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第35話 面接官は「調理器具」!?

 いよいよ始まった、オルステッド公爵家・新規使用人採用試験の実技編。


 最初のチャレンジャーは、元・宮廷料理人のジャンさんだ。

 場所は城の広大な厨房。高い天井には換気用の魔道具が静かに回り、壁には歴代の料理長たちが使い込んできた調理器具がずらりと並んでいる。


 課題は「あり合わせの材料で、従業員たちが元気になれるまかないを作ること」。

 豪華な食材を使えば誰でも美味しいものは作れる。しかし、限られた材料で人を笑顔にできるかどうかが、料理人の腕の見せ所だ。


 ジャンさんは、緊張した面持ちで調理台に向かった。

 そこには、長年使われて少し年季の入ったフライパンや鍋、様々な種類の包丁たちが並んでいる。中には、少し刃こぼれしているものや、焦げ付きが残っているものもある。


「……よろしくお願いします」


 彼は誰に言うでもなく、調理器具たちに向かって深々と頭を下げた。

 その瞬間、厨房の空気がふっと柔らかくなった気がした。


『おっ? こいつ、礼儀正しいな』

『挨拶できる奴はいい奴だ』

『最近の若者は道具を雑に扱うからねぇ。ガチャンガチャンうるさいし。でもこの子は期待できそうだよ』


 フライパンたちがカチャカチャと音を立ててざわめく。

 ジャンさんは袖をまくり、食材庫から野菜を取り出した。人参、玉ねぎ、少し萎びたジャガイモ。残り物の肉。そして、固くなってしまったパン。

 決して上等な食材ではない。むしろ、捨てる寸前のものばかりだ。


 しかし、ジャンさんの目は真剣だった。

 彼は野菜を水洗いし、まな板の上に置くと、包丁を手に取った。


 トントントン……。


 彼が包丁を動かし始めると、リズミカルで優しい音が厨房に響き渡った。

 それは、ただ切っているのではない。野菜の繊維を慈しむような、繊細な音色だ。


『あぁ〜、気持ちいい……。無駄な力が入ってないわ』

『俺(包丁)の刃の角度を完全に理解してやがる! 繊維を潰さずに切ってる! こいつ、デキる!』

『まな板の私も痛くないわ! くすぐったいくらいよ!』


 道具たちが絶賛している。

 彼は食材の皮も無駄にせず、丁寧に洗ってスープの出汁に使っている。野菜のヘタすら捨てずに、香り付けに利用しているのだ。

 鍋が『いい匂い〜! 私の中がポカポカしてきた!』と喜びの湯気を上げる。


 小一時間後。

 厨房には、食欲をそそる芳醇な香りが充満していた。

 出来上がったのは、見た目は素朴だが、黄金色に輝くスープのポトフと、ふわふわのオムレツ、そして固かったパンを見事に蘇らせたフレンチトーストだった。


「ど、どうぞ……。お口に合うかわかりませんが……」


 ジャンさんが恐縮しながら差し出す。

 試食係のジークハルト様が、スプーンでスープを口に運んだ。


「……!」


 一口食べた瞬間、彼のアイスブルーの瞳が見開かれる。

 そして、ほうっと深く息を吐き、張り詰めていた表情がとろけるように緩んだ。


「……美味い」


 その一言に込められた感情の深さに、私は思わず息を呑んだ。


『翻訳! 「優しい味だ……母上の料理を思い出す。体に染み渡るようだ。毎日食べたい。一生食べたい。ジャン、お前は今日から俺の専属シェフだ! いや、むしろ俺の胃袋の神だ!」……だそうです! ご主人様、胃袋を完全に掴まれました!』


 グラムの通訳を聞くまでもない。その表情が全てを物語っていた。

 私もいただいたが、野菜の甘みが凝縮されていて、疲れた体にスッと入ってくる素晴らしい味だった。派手さはないけれど、毎日食べても飽きない、そんな家庭の味の最高峰だ。


「合格です! ジャンさん、素晴らしいです!」

「あ、ありがとうございます……! 素材の声が聞こえた気がして……夢中で……」


 ジャンさんは涙ぐんで喜んだ。彼もまた、無意識に「声」を感じ取れる素質があるのかもしれない。この城の厨房は、彼にとって最高の職場になるだろう。


 ◇


 続いては、元・男爵令嬢のリリィさん。課題は「客間の掃除」。

 案内したのは、長年使われていなかった「開かずの間」と呼ばれる客室だ。分厚いカーテンは閉め切られ、埃が雪のように積もり、蜘蛛の巣がシャンデリアを覆っている。


「うわぁ……これは……」


 私が思わず顔をしかめるほどの惨状。

 しかし、リリィさんの目は違った。キラリと怪しく光り、口元には不敵な笑みが浮かんでいる。


「ふふふ……燃えてきましたわ! この埃たち、一網打尽にして差し上げます!」


 彼女はドレスの袖をまくり上げ、エプロンをきゅっと締めると、箒と雑巾を両手に構えた。

 その姿は、舞踏会に向かう令嬢ではなく、戦場に赴く戦士のようだ。


「覚悟なさい、埃ども!」


 ババババッ! キュッキュッ!


