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08 風紀委員の仲間入り

 ほどなくして戦闘が終わり、僕や風紀委員会の生徒はグラウンドに集まった。

 

 戦果はゴブリン六十三匹とゴーレム二体の討伐。こちらは八人の重軽傷者が出たが、幸い、命に別状があるものはいなかった。

 

 誰かが手配したのだろう。赤い十字に条彩学園の校章を重ねたマークを付けたヘリコプターがグランドに着陸し、中から降りてきた保健委員会の生徒が重傷者をヘリの中に運び込んだ。

 

 僕は風紀委員会の生徒たちからちょっと離れたところにぽつんと立っていた。みんなが忙しそうに動きまわっているので何か手伝おうと思ったけれど、お客さん扱いされて仕事を任せてもらえなかったのだ。


「日都也、お疲れ様」


 他の風紀委員と話していたティナがこちらにやって来た。


「疲れましたよ。思ったよりもがっつり働かされましたから」

「ふふっ、先陣切って戦ってたくせに」

「まあ、それはそうですけど……」

「でも、まさかあんなにあっさりゴーレムを倒すとは思わなかったわ。やっぱり私が思った通り、君、今まで本気出してなかったでしょ」

「い、色々事情があるんですよ」

「どんな?」

「目を着けられたくないんです。特に上の人に」

「上の人って生徒会のこと? それとも先生方?」

「えっと……、まあ、詳しいことはそのうち。それより、さっきのあれ、どうやってやったんですか?」

「あれってどれ?」

「ほら、ゴーレムが二度目の熱線を放って失敗したときですよ。あれ、ティナさんが何かしたんですよね? その擬魔機(マキナ)で」


 僕はティナの頭上に浮く天使の輪を指さした。


「ええ、そうよ。これ《月輪(ムーンハイロゥ)》っていうの。見る?」


 ティナは頭上の天使の輪を手に取って外装を外すと、慣れた手つきで内側のカバーも外してしまった。


 中にはパソコンのCPUやメモリのようなパーツ、ゴーレムに組み込まれている魔導回路や魔物から摘出して加工した生体部品などが組み込まれ、緻密な魔法陣を描いていた。


 擬魔機とは、スキルを使えないこちらの世界の人間が、魔物から手に入れた生体部品と科学技術を融合させて生み出した武器で、スキルに似た効果を発揮することができた。

 

 擬魔機を発動するには擬魔機に魔力を送り込む必要がある。だが、ムーンリーパーを含むこちらの世界の人間は体内の魔力を外部に放出する器官を有していないため、擬魔機に魔力を送り込むことができない。

 

 この問題を解決するために、擬魔機には魔物の心臓が組み込まれていた。魔物は心臓で魔力を生成し血流に乗せて全身に送り込んでいるのだ。

 

 僕が使った《水銀剣》の機械部にも魔物の心臓が組み込まれている。それもゴブリンみたいな下等の魔物じゃなくて、竜みたいな強力な魔物の心臓が。魔物の心臓を機能させたまま動力源にするこの技術はあちらの世界には存在しない。こちら世界の科学技術の結晶であった。

 

月輪(ムーンハイロゥ)》の内部を見ても、生体部品の雰囲気から攻撃用の擬魔機でないことくらいしか分からない。


「うーん、見ただけじゃ全然機能が分からないんですけど」

「これはね、簡単に言うと、他者の魔法をハッキングするデバイスなの」

「え、全然意味不明」

「さっきのゴーレムのときみたいに、大気中の魔力を通じて相手の魔法に干渉して、魔法の発動を阻害したり効果を歪めたりできるのよ。そうね、分かりやすく例えるなら、ネットを通じて他人のパソコンを乗っ取って、好き勝手に操作するみたいなものかしら」

「なるほど、それでゴーレムの熱線をハッキングして発散させたんですね。凄い。それ、僕にも使えますか? ちょっと貸してください」


 そういうなんかよく分からないけど凄いガジェットは大好物だ。同じような効果を発揮するものがあちらの世界には存在しなかったから余計に興味がある。


 ティナからそれを受け取って頭上に掲げたが、頭の上に落ちてくるだけで全然駆動する気配がない。


「あはは、君には無理よ。これ、魔力がないと使えないから」

「魔力? それなら魔物の心臓が組み込まれてるじゃないですか?」

「これね、魔物の心臓が入ってないの」

「? や、ますます意味不明なんですけど。どこからも魔力が供給されてないのに、どうして駆動するんですか」

「あれ、言ってなかった? 私、魔力を外部に放出できるのよ」

「は?」

「だって、半分あっちの世界の人間だもの」

「……は?」

「ほら、見て分からない? 私、ハーフエルフなのよ。お父さんがエルフなの」


 そう言って、ティナは尖った両耳をつまんで軽く引っ張って見せた。

 エルフはあちらの世界にいる人間の一種族だ。森や山や辺境に自分たちだけの集落を作って生活する排他的な種族である。


 他の種族と比べ物にならないほど圧倒的な量の魔力を体内に有し、魔法と弓術を使わせたら右に出る種族はいない。さらに驚くほど長命で平均寿命は三百歳を優に超える。


 エルフの外見的特徴は、他種族と比べて骨格が華奢で男女とも美形なこと、そして耳がぴんと尖っていることだろう。


 ……いや、まんまティナじゃん。


 魔王討伐の勇者パーティーにもエルフの女性はいたけど、本当に頑固で人見知りで排他的で仲良くなるのに半年くらいかかったのだが、今ではそれもいい思い出だ。あの子、元気かな?


