第50話 招かれざる客の自慢話と、メッキだらけの真実
城の応接室は、吹雪の夜よりも冷たく、重苦しい空気に包まれていた。
豪奢なソファにふんぞり返るように座っているのは、東の隣領からやってきたヴァレリオ子爵。
そして対面のソファには、私と、腕を組みながら殺気を垂れ流しているジークハルト様が座っている。
「いやはや、驚いたよ。あの雪ばかりの陰気な辺境が、少しは見られる街になっているとはね」
ヴァレリオ子爵は、ジャンさんが淹れてくれた最高級の紅茶を一口飲み、わざとらしくため息をついた。
「だが、やはり田舎は田舎だ。この紅茶も悪くはないが、我がラムール領で採れる特級茶葉の芳醇な香りには遠く及ばない。それに、この城の調度品も……なんというか、実用性ばかりで華がないな」
『失礼な! 俺はジャンが厳選した茶葉だぞ! お前の安っぽい舌が味を理解してないだけだ!』
『よく言うわ! あなたのその服の金ボタン、さっきからメッキがポロポロ剥がれ落ちてるじゃないの! 私のカーペットを汚さないで!』
紅茶の入ったティーカップと、床に敷かれた高級絨毯が、一斉にブーイングを放つ。
私はティーカップに口をつけながら、内心で苦笑した。
どうやら彼の身の回りの物は、彼自身の見栄っ張りな性格のせいで相当なストレスを抱えているらしい。
「それにしても、公爵。あなたは本当に運が良い」
ヴァレリオ子爵が、ティーカップを置いてニヤリと笑った。
その視線は、ジークハルト様を通り越して、ねっとりと私へと向けられている。
「王都で気味が悪いと厄介払いされた令嬢が、まさかこれほど美しく成長するとはね。だが、公爵のような血生臭い武骨な男には、彼女のような繊細な花は少し荷が重いのではないかな?」
ピキッ。
ジークハルト様が握りしめていたソファの肘掛けから、木が軋む嫌な音が響いた。
彼の赤い瞳には、明らかな殺意が宿っている。
しかし、相手は腐っても隣領の貴族であり、正式な使者だ。ここで手を出せば外交問題になり、領民を巻き込む争いの火種になりかねない。
ジークハルト様は領主としての責任感から、必死に怒りを堪えているのだ。
『うおおおお! ご主人様の堪忍袋の緒がちぎれる寸前だ! 「俺の妻を愚弄し、あまつさえ見下すとは……! 今すぐその首を刎ねて、雪原の肥料にしてやる!」って、頭の中で十回くらい惨殺してるぞ!』
壁に立てかけられたグラムの物騒な実況が響く中、ヴァレリオ子爵はさらに調子に乗って言葉を紡ぐ。
「どうだい、コーデリア殿。こんな雪に閉ざされた退屈な城より、一年中花が咲き乱れる我がラムール領へ来ないか? 僕なら、君のその美しさに相応しい、本物の宝石をいくらでも買い与えてあげられるよ」
彼はそう言って、右手に嵌めた巨大な宝石の指輪をキラリと見せつけた。
さらに、腰に佩いた黄金の剣の柄をポンポンと叩く。
「この指輪は、南の国から取り寄せた特大のダイヤモンド。そしてこの剣も、柄が純金でできている代々伝わる名剣でね。財力なら、成り上がりの辺境伯など足元にも及ばないのさ!」
得意げに鼻を鳴らすヴァレリオ子爵。
しかし、私の耳には、まったく別の真実が届いていた。
『やめてぇ! 恥ずかしい! 俺、ただのガラス玉! 王都の裏路地の露店で銀貨三枚で買われた、ただのガラス玉だよぉぉ!』
『俺も純金じゃない! 真鍮に金メッキ塗っただけだ! しかも中身スカスカだから、ちょっと強く振ったら折れるぞ!』
『見栄張るのも大概にしてよご主人! うちの懐事情は火の車じゃない! 借金取りから逃げるために、視察って嘘ついて家出してきたくせに!』
指輪、剣、そして彼が懐に入れている分厚い革財布が、涙ながらに彼の嘘を次々と暴露していく。
どうやらこの男、とんでもない見栄っ張りのすっからかんらしい。
私の愛する夫を侮辱し、その上、嘘八百を並べ立てて私を口説こうとするなんて。
(……呆れましたわ)
今すぐ「それ、ガラス玉ですよね?」と指摘して追い返すこともできる。
けれど、ここで彼を怒らせて強引に追い出せば、ラムール領との関係は決定的に悪化してしまう。隣領との国境トラブルは、今後の温泉街の発展にも影を落とすだろう。
私は、顔では完璧な淑女の微笑みを浮かべたまま、静かに口を開いた。
「お誘いは光栄ですが、子爵様。私はこの北の大地を、そしてジークハルト様を深く愛しておりますの。それに、私には……これ以上に美しい宝石は必要ありませんわ」
私は、自分の髪に挿してあるアメジストと、ジークハルト様の襟元にあるお揃いの青い魔鉱石のピンにそっと触れた。
ジークハルト様が、ハッとして私を見る。
その赤い瞳に宿っていた殺気が、ふわりとほどけていくのがわかった。
「……ふん。強がりを言う。まあいい、僕は数日間、この城に滞在して領地を視察させてもらうからね。その間に、必ず君の心を振り向かせてみせよう」
ヴァレリオ子爵は全く諦める様子もなく、自信満々に言い放った。
「セバスチャン。……お客様を客間へご案内しろ」
ジークハルト様が、地を這うような低い声で命じる。
「かしこまりました。……どうぞこちらへ、子爵様」
セバスチャンさんが、全く笑っていない笑顔でヴァレリオ子爵を促し、部屋から連れ出していった。
バタン、と重厚な扉が閉まる。
部屋に二人きりになった瞬間、ジークハルト様は深く、重いため息をついた。
「……すまない、コーデリア。不快な思いをさせたな」
「いいえ。ジークハルト様こそ、よく我慢なさいましたね。お辛かったでしょう」
私が彼の隣に座り、ギュッと硬く握りしめられていた彼の手を解いて包み込むと、彼は弱々しく私の肩に頭を乗せてきた。
大型犬がしょぼくれているようで、なんだか可哀想だけれど愛おしい。
「……あいつが、お前に気安く話しかけるだけで、頭の血管が切れそうだった。……お前は、あんな派手な男の方が……」
「まさか。私はジークハルト様のような、誠実で優しい方が好きですよ」
私がきっぱりと断言すると、彼はホッとしたように息を吐き、私の腰に腕を回して抱きしめてきた。
『ヒュー! ご主人様、安心しきってるぜ! でも油断するなよ! あのキザ野郎、滞在中は絶対にちょっかい出してくるからな!』
グラムの言う通りだ。
数日間滞在するということは、あのウザい……いえ、鬱陶しいアピールが毎日続くということ。
ジークハルト様の胃(と理性)を守るためにも、そして領地の平和を守るためにも。
(……どこかで、彼が自分から逃げ出したくなるように仕向けないと)
私は、ヴァレリオ子爵の持ち物たちが次々と口にしていた赤裸々な暴露話を思い出しながら、穏便かつ効果的な撃退計画をこっそりと練り始めた。




