食事会を抜け出して6
「そんな状況なのに、なぜあんなものを配信している?」
「……あんなもの?」
「料理の配信をしていただろう」
世界が滅ぶと分かっているのに料理なんかしている場合かとエティケントは思った。
「あれも必要なことですよ」
「必要……?」
「配信して、パトロンを得ていく。お金も視聴者も必要なんです」
「そのために?」
「未来じゃあれも人気な配信の一つなんですよ。今は血生臭い戦いの配信ばかり……それに観ている人に向けたような配信なんてほとんどないんですよ。子供が魔物を倒しても、他と差別化が図れなきゃ観てくれる人もいません」
みんな同じようなことをしているのに、同じことをして誰がイースラたちの配信を見てくれるというのか。
上手く編集すれば少しは観てくれるだろうが、それでも注目を集めるには足りない。
「戦う配信ばかり中に和気藹々と料理する配信があったらどうですか?」
「……確かに興味は引くだろうな」
「実際ユリアナも見てくれていたようですしね。まずは少しずつ人を集め、パトロンしてくれる人とパトロンが増えてきたらもっと色々試してみようと思うんです」
やりやすく、編集しやすく、コストも低いのが料理配信なのであった。
美味しくお手軽に稼げるならやらない手はない。
「やれるものは何でもやる。使えるものは何でも使う。今の俺にできる最大限を考えてやってるんです」
「……そうだったのか」
確かに言われた通りだとエティケントも納得する。
イースラが戦いを配信していてユリアナが目をつけただろうか。
勝ち上がってきた以上招待した可能性はあるけれど、招待しなかった可能性も十分にありうる。
戦いを見たくない人、戦いに飽きた人を上手く取り込んだ結果に今があるとしたら、それはイースラの作戦勝ちであったと言わざるを得ない。
「それで君は私に何をさせたい?」
「協力してほしいんです。なんなら王家もこっそり動かしてくれれば……」
「私に何の利益がある?」
「えっ? 世界が滅びるんですよ?」
「……君の話は嘘とは思えない。しかし世界が滅ぶなどという途方もない話をいきなり信じるのも無理だろう。言葉巧みな君の嘘の可能性も否定はできないのだ」
頭固いなとイースラは顔を引きつらせる。
嘘ではないと思ってるくせに確証がないから信じきれないなど、そこらへん信じてくれたっていいじゃないかと思う。
「ちなみに聞こう。姫様……ユリアナとはどういう関係だった? あの子のことを知っていそうだったが……」
「とても親しい関係でしたよ」
「…………そう、なのか」
返答したいでは信じて協力してやろう。
そう思っていたエティケントは続きを聞けなかった。
イースラがあまりにも悲しそうな顔をして答えたから。
心の傷に刃物でも突き立ててしまったような、そんな顔をしているのだ。
「回帰前……ユリアナは立派に成長していましたよ。とても綺麗で……強くて……優しくて……」
「もういい」
イースラの声は震えていた。
泣いていないのに泣いているようで、エティケントもイースラの言葉を遮る。
よくよく考えてみれば、世界が滅びたというのだからユリアナも死んでしまったということである。
親しい間柄だったというのも嘘ではないのだろう、とエティケントは感じた。
それどころか、今でも傷をえぐられるような痛みを感じるほどにユリアナのことを想っている。
「悪かった……君のことを信じよう」
イースラの表情が嘘だったのなら、戦いなんかやめて俳優にでもなったほうが稼げるだろう。
世界が滅びて、イースラは一人で時間を戻り、世界を何とかしようともがいている。
「私の力でよければお貸ししましょう。ただ……ずっとここにいるわけではありませんが」
「メリー・フロワですか?」
「彼女のことを話すなんて、よほど親しかったみたいですね」
「親しかった……のでしょうかね」
「……複雑そうですね」
遠い目をするイースラを見て、単に仲が良かったから聞いたわけでもなさそうだとエティケントは察した。
「ただ一つ……」
「何ですか?」
「メリー・フロワを治す方法があるかもしれません」
「本当ですか!」
「くっ……ちょっと痛いです!」
エティケントがこれまでにないほどに取り乱して、イースラの肩を強く掴んだ。
体を鍛えていない魔法使いでも大人は大人である。
肩を強く掴まれると結構痛くて、イースラは顔を歪める。
「あ、ああ……すまない……」
こんなことになるのは予想していた。
敵対心を抱いている最初に口にすれば八つ裂きにされていた可能性もあるので、タイミングをうかがっていた。
「これが利益……ってことでどうですか?」
「もし本当に治るのなら……十分すぎる利益だ」
「今度はユリアナを死なせるつもりはありません。これからどんな関係になるのかは分かりませんけど……彼女は俺が守りたい人の一人なんです」
「……頼もしい相手に思われているのだな」
エティケントは複雑な笑顔を浮かべる。
最初こそ、ユリアナに近づく馬の骨は叩き折ってやるつもりだったのに、全く想定と違う話になってしまった。
その後イースラとエティケントは軽く互いの近況を教え合った。
エティケントはユリアナの護衛兼教育係をやっているらしく、小さい頃から面倒見ているようだ。
我が子も同然ぐらいに思っているらしく、そんなんだからユリアナがイースラに注目しているのが面白くなかったようである。
「あの子に手を出したら許さんぞ……」
「……そんな父親みたいな感じだったんですね」
回帰前にイースラとユリアナが思い合ったのはエティケントがいなくなった後だった。
こんな頑なな父親みたいな感じだったとは知らなかったとイースラは苦笑いを浮かべるしかなかった。




