第4話 条件は勝率より重い
電話は、練習が終わった直後に鳴った。
『今夜、時間あるか』
鷹宮の声は、いつもより低い。
「はい」
『なら来い。話が早い』
嫌な予感はあった。
だが、断る理由もなかった。
⸻
場所は、前と同じファミレスだった。
奥の席。
今回は、前より人が多い。
スーツ姿が三人。
年齢も立場も、俺とは違う世界の人間だと一目で分かる。
「彼が、例の」
鷹宮が俺を示す。
「桐生恒一です」
名乗ると、視線が一斉に集まった。
「高校生にしては、落ち着いているね」
そう言った男は、笑っていた。
だが、目は笑っていない。
「単刀直入に言おう」
別の男が口を開く。
「君の判断で、この学校の勝率は上がった。
これは事実だ」
俺は黙って聞いた。
「次の大会。
もっと勝ってもらいたい」
それも、分かっている。
「そのために、条件がある」
条件。
その言葉で、背筋が伸びた。
「エースを、最後まで使ってほしい」
俺は、即座に答えなかった。
「彼は、疲労が溜まっています。
連戦は――」
「分かっている」
男は、被せるように言った。
「だが、勝てば注目される。
注目されれば、学校も選手も潤う」
正論だった。
大人の世界では。
「君の分析で、壊れる確率は?」
俺は、数字を思い浮かべた。
「……低くはありません」
「それでも、勝率は上がるだろう?」
答えは、イエスだった。
その沈黙を、彼らは了承と受け取った。
「話が早い」
そう言って、テーブルに封筒が置かれた。
中身は、交通費。
資料代。
名目はいくらでもあった。
「これは、君個人への評価だ」
評価。
その言葉が、皮肉に聞こえた。
⸻
店を出た後、夜風が冷たかった。
「どうする」
鷹宮が聞く。
「断れば、ここで終わる。
受ければ、勝てる」
俺は、封筒を見た。
紙の重さは、
数字よりずっと重い。
「……質問してもいいですか」
「言え」
「もし、選手が壊れたら」
「責任は、大人が取る」
即答だった。
それが、一番怖かった。
「……俺は」
言葉が、喉で止まる。
勝たせる才能。
評価されない才能。
それが今、
誰かの都合で値段をつけられようとしている。
「今日は、答えを出しません」
そう言うと、鷹宮は少しだけ驚いた顔をした。
「珍しいな」
「数字が、まだ揃っていません」
それは、半分嘘で、半分本当だった。
「分かった」
鷹宮は、封筒を俺に返した。
「だが、時間は長くない」
⸻
家に帰り、ノートを開く。
勝率。
故障確率。
注目度。
全部、計算できる。
だが最後の一行だけは、
数字にできなかった。
「この判断で、誰が救われるのか」
答えは、まだ出ていない。
だが一つだけ、はっきりしている。
勝たせる才能は、
使い方を間違えれば、
簡単に人を壊す。
その境界線に、
俺は立っていた。




