食事会を抜け出して2
「姫様?」
「ああ、あの子がきゃーきゃー言うとサシャの機嫌が悪くなるんだ」
「……なるほどな」
クラインに言われて、イースラも理由を察する。
普段勘の鈍い感じのあるクラインだけど、意外と周りのことはよく見ていたりする。
「サシャ」
イースラはサシャの隣に座る。
こういう時にどうしたらいいのかは分からない。
頭の中で必死に人がどうしていたのかを思い出そうとしてみる。
「なに?」
サシャはツーンとしていてイースラのことを見ようともしない。
「俺、頑張ったんだけどさ」
「うん、お疲れ様」
「……こっち見てくれよ」
「ふにゃ!?」
色々な人の顔が思い浮かんで、過ぎていった。
何かないかと考えを巡らせてみて最後に残ったのはキラキラとした顔の、歯の浮くようなセリフを息を吸うように口にする男のことだった。
イースラはサシャの耳元に顔を寄せて、ボソリと言葉をつぶやいた。
吐息がかかるぐらいの距離でイースラの声が聞こえて、サシャは耳を押さえて振り返った。
多分正解のやり方じゃない。
これは甘い顔をしたキザな奴がやることで、イースラのキャラではない。
けれどもサシャは顔を赤くしながら振り返ったし、ひとまず成功ではあった。
あいつならこのあと手を握って、微笑みでも浮かべて女の子を見つめるのだろう。
だが、イースラにそこまでやる勇気はない。
「やっと見てくれた」
とりあえず精一杯の笑顔を浮かべておく。
「〜〜バカ!」
「いてっ!」
顔を赤くしたサシャはイースラの肩を殴って、またそっぽを向いてしまう。
先ほどのような不機嫌な雰囲気はないので、機嫌はなおったと見ていい。
髪の間からチラリと覗く耳はいまだに赤い。
「俺もああすれば妻に逃げられることはなかったかな」
初々しいものであるとゲウィルは様子を見ていた。
「機嫌なおせよ」
「うるさーい!」
ーーーーー
「マクヨフェス……相変わらず強かったな」
交流大会は順調に進んだ。
一日では終わらず、三日かけてしっかりと戦いは行われて、優勝したのはマクヨフェスというフリーで活動している人だった。
ゲウィル傭兵団は上級の他に小隊長補佐、小隊長も何人か出ていたのだけど、マクヨフェスに負けてそれなりのところで負けてしまった。
表彰式なんかも執り行われて、交流大会は終わりとなったのである。
まだ町には交流大会の熱が残る中、イースラは再びお城を訪れていた。
それは交流大会後に開かれる食事会に参加するためだ。
「まさかお迎え付きだとはな……」
交流大会から二日後が食事会であった。
招待状を確認して改めて知ったのだけど、わざわざギルドの前に馬車で迎えにきてくれるなんてオプションまでついていた。
「服装は……多分大丈夫だろ」
イースラの格好はいつもの緩めの服装と違い、ちゃんとしたフォーマルな服装をしている。
もちろんのことながらイースラはそんな服を持っていなかった。
必要だろうがどうしようかなと思っていたら、ゲウィルに連れられて服屋に行って、ちゃんと仕立ててプレゼントしてくれた。
ご褒美をもらえると言っていたが、こうした形で必要なものを贈ってくれるのはとてもありがたかった。
城の城門前で馬車が一度止まる。
馬車の御者がイースラから預かった招待状を門番に見せて、またすぐに中に進んでいく。
少し走って、また馬車が止まって、着いたと声をかけられる。
「イースラ様、お待ちしておりました」
もう何回か顔を見ているいつもの執事が出迎えてくれた。
交流大会に時は賑やかさがあったが、それはイベントだからこそのもので普段の城は落ち着いた雰囲気がある。
「こちらでお待ちください。もうすぐ始まりますので」
執事に案内されたのは客室だった。
てっきりすぐに食事会が始まるのかと思っていたが違うようだ。
「少し配信でもみるか」
何もなければただ暇だが、こんな時にも配信はある。
イースラは配信画面を開いて、適当に良いものがないかを探す。
もう夕方に近い時間帯なのであまり攻略なんかをしている配信も多くない。
「もうちょっとしたら色々出るかな……」
いまだに魔物と戦う場面を垂れ流す配信がほとんどで、特色ある配信を打ち出せている人はいない。
イースラがやっているようなお料理配信のような配信が現れるのはもうちょっと先のことである。
「おっ、これは……」
何かないかなと思っていたらちょっと面白そうなものを見つけた。
それは鍛冶配信だった。
上半身裸の男がひたすらに鉄を打っている。
視聴者は少なく、コメントを見る限り本当に鍛冶の様子を垂れ流しているだけのようだ。
しかしイースラはこうしたものが意外と好きだったりする。
他者を魅せようとするわけでもなく、ハンマーを振り下ろし火花が散る。
言葉も発さずただただ自分の作業を繰り返す様を見ていると、画面から熱なんて感じないはずなのに自分も熱を感じてきそう。
配信をしそうな人でもないし、配信としての飾り立てもないのにどうしてこんな配信をするのか分からないが、こうした配信は意外と一定の人気がある。




