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キャンバスはここにある  作者: 黒瀬雷牙
AI論争編

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20/23

新しい風

 明石が旅立ってから、数ヶ月が経った。


 Luceoのオフィスには、彼女の残した観葉植物がまだ窓際に並んでいる。

 小さな葉が新芽を出すたびに、彼女の「Luceo Australia」が順調に進んでいることを感じさせた。

 だが、現実問題として人手が足りなかった。


「社長、そろそろ限界じゃないですか。案件、増えすぎてます」


「……分かっています。けれど、適当に誰でも雇うわけにはいかないの」


 俺たちは二人で、昼食も取れないほどの忙しさの中を駆け抜けていた。デザイン、営業、クライアント対応。すべてが手作業。

 それでも、人の手で描くという理念だけは、どんなに忙しくても手放さなかった。


 そんなある日、求人サイトに出した募集に二通の応募が届いた。


 一人目の履歴書には、きっちりと整ったフォントで経歴とスキルが並び、添付ファイルには「AI活用による業務効率化レポート」。

 もう一人は、手書きの文字で「デザインのことはよく分かりませんが、人のあたたかさがある職場がいいです」とだけ書かれていた。


 面接の日。

 最初にやってきたのは、黒縁メガネの女性・三浦 遙(みうらはるか)

 ノートPCを抱え、椅子に座ると同時にプレゼンを始めた。


「御社の“手描き”デザイン理念はとても素晴らしいと思います。ただし、データ整理・プロジェクト進行などの“効率部分”はAIに任せるべきです。たとえば――」


 彼女の指先がキーボードを叩くたびに、スクリーン上に整然とした表が展開されていく。


「AIは敵ではなく、社長や皆さんの手を自由にするツールです。描く時間を確保するために、余計な雑務は任せましょう」


 俺は思わず伊川の顔を見る。彼女は腕を組んでいたが、頬にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「……悪くないですね。考え方が柔軟だと思います」


「ありがとうございます。ただ、私自身は外に出るのが苦手で……取材や撮影は、なるべく社内作業でお願いします」


 少し照れくさそうにそう付け加える。

 典型的なインドア派…だが、筋の通った理屈と誠実さがあった。


 そして二人目。

 ドアを開けた瞬間、空気がふわっと変わった。


「あ、こんにちは〜。えっと、面接の……あれ? 場所あってますよね?」


 声の主は、淡いベージュのセーターに丸い目をした女性・佐伯(さえき) りの。

 履歴書には「特技:おしゃべり」と書いてあったのが印象的だった。


「デザインは全然できません! でも、人と話すのは好きです。あと、社食とかあったら毎日残業しても平気です!」


「……社食、ないですけどね」


 伊川が小声で突っ込みを入れる。それでもりのはにこにこと笑って、「じゃあ私が作りますね!」と返した。


 正直、場違い感は否めなかった。

 だが、その明るさが妙にこの空間に馴染んでいた。


 面接を終えたあと、社長が静かに言った。


「……雇いましょう。お二人とも」


「マジですか? りのもですか?」


「快晴くん、Luceoが照らすのは、誰かの可能性も含まれます」


 その言葉に、胸の奥がまた熱くなった。


 こうして、Luceoに新しい風が吹き込んだ。


 三浦はAIツールを駆使して業務効率を劇的に改善し、りのは人懐っこさで取引先や商店主たちの信頼を次々と得ていった。


 最初は不安だらけだったチームが、少しずつ新しい形を描き始めていた。

 人の手と、AIと、そして笑顔。バラバラなようで、ひとつの光に向かっていた。


 オンライン会議の日、Luceoのオフィスは少しざわついていた。画面の向こうには、久しぶりに見る明石の顔が映っている。


「皆さん、こんにちは。……あれ、新人さんたちですね?」


 快晴が軽く会釈すると、三浦と佐伯もそれぞれ画面に向かって挨拶を返す。


「こんにちは、明石さん。私は三浦 遙です。AIを活用して業務効率を……」


 三浦の口調はいつも通りの理知的な演説口調だったが、明石は眉をひそめる。


「効率化……ですか。それはデザインに関しても使うつもりですか?」


 三浦には、明石がいた頃に俺がAIの導入を提案した時のことを伝えてある。


「いえ、明石さん。デザイン自体は絶対に人の手で描くという理念を守ります。AIを活用するのは、資料整理やスケジュール管理、提案書作成など、デザイン以外の業務です」


 伊川も画面に向かって説明するが、明石はまだ納得しない様子だった。


「……でも、やっぱりデザインの空気感や感覚はAIでは作れませんからね。私はちょっと、怖い気もします」


 そのとき、画面の隅で明石の夫、キャメロが英語で何かを話し始めた。声は穏やかだが、内容は明快だ。


「AI can greatly assist in administrative tasks, freeing designers to focus on creative work. Rejecting it completely would be a lost opportunity.」


 快晴も伊川も、言葉の半分も理解できずに顔を見合わせた。


「……今の、何て言ったんですか?」


 伊川が小声で尋ねる。三浦は即座にノートPCを取り出し、AI翻訳をかけようと手を伸ばしたその瞬間だった。


「ちょっと待ってください!」


 そう言ったのは佐伯だった。


「私、英語大丈夫です!キャメロさんは、AIを業務に取り入れるのに賛成してます。デザイナーが創作に集中できるように使うべき、って言ってます」


 その瞬間、オフィスの空気が少し軽くなった。快晴も伊川も目を丸くする。


「すごい、完全に理解してる……」


 三浦が感嘆の声を漏らす。

 明石はしばらく沈黙した後、静かに口を開く。


「……わかりました。ただし、デザイン自体には絶対に使わないでください。それだけは譲れません」


「もちろんです、明石さん」三浦がうなずく。


「それから、三浦さん。あなたが開発したAIツール、ぜひ会社でも使わせてください。皆で共有しましょう」


「はい!すぐに環境を整えます」


 佐伯は満面の笑みで画面に向かって手を振る。

 こうして、Luceoは新たな体制を整えた。


 AIによる効率化、温かみのある人間関係、そして絶対に譲れない“手描きのデザイン”。


 それぞれの力を尊重しながら、会社は確実に次の光へと歩みを進めていった。

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