新人研修6
「なんの意味があるの?」
コルティーも一応手を振るが行為の意味は分かっていない。
「ふふ、こうしたファンサービスは必要なんだよ」
カメラアイに手を振っても見ているのは監督をする教官だろうとみんなは思っているが、イースラはただ不敵に笑った。
「ふぁん?」
「そ、こうしたことからコツコツとだ」
「ふぁんさーびすってなんだ?」
「そのうち分かるさ。いいから次探すぞ」
ーーーーー
「全員時間内に戻ってきたな」
時間になったからと呼び戻してくれるわけじゃない。
終わりの時間も自分自身で意識して行動せねばならないのである。
イースラたちは早めに切り上げて早めに戻っていた。
他の班の子たちはイースラたちのことをニヤついたように見ている。
見かけなかった上に早めに戻ったイースラたちはロクなものを倒せなかったのだろうと思っているのだ。
「結果を発表する!」
一班戻ってきていないところもあるがそれは自己責任である。
そのおかげでみんなは最低でも最下位は避けられたなと安心して結果発表を聞くことができた。
「トップは……イースラ班だ!」
教官が口にした発表にみんなが驚いてざわつく。
「倒した魔物はウルフドッグ三十一匹! 中でもイースラは十匹を倒した!」
何かの冗談だろうと思っていたらイースラたちが倒した魔物を聞いてさらに驚きが大きくなる。
みんなが倒した魔物はホーンラビットと呼ばれるツノの生えたウサギである。
好戦的ではなく普通にしていると逃げるが、追い詰められるとツノで反撃してくれるので油断はできない魔物だ。
決して強くはなくて、よく他の魔物にも襲われるぐらい弱い。
たとえウルフドッグ一匹でもホーンラビット数匹分の評価はあるだろう。
それなのにウルフドッグ三十一匹とは驚きの数字だった。
イースラたちを除いて一番倒した班でもホーンラビットで十匹だったのである。
数字が本当だとしたら勝てるはずもない。
イースラ一人の数字でさえ勝てる班はない。
みんなは黙るしかなかった。
変に口を出せば恥をかくだけだと分かっているのだ。
「へへん!」
コルティーはドヤ顔をして胸を張っている。
イースラのおかげであるということは感じているのだが、それでもコルティーだってウルフドッグを数匹倒した。
ドヤ顔する権利はあるだろうと思う。
発表までは馬鹿にしてたのに結果を聞いて文句すら言えないのを見てかなり気持ちよくなっている。
「この中でまともな実戦を経験したのは一班だけとはな……」
教官は呆れ返ったようにため息をつく。
討伐訓練とはいったが実戦的な戦いを経験してもらうことが目的である。
細かなルールを設けなかった以上は平原でウサギを追いかけ回しても怒るつもりはない。
けれども実戦的な経験を積むという目的は分かりやすいはずだ。
その意図を汲んで動けばロクに抵抗もしない相手を追いかけ回すことはしない。
「イースラ班」
「はい」
「こっちに来い」
イースラたちは教官に一人呼びつけられた。
他の子はやはり卑怯な真似でもして怒られるのではないかと期待しているが、教官の目に怒りは見えない。
「お前らは良くやった。訓練の意図を理解して、こちらへのアピールも行っていた」
モンスターを倒して見せただけでなく、役割を分担したり互いをフォローし合ったりしながら戦えるこもを教官としては見ていた。
「だが……時にこちらに向かって手を振ったりしていたのはなんだ?」
わざわざ褒めるためだけに呼んだりしない。
教官には一つ気になっていたことがある。
イースラたちは明らかにカメラアイに向かってアクションを起こしていたことがあった。
教官に向かって手を振ったところでなんの意味もない。
何どうしてそんなことをしていたのか気になっていた。
「……パトロンの数や視聴者の数は確認しましたか?」
「むっ? いや、まだだが……」
イースラに言われて教官がパトロンや視聴者数を確認しようとする。
その様子を見てイースラはニヤリと笑う。
ゲウィル傭兵団は大きなギルドである。
配信にも積極的で訓練にカメラアイを使うほどに配信を活用している。
にもかかわらず分かっていないなと思った。
「パトロンも視聴数もイースラ班がトップ……いや、それどころか普段よりもはるかに多い……」
教官は配信の結果を見て驚いた。
まず目に入ったのは視聴数だった。
ただの訓練光景なので配信としては面白みは少ない。
教官が監視する目的だったので期待もしていなかった。
配信というやつは基本的に配信しなければならない。
配信を記録して編集するという方法はあるけれどもほとんどの人はその方法を知らない。
だから録画することを知らなきゃカメラアイが見ている光景を確認するためには配信を垂れ流すしかないのだ。
今回の訓練も教官が確認するために配信されていた。
配信されているということは誰かしらが見るかもしれないということである。
ただ垂れ流すだけの配信でも面白ければ人は見る。
だからイースラはカメラアイに向かって手を振ったりしていたのだ。




