46 最終決戦2
突然、メインストリートの先から、破壊音とともに建物が倒壊する音が響いてきた。それも、一度や二度じゃない。何度も何度も続いた。
「な、何事?」
建物の陰から顔を出すと、メインストリートのずっと先で、クラインが大声で怒鳴り散らしながら剣を振っていた。
「おいウルグラフ、どこ行ったよ。隠れてねえでさっさと出てきやがれ!」
クラインが剣を振るたびに刀身から幅十メートルを超える巨大な魔力の刃が放たれ、辺りの建物をめちゃめちゃに破壊した。
剣術スキル《斬撃波》による魔力の刃を放ちながら、クラインがこちらに向かってくる。
あいつ、このあたりを更地にするつもりかよ!
手当たり次第に放たれた魔力の刃の一つが、僕たちの隠れている建物に命中した。斜めに切り飛ばされた二階部分が僕たちの頭上に落ちてくる。
「くっ」
僕とティナはメインストリートへ飛び出す。
「――ははっ! そこにいたのかよ」
そんな僕たちを目ざとく見つけたクラインが、今度は手当たり次第じゃなくて、僕たちに狙いを定めた《斬撃波》を放った。
「私が……!」
ティナが《月輪》で魔力の刃に干渉する――が、それまでの魔法と違い魔力の刃は進路を変えることはできない。
僕はティナの飛び出してパラーシュで魔力の刃を防いだ。あまりの威力に体がのけぞってティナにぶつかる。
「ごめんなさい、ただ魔力の塊を飛ばしているだけだから干渉の余地がないみたい」
ティナがそう説明する間にも、魔力の刃がばんばん飛んでくる。《隷雷蛇》よりも破壊力はないが連射できるのは厄介だ。
シューティングゲームの敵の弾幕みたいに飛来する《斬撃波》に僕たちは左右に分かれて逃げ回ることしかできなかった。
避けても避けた方向に追撃の《斬撃波》が飛んでくるし、防御しても防御ごと弾き飛ばされる。さらに流れ弾がアスファルトや周囲の建物をぐしゃぐしゃに吹き飛ばすから、足元が悪くなって避けることも難しくなってきた。しかも、この距離から反撃する術がこちらにはない。
ヤバい、このままじゃジリ貧だ。
「ティナさん、このままじゃ押し切られます。あれを試しましょう」
「あれを? 失敗しても知らないわよ」
「構いません、このままやられるよりはマシです」
「――それもそうね」
僕たちは逃げ回りながらも、ほんのわずかな隙を突いて合流した。
ティナがキラシールの切っ先をクラインに向ける。僕はティナの手の上からキラシールの柄を握った。
僕たちに《斬撃波》が迫る。
「いけっ!」
《月輪》が軋むような音を立てながら限界駆動して魔力を操り、キラシールの切っ先に《隷雷蛇》の魔法陣を紡ぎ出す。
こちらの世界の人間は魔法を使うのに必要な神の加護を受けていないため、魔法を使うことができない。
だから今、僕たちはあちらの世界の神を欺こうとしていた。
神の加護とは、神の力の一端を個人に分け与え、使用させることだ。
じゃあ、神はどうやって加護を分け与える人間を識別しているのか?
こっちの世界に転生してから僕はそのことが引っ掛かっていて、ずっと考えていた。
もちろん目で見て識別しているわけではない。あちらの神が絶対に見ていないこちらの世界で魔法が発動することからそれは明白だ。
僕が考えた仮説は「魔力の波長」だった。魔力の波長は指紋のように一人一人全て違う。神は人々を魔力の波長で区別し、自分が加護を与えた人物が魔法を使う際、その波長を持つ人間に力を分け与えているのだ。
身もふたもない例えをするなら、それはチャットアプリのやり取りに似ているだろう。
神は加護を与えた相手を友人登録して、登録相手から魔法陣の展開という「魔法を使います」のメッセージが届いたら、「了解」のスタンプを送り返すみたいに魔法の力を送るのだ。
僕がその仮説をティナに話したのは、二週間前、勇者がこっちの世界に攻めてきたときだった。そのときは別の目的のために説明したんだけど、ティナはその説明を聞き、自分で魔法を使う方法を編み出したのだ。
ティナは今、《月輪》を駆動させ自分の魔力の波長を勇者の波長そっくりに偽装していた。それにより、勇者になりすまして神の力を借りようとしている。
だが、ティナは《隷雷蛇》の魔法陣の描き方を知らない。見よう見まねで描けるほどあの魔法陣は簡単なものではない。
そこを僕が補った。僕は前世でその魔法を使えたから。
触れた手を通して僕はティナの魔力を誘導し、空中に《隷雷蛇》の魔法陣を描いてゆく。
そして、この世界の人間では使えないはずの魔法を僕たちは発動した。
キラシールの切っ先に展開された魔法陣から赤い雷が迸り、《斬撃波》を飲み込んで勇者に襲い掛かった。
「馬鹿が、そんな攻撃が効くと思うのか!」
クラインが吼え、真正面から雷を受けた。轟音が響き辺りの空気がビリビリと震えた。枝分かれするように四方に散った雷が周囲を破壊して土煙が立ち昇った。
クラインの言う通り、例え魔法が使えたとしも《全攻撃無効》スキルに無効化されるだけ――そのはずだった。
土煙が消えた後には左腕をこちらに突き出したクラインが立っていた。
「てめえら……、今何やりやがった!」
そう怒鳴った途端、クラインの左腕がだらりと下がった。その腕は黒焦げになっていた。
「教える義理はないね」
《隷雷蛇》の魔法陣をキラシールに直結して、《防御スキル貫通》のスキルの効果を魔法に付与したのだ。 この一週間、何度もその練習してきたが成功率は二割程度だった。にもかかわらず本番で成功させるなんて、自画自賛だけど僕たちは凄い!