 残像が見えるほどの高速移動。

 彼女はまず窓を開け放ち、カーテンをバサバサと振るって埃を追い出す。

 一見、雑に暴れまわっているように見えるが、その動きには無駄がない。


『ちょっ、速い! でもくすぐったくて気持ちいい!』

『そこそこ! タンスの裏の埃! ずっと取ってほしかったのよ! 届いた! 孫の手みたい!』

『この子、私の刺繍の目に沿って拭いてくれてるわ! 生地を傷めない力加減よ! わかってる!』

『窓ガラスの拭き跡が残ってない! プロの技だ!』


 家具たちが歓喜の声を上げている。

 リリィさんはただ力任せに拭いているのではない。家具の構造や汚れのツボを的確に把握し、素材に合わせた最適な道具と力加減で、最短ルートで攻略しているのだ。

 まさに「掃除の天才」。あるいは「汚れの天敵」。


「ふぅ、終わりましたわ!」


 30分後。

 埃一つない部屋で、リリィさんが仁王立ちしていた。

 空気すら清浄になっている気がする。窓から差し込む光が、磨かれた床に反射して眩しいほどだ。


 ジークハルト様が、意地悪な姑のように指で窓枠の桟をスーッとなぞった。

 ……埃はつかない。指先がキュッと音を立てるほど綺麗だ。


「……見事だ」


 こちらも文句なしの合格だ。


 ◇


 その後も、採用試験は続いた。


 庭師志望の元冒険者の大男、ガイルさん。

 彼は荒れ放題だった中庭の植え込みを見るなり、持参した巨大な剪定ばさみを振り回した。

 バツン! バツン! と豪快な音が響くが、木々は嬉しそうだ。


『兄ちゃん、枝の切り方うまいな!』

『そこ切ってほしかったんだよ! 風通しが悪くて蒸れてたんだ!』

『散髪みたいでサッパリしたぜ! これで光合成が捗るわ!』


 見た目は怖いが、植物への愛は本物らしい。


 家庭教師兼・魔導具整備士志望の老魔術師、マーリンさん。

 彼は書庫に入ると、本棚に話しかけながら、古びた魔導書を一冊ずつ丁寧に修復し始めた。


『このじいさん、俺たちの扱いが丁寧だ』

『背表紙のノリが剥がれてたのを直してくれたわ』

『昔話を読み聞かせてくれるから好き。声が渋いのよ』

 本たちにすっかり懐かれている。知識だけでなく、物を大切にする心も教えられるだろう。


 全員合格。

 彼らに共通していたのは、「物や道具に対する敬意と愛」を持っていたことだ。

 それこそが、この特殊なオルステッド家で働くための、唯一にして最大の条件だったのだ。


 ◇


 数日後。

 療養から復帰したセバスチャンは、きびきびと働く新人たちを見て、感動の涙を流していた。


「おお……! ジャンが厨房を完璧に回し、リリィが廊下を鏡のように磨き上げ、庭は美しく整っている……! 私の指示がなくても、現場が完璧に回っている……! これで私も、夜にちゃんと眠れます……!」


「よかったですね、セバスチャンさん」


 私は彼に、ジャンさんが淹れた特製ハーブティーを差し出した。

 新しい仲間が増え、城はますます賑やかに、そして頼もしくなった。

 これで、さらなる観光客の増加にも耐えられるはずだ。


 ……まあ、その分、トラブルの種も増えるのだけれど。


 翌日、リリィさんが掃除中に『キャー! ゴキブ……いえ、黒い妖精さんですわー!』と叫んで騒ぎ回ったり。

 ジャンさんが『新作です!』と魔鉱石入りの七色に光る「ゲーミングスープ」を作ってジークハルト様を困惑させたり。

 ガイルさんが庭の木々と熱く語り合いすぎて、剪定を忘れて話し込んでしまったり。


 個性豊かすぎる彼らのおかげで、セバスチャンさんの胃痛の種は、質が変わっただけで減ってはいないかもしれない。

 それでも、城には以前よりもずっと明るい笑い声が響くようになった。


 辺境のスローライフは、今日も騒がしく、そして楽しく過ぎていく。

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― 新着の感想 ―
というかセバスチャンは夜に寝ずに何をしてたんだろう。 料理?掃除?庭仕事?どれも夜にやる仕事でも執事がやる仕事でも無いなぁ
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