この街に、もう一度灯りを
秋の風が通り抜ける駅前通り。並んだ提灯の明かりが、少し懐かしいオレンジ色で街を染めていた。
地域ブランディングプロジェクト――
「この街に、もう一度“灯り”を」
将大の建設会社と、打保のIT事業がタッグを組み、俺たちがクリエイティブ面を担当した合同企画だ。
ステージでは地元中学の吹奏楽が演奏を始め、SNSでの告知を見て集まった人々が、次々と笑顔で足を止める。
その賑わいを見つめながら、俺は息を整えた。
「やっと、形になったな」
「ほんとだな。まさかここまで人が来るとは思わんかった」
隣で腕を組むのは、建設担当の将大。普段は無口だが、今日はどこか誇らしげだ。
「SNSの拡散、効いてたね!」
そう笑ったのは佐伯。イベント当日の司会も務め、明るさで場を盛り上げてくれている。
その後ろでは、三浦がタブレットを片手に動線や照明のチェックをしていた。
「照度も安定。集客導線も問題なさそうです」
「さすが三浦さん。段取り女神!」と打保が笑いながら親指を立てる。
そこへ、Tシャツ姿の男が小走りでやって来た。
「おい快晴! ステージ裏の映像、めちゃくちゃ伸びてるぞ! リポストといいねが止まらねえ!」
「おお、健太!」
俺は笑顔で振り返る。健太は今回、SNS運用と現場サポートを買って出てくれていた。
投稿センスは抜群で、イベントの告知動画は一晩で数千リポストを記録。裏の立役者である。
「お前がいなかったら、ここまで人来なかったかもな」
「やめろや、照れるやん。でも…正直、地元がこんなに笑ってるの見るの、久しぶりだな」
健太の言葉に、俺は静かに頷いた。
夕暮れが落ち、メインステージに明かりが灯る。
子供たちの手には小さなランタン。合図とともに、一斉に空へ掲げられると、オレンジの光が波のように広がっていった。
この街に、もう一度“灯り”を。
快晴は胸の奥が熱くなるのを感じた。高校卒業後、離れた地元。だが今、仲間とともに、その街を照らしている。
その事実が、何より誇らしかった。
イベントが終わった夜。駅前の居酒屋に、七人の姿があった。
「おつかれーっ!!!」
打保が乾杯の音頭を取ると、ジョッキがぶつかり合い、泡が弾けた。
「社長、今日はマジで感動しました」
「ふふ、あなたたちが頑張ったおかげよ。私はただの後方支援です」
伊川は、いつも通り控えめに微笑む。
俺は思わず背筋を伸ばして頭を下げた。
「いえ、社長の後押しがなかったら実現できませんでした。本当にありがとうございます」
「もう、そういう堅いのやめてよ、いまは無礼講よ」
隣の席では、健太が佐伯とハイタッチしていた。
「司会、最高やったで。テンポ完璧」
「えへへ、でしょ? 健太さんの実況投稿もすごかったじゃん!」
「おい快晴、俺、明日会社で“インフルエンサー”って呼ばれるわ、多分」
「よかったな。会社の灯りもつけてこいよ」
「ははっ、それは無理!」
笑いが弾ける。将大も珍しく酔いが回って、三浦に語る。
「次は冬のイルミだな!」
「任せてください、私のAI活用技術が唸ります」
と盛り上がっていた。その光景を眺めながら、快晴は心の底から思った。
この街を変える力は、誰か一人のものじゃない。
みんなで動いて、繋いで、ようやく灯せた光だ。
グラスの中の氷が、カランと鳴る。
その音が、今夜の余韻をやさしく包み込んでいた。
打ち上げを終え、外へ出ると夜風が少し冷たかった。地元メンバーとまたどこかでやろうといい別れた後、街灯の光が滲む路地をLuceoの四人は並んで歩く。
「タクシー呼びますね」
三浦がスマホを取り出すと、すぐに一台が店先へ滑り込んだ。俺、伊川、三浦、佐伯の四人は後部座席に詰めて乗り込む。
「今日くらい、贅沢していいでしょう」
伊川が微笑んで財布を取り出した。誰もが反射的に止めようとしたが、彼女は譲らなかった。
「いいの。こういうのは社長の役得よ」
そう言って静かに支払いを済ませる姿に、車内の空気がふっと和らぐ。
街に戻ると、時計の針はすでに深夜0時を回っていた。眠りについた家々の間を、タクシーのライトだけが流れていく。
「二次会でもやるか?」
俺が冗談めかして言うと、すぐ隣で伊川が頬を緩めた。
「いいわね。それ、採用」
「え、マジすか」
「せっかくだもの。こんな夜は、もうしばらく終わらせたくないわ」
三浦はやや苦笑いしながら首を振った。
「わたしは……すみません、もう目が限界です」
隣の佐伯はすでに半分寝落ちしていて、シートにもたれたまま「むにゃ…もう…寝る…」と呟いている。
「じゃあ、ここで解散ね」
「はい。今日は本当にお疲れさまでした」
三浦と佐伯を降ろし、タクシーは再び走り出す。
行き先を聞かれ、伊川が迷わず口にした。
「Lienまでお願いします」
深夜のバー「Lien」。
扉を開けると、まだ灯りが優しく残っていた。
カウンターではマスターの真央がグラスを磨き、奥では亮が片付けをしている。
「いらっしゃい…って、あら。快晴くんと社長さんじゃない」
「夜分すみません。ちょっと報告がありまして」
俺がそう言って笑うと、亮が顔を上げた。
「お、例のイベント終わったのか?」
「はい。おかげさまで大成功です」
真央がにっこりと笑い、シェーカーを手に取った。
「じゃあ、お祝いの一杯ね。“灯り”にちなんで、オレンジピールのカクテルをどう?」
「それ、いいですね」
伊川も嬉しそうに頷く。
二人分のグラスがカウンターに置かれ、氷の音が静かな店内に響いた。俺は、淡い琥珀色のカクテルを見つめながらぽつりと呟いた。
「なんか、不思議ですよ。学生のころ夢見てた“何かを作る仕事”を、こうして地元でやれるなんて」
「それはあなたが諦めなかったからよ」
伊川が柔らかく笑い、グラスを傾けた。
「私今日、ちょっとだけ思ったの。やってて良かったなって」
亮が笑いながら氷を足す。
「珍しいな、社長が酔ってるの」
「そ、そんなことないわよ……」
しかしその声はわずかに甘く、語尾もゆるい。
俺は思わず苦笑した。
時計の針が午前2時を指すころ。伊川はさすがに頬を赤くして、椅子にもたれかかっていた。
「……社長、そろそろ帰りましょうか」
「ええ、そうね。あなたが送ってくれるの?」
「もちろん」
俺は会計を済ませ、伊川のコートをそっと肩にかけた。店を出ると、夜風がひんやりと頬を撫でる。遠く、イベントで灯した提灯の光がまだ残っているような気がした。
この街に、もう一度“灯り”を。
その言葉が、静かな夜空にゆっくりと溶けていった。