しかし、戦車を消し飛ばす雷を食らったにもかかわらずクラインはまだ生きている。桁違いに魔法防御力の高いあの鎧のおかげだろう。それに咄嗟に突き出した左腕を避雷針が代わりにして、体を守ったことも功を奏したようだ。相変わらず土壇場での危機察知能力は獣のように高い。
だが、あれで左腕は使い物いならなくなっただろう。かなりダメージを与えたことは確かだった。
「クソがっ!」
クラインが吐き捨て、突っ込んでくる。
だが、その速度は先ほどよりも遅い。雷の直撃を受け体が十分に動かないのだ。
「日都也、今ならいけるわよ!」
「いや、無理しない方がいいです。ダメージがあるとはいえ、あいつがヤバいことは変わらないんですから」
「でも――!」
二人の意見が割れたその瞬間が隙になった。迷って攻めることも逃げることもしなかった僕に、クラインが獣のような獰猛さで斬りかかってきた。
僕は頭上にパラーシュを掲げて聖剣を受けたが、凄まじい力に押し切られて、装甲の左肩から右脇腹を斬り裂かれた。
「ぐっ!」
――いや、大丈夫。《全攻撃耐性》のおかげで僕自身は無傷だ。
クラインがさらに連撃を浴びせてくる。僕は下がりながら受けて受けて受けて、とにかく防御に集中する。
クラインの攻撃は一撃一撃が凄まじく速いうえに重く、攻撃を防ぐたびに手がしびれて剣を落としそうになる。
防御に専念したとしても長くはもたないだろう。
――でも、短時間ならどうにか持つ。
雷のダメージもあるだろうが、エルフの体に魂が馴染んでいないためか技と技の繋ぎが妙にぎこちない。そのため、クラインの剣の昔から間近で見続けてきた僕にとって、クラインが次にどんな攻撃を繰り出すのか簡単に読むことができた。
やはり、クラインは全盛期より弱くなっている。
とは言え、この化け物じみた速度の剣を全て防げるわけではない。聖剣が頭装甲を削り、胸部装甲を吹き飛ばし、二の腕と太ももとの装甲に亀裂が入る。
くっ……。
後退しようにも斬撃の嵐がそれを許してくれない。
ティナが機敏にクライン背後に回り込み、音もなくクラインに斬りかかった。
「ティナさん、罠です!」
僕が声を上げたときにはもう遅かった。
ティナの動きは読まれていた。
クラインは野生じみた体さばきでティナの斬撃を躱すと、彼女の後ろに回り込んだ。
「――さっきの魔法、ありゃ、てめえの仕業だろ」
「このっ」
ティナが振り向きざまに斬りつけたが、キラシールがクラインの体に到達するよりも早く、クラインは雷のような激しい刺突を繰り出した。
聖剣の切っ先がティナの胴を貫いた。
先ほど攻撃を受け邪竜の鱗が剥がれていた個所を、クラインは正確に狙ったのだ。
ティナが悲鳴を上げようと口を開き、その口から声の代わりにごぽりと血が溢れた。
クラインがティナを串刺しにしたまま聖剣を持ち上げ、力任せに振るってティナを放り投げた。
ティナはアスファルトを血で汚しながら転がって仰向けなると、ピクリとも動かなくなった。




