07 ゴーレム単独撃破
全員で二階を制圧した後、班を二つに分けて、それぞれ一階と三階に向かった。僕とティナは三階だ。
罠や奇襲に気を付けながらゴブリンを倒して廊下を進む。
久し振りの集団戦で張り切りすぎたのか、いつの間にか、僕は風紀委員の先輩方を差し置いて先頭を進んでいた。
教室から飛び出してきたゴブリン返り討ちにしたとき、ずずん、と足元が揺れて、校舎の外から凄まじい破壊音が聞こえてきた。
窓の外を見ると、体育館の外壁が爆発したように崩れ、中から体長十メートルくらいの全身を白い金属質の外殻に覆われた巨人が姿を現した。
ゴーレムだ。
堅牢な外殻による防御力と体育館の壁を容易くぶち破る馬鹿力が厄介な魔物だ――いや、僕たちはざっくり「魔物」と呼んでいるけど、こいつは正確には魔物じゃない。異世界の人間たちが魔法の力で生み出した魔導生命体だった。
生命体と言ってもゴーレムは自律的な思考は持ち合わせておらず、主人の命令を聞くだけのロボットみたいなものだった。この校舎を根城とするゴブリンどもは、何をどうやったのか知らないが、首尾よくゴーレムを手に入れて主人になることに成功したようだ。
《こちらC班、一体のゴーレムの破壊に成功しましたが、二体目の破壊は失敗しました。負傷者多数のため撤退します》
ヘッドセットにそんな通信が入る。さすがにゴーレム二体相手に無傷とはいかなかったようだ。
僕とティナの後ろを走っていた風紀委員たちが窓の外のゴーレムに向け次々と発砲した。
「わ、馬鹿。撃つな!」
僕は思わず声を上げた。
案の定、弾丸は堅牢なゴーレムの外殻にことごとくはじき返される。
こいつも《銃撃耐性》スキルを持っているのだが、もし持っていなかったとしても、あのくそ硬い外殻にアサルトライフルは通用しない。
でも、僕がみんなを止めたのはそれが理由ではなかった。
この細く狭い廊下にいるところをゴーレムに狙われたらひとたまりもないからだ。あいつとやりあうなら外に出ないと。
しかし、残念ながら今の銃撃でゴーレムに気付かれてしまった。
ゴーレムは足元に転がっていてたコンクリートの破片――と言っても、二メートル四方はあるぞ、あれ――を持ち上げ、思い切りこちらに投げつけてきた。
「伏せろ!」
僕は叫びながら廊下に伏せる。
コンクリート片が隕石みたいに飛んできて、校舎の外壁を砕き、反対側の壁まで貫通した。ヤバい、あんなのが直撃したら間違いなく死ねる。
今の衝撃で天井が崩落し、風紀委員の男子生徒が瓦礫に呑まれた。
僕とティナは慌ててそちらに駆け寄り、男子生徒の体の上に積もった瓦礫をどける。すぐに他の生徒もそれに加わる。
が、その作業が終わるのをゴーレムが待ってくれるはずもない。
ゴーレムの顔の外殻がパカリと展開し、その内側から魔法陣が現れる。
ゴーレムの体内を循環する魔力が魔法陣に集まる気配がした。
「くっ!」
僕は作業をやめ、アサルトライフルを撃ちながら男子生徒から離れるように駆け出した。
ゴーレムが僕を追って首を振り顔の魔法陣がこちらに向けられる。
僕は全力で廊下にダイブする。
魔法陣からまばゆい熱線がレーザーみたいに一直線に放射された。
熱線が校舎を縦に斬り裂き爆発を引き起こす。
僕は爆風に巻き込まれて吹っ飛ばされ廊下を転がり、突き当りの壁に叩きつけられた。ガラス片とかコンクリ片が飛んできて流星群みたいに体に降り注ぐ。
痛い、めちゃめちゃ痛い。僕も《爆破耐性》が欲しいってマジで。いや、やっぱり《爆破無効》でお願いします。
痛みを堪えて素早く立ち上り仲間を確認する。僕がゴーレムの攻撃を引き付けたから、みんな無事だったようだ。
でもまあ、僕の方がヤバくなっちゃたんだけどね。
ゴーレムがこちらに顔を向け、第二射を放とうとしていた。
ここは廊下の突き当りで、背後の階段は机や棚で塞がれている。
逃げ場がない。しくじった。
「――動かないで!」
ティナが校舎の断面を飛び越えて駆けつけてきて、僕を庇うように僕の前に立った。
「何やってんですか。逃げて!」
「心配しないで」
ティナの頭上で天使の輪の外装が展開して、低い駆動音を立てて青白く光り始めた。
ゴーレムが再び熱線を放った。
が、今度の熱線はレーザーみたいに一本に収束せず、勢いよく水が流れる蛇口を指で押さえたときみたいに四方八方に飛び散って消えた。
え、今何が起こったんだ? もしかして熱線が暴発したのか?
