道具は残らなかった。
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「これから、どうするんですか」
副主将が聞いた。
責める口調ではない。
純粋な、不安だ。
「やれることだけ、やります」
それしか、言えなかった。
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練習は、シンプルになった。
ストップウォッチは使わない。
回数も、距離も決めない。
見るのは、
顔色、呼吸、目線。
「今日は、ここまで」
そう言うと、誰も反論しなかった。
数字がなくても、
“限界”は分かるようになっていた。
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ある日、校外から視察が来た。
有名でもない。
スポンサーでもない。
ただの、元指導者。
「君が、数字を捨てた男か」
開口一番、そう言われた。
「捨てたつもりはありません」
「なら、なぜ使わない」
少し考えて、答えた。
「数字は、最後に確認するものです。
先に見ると、人が見えなくなる」
視察者は、笑った。
「昔の俺と同じことを言う」
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帰り際、その人は言った。
「結果は出ないだろう。
でも、壊れない」
「それでいいんです」
即答だった。
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次の大会。
結果は、やはり地味だった。
勝ち上がらない。
話題にもならない。
だが、
全員が最後まで走り切った。
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スタンドの隅で、桐生が見ていた。
ケガから復帰したばかりの体で、
静かに拍手していた。
「俺、焦ってたんだな」
ぽつりと呟く。
「勝つことしか、見えてなかった」
その横顔は、
前よりも、ずっと強く見えた。
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夜。
ノートを開く。
もう、数式は書かない。
代わりに、こう記した。
「数字を捨てたのではない」
「優先順位を、人に戻しただけだ」
ページを閉じる。
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このやり方は、評価されない。
金にも、ならない。
それでも――
誰かの競技人生を、
少しだけ長くできた。
それが、
数字を捨てた男の、次の仕事だった。




