42 決戦前日2
家に帰ろうと思って、僕は正門前に停まっている輸送車に乗り込んだ。
市民の避難にともない市内循環バスも運行中止になったため、代わりに生活委員会が輸送車を出して生徒の送迎をしていた。
輸送車の中で発車時刻を待っているとき、ふとティナの顔が見たいと思った。
明日は全生徒が命を懸けて戦うが、その中でも僕はティナに命を預けることになる。ティナがいなければ作戦は成り立たない。
もしかしたらゆっくり話せるのは今日が最期かもしれない。
僕は少し迷ってから輸送車を降りてティナに電話を掛けた。
『はい、天岐です』
一コールでティナが出たので少し驚いた。
「あ、ええと……。皆上ですけど今話せますか?」
『ええ、いいわよ。どうかした?』
「今どこにいます? もしよかったら少し会って話したなって思ったんですけど。――って言っても、別に用事があるわけじゃないんですけど」
『本当? 実はね、私も君に会いたくてちょうど電話をしようと思っていたところなの。今どこにいるの?』
「正門前にいます」
『私は校舎の中にいるから、今そっちに行くわね』
五分もせずにティナが玄関に現れ、笑顔で駆け寄ってきた。
「お待たせ」
「いえ、全然待ってませんよ」
僕たちはどちらともなく歩き出し、学校の近所にある公園に向かった。ティナと二人きりで歩く機会は多いものの、こうやって用もないのに会うことはほとんどなかったので、不覚にも緊張してしまった。
盗み見るようにちらりと見たティナの横顔がとても綺麗だったけれど、不意に、その横顔を見るのもこれが最期かも知れないっていう悲しい気持ちが押し寄せてきた。
何となく会話が弾まないまま公園に入ってベンチに並んで座った。
どうしてだろう、普段あんなに喋っているのに、今日に限って何を話していいのか分からない。
「……そうだ。結局ネギラーメン食べ損ねましたよね」
とりあえず思い付いたままに喋ると、ティナがあからさまにがっかりしたような顔をした。
「……何ですかその顔」
「ううん、別に何でもない」
「や、絶対何でもある顔じゃないですか。そんな顔されたら気になって明日戦えませんて」
「別に聞いても面白くないわよ」
「いいですよ。教えてください」
「明日、いよいよ決戦よね?」
「ええ」
「そんな大事な日の前日に、用事もないのに急に会いたいって言われたらそういうことだって思うじゃない? それなのにネギラーメンはあんまりだと思わない?」
「そういうこと? ……ってどういうことですか?」
「……君、本当に人生二週目なの? その割に察しが悪くない?」
「え、前世ごとディスるの?」
「本当に分からないの?」
ティナがこちらに身を乗り出し上目遣いに睨んでくる。や、近いって。
「ち……、ちょっとスマホで検索していいですか?」
「駄目よ。今スマホ出したら壊すからね」
「そんな」
「本当に他に言うことはないの?」
そんなこと言われても何も思いつかない。
まさか決戦を前にこんな窮地に陥るとは……。
本気で困ってティナを見返していたが、その白銀の瞳を見ているうちの言葉なんていらないような気がしてきた。
無理に言葉を繕って心にもないことを伝えるくらいならここのままでもいい。
このまま命を預ける相手の顔を目に焼き付けよう。
明日、クラインに負けて斬り殺されるとき、あいつの歪んだ笑みを目に焼き付けて死ぬのはムカツク。それなら、死ぬその瞬間まで瞼の裏にティナの顔を思い浮かべていたい。
そんな僕の弱気な覚悟を感じ取ったのか、ティナは一瞬悲しそうな顔をした後で、そっと目を閉じた。
その顔が僕に近付いてくる。
僕は思わず息を止めた。
ティナがさらに近づいてきて――
――僕の肩にそっと顔を埋めた。
髪と肌の匂いがした。
長い髪が僕の頬に触れる。その感触がくすぐったい。
その小さな頭の重みが心地よかった。
「……ねえ、正直に答えて」
ティナが囁くような声で言った。
「はい」
「明日、勝てると思う?」
押し殺したようなその声は、ほんの少しだけ震えていた。
僕と同じく、ティナも勇者と戦うのが怖いのだ。
……そうですよね、怖くないわけないですよね。
だって、あんな化け物みたいな奴を相手にしなきゃならないんですから。
その気持ち、分かります。
というか、その気持ちが分かるのは、きっとこの世界でも僕だけですよね。
不謹慎かもだけど、同じ気持ちを共有していることを知れて少し嬉しかった。
「可能性はゼロではないと思います」
「どのくらい?」
「……今まで全部打ってきた手が嵌ったら五割です」
「思ったより高いのね。気休め?」
「いえ、本気です。この前あいつと戦って気付きました。あいつ、最盛期より弱くなってます」
「体を乗り換えたのに?」
「体を乗り換えたからこそです。嘘みたいに強いことには変わらないんですけど、魂が体に馴染んでないのか自分の体に振り回されてました。そこに付け込む隙がありますし、付け込む準備もしてきました」
「……その言葉、信じていいのね?」
「ええ、僕を信じてくれたら絶対に大丈夫です。ほら、僕、前世で世界を救った経験者じゃないですか。だから今回もぱぱっと救ってみせますよ」
僕が冗談めかして言うと、ティナは少しだけ笑った。
「頼もしいけれど……、なんか口の下手な詐欺師みたいね」
実際その通りだった。
能力向上魔法が掛ったクラインは僕とティナが十人ずついても勝てないだろう。もし攻撃を捨てて完全に防御に回ったとしても、奴の攻撃を一体どれだけ凌げるだろうか。
仮に、オーランテがミスってクラインの能力向上魔法を切らしたらどうだろう。
それでもやっぱりクラインの方がずっと強い。能力向上魔法が掛かっているときとは違い、戦いと呼べるものにはなるかもしれないけれど、それでも、僕たちに勝ち目はほとんどない。
もし僕たちが勝てるとしたら、それは向こうの能力向上魔法が切れた上で、僕たちに能力向上魔法が掛ったときだ。
そのときは、僕たちとクラインの間の身体能力の差はほとんどなくなるだろう。
だが、残念ながら能力向上魔法を発動する擬魔機なんてないし、レトゥグスもそんな魔法は使えない。だから机上の空論でしかない。
はっきり言って勝率なんて一%以下だ。
クラインが舐めて掛かってくれれば、それが十%くらいにはなるかもしれないが、決してそれよりも高くなることはないだろう。
でも、それでも構わない。
勝率一%以下の戦いなんてうんざりするほど経験しているし、そのたびにその一%を引き当て生き延びてきた。
だから、今回も大丈夫。
きっと大丈夫。
僕は心の中でそう自分に言い聞かせる。
「……はい、詐欺師です。だから騙されたと思って勝ちましょう」
「うん、君がそう言うなら喜んで騙されるわ。だから…………、だから、絶対死んじゃ駄目よ」
泣きそうな声でティナが呟き、ベンチに置いた僕の手にその小さな手をそっと重ねた。
僕はその手を握り返す。
「ええ、絶対に生きて帰りましょう……」




