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キャンバスはここにある  作者: 黒瀬雷牙
AI論争編

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19/23

つながる光

あれから二年と少し。

 俺は地元の仲間たちと、久しぶりに飲んでいた。


 店の奥にある掘りごたつ席。テーブルの上には、焼き鳥と枝豆、そして地元の銘酒。

 「Luceo」は、ようやく軌道に乗り始めていた。


「いやぁ、お前らホント立派になったな。俺なんか現場で汗まみれだぞ」


 笑いながらそう言ったのは将大だ。

 昔は一番のやんちゃ坊主だったが、今は親父の建設会社を継いで、現場を仕切る立派な社長になっていた。まだ若いが、見かけとは裏腹の熱心な姿勢や、仕事での謙虚さ、何より向上心と実力が周りを認めさせた。


「将大、お前のとこもすげぇだろ。あの商業施設、手がけたって聞いたぞ?」


「おう。まぁ地元案件だけどな。で、だ――」


 と、将大はグラスを置き、真剣な顔になる。


「Luceoの次のプロジェクト、うちがスポンサーにつく。あの“手で描く”理念、気に入ってんだよ。建物だって結局、人の手が作るもんだからな」


 その言葉に、一瞬言葉が詰まった。


「……本気か?」


「当たり前だ。地元の仲間が頑張ってんのに、協力しねぇ理由があるかよ」


 そこへ、もう一人――スーツ姿で少し遅れて入ってきた男がいた。


「悪い、打ち合わせ押してて遅れた!」


「おっ、来たな打保!」


 かつて一緒に深夜まで遊び歩いた仲間のひとり、打保はIT系の会社を立ち上げ、今では都内と地元を往復する忙しい日々を送っている。


「実はさ、俺も協賛しようと思ってたんだ。Luceoのブランド、俺の方でサイト制作のバックエンド支援できる。システムとデザインが噛み合えば、もっと面白いもん作れるだろ?」


「お前まで……ほんと、ありがとな」


 気づけば、胸の奥が熱くなっていた。

 このニ年、地道にやってきた努力が、確かに形になっていた。


 そこへ、チューハイ片手に笑っている健太が言った。


「俺は普通のサラリーマンだから、大したことはできねぇけどさ…SNSで宣伝くらいなら任せろ。広報部長って肩書き、勝手に名乗っとくわ!」


 笑いが弾け、将大が「お前のフォロワー、ほとんど地元の釣り仲間じゃねぇか!」と突っ込みを入れる。

 でも、その空気が、何より心地よかった。


 店を出た後、夜風に当たりながらふとスマホを取り出す。実家の母から、数日前に届いたメッセージが未読のままだった。


 ――元気にしてる? お父さんも心配してるから、たまには顔出しなさいよ。


 少しだけ迷ってから、電話をかけた。


「もしもし、母さん。うん、元気だよ」

 受話器の向こうで、懐かしい声が弾む。

「仕事もうまくいってる。仲間もいるし、スポンサーもできたんだ」


「まあ、すごいじゃない! お父さんにも言っとくね」


 言葉に詰まりそうになるのをこらえながら、俺は笑った。負けたあの日からニ年。

 あの時抱いた“人の手で描く物語”の信念は、今も変わらず俺たちの中に生きている。


 たとえAIのような速さも、巨大企業の資金力もなくても、誰かの心を照らす“光”だけは、俺たちの手で生み出せる。


 通話を切ったあと、空を見上げた。

 都会の夜よりも少し暗い、地元の夜空。

 だが、星はそのぶん、いっそうはっきりと瞬いていた。


 地元での夜会から数週間後。

 Luceoのオフィスには、いつになく明るい空気が漂っていた。


 きっかけは、将大の建設会社と打保のIT事業が合同で提案してくれた、地域ブランディングのプロジェクトだ。

 テーマは「この街に、もう一度“灯り”を」。


 古い商店街の再生を目的としたプロジェクトで、Luceoはそのデザインとプロモーション全般を任されることになった。

 俺たちは何度も現地に足を運び、商店主たちと意見を交わしながら、街に息づく“人の物語”をひとつひとつ掘り起こしていった。


「ねぇ、ここの駄菓子屋、創業七十年だって」


「看板の字体、手描きで残してみようか。フォントより温かい」


 会議室にはスケッチと写真、取材ノートが並び、

 あのコンペ以来、また“手で描く”熱気が戻ってきていた。


 そんな中、明石がふと手を止めた。


「ねぇ……ちょっと、話があるんだけど」


 珍しく真剣な表情に、全員の視線が集まる。

 彼女はゆっくりと深呼吸をしてから、言葉を続けた。


「私、妊娠したの」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、伊川が「マジか!?」と声を上げ、立ち上がる。


「おめでとう!」


「うわぁ、びっくりしたぁ!」


 明石は少し照れくさそうに笑いながら。


「ありがとう。でも、それだけじゃなくて……彼、オーストラリアの人なの」と続けた。


「え、もしかして……キャメロ?」


「そう。前に話したでしょ、あのデザイン交流会で知り合った人」


 静まり返った一瞬、彼女の瞳はまっすぐ前を見ていた。


「彼と結婚することにした。だから私、彼の国に行く」


 誰もが言葉を失った。

 けれど、そこに悲しみはなかった。

 明石の声には、不安よりも未来への確信が宿っていたからだ。


「……でも、これで終わりじゃないよ」


 彼女は笑みを浮かべ、少し得意げに言った。


「キャメロもデザイナーで、私と同じ考えを持ってる。“AIじゃなく、人の心を描きたい”って。それでね…向こうでLuceoの支店を立ち上げたいの。Luceo Australia支部」


「……マジで言ってんの?」


「本気だよ」


 明石は真っ直ぐに頷いた。


「離れるけど、切れるわけじゃない。今の時代、どんな距離でも繋がれる」


 胸の奥が熱くなった。

 誰かがどこかへ行っても、繋がりは途切れない。

 むしろ、それぞれの場所で新しい光を灯していける。


「……なら、決まりだな」


 伊川が笑いながら、明石の肩を叩いた。


「Luceo Australia。いいじゃん。こっちが本部、そっちが海外支部。カッコよすぎる」


「ふふ、じゃあ名刺も新しく作らないとね」


 笑い声がオフィスに広がる。

 外は春の風。

 あの日の敗北から始まった小さな灯が、今や国境を越えて広がろうとしていた。


 人の手で紡ぐ物語は、形を変えながら、まだ続いていく。


 ――その光は、海の向こうまでも届いていた。

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