勝ち残れ!4
「くっ……」
負けを認めず言い訳するなんて見苦しい。
そんな目で見られてコトゥーは悔しそうに歯ぎしりする。
周りでは大隊長補佐よりも上の階級の人も見ている。
負けた上に、こんなところで評価を下げるわけにはいかない。
コトゥーはそのまま背を向けてどこかに行ってしまった。
「相手への礼節を欠く行為……」
見られているのは戦いだけではない。
今はもう配信というものは切っても切り離せないものとなりつつある。
己の強さだけではなく配信した時にどう見えるか、正しい振る舞いをできるかというところも見られているのだ。
配信で乱雑な態度を取れば荒れたり見ている人が離れたりする。
今時強ければいいと許される人の方が少ないのだ。
対してイースラはいない相手に対しても一礼してから下がる。
昇格したいというのなら簡単に稼げる好印象のポイントは外すべきではない。
「ひとまず一勝。もう一つ勝てば……」
次も油断してくれないかなとイースラは思う。
「なあなあ、イースラ」
「なんだ?」
「あれ、何やったんだ?」
「あれ?」
「最初の……なんか急に相手がのけぞったろ」
始まってすぐに攻め込んだコトゥーが、イースラが何もしていないように見えたのに回避行動をとった。
その理由がクラインには気になっていた。
「ああ、あれか。あれは魔力の殺気さ。オーラ飛ばしとかそんなふうにも呼ばれたりするな」
「魔力の殺気……どっかで聞いたような気もするな。まあそれはいいや。魔力の殺気ってなんだ?」
「魔法とはまた違う、技術の一つみたいなもんだよ」
「……ん?」
イースラは中指を親指に引っかけて力を溜める。
「うひょお!?」
そのままイースラはクラインに向けて指を弾いた。
指はクラインから離れているし、当たっていない。
なのにクラインは何かが飛んでくるのを感じ、思わず変な声をあげて体を逸らした。
「な、な、な!?」
「クライン、どうしたの?」
驚くクラインにサシャも驚いている。
「これが魔力の殺気ってやつだよ」
「えっ、なになに? どうしたの?」
「サシャにもやってやるよ。ほら」
「ひゃあっ!? なんか……背中ゾワってした!」
イースラはサシャにも同じく指を弾いてみせた。
するとサシャも何かを感じた。
まるでナイフの先っちょが飛んできて体を通り抜けたようで、ゾワっとした感覚に鳥肌が立ってしまう。
「魔力やオーラを鋭くして相手に飛ばす技術だよ。殺気を飛ばすなんて言葉があるけど、その正体は魔力なんだ。魔法でもないただの無形の力……本来なら感じることも難しいものを固めて飛ばすと相手は何かの違和感を感じる」
次の試合を横目で確認しつつイースラは魔力の殺気について説明する。
「攻撃でもなければ魔法でもないそれをちゃんとした技術の一つとして昇華させたものが魔力の殺気。やったように魔力の殺気の受けると、攻撃されたように感じただろ?」
「うん……変な感じだった」
「俺も思わず避けちゃったよ」
サシャとクラインはイースラの言葉に大きく頷く。
「大体初見であれ食らえば大きな隙ができるんだよ」
人のみならずモンスターにも通じることがあるユニークな技術である。
イースラはまっすぐに向かってきたコトゥーに対して魔力の殺気を飛ばした。
やはりそんなものを経験したことないのか、コトゥーは魔力の殺気を避けて大きな隙を作ってしまった。
以前イースラが入団テストを拒否したルーダイを引き止めようと使ったのも魔力の殺気である。
「すっげぇ……俺にもできる?」
「できるさ。でもまずはちゃんとオーラを扱えるようになってからだな」
「チェッ!」
「まあ相手が強くなると通じないことも多いから小手先の技術だよ」
魔力の殺気をわかっている人やそうしたものに耐性がある人、あるいは何回もくらって慣れていれば通じなくなる。
長く戦いに身を置いている人なら魔力の殺気如きで怯んだりしない。
「それよりも今は戦いを見ておいた方がいい。オーラユーザー同士の戦いは貴重だからな」
ゲウィル傭兵団は規模が大きく、オーラユーザーも集まっている。
そうなると忘れがちになるが、オーラユーザーもそんなに数が多いわけではない。
これほど集まっていて、戦いを見学できるというのは非常に貴重でいい機会なのである。
「ついでに勝敗も予想してみようか」
先輩方の勝敗を予想するなんて失礼だ、なんていう人もいるかもしれない。
しかし勝敗を正しく予想するのも一つの鍛錬だと言える。
強そうというだけで勝ちそうと予想するのは浅はかである。
相手の立ち振る舞い、戦い方やさまざまなことを総合して予想する能力は、自分が相手と戦う時にも役に立つ。
正しく相手を観察できないと痛い目を見ることがある。
近い例で言ったらコトゥーである。
イースラが回帰した上級者だと見抜くことは無理だとしても、ただのガキの振る舞いとは違うと分かることはあるはずだ。
道端で強い人に絡んでやられるバカも、ちょっと相手のことを観察する癖でもあればそんなことしないはずなのである。