「その耳、てっきり他のムーンリーパーよりエルフの遺伝子を多く組み込まれただけだと思ってました」

「うん、よく言われる」

「……てことは、ティナさんってもしかしてムーンリーパーじゃない?」

「そうなるけれど、説明が面倒だから対外的にはムーンリーパーで通してるわ」

「なるほど。でも、ハーフエルフか……。へー、すごい」


 僕はティナの全身をまじまじと眺めた。


「何よ」

「あ、すみません。ハーフエルフを見るのが久し振りなので、つい」

「久し振り?」

「……いえ、こっちの話です」


 危ない危ない。うっかり前世トークをかますところだった。


「そうそう、そういえば、さっきお店で入学祝いのプレゼントを渡すのを忘れていたのよ。ここで渡してもいい?」

「え、何かくれるんですか? ハンバーガー屋のクーポン券だったらめっちゃ嬉しいんですけど」

「安上がりな子ね。それよりもいいものよ。きっと気に入ってくれると思うわ。ね、目を瞑って手を前に出して。そうね、左手がいいかしら」

「こうですか?」


 言われた通りに目を瞑り左腕を前に伸ばす。何かくれるなら手の平は上向きだ。

 しゅるり、と左腕に何かを通される感触がした。

 嫌な予感がして目を開けると、案の定、左腕に風紀委員の腕章が装着されていた。


「……何ですか、これ」

「本日より君を風紀委員に任命します」

「……辞退します。入会試験とか受けてないんで」

「そんなのゴーレムを倒したっっていう実績だけで十分よ。委員長の許可ももらったし」

「……クーポン券の方が良かったんですけど」

「文句言わないの。今度美味しいラーメン屋さんに連れていってあげるから」


 うわ、B級グルメで釣ってきたよこの人。


「本当ですか? 約束ですよ」


 まあ、釣られるけどね。


「ええ、約束。なんなら指切りでもする?」


 ティナが左手の小指を目の高さに掲げる。手小さっ。指細っ。


「……いえ、遠慮しときます。なんか指切りしたら折れそうで怖い」

「失礼ね。そこまでひ弱じゃないわよ」


 ティナが僕の手を持ち上げて強引に指を絡めてくる。手柔らっ、肌すべすべっ。


「ティナ、撤収準備終わったぞ」蔦嶌がこちらに来てティナに声を掛けたが、僕の腕章に目を留めて続けた。「……あれ、皆上、あんたうちに入ることになったのか?」


「……まあ、何て言うか、成り行きで」

「へえ、そう。ま、ゴーレム倒す大金星あげりゃみんな反対しないか。んじゃ、これからよろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

「はーい、みんな、ちゅうもーく!」


 急にティナが大声を出した。周りにいた生徒たちが何事かとこちらに目を向ける。


「今日から風紀委員会に新しい仲間が加わります。一年A組の皆上日都也君です。さっきゴーレムを倒した子よ。みんな、これからバシバシ鍛えてあげて」


 みんながわっと拍手をしてくれたので、僕は「よろしくお願いします」と周囲に頭を下げた。


 こうして、なんかよく分からないままに、僕はゴーレムを倒した期待の新人として風紀委員会の一員になった。


 しかし、風紀委員であってもなくても、どのみちやることは変わらない。

 僕たちムーンリーパーに課せられた使命は二つ。


 一つは、これ以上勇者と王国軍に日本の地を奪われないように守ること。


 ここ条彩市が落ちてしまえば、そのすぐ先には東京が控えている。首都を奪われてしまえば日本の政治・経済は破綻し、日本は国として終焉を迎えるだろう。


 そう言う意味では、条彩市は最後の砦なのだ。実際、条彩市っていう名前には東京を守る「城砦」という意味が込められていた。

 僕たちは東京を守るためにこの街で戦い続けなければならない。


 そして、二つ目の使命は西日本を取り返すことだった。


 この三十年間、異世界の奴らに奪われっぱなしだった土地を、今度は僕らが奪い返すのだ。

 しかし、そのためには勇者や王国軍と戦い、勝たなければならない。


 特に問題なのは勇者クラインだ。

 魔王軍を倒し世界を救ったクラインの実力は決して偽物じゃない。


 聖騎士時代の僕でもあいつにはギリ敵わなかった。それなのに、スキルを使えずあのときよりずっと弱くなった今、万に一つもあいつに勝てる気がしない。

 

 僕だけじゃなくて条彩学園高等部のムーンリーパーの中にあいつに敵う生徒はいないだろう。

 あいつにとって僕たちムーンリーパーの戦闘力なんて「ちょっと強いザコ敵」と変わらないのだ。あいつが本気を出して、さらに仲間の司教(ビショップ)から攻撃力アップ、防御力アップ、速度アップなどのバフを乗せられてしまえば、僕たちはゴブリンみたいにあっさり瞬殺されるだろう。


 こっちの事情もあっちの事情も知っているからこそ、僕には一切の勝ち筋が見えなかった。

 でも、だからと言って諦めるつもりもはない。


 魔王と戦うと決めたときだって、最初は絶対に勝てないと思っていた。

 でも、勝った。僕たちは魔王を倒した。


 あのときできたんだから、今回もきっとできる。

 みんなで頑張って日本を取り返すんだ。


 しかし、例え常人離れした能力を持つムーンリーパーとは言え、その使命は十代の少年少女にはあまり荷が重かった。


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