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第51話 メッキの剥がれた子爵と、道具たちの痛快な逆襲

 ヴァレリオ子爵が我がオルステッド城に滞在し始めてから、二日目の朝。


 彼は宣言通り、隙あらば私に近づき、甘い言葉と自慢話を繰り返していた。

 当然、ジークハルト様は片時も私のそばを離れず、常に氷点下の殺気を放ちながら彼を威圧している。

 おかげで城内の空気は常にピリピリとしており、セバスチャンさんの胃薬の消費量がまた跳ね上がってしまっていた。


(……そろそろ、お引き取り願わないと)


 私は中庭のガゼボで紅茶を飲みながら、正面に座るヴァレリオ子爵を見据えた。

 隣には、無言で腕を組むジークハルト様が控えている。


「いやあ、今朝の食事も悪くはなかったが、やはり洗練さに欠けるね。我がラムール領の専属シェフなら、朝からもっと優雅なフルコースを――」


 ヴァレリオ子爵が優雅に髪をかき上げながら、またしても領地自慢を始めた。

 その言葉とは裏腹に、彼の持ち物たちは今朝も限界を迎えていた。


『もう嫌だ! 中身スカスカなのに、無駄に振り回されて柄が緩んできてる!』

『私(指輪)も限界よ! 指が太いのに無理やりはめられてるから、いつヒビが入るか……!』


 腰の黄金メッキの剣と、特大ダイヤ(ガラス玉)の指輪が、悲痛な声を上げている。

 私はティーカップをソーサーに置き、にっこりと微笑んだ。


「子爵様は、本当に素晴らしい品をお持ちですね。特にその剣、純金でできている代々伝わる名剣だとか」


「おっ、わかるかい? そうとも、この輝きは本物の証だからね!」


 私が話を振ると、ヴァレリオ子爵は得意げに立ち上がり、チャキッと剣を抜いてみせた。

 見た目だけは立派な黄金の剣が、朝日に照らされて(安っぽく)光る。


「素晴らしいですわ。せっかくですから、その名剣の切れ味を拝見させていただけませんか? ちょうどあそこに、庭師のガイルが切り落とそうとしていた枯れ枝がありますの」


 私が指差したのは、中庭の端にある太い枯れ枝だった。

 ガイルさんが『おっ?』という顔をしてこちらを見ている。


「えっ……あ、あれを斬るのかい? いや、しかしこれは宝剣であって、薪割りのためのものでは……」


 ヴァレリオ子爵が冷や汗をかきながら後ずさる。


「あら、純金の名剣なら、あの程度の枝など容易く両断できるのではありませんか? それとも……」


 私が少しだけ首を傾げて上目遣いで見つめると、見栄っ張りの彼は「もちろんさ!」と胸を張ってしまった。


『やめろー! 折れる! 俺の芯はただの真鍮だぞー!』


 剣の悲鳴を聞き流し、私はガイルさんに目配せをした。

 ガイルさんはニヤリと笑い、太い枯れ枝を地面に立てて固定する。


「さあ、子爵様。どうぞ」


「ふっ、見ていたまえ、僕の華麗なる剣技を!」


 ヴァレリオ子爵は剣を大きく振りかぶり、力任せに枯れ枝へと叩きつけた。


 ――ポキィィィンッ!!


「あ……」


 枯れ枝には傷一つ付かず。

 代わりに、自称・純金の名剣は、根元から見事に真っ二つにへし折れてしまった。

 折れた断面からは、くすんだ真鍮の地金がしっかりと見えている。


『痛ぇぇぇ! 言わんこっちゃない!』


 折れた剣が泣き叫ぶ。

 ジークハルト様は、折れた剣の断面を見て「……純金、ね」と低く鼻で笑った。


「こ、これは! そう、レプリカだ! 本物は城に置いてきたんだった! ははは!」


 ヴァレリオ子爵は顔を真っ赤にして必死に取り繕い、折れた剣を慌てて鞘に押し込んだ。

 しかし、彼の不運(という名の、道具たちの逆襲)はこれで終わりではない。


 冷や汗を拭おうと、彼が懐からハンカチを乱暴に引き抜いた瞬間だった。

 ハンカチのレース部分が、右手の巨大なダイヤ(ガラス玉)の指輪の爪に引っかかったのだ。


「あっ」


『よっしゃ! 今だ! 自由の空へ飛び立てぇぇ!』


 スポーンッ!

 指輪は彼の指から勢いよく抜け出し、美しい放物線を描いて空を舞った。

 そして、石畳の上へと落下する。


 ――ガシャンッ!


