06 ムーンリーパー
向こうの世界では、至高神ソラリスなどの神々に供物を捧げることで、新たな魔法やスキルを生み出したり、任意のスキルを身に着けたりすることができる。
クラインとグロウゼビア王国の連中は、その神の力を使って《銃撃耐性》などのスキルを生み出し、ダンジョン内に生息する全ての魔物に付与したのだ。
全魔物が所持するこの二つのスキルも厄介だが、それよりも、勇者や王国軍兵士が持つスキルの方が遥かにヤバかった。
勇者や王国軍兵士は全員、《銃撃耐性》や《爆破耐性》の上位スキルである《銃撃無効》、《爆破無効》を所持している。
これら防御スキルこそが勇者とグロウゼビア王国の切り札だったのだ。
《銃撃耐性》《銃撃無効》が防ぐのはライフルや拳銃の弾だけではない。「弾を撃つ」という仕組みを持つ武器であれば、戦闘機の機関砲や戦車砲に対しても効果を発揮する。
《爆破耐性》《爆破無効》も同じだ。爆風やそのときに飛散する破片や炎でダメージを与える武器は、手榴弾であろうとロケットランチャーであろうとミサイルであろうと、果ては核爆弾であろうとこのスキルは効果を発揮する。
はっきり言って、戦車砲の直撃を食らって倒れまたすぐに起き上がる王国兵の映像を見たときには何かの冗談かと思った。
空爆を浴びながら悠々と進軍する勇者クラインと王国軍の映像を見たときには、冗談を通り越して悪夢を見ているようだった。
銃も爆弾も効かない相手に、自衛隊がなす術はなかった。
その結果、一年で九州と沖縄は敵の手に落ちた。
その後、王国軍は五年に一度のペースで大規模な侵略を行い、三十年を掛けて西日本と中部地方を平らげた。
奴らが中部地方を侵略したのは今から四年前だ。
それから四年間、奴らはこちらの世界にほどんど姿を現していない。恐らく次の侵略の準備を進めているためだろう。
これまでのペースで行くなら次の侵略があるのはきっと来年だろう。そのときに東京を含む関東圏を奪われてこの国は機能不全を起こし、さらに十年後には東北と北海道を奪われて世界地図から消える。
僕はこちらに迫るゴブリンに的を絞りティナとともに撃ちまくった。
数十発を命中させてようやくそいつが前のめりに倒れて動かなくなった。銃撃の効果は薄いが、ダメージが蓄積して死に至ったのだ。
魔物の中でも最弱レベルのゴブリンですらこれだけ銃弾を浴びせないと倒せない。厄介にも程がある。
その一体を倒すのに時間を掛けたせいで、別のゴブリンがもう目の前まで迫っている。射撃を続けるには距離が近すぎる。
こいつらが《銃撃耐性》スキルを頼りに強引に突っ込んでくるなら、僕もスキルを使って迎撃するのが手っ取り早いだろう。
《防御スキル貫通》《攻撃力UP Lv5》《神聖魔法》《雷撃魔法》《氷撃魔法》《グロームセイバー》《ヴェーテルスラッシュ》《斬撃波》《竜閃》《光の剣》《隷雷蛇》《コキュートスの闇》《プネウマバスター》《マインドブレイク》《カタストロフ》《天国の門》《獄門刀》……。
習得済みのスキルが次々と脳裏に思い浮かんだ――だけだった。
――残念ながら、今の僕はスキルを使うことができない。
悲しいことに、どれだけスキルを所持していようとこっちの世界の人間はスキルを発動することができないのだ。
それに気付いたときはガチで最悪な気分だった。
あれだけ苦労して沢山スキルを覚えたというのに、こっちの世界に転生したら、その全てが文字通り死にスキルになったのだから。
世界中で僕だけしか覚えていない超激レアスキルもあったのに……。
せめて《防御スキル貫通》だけでも使えたら、《銃撃耐性》を無視してゴブリンを蜂の巣にしてやれるのに。それかせめて聖騎士時代に愛用していた剣が欲しかった。あれは剣自体に《防御スキル貫通》のスキルが付与されていた。
ゴブリンの一体が僕に飛び掛かってきて荒々しく剣を振るった。
全身のばねを使った獣じみた跳躍と、その勢いを乗せた凄まじい一撃。
下級の魔物だが、その動きは常人では捉えることが難しいほど素早い。普通の人間なら反応できずにやられるだろう。
銃も爆薬も効きにくいうえ、普通の人間が反応できないほどの動きで襲い掛かってくる。
これが、自衛隊や警察官のような「普通の人間」が絶対に魔物に勝てない理由だった。
だけど、僕たち条彩学園の生徒は「普通の人間」じゃない。
培養槽が僕らの子宮。
培養液が僕らの羊水。
僕らは、遺伝子組み換えにより産み出された遺伝子編集児だ。
異世界の各種族から手に入れた遺伝子を組み込まれて、常人とは比べ物にならない強靭な肉体と運動能力を持って生まれ、脳内物質の操作と訓練により並外れた反射神経を手に入れた。
僕たちは異世界からの侵略者と戦うために生み出された人造人間で、僕らを製造したあの男は、僕らのことを「ムーンリーパー」と呼んでいた。
ムーンリーパーの僕にとって、ゴブリンの動きを見切ることなんて造作もない。
僕はゴブリンの一撃を掻い潜ると、そいつの着地に合わせてアサルトライフルを繰り出し、その先端に装着された銃剣でゴブリンの頭を貫いた。
横から槍を持ったゴブリンが襲い掛かってくる。
アサルトライフルを振り回して、銃剣に突き刺さったゴブリンをそいつへ放り投げる。そいつが槍で死体を払いのけた隙に、顔面に銃剣を叩きこんで倒す。
不意に、道の脇に積み上がった瓦礫の中からゴブリンが飛び出してきて、背後からティナに襲い掛かった。
「――ティナさん、後ろ!」
僕は声を上げたが、ティナはそれよりも先に反応していた。彼女は高くバク宙をして攻撃を躱してゴブリンの背後に着地すると、ゴブリンが振り返る前にそのうなじに銃剣を突き入れた。
「……相変わらず簡単に敵を倒しますね」
「でしょう? 日都也も去年より強くなったんじゃない?」
「まあ、日々精進ですから」
喋っている間にもゴブリンが突っ込んできたので、蹴り飛ばして仰向けに倒れたところでたんまりと銃弾を食らわせる。
周りでは、他の風紀委員たちも慣れた様子でゴブリンたちと渡り合っていた。まだまだ粗削りだけどみんな強い。
なんか、こうやってみんなで戦ってると騎士団にいた頃を思い出すなあ。
正門前のゴブリンをあらかた倒し玄関に乗り込もうとしたが、玄関は倒れた下駄箱で塞がれていた。
僕は高く跳んで玄関先に張り出した庇に手を掛け、その上に登った。馬鹿正直に下駄箱を乗り越えて玄関に突入しても、アホみたいに罠が張り巡らされているのは目に見えている。
実際、正面玄関から突入した風紀委員が罠にかかって叫び声を上げるのが聞こえた。
「日都也、それ真似させてもらうね」
ティナも庇に飛び乗ってくる。スカートの下に白いロングレギンスを履いているので幸か不幸かパンツが見えることはない。
目の前にあった窓を銃で叩き割って中に入る。罠はないしゴブリンも少ない。
「中に危険はありません。玄関から入るより安全です」
「分かったわ。A班、侵入ルート変更。玄関上の庇から二階に入って」
ティナがヘッドセットで班員に呼びかける。