魔剣3
「今日集まってもらったのは仕事の話が来たからだ」
会議室の空気はやや張り詰めている。
仕事の依頼や話が舞い込むことはよくあることだが、基本的には予定が空いていたり他の部隊との兼ね合いなんかを考慮しながら割り振ってしまう。
こうしてみんな集めて話すというのは異例のことなのだ。
「先日、第二王子がゲートダンジョンの攻略に出征したことは知っているだろう」
端にいるイースラにも聞こえる声でゲウィルはゆっくりと話す。
「そして……結果がどうなったかも知っているものは多かろう」
第二王子がどうなったのかは町中の噂になっている。
特に第二王子に注視していなくても、その話はイースラの耳にも届いていた。
「第二王子はゲートの攻略に失敗した。失敗にしては兵の損害は少ないそうだが、ゲートの攻略に失敗したことに変わりはない」
「まさか……その尻拭いをうちにやらせようってことじゃないだろうな?」
師団長のムベアゾが眉をひそめる。
齢も五十を越えた歴戦の戦士であるムベアゾが眉をしかめるとなかなか怖い顔である。
「そう悪く言うな。確かにその通りだが……実は実は第一王女の推薦があったそうなのだ」
「第一王女の? 我々とはなんの関わりもないはずでは?」
「そうだな。まだ幼きこともあり、あまり表に出られる方ではない。だが先日の交流大会でうちに目をつけてくれているらしい」
「第一王女が? なぜそんな……」
みんながざわつく。
第一王女とはユリアナのことである。
ユリアナが推薦したということに場がざわつく。
これまででユリアナとゲウィル傭兵団に関わりがない。
なのにどうしても第二王子の尻拭いに、ゲウィル傭兵団を推薦したのか不可解であったのだ。
しかし理由は単純で、イースラがいるからだ。
ただほとんどの人はそのことを知らない。
交流大会中にイースラを応援していたことはうっすら知っているかもしれないが、そもそもイースラの話を聞いて興味を持っている人はいても、しっかり知っているという人はまだ少ない。
イースラとユリアナを結びつけて考える人はほとんどいなかった。
「政治的意図じゃないだろう。単純にうちに功績を立てる機会を与えただけだろう」
ゲウィルはチラリとイースラのことを見る。
応援していたことや食事会に招待したことを考えるに、ユリアナがイースラを気に入っていることはゲウィルもなんとなく察していた。
ゲウィル傭兵団に対して関係を築こうとかではなく、イースラに対して便宜を図ったのだと理解している。
「しかし……」
王子まで出陣して国が攻略しようとしたのに失敗した。
攻略が難しいことは簡単に予想できる。
推薦をもらったはいいがリスクが、高すぎるとムベアゾは思った。
それにやはり政治的な目も気になってしまう。
「心配は分かる。我々の立場も……多少変化するかもしれない。だがいつまでも中立を保てるわけではないからな」
「ならばもっと……」
「我々は遅すぎだ。もうすでにそれぞれの王子を支援する者はいる。割って入るのは簡単なことではない」
次の王は誰か。
仮に自分たちが推している相手が王になれば便宜を図ってくれることだろう。
そこから得られる利益は決して少なくはない。
ゲウィル傭兵団はここまで中立の立場をとってきた。
しかし他の大きなギルドはもうすでに王子たちに取り入っている。
今からでも受け入れてもらえる可能性はあるだろうが、一番の立場で優遇されることはない。
どこかに擦り寄るにはもう遅いのだ。
ただユリアナに対しては違う。
ユリアナには後ろ盾となる勢力がない。
ここで支援すればユリアナの初めての勢力ともなれるだろう。
ただしユリアナに後ろ盾がないのは偶然などではない。
裏を返せばユリアナには王になる見込みがないだろうと見られているから、後ろ盾となる勢力がないということになる。
「単純に保護と考えよう」
「保護?」
「か弱い王女を守る盾となる。あくまでも王に押し上げるような気はないというスタンスを貫く」
ユリアナの後ろ盾となって、他の勢力と敵対すればあっという間に負けてしまうことだろう。
ならば敵対しなきゃいい。
後ろ盾がなく、守らねばならないのならゲウィル傭兵団が後ろ盾となって守る。
他の勢力と敵対して王を目指すことはないという態度を取るのだ。
「こうなれば我々もパイを受け取る身になれるだろう」
つまりは勢力に属しながらも、そこで中立であることを選ぶのである。
そうすると王になりたい王子たちは、ユリアナを自分たちに引き込もうとするはずだ。
上手く王になりそうな相手を見極めて、ギリギリまで利益を引き出せばユリアナもゲウィル傭兵団も利益を得られる可能性がある。
「そんな話をするということは……この仕事を引き受けるつもりなんだな?」
やるつもりがないのなら中立の立場のままいればいい。
なのにユリアナの勢力となることの利益を口にする理由があるはずだ、とムベアゾは察していた。
「王国からも兵が出る。さらには第一王女ユリアナ様の教育係をしている魔法使いのエティケント様が同行してくれるそうだ」
「あの人が? そう動かないはずだが……」
「もうすでに向こうからも同行する旨は聞いてる」
エティケントは引退して無名の身であるかのように話していたが、知っている人は知っているのだ。
ゲウィルとムベアゾもエティケントのことを知っていた。
「ここまで向こうに譲歩をされては断ることはできない」
「……なぜ急に第一王女が出てくるのか」
「もしかしたらエティケント様の入れ知恵かもしれないな」
「なるほどな。だから本人が動いている……納得はできるな」
会議室で二人の会話に口を挟む人はいない。
「ともかくこの仕事は受ける方針で行くつもりだ。先の失敗を考えるに総力を挑む必要がある。みんなもそのつもりで準備をしてくれ」
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