仲間達との再会
年末の午後、Luceoのオフィスは静かな活気に包まれていた。
パソコンのキーを叩く音、プリンターの軽い作動音、そして伊川の指示に従って資料を整理する明石の動き。
俺もモニターに向かい、イラストの修正作業を進めていた。過去の悪夢を思い出すことはなくなった。ここでは、自分の力で描くことが認められ、評価される場所がある。
描いた一枚のイラストが形になり、誰かの目に届く。それだけで胸が高鳴った。
「快晴、ここの色味、もう少しだけ鮮やかにしたほうがいいね」
伊川が画面を覗き込み、優しく指摘する。
「はい、わかりました」と俺。
このやり取りも、自然で気負いのないものになっていた。
そのとき、スマホが震えた。
画面には地元の番号が表示されている。
――将大からだ。
『おう、快晴! 忘年会の誘い、受けてくれよ。同窓会の二次会、すっぽかしやがった分飲ますかんな!絶対こいよ、今回はマジでな!』
そう言えば、あの同窓会の二次会、俺は上手くいっている仲間たちを見て嫌になり、そっと帰ってしまったのだった。
でも今は違う。
俺も夢に向かって歩き出せている――。
「……よし、行こう」
自然に笑みが浮かぶ。
「快晴、なんかいいことあったの?」
そう言うのは明石、伊川の影響か、彼女もいつの間にか下の名前で俺を呼ぶようになっていた。
「はい、今日は地元のダチと飲みなんです」
「ふーん、いいね!わたしも社長と飲み行こ⭐︎」
俺はパソコンの電源を落とし、外套を羽織った。
年末の夜、地元の仲間たちとの再会が、俺を待っている。
週末の夕暮れ、街は少し早めに年末の喧騒に包まれていた。
Luceoのオフィスを後にした俺は、駅へ向かう歩道を急ぎ足で進む。
吐く息が白く、手袋の隙間から冷たい風が指先を刺す。
電車に乗り込み、窓の外を流れる景色を眺めながら座席に腰を下ろす。
暖房で温まった車内には、仕事帰りの人々の笑い声や会話が響いていた。
けれど、俺の頭の中は少しだけ静かだった。
思い返す。あの日のことを。
あの日、夢も希望もわからず、ただ不安でいっぱいで、家を飛び出した。
地元を離れ、都会で生きていく自分を信じきれず、胸の奥はずっと張り裂けそうだった。
初めての一人暮らし、初めてのアルバイト、そして初めて出会った挫折……。
でも今は違う。
電車の揺れに身を任せながら、ふっと笑みがこぼれる。俺には、夢に向かって進める場所がある。仲間がいる。信じられる未来がある。
座席の隣には、カバンとコートを持った乗客がいる。その人々の雑踏の中で、俺は過去の自分と、今の自分を重ね合わせる。
不安を抱えて旅立ったあの頃の自分が、もしここにいたら、きっと少し安心して微笑むだろう。
窓の向こうに見える地元の駅の明かりが近づくたび、胸が高鳴る。
久しぶりの顔、懐かしい街、そして、あの時すっぽかした同窓会。
俺は鞄を肩に掛け直し、電車が駅に滑り込む音に耳を澄ませた。年末の夜、地元の仲間たちとの再会が、もうすぐ始まる。
電車を降り、駅を出て、すぐ近くにある居酒屋の扉を開くと、年末のざわめきが迎えた。
「おお、快晴!久しぶりだな!」
声の主は健太。結婚して親になっても、彼の笑顔は昔のまま、陽気でフレンドリーだった。軽く肩を叩かれ、思わず笑みがこぼれる。
「健太……全然変わってないな」
「はは、そりゃそうだろ。子供はできたけど、俺は俺だぜ!」
その明るさに、俺の胸の奥にあった少しの緊張もほぐれた。久しぶりに会う地元の仲間たちと乾杯し、笑い声が店内に響く。
「でさ、ドリームフューチャーって……お前、何やってたんだよ?」
健太の視線は好奇心でいっぱいだ。
「いや、これが……マジで嘘みたいなホントの話なんだ」
俺は、あの地獄のような日々とLuceoでの再出発までの話を簡単に語る。健太も、将大も、打保も、驚きと笑いが入り混じった表情で聞いていた。
「いやあ、信じられねぇな! でもお前ならやりそうだと思ったわ」
健太はそう言って肩を叩く。結婚して父親になった今でも、昔の無邪気さと親しみやすさはそのままだ。
そして、俺は気づいた。
かつて上手くいっている仲間たちを見て帰った自分とは違い、今は自分も夢に向かって進めている。その自信が、肩の力を自然に抜かせていた。
「羨ましいぜ、お前ら」
将大がグラスを軽く揺らし、意味ありげに口を開いた。
「え、何がだよ?」健太が笑いながらツッコミを入れる。
「次期社長のお前が一番勝ち組だろ、快晴も俺も打保もまだまだこれからだってのに」
俺も打保も、思わず首をかしげた。将大は少し笑って肩をすくめた。
「そうでもないんだぜ」
そう言って、将大は自身の今を話し始めた。