 特大のダイヤモンドであるはずの宝石は、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。


『わーい! 砕けたー! 見栄っ張りの指から解放されたぞー!』


 ガラスの破片たちが歓喜の声を上げている。

 本物のダイヤモンドなら、石畳に落ちた程度で粉々になるはずがない。


「ああっ!? ぼ、僕の……!」


「まぁ、大変。子爵様の『本物のダイヤモンド』が、まるでガラス玉のように砕けてしまいましたわ。お怪我はありませんか?」


 私がわざとらしく口元を押さえて言うと、ヴァレリオ子爵はワナワナと震え出した。


「こ、これも……そう! ダミーだ! 本物は金庫に……!」


『往生際が悪いぞご主人! 借金取りが怖くて偽物しか身につけられないくせに!』

『革財布の俺なんか、中身が銅貨三枚しかないんだぞ! 泣けてくるぜ!』


 彼の懐の財布までが、大声で暴露を始めている。


 私は、そろそろトドメを刺す頃合いだと判断した。

 風の精霊と、庭の木々に、そっと魔力を乗せて語りかける。


(みんな。……あの嘘つきな子爵様に、お別れの挨拶をお願いできるかしら)


『任せて奥様!』

『あの男、香水がキツくて鼻が曲がりそうだったのよね!』


 木々がザワザワと揺れ、北の大地特有の、冷たくて強い突風が中庭に吹き込んだ。


 ビューーーーンッ!!


「うわぁっ!? な、なんだこの風は!」


 ヴァレリオ子爵が風圧に耐えかねて目を閉じた、その瞬間。


『俺も限界だったんだよ! 蒸れるし、頭皮に悪い接着剤使ってるし! あばよ!』


 見事なまでにウェーブのかかった美しい金髪が、彼のご自慢の頭部から、スポッと抜け上がった。

 金髪(の塊)は、風に乗ってタンポポの綿毛のように空高く舞い上がっていく。


「…………あ」


 風が止んだ後。

 そこには、朝の太陽の光を反射してピカピカに輝く、見事なまでにツルツルの頭部を晒したヴァレリオ子爵が立ち尽くしていた。


 一瞬の、完全なる静寂。


「あ……あぁぁぁ……! ぼ、僕の美しい髪があぁぁ!」


『ぶわっはははは!! 見事なハゲだ! 磨き上げられた盾みたいにピカピカだぜ! 腹痛ぇぇ!』


 リュックの中のグラムが、息も絶え絶えに大爆笑している。

 ジークハルト様はポカンと口を開けたまま硬直しており、遠くで見ていたガイルさんに至っては、膝から崩れ落ちて肩を震わせていた。


「お、おのれ……! 呪われている! この城は呪われているぞォォォ!」


 完全にプライド(と髪とメッキ)を剥がされたヴァレリオ子爵は、両手でツルツルの頭を隠しながら、涙目で中庭を駆け出していった。


「馬車! 早く馬車を出せ! ラムール領へ帰るぞ!」


 エントランスの方から、彼の情けない叫び声が聞こえてくる。


『もう走るの嫌だー! 金箔が重いー!』


 金ピカの馬車が泣きながら発車する音が響き、やがてそれも遠ざかっていった。


「……嵐のような男だったな」


 ジークハルト様が、遠い目をしながらボソリと呟いた。

 そして、不思議そうな顔で私を見る。


「剣が折れ、指輪が砕け、カツラが飛ぶ……。あいつの不運もここまで来ると見事だが、お前、まさかあいつの嘘に最初から気づいていたのか?」


「ふふ、秘密ですわ。……でも、ジークハルト様を馬鹿にする人は、誰であろうと許しませんから」


 私がにっこりと微笑んで答えると、ジークハルト様は目を見開き、そして口元を手で覆ってプイッとそっぽを向いてしまった。


『ヒュー! ご主人様、嬉しすぎて耳が真っ赤だぜ! 「俺のために怒ってくれた! やっぱり俺の妻は世界一最高で、恐ろしいほど頼もしい!」って、もうメロメロだな!』


 グラムの実況通り、彼の耳は茹でダコのように真っ赤に染まっている。


 キザで厄介な隣人は、こうして自滅に近い形で追い払われた。


 そして後日、ヴァレリオ子爵の借金問題が明るみに出て、ラムール領の財政立て直しのための特産品取引として、オルステッド領が圧倒的優位な立場で交渉を進めることになるのだが……それはまた、別の話である。

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