48 最終決戦4
僕はパラーシュを縦横無尽に振りクラインを攻め立てる。
クラインが逃げるように下がった。その顔からはもう余裕は消えていた。
「オーランテ、てめえ、バフが駄目なら治癒魔法くらい掛けろや!」
『そ、それもさっきから掛けているんですって……!』
小天使の向こうでオーランテがほとんど悲鳴のような声を上げる。
治癒魔法も能力向上魔法と同じく、対象者の魔力の波長に誘導する。だから、さっきからオーランテが掛けている治癒魔法は全て僕に届いていた。
逃げるクラインを追って袈裟懸けに斬りつける。刃は左肩から胸までを鎧ごと深く斬り裂いた。
行ける!
「――クソがっ!」
クラインが反撃に転じ鋭く聖剣を振るった。
パラーシュで受けて反撃する。
クラインが躱して袈裟懸けに斬る。
躱しながら胴を薙ぐが、クラインがすぐに聖剣を引き付けてこれを受ける。
本当は能力向上魔法を受けた僕よりもまだクラインの方が力も速度も上だった。
でも、左腕をやられた痛みと能力向上魔法を奪われた動揺で、クラインは本来の力を発揮できていない。
とは言え、僕がクラインの剣の癖を知り抜いているのと同様に、クラインもまた僕の剣の癖を知っている。
そのせいで互いに決定打を与えられず、ほぼ互角のまま激しく動き回り何度も何度も切り結んだ。
互いの剣が互いを斬り裂き、僕たちはあっという間に全身血まみれになった。
「――しつけえんだよっ!」
業を煮やしたクラインが渾身の斬撃を放った。
力が入りすぎて振りが大きい。
ここだ!
僕は聖剣を狙って斬りつけクラインの手から聖剣を弾き飛ばした。
聖剣が放物線を描いて僕のずっと後ろに落ちる。
「終わりだ!」
パラーシュを振り上げ決着を付けようとしたそのとき、クラインが僕に向けて弾くように手首を振るった。
肩から手首へと滴っていた血が飛び僕の目を襲った。
さすがにこれは予想外だった。僕は血飛沫をもろに浴びた。
「――っ!」
目を瞑り、慌てて顔を拭う。
次に目を開けたときには、クラインは僕に背を向け駆け出していた。
逃げたのではない。クラインの向かう先にはティナが倒れていて、その傍にはキラシールが落ちている。
「待てっ!」
慌ててクラインを追った。
僕が追い付くよりも早く、クラインがティナの元に辿り着きキラシールを拾い上げた。
――っ! でも、いける。
あいつが振り向いて構えるよりも僕の方がわずかに早い。
だが、あいつは振り向かなかった。
その場でキラシールを振り下ろし、ティナに止めを刺そうとした。
体が勝手に動いた。
気付けば、僕はティナを庇うように彼女の上に覆いかぶさっていた。
キラシールの刃が漆黒の装甲ごと僕の背中を深く斬り裂いた。鎧型擬魔機の《全攻撃耐性》はキラシールの《防御スキル貫通》の前ではないも同然だった。
焼きゴテを押し付けられたような強烈な熱を感じ、少し遅れて背中に激痛が走った。
あまりの痛みに体から力が抜け、僕はティナに折り重なるように倒れた。ティナの鎧型擬魔機の胸部装甲が頬に冷たかった。
急激に目がかすんでゆく。
白んでゆく視界に、ほとんど光を失いかけたティナの顔が映る。
その小さく形の良い口が、僅かに動いた。
ばか。
声にならない声でティナはそう言った。
……はい、自分でも馬鹿だと思います。
目先に優しさに囚われると、その先にある真の目的を果たせなく案る。
聖剣を手に入れるために訪れたイーシュラー王国で、王の嘘に乗って竜を殺すことを拒んだあのときと同じ過ちを、僕は繰り返してしまったのだ。
そして、クラインは僕が同じことを繰り返すと確信していたからこそティナを狙ったのだ。
僕はティナを救うためにクラインを倒す機会を逸した馬鹿だ。
一人の命と引き換えに日本を滅ぼすことになった大馬鹿野郎だ。
やってはいけないことをしたことは、自分でも分かっている。
でも、僕にはティナを見捨てることなんてできなかった。
…………いや、まだ諦めるな!
僕はまだ負けたわけじゃない。
まだ生きている。
指の一本も動かなくなって、心臓が止まるまで負けたわけじゃない。
僕は手足に力を込めて立ち上がろうとした。
でも、下半身の感覚がなかった。
ヤバい、脊髄をやられたか……。
「てめえならそうすると思ったぜ」
胴体に強烈な蹴りを食らって吹き飛び、僕は朽ちかけたブロック塀に衝突し、塀に凭れるように倒れた。
「……だから、お前は馬鹿で甘ちゃんなんだよ」
クラインが唇を歪めて笑いながらこちらに歩いてきて、僕の目の前で立ち止まり僕を見下ろす。
「どうした、もう小細工は終わりか?」
足が動かなくても、手は動く。
「こ、の……」
口を開いた途端、ごぽりと大量の血が零れた。肺がやられている。どうりで息ができないはずだ。
萎える腕に力を込めてパラーシュを振るが、クラインはパラーシュごと僕の右手首を斬り飛ばした。
ずっと向こうに手首とパラーシュが落ちて小さな音を立てた。
「――!」
僕は声にならない叫び声を上げた。
「で、他には? お前のことだから何か隠してるんだろ? 死ぬ前に全部見せてくれよ」
クラインが僕の胴を踏んで押さえつけ鼻先にキラシールを突き付ける。
そんなことをしなくてももう逃げられないのに……。
「う……るさい……」
「んだよ、もうネタ切れかよ。んじゃ、悪いがグロウゼビア王国のために死んでくれや。お前もこの国の人間も」
残っている武器と言えば発煙手榴弾が三つと拳銃だけ。
左手で大腿部のホルスターから拳銃を抜きクラインを睨みながら眉間に銃口を向ける。血の流しすぎか拳銃があまりに重くて今にも落としてしまいそうだった。
「あ? んだよその豆鉄砲は。それで《全攻撃無効》を持つこの俺を殺すつもりか? はっ、おもしれえ。やってみろよ」
クラインがキラシールを高く振り上げる。
その姿はまるで剣を高く掲げて勝利を祝う英雄のようだった。
「……やってやるよ」
震える手で引き金を引く。
乾いた音とともに弾丸が発射された。
ほぼ同時にクラインがキラシールを振り下ろした。




