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キャンバスはここにある  作者: 黒瀬雷牙
AI論争編

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15/23

強力すぎるライバル

 あの夜から、数ヶ月が経った。


 秋の風が冷たさを帯びはじめた十月の朝。

 デザイン事務所《Luceo》の一角で、黒髪をひとつにまとめた伊川美咲は、無表情のままモニターを見つめていた。


「……やはり、数が伸びませんね」


 表計算ソフトに並んだ案件一覧。新規の依頼数は減少し、継続案件も頭打ち。数字が物語る現実に、伊川は眉ひとつ動かさず、それでも深く息を吐いた。


「クオリティは落としていないはずです。提案の質も、以前より洗練されている。それでも……」


 言葉を途中で切った美咲の横から、明るい声が飛んでくる。


「それ、たぶん原因わかってるよ〜」


 金髪に派手なネイル、今日もカジュアルすぎる格好の明石みなみが、スマホ片手に笑いながら歩み寄ってきた。


「ウェブデザインもアートも、今はAIが全部やるってさ。最近どこ行ってもその話ばっか」


「……聞きますね。その手の話題」


 美咲は静かにうなずいた。


「この前もさ〜、クライアントさんにAIで試してみますってドタキャン食らったんだよ。こっちがどれだけ夜なべして企画書まとめたと思ってんのって話!」


 ソファに腰かけていた快晴も、苦笑を漏らす。


「まあ実際、AIは速いし安い。それっぽくはなるから、わざわざ人間に頼まなくてもって思う人は増えるよな」


「でもさ、“それっぽい”と“本物”って違うでしょ?」


 明石は真剣な顔つきで言った。


「“好き”とか“ワクワク”とか、そういう“感情”まで読み取って表現できるのは、やっぱ人間だけじゃん?」


「……同感です」


 美咲は姿勢を正し、静かに言葉を添える。


「論理ではなく感性。数値ではなく記憶。人の手が作るものには、“その人だけの形”があります。それはAIには決して真似できません」


「結局、勝負は“個性”だな」


 俺は小さくつぶやいた。


 時計の針が、カチリと一つ進む。

 時代は確かに変わった。

 それでも、この三人は信じている。

 人の手で生み出す価値は、まだ終わっていないと。


 その日の帰り道、俺はまっすぐ家に帰る気になれなかった。

 現状を打開する手がかりがどこかにあるのなら…それは、敵を知ることからだ。


 深夜、デスクの前。湯気の立たないコーヒーを横に、俺は検索窓に指を走らせた。


「……AI デザイン」


 最初に出てきたのは、数十秒でロゴやWebサイトのレイアウトを自動生成するサービスだった。

 驚くべきはスピードだけじゃない。提示される案はどれも完成度が高く、しかも数十パターンが一瞬で並ぶ。


「は、速ぇ……しかも、悪くない」


 軽い衝撃を受けつつ、俺は次のワードを打ち込む。


「AI イラスト」


 出てきたのは、プロ顔負けのタッチで描かれた数々のアート作品。

 構図も色彩も緻密で、指示しただけで複数案を自動生成してくれるらしい。人間なら数日かかる作業が、数十秒だ。


「マジかよ……」


 胸の奥がざわついた。

 さらに調べていくと、動画編集、キャッチコピー、記事執筆、商品企画、あらゆる分野でAIが台頭している現実が次々と目の前に広がっていく。


「文章生成……これもAIで?」


 半信半疑で試しに入力してみると、数秒後には驚くほど自然な文章が画面に並んでいた。

 構成、語彙、言い回し。どれも人間が書いたとしか思えない。


 気づけば時刻は午前二時を回っていた。

 興奮と不安が入り交じったまま、俺は無数のタブを開き、片っ端からAIの事例を読み漁っていた。


「……こいつら、本当になんでもできるじゃないか」


 思わず声が漏れる。


 AIは、ただの道具なんかじゃなかった。

 速度、効率、正確性、どれをとっても人間を圧倒している。しかも、進化は今もなお止まっていない。


 ふと、昼間のみなみの言葉が頭をよぎる。


 ――“それっぽい”と“本物”って違うでしょ?


 果たして、それは本当に“違う”のだろうか。

 この数時間で目にした膨大な成果物は、どれも“それっぽい”どころか、すでに“本物”の域に達しているように見えた。


「……俺たち、人間は、勝てるのか?」


 静まり返った部屋に、自分の声だけが落ちていく。


 その夜、初めて俺は恐怖を覚えた。

 自分たちの価値が、音もなく置き換えられていく未来の姿を、はっきりと想像してしまったからだ。

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