――それとも、ティナが何かしたとか。
「……今のは?」
「説明はあと。はいこれ」
ティナが腰に提げた歪な剣を僕に放り投げた。刀身があるべき場所に細長い機械が付いた謎の剣だ。
「これは?」
「剣型擬魔機《水銀剣》よ。持続時間は二秒。最大使用回数は三回」
武器の名前を聞いてピンときた。全く同じではないけれど、似た名前のスキルはよく知っている。恐らく効果もほとんど同じだろう。
熱線の二連射でゴーレムは顔の魔法陣から、しゅうう、と蒸気を立ち昇らせていた。魔法陣が冷却されるまで熱線は撃てない。
ゴーレムが地を揺らしながら校舎に迫ってきて右ストレートを繰り出した。工事現場でビルの解体に使う鉄球みたいな拳が外壁を破壊して僕とティナに迫った。
ティナは大きく跳んで避けたが、僕は最小限の動きでかわしてゴーレムの拳に飛び乗り、伸び切った腕の上を駆けだした。ゴーレムが左フックで僕を狙う。
《水銀剣》起動。
剣の機械部で魔力が蠢く気配がしたかと思うと、側面のスリットから大量の水銀が噴き出し巨大な刃になって硬化した。
やっぱりこれ、水銀竜という魔物が使う《水銀爪》のスキルにそっくりだ。
「はっ――!」
水銀剣を振るいゴーレムの左拳を斬り飛ばす。さらに腕を駆け上がって、顔の魔法陣に刃を突き立てようとしたとき、ティナが言った。
「駄目。頭と心臓は傷つけないで」
「え?」
顔の魔法陣と心臓はゴーレムの弱点なのに、傷つけたら駄目ってどういうこと?
困惑して手を止めたとき、刃が魔力の粒子の戻って消えてしまった。
ああ、そうか。持続時間の二秒って魔力が物質化していられる時間のことか。
もう一度水銀の刃を発動し魔法陣を傷つけないように首を刎ねる。それでもまだ動いたので、飛び降りざまに右肩から斜めに胴を斬り裂き、返す刀で腰を真一文字に切断する。
ゴーレムが崩れるように倒れ動かなくなる。
「……まあ、こんなもんかな」
額に浮いた汗を拭い、安堵の溜息を吐く。
いくら遺伝子編集で運動能力を向上させていると言っても、聖騎士時代と比べると運動能力がかなり劣っていて、激しい動きをするとイメージ通りに体が動いてくれない。今だってゴーレムを五等分にしてやろうと思ったのに二度しか剣を振れなかった。
昔できていたことが今できないことになんか妙に腹が立った。明日からもっと鍛えないと。
不意に周囲からわっと歓声が上がった。
「すげえ、あいつ一人でゴーレム倒したぜ」「ねえ、あんな生徒風紀委員会にいたっけ? 腕章もしてないけど」「ゴーレムの体を駆け上がるなんて、普通あり得ねえっしょ」「別に、単に擬魔機が強いだけじゃね?」「じゃあ、お前が同じことやってみろよ」「無理」
校舎にいたA班の生徒たちや、撤退中のC班の生徒が口々にそう言った。
『こら、気を抜かないで。まだゴブリンは残ってるわよ』
ティナの言葉で場の空気が引き締まる。
これから三階に戻ってA班に合流するのは時間がかかりそうだったので、僕はC班の撤退を掩護することにした